第二話 今までの事情
今回、凄く転生ちーとオリ主っぽいです。
そういうテンプレな説明に終始する、という訳でもないですが……ちょこちょこ伏線的なもの張ってみたりもしてますし。
ヒロインが後半で登場しますので、その辺りだけ読めば良いと思います。
正直、自分でも微妙な回なので。
戦闘(笑)です。相変わらずの。
目指せ、ハッピーエンド!
本編の方はなかなかのはっぴー具合に出来たと自負していますが、今回はそれ以上にはっぴーにしたいです。
……割と真面目に。
あと、「」、<>以外の括弧内の台詞は主人公が理解出来ていません。
全部"――"で片づけようかとも思いましたが、それもどうかと思ったので、ちゃんと書くことに。
意見などあれば、どうぞ宜しくお願いします。
月日は経った。
と言っても、具体的な日数は分からない。抽象的にも。
日常を過ごしていた環境では四季なんてものは感じられず、日の経過を数えるような酔狂な真似をする者も居なかった。
とりあえず、分かった事は少なからずある。
たとえば、自分が豚に似た醜い緑色の容姿の、二足歩行の生物である事。
たとえば、自分が日々を過ごしているのは、同族の生物が百少々居る集落である事。
たとえば、この辺りで使われる、と言うか豚人(自分の種族をそう呼ぶ事にした)が使う言語体系は、全くの未知のものである事。
当然、他にも知った事は多いが、残りはどれもとある原因に端を発している。
それは即ち、俺が爪弾きにされているという事だ。
まあ、生まれを考えれば当然なのだが。それ以外にも理由があるというのが、排他を強めてしまっている。
かつて、俺が生まれ落ちた時、俺は母を殺してその血肉を食らった。
生後間もない身で成した親殺しは、勿論歓迎される筈もない。
当時はそのまま処分されかけたのだが、抵抗の際の身のこなしを見込まれて、戦士として生きる事を許されたのだった。
……未だに言葉が分からないので、多分という言葉が付くのだが。
俺という存在は異端である。
生まれながらにして成人の同族を殺傷し得る力を持っていた事もそうであるが、それ以外にも並の同族とは隔絶した能力を持っている。
母の肉を食らった後、俺の体は急速に成長した。
それが如何なる理由かは分からないが、どうやらこの体は食らった相手のエネルギー変換効率が凄まじく良いらしい。
他の同族が奇妙な形の動物を殺して食らっても微々たる成長しかしないのとは異なり、俺はその数倍から数十倍も成長を果たす。
そも、こうして考えられる能力がある、というのも今一つ理解し難い。
何せ、俺は他の同族の言葉すら理解出来ていないのだ。
それなのに、理路整然と、何だかよく分からない言語で思考しているというのが奇妙で仕方がない。
まあ、便利であると理解出来る程度には便利なので、重宝しているのだが。
何よりまず、見た目からして俺は同族と異なってしまっている。
他の同族と同様に、緑色の筋肉質の体躯に、豚のような容貌はしている。
けれど成長効率の違いからか、同じ年頃の子供、いや同族の大人達と比べても俺は屈指の体つきである。
そして、決定的に違う点――それは、生まれながらに背中に生えた――二枚の翼。
けれど、飛べもしない羽が、一体何の役に立つというのか。
奇形種。異常個体。異端者。
それでも俺が生存を許されているのは、偏に強いからである。
未だ若輩の身ながら、非常な身体能力と、年齢に見合わぬ戦闘への勘を兼ね備えている俺は、基本的に戦闘で負けない。
絡め手を正面から打ち破れるだけの力とは、それだけで類希なる価値を生み出す。
豚人が戦士階級の多い種族である事も相まって、俺は周囲から畏怖と敬遠を同時に受けていた。
しかし、学がないというのは致命的でもある。
時折目撃する、俺よりも多くの物を食べている同族の姿を見れば、俺へ分配される食料が意図的に少なくなっている事を理解する。
それはきっと、俺を強くし過ぎないようにとの考えから来たものなのだろう。
些事に拘って無用の軋轢を生じさせる必要もないので、黙認しているが。
意志疎通のための手段もないのだから。
足りない分は、自分で狩ればいい。
因みに、俺と同じ頃に生まれた子供達は、おそらく流暢に彼らの言語を使っている。
では何故俺が彼らの言語を理解していないかと言えば、理由は単純極まる。
……面倒なのだ。
快楽に直結しない努力は、どうにも続けられない。
言葉などなくても生きていけるし、別の言語体系による思考は人知れず行っている。
態々覚える必要を認められないまま、俺は生きてきてしまった。
当然、それが原因で生じた誤解や事故は多くある。
それでも、この強靱な肉体は、些細な問題を一蹴出来てしまう。
結局、学ぶ機会を得ず、学ぶ意欲もない俺は、全てを惰性で生きていくしかなかった。
刹那の快楽に身を落とし、長期的な利益は切って捨てる。
まあ、未だに精通も来ていないので、満たされる欲求は食欲と睡眠欲に限られるが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『こら、起きなさい!』
微睡みに委ねていた体が、耳元の騒音に叩き起こされる。
実際に軽い衝撃が胸元に繰り返されるが、痛みもなく、無視しようと思えば無視出来る程度でしかない。
そう思って放置していると、今度は首輪に繋がった鎖を何度も引っ張られる。
流石に鬱陶しくなってきたので、ゆっくり目蓋を開いていく。
相手の予想はついていた。何せ、俺にこんな事をする相手は一人しか居ない。
『ねえ、聞いてるの? 起きてってば!』
億劫に目を開けると、顔と顔とがぶつかりそうな位置に、予想通りの相手が居た。
伸びるままに流した薄い草色の髪と、曇りのない翡翠の瞳を持つ、長めの耳を持つ童女。
多分、名前はチレル。
多分なのは、初対面の時にこの童女が自身を指して「チレル! チレル!」などと言っていたからだ。
そう呼ぶと反応するので、間違ってはいない筈だ。
エルフ。
この童女の種族――長い耳を持つ人間を表すには、ふとそんな言葉が浮かんだ。
豚人という呼び名も自然と思い浮かんだのだが、驚く程しっくりくる。
実際がどうなのかは知らないが、俺が認識できていれば問題ない。
ところで、何故かこの童女が童女とは限らないという考えが偶に浮かぶのだが、どういう事なのだろう。
見た目からして、生まれてから十年も経っていないだろうに。
まさか、数百年や永遠を生きる長命の生物でもあるまいに。
……何かが引っかかったが、捲し立ててくる童女の声に掻き消された。
『敵が来てるの! <倒しに行くよ>!』
聞き覚えのある単語が耳に届いた。
この童女や同族が餌を見つけた時に発する単語だ。
つまるところ、狩りに出かけるか、もしくは敵対生物がやってきたのだろう。
であるならば、流石にこのまま惰眠を貪ってはいられない。
『きゃっ、もう! いきなりは止めてよ!』
首を回しながら立ち上がると、体の上に乗っていたエルフの童女が地面を転がっていった。
どうしようかと逡巡し、特に何もしない事に決めた。
どうせ、いつもの事だ。
『全く、もう。ほら、早く背中をこっちに向けて』
体についた土を軽く払うと、童女は元気よく跳ね始めた。
定位置に上りたがっているのだろうと判断し、背中を向けて軽くしゃがむ。
軽快に背中を駆け上がる感触、背中に生えた翼に手が掛かると、左肩に羽のような軽さの荷物が乗った。
曲がりなりにもこれから戦いだというのに、暢気なものだ。
その肝の太さに、将来の大器を感じたりはしないが。
『ほら、行くよ! <ファリオ>!』
ファリオというのが、俺の名前だ。
誰も付けようとしなかったために、自身で付けざるを得なかったそれ。
個人的には何でも良かった筈だが、何故かFalio以外の呼称で呼ばれても反応出来ない。
いや、言葉が分からないから当然かもしれないが。
ともあれ。
「グゥゥゥ……」
喉を小さく震わせる。
地面から生えている石柱を引っこ抜いて、騒がしい方へ視線を向ける。
肩に乗った童女の指も同じ方を向いているので、あちらに行けばいいのだろう。
『あっち!』
一歩を踏み出す。
地面を踏み固めながら、肩に乗った童女の体が僅かに浮かび上がる。
童女は小さな悲鳴を上げながらもしっかりと首輪にしがみつき、落ちる様子はなかった。
敵を倒しに行く最中に、童女を落として怪我なんてさせてしまったら、仕様もなさ過ぎる。
これだけは気を付けなければいけないのだ。
「ガアアアアアァァァッ!!」
駆け出す。
右手で掴んだ石柱を振り回しながら、眼前の障害物を全て打ち砕くように。
狂気に身を落とし、全てを破壊せしめんと。
――嗚呼。
――気持ち良い。
――理性を捨て、本能を剥き出しにする事の、何と心地良い事か!
「ガァルァアアアァァァァァ!!」
到着した戦場では、数体の同族が交戦を止めて逃亡を図っていた。
それを追おうとしている、醜悪な小人が今の敵だろう。
数は――沢山!
それ以上でも、それ以下でもない。
突如として戦場に乱入してきた巨漢を、小人達はあぜんとした表情で見つめていた。
その隙に、豚人達は戦場から離れていく。
いくら数が多いとは言え、相手は所詮小人だ。
豚人達でも苦戦はするだろうが、決して負けるような相手ではない。
ならば、何故彼らが逃げ出したかと言えば――
「グギャッ!?」
「ギャギィッ!」
「ゴギョギョ!?」
手近な位置で固まっていた三体の小人を、石柱の一振りで吹き飛ばす。
肉を抉り、骨を割る。
何が起こったかも理解出来ずに、小人達は肉片と化す。
【ひ、怯むな! 相手は一人だ! 囲んで殺せぇ!】
少しだけ他より大きな小人が何かをがなりたてると、小人達の狂騒が僅かに治まった。
格好も整っている事から、リーダー的な存在なのだろう。
口を動かそうとしたその小人は、しかし次に話そうとした言葉を違えてしまう。
騒がしい個体として、俺の次の標的に選ばれてしまったからだ。
【ひ、た、助け……】
震える小人を骨が折れる程度の腕力で掴み上げ、その頭に齧りついた。
食べ慣れた血肉の味わいが口一杯に広がる。
体へと活力が行き渡るのを感じながら、間もなくその小人が存在した形跡を消失させた。
【タ、タベル様がああも簡単に……】
【に、逃げろぉ! 俺らが敵う相手じゃねえ!】
「ギギャアァァッ!」
散り散りになって逃亡していく小人達。
追いかけようかと考えるも、当面の栄養補給は先に終えたばかりだ。
無論満腹には程遠いが、効率的な問題で追いかけるのは得策ではないだろう。
それでも、と無造作に石柱を投げる。
固まって逃げていた小さな集団に直撃し、醜悪な血の華を咲かせた。
それを眺めながら、最初に吹き飛ばした三体の小人を摘んでいく。
『流石<ファリオ>! あんなに居たゴブリン達を、もう撃退しちゃうなんて!』
逃げきれなかった集団を食べ終えたところで、興奮した様子の童女の声が聞こえた。
スイッチが切り替わるように、徐々に昴奮が冷めていく。
石柱の汚れを軽く振るい落とすと、自分の定位置へと足を進めた。
それにしても――この童女も慣れたものだと感心する。
初めて俺の肩に乗って戦場へやって来た時は、顔を青褪させめて吐き出さんばかりだったのに、今ではピクニック気分だ。
狂戦士の如き戦いを終えた俺に対し、楽しげな顔が出来るというのは一つの才能だとさえ思える。
『うん? どうかしたの、<ファリオ>?』
「いや」
『そう? なら良いんだけど』
不思議そうな顔で名前を呼んできた童女に、用はないと首を振る。
それで納得したらしい童女は、肩の上で居住まいを直すと、おもむろに歌い出した。
『森の糧となりし同胞へと捧ぐ――』
静かに。
耳心地の良い清涼な声音で、童女は歌い上げる。
人ではなく、自然そのものに聞かせるように。
……鎮魂歌、なのだろうか。
死者は黙して喋らない。死者は危害を加えない。
ならば、死者は既に敵ではない。
手前勝手な解釈だが、おそらく大意では間違っていないだろう。
気がつけば、足は止まっていた。
ぽんぽんと肩を叩かれ、その事実に気が付く。
童女は歌を止め、不安そうな表情をしていた。
大丈夫だと童女の頭を指の腹で撫で、再び歩き始める。 童女はまた歌い始めた。
童女の歌を聞く度に、考えざるを得ない。
何故、足が止まるのか。
何故、寂寥に襲われるのか。
何故、心の奥まで響くような情感を得るのか。
これまで生きてきて、何かを知ったような気でいた。
けれど、俺は何も知らない。
言葉も、世界も、自分でさえも。
振り払うように上を向く。
茂る森林に切り取られた空は、狭く。
けれど、何よりも青々としていた。
読んでくれてありがとうございました。
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