第十六話 結末
どうも、パオパオです。
次話で終了予定。
んー、何というか、不完全燃焼気味というか。
うまく思ったことが書けないと言うか。
執筆は難しいです。
数体の巨大昆虫の亡骸を生み出しながら、見つけたのは数十両の馬車。
追いかけてくる俺と虫の大群に気付いたのか、馬が走る速度が上がる。
御者をする人間たちの間で罵声が飛び交い、何の対処もされずに距離が詰まっていく。
組んでいた手が興奮で強張る。
ふと、石柱を失くしていた事に気が付く。
持っていてもどうせ重りにしかならなかっただろうが、あれはそれなりに愛着のある武器だった。
尤も、記憶にある限りでは、原型を留めない程壊れてしまっていたので、回収出来るかは甚だ疑問だ。
加えて、焼け野原から探し出さなければならないのだから、尚更に。
しかし、追っている馬車は、それなりに奇妙ではある。
満足する程食ったのだから、人間達の残りは少ない筈だし、一体何を積載しているのだろうか。
――聞こえてくる男女の喘ぎ声。
――狂ったように上がる嬌声。
即座に把握した。
ああ、エルフか、と。
つまりは、森を失った脆弱なエルフ達を、貧弱な人間達が嬲っているのだろう。
戦利品として後で奴隷にでもして売り捌けば、被った損失の補填位にはなる筈だ。
何せ人間達は、あれだけ豊かな森林資源を焼き払ってでも、エルフ達を手に入れようとしていたのだから。
豚人の声はない。
全て殺されたか、はたまた静かにさせられているだけか。
同族と言えども、殆ど興味はない。
彼らとの関係など、あってないようなものだった。
所で、童女は一体どの辺りに居るのだろうか。
外見からすればまだ性行に耐えられる年齢ではないが、それが好きという偏愛者も居るかもしれない。
虫達が連れてきた事を考えると、この馬車のどれかには居ると思うのだが。
「まあ、全部潰せばいいか。――お前ら、壊せ」
考えるのも面倒だと、さっさと指示を下す。
エネルギーを燃やして、飛ばさせている虫二体を踏み台に、大きく跳躍する。
反動で虫達の体が砕けて体液をぶち撒けたが、誰一人として気にかけていない。
俺は獲物に集中し、虫達は命令の実行に注力し、人間は迫り来る脅威への対応で手一杯だ。
俺は一番後ろを走っていた馬車の屋根に跳び移ると、無造作に突き出した手で剥がした。
バキベキボキ、と景気のいい音を立て、木箱の中身が露わになる。
中にあったのは貨物のみで、エルフも人の姿もなかった。
食物がいくらか見えるが、外れだった。
今更、果物や干物などを食いたいとは思えない。
内から箱を破壊する。
御者の人間がこちらを怯えきった表情で見ている。既に手綱は手放していた。
俺の重量分か、それだけ他の車両よりも遅れる馬車。
むんず、と御者の男を摘み、悲鳴を上げさせながら咀嚼する。
瞬時に感じる恍惚。堪らない。もっと味わいたいと体が訴えかける。
「ふむ……」
どうやら、後続する車両には人が乗っていないらしい。
虫達が襲撃をかけているが、どれも破壊されるだけに留まっている。
御者は路上に投げ捨てられ、馬は首を絶たれて食われていたりもするが、目当ての物は先にあるらしい。
「せぃ」
持っていたままだった屋根の大部分を、勢い良く前方に投擲した。
上下左右に回転を重ねながら、馬車の一両に直撃する。
三種類の絶叫が届き、大凡の目星を付けた。
「グアァッ!」
唯一残った馬車の台座を踏み抜く勢いで跳び、壊れかけの馬車を中継して前へ向かって進んでいく。
夥しいエネルギーを消耗しつつ、着実に馬車を乗り継いで追いかける。
その際に、馬車を破壊して虫達の餌にするのも忘れない。
着地と同時に、御者ではない人間の悲鳴が聞こえた所で足を止め、木箱の壁を殴りつける。
破砕音。直後、風通しの良くなった馬車の内部に、新鮮な空気が流れ込む。
「……バツ」
人型の生物は存在した。
闖入者の事などまるで気にかけず、体を打ち付け合う男女。
どこかしら見覚えのある雄のエルフと、見知らぬ雄のエルフが、玉のような汗を浮かべながら腰を振っていた。
片方は、いつぞやにチロルに説教をしていたエルフ、だと思われる。
その翡翠色の瞳は暗く濁り、理性の欠片も感じられない。
ただただ肉欲を求める姿に嫌気が差し、かと言って食らおうという気にもなれない。
白濁液で体を彩った裸体を見て、食欲は減衰してしまっているのだ。
あっ、あぁっ、ああぁぁぁーっ!
男達の喘ぎ声が耳を犯してくる。
触るのも勘弁だと、もう無視して違う馬車に移る事にした。
同じ見るにしても、せめて雌のエルフの裸体の方がマシだ。
性欲のようなものは存在しないが、何が悲しくて汗臭い男同士の性行を目撃しなければならないのか。
出がけの駄賃代わりに御者をしていた人間を食らい、馬車を動けないように大雑把に殴りつける。
こうしておけば、虫達が勝手に処理してくれるだろうと期待して。
馬車を戯れのように壊して進みながら、気分は落ち込み始めていた。
一帯に漂う栗の花のような悪臭が、無駄に感度の高い豚人の鼻を苦しめる。
五感の一つを間接的に封じられ、苛立ちながら、人間の数を着実に減らしていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
果たして、チロルは見つかった。
最前列に連なった馬車の団、その中心部。
装飾過多の一際目立つ馬車の中で、童女は居た。
『あ、<ファリオ>。どうかした?』
くるくると、バールのようなものを手元で回転させながら、若草色の髪をした童女が語りかけてくる。
黒い棒の先端は新鮮な紅色に彩られ、汁を滴らせている。
棒に散見する凹みや傷が、生々しさを助長している。
屋根のなくなった室内には、染みと汚れがあった。
どろりとした薄桃。黒ばんだ朱。衣類に染み込む黄。転がる茶。
肉のこびり付いた深緑の鬘。無貌の人体標本。転がる臓器。剥き出しの白骨。
きっと、酷い臭いを生み出しているのだろう。
鼻がマトモに機能していない今、知る事は叶わないが。
童女は光の失せた瞳を向け、薄く笑みを浮かべた。
バールのようなものを持っていない方の手で掴まれていた球体が、プチュと潰れる。
手元に見向きもせずに放り捨て、バールのようなものを軽く持ち上げた。
『虫、こんなに連れて来てくれたんだぁ……。あは。うん、いいね。<ありがとう>、<ファリオ>』
事情も訳も分からぬまま、一方的に礼を告げられた。
助けに来た礼? いやいや、この状況を見れば、独力での脱出も出来たのではないか。
考え込む俺の横をすたすたと通り過ぎ、虚空をバールのようなもので一閃する。
にこにこと、その顔には変わらぬ笑みを浮かべている。
背後に何があったか、思い出す前にまたバールのようなものが振り抜かれた。
ブチュ。
柔らかい何かが潰れる音。
振り返って、頭を失った蜻蛉が後ろへと流れていく光景を見送る。
成る程。童女の殺虫好きには変わりがない訳だ。
呆れを込めた視線を送りながら、小さく息を吐く。
「どうする、かな」
童女は馬車を飛び降り、嬉々として迫る虫達を屠り続けている。
人肉はそれなりに食ったし、とりあえずは満足したと言っていい。
馬車も粗方壊して、破壊欲も程々に消化した。
つまるところ、これ以上何かをする気がなくなった。
「……帰るか」
動きの止まった馬車に腰を下ろす。
周囲に動いている物体は、虫と、それと戯れる童女以外に存在しない。
輸送中、改め逃亡中だった人間達は、その殆どがこの地で命を散らせた。
その事に関して、何の感慨も浮かばない。
ただ、住み慣れた場所がなくなっただけなのだ。
あの粗末な寝床に、愛着があるわけでもなし。
新鮮な馬肉を食らいながら、空を見上げる。
久し振りの、雲一つない晴れ渡る青空。
どこまでも広がる空は、只管に輝いていた。
読んでくれてありがとうございました。
意見、評価、感想、指摘などを頂けると嬉しく思います。