表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

第十五話 転換点

どうも、パオパオです。


多分最後になる戦闘回。

上手く山に出来たか、不安が残ります。

因みに、後二話で終了予定です。

 振り払う。


「せっ!」


 薙ぎ払う。


「しっ!」


 駆逐する。


「グアアアァッ!」


 風を引き裂く石の固まり。

 轟音を伴って、肉塊を挽き肉に変えていく。

 ちっぽけで貧弱な烏合の衆は、凄まじい速度で数を減らす。



 森の中央、エルフの里の程近く。

 童女に向かわされた先には、既に外敵が入り込んでいた。

 その敵の姿を視界に捉えた時、何ともいえない感情が沸き上がってきた。


 人間。

 丸い耳。白みがかった肌。覗く金髪。蒼い双眼。

 珍しい種類の相手――と言うより、俺が相対した事のない種類の敵だった。


 故に、最大限まで警戒を強め、相対する。

 エネルギーを燃やし、体に血流を巡らせ、石柱を握る手に力が籠もる。


「なっ、オーク!? こんなところまで近付かれるとは……!」


「肩に乗ってるのは……エルフか? いや、それにしては耳が短いな」


「御託は後だ! ともかく防げぇ!」


 跳躍しながらの、満を持した一撃。

 奇襲同然にも拘わらず、咄嗟に構えられた盾の存在に、より気を引き締めないと、と自省した瞬間。


「ぎゃぁあああぁっ!」


「何だと、こんなっ!」


「ひ、人が飛んだぞ……?」


 予想よりも軽過ぎる手応えとともに、石柱の進路上に居た人間が、軒並み吹き飛んでいた。

 予想外の展開に驚愕するも、外には出さずに二撃目を繰り出す。

 呆然としたままの人間三人を、たったの一撃で叩き伏せる。


 ――弱い。

 それが感想の全てだった。

 全身を金属で覆い、鈍く光る剣や槍を装備しているにも拘わらず、彼らは余りにも脆い。

 貴重の資源をこれだけ無駄にしている人間に、憤りを覚える。


 力任せに振り上げた石柱は、引っかけた人間の体を天高く舞い上げた。

 砕けた鎧を身に付けた肉塊が空を飛ぶ。

 人間達はそれを無防備に見上げている。

 それは余りにも、敵を前にしての反応ではない。

 戦士を気取るつもりはないが、この有様には怒りが隠しようもない。


「ガァアアアアアァァァッ!」


 少しはやる気を出せと、奮起させるつもりで一喝する。

 けれど人間の反応は、まるで期待していたようなものではなかった。


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」


「こんな怪物が居るなんざ聞いてねえよ!」


「嫌だ、死にたくねぇ!」


「落ち着け! いいか、よく聞ゲフッ」


 反応はそれぞれ。

 武器を投げ捨て、鎧を引き千切りながら逃げていく者。

 恐慌に陥り、崩れ落ちて穴という穴から汁を迸らせる者。

 何を思ったか同族に攻撃を仕掛ける者。

 仲間に指示を出そうとするも、首を刺し貫かれた者。


 下らない。

 敵として扱うだけの価値がない。

 戦闘の最中でありながら、昴揚が静まっていく。


「駄目だ。お前らは駄目だ。何も分かっていない。戦士を装うだけの愚者だ」


「な、コイツ、人間の言葉を……!?」


「喧しい」


 丁度手近な所に居た口を開いた人間を、果実を絞るように握り潰す。

 ガリガリと耳障りな金属が拉げる音が響き、甲高い断末魔が上がる。

 至近距離でそれを見せられた人間の一人が瞠目し、失禁したのを知覚して嘆息する。


(――本当に、戦い甲斐がない敵だ……)


 軽くガラクタを除けた肉塊を口の中に放り込む。

 体つきからして碌に肉も付いていないので、期待は出来ないと思っていた。

 しかし、その考えは良い方向に裏切られる。


「な……!?」


 思わず動きを止めて戦慄する。

 骨を噛み砕いた食感。土埃で汚れた肉の味わい。豊富な栄養に裏打ちされた血の喉越し。

 全ての要素が絡み合って、今まで食べた事のない程の、異常なまでの美味しさを醸し出している。


 エネルギーが補填され、体がじんわりと重くなる。

 けれど、今はそんな事を考えていられない。

 小刻みに震え、微かに涙すら浮かべる俺を、肩に乗るチロルすら怪訝に思ったらしかった。


『<ファリオ>……? えと、何やってるの?』


「何でもない。ああ、何でもないさ」


 ぎゅっと瞼を閉じ、もう一度開いた時には戦う準備を取り戻している。

 最初に逃げ出していた敵はもう遠く、近くには警戒する人間が十数体残るのみ。

 喜悦に口元が歪むのを抑えられない。

 くつくつと笑いながら、語りかける。


「なあ、素晴らしい餌の諸君。今日は最高の気分だ。ああ、どうして俺は今日まで人間と対峙した事がなかったんだろうか? それが酷く残念でならない」


「……何をっ!」


 人間の一体が吠え、嘲笑が深まる。

 いや、別に人間達を嘲笑っているつもりはないのだ。

 寧ろ馬鹿にしているのは、この時まで人間を食べた事がなかった自分に対して。


 ――何故、こんな至上の食物を今まで気にかけていなかったのか?


 快楽に蝕まれた思考が理性を食らい尽くし、剥き出しになった欲望が発露する。

 もう、何も考えなくていい。

 戒めを捨てて、俺の全身全霊を以て人間を食らおう。

 まずは、逃がさないように攻撃手段を増やさなくては。

 ……丁度良い物体が、背中に付いているじゃないか。


『<翼>が……! <ファリオ> 、それって動かせたの!?』


 緑の翼が広がる。

 飛べもしない、邪魔でしかなかったそれ。

 けれど、それを叩きつけてやれば、人間の一人や二人は容易く殺せる。

 耳元で興奮している存在を知覚から外し、獲物に狙いを定める。


「ガ、ァァァアアアアアァァァァァッ!!」


 楽しい楽しい、"食事"の時間が始まった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 不意に意識を取り戻した時、そこは地獄に等しかった。

 燃え盛るエルフの里。

 常に多くのエルフが住んでいたその場所に、現在、人気は全く感じられない。


 体中が痛む。

 緑色の体色は、満遍なく赤黒く染まっている。

 返り血と、自分が流した血が混ざり合い、吐き気を催すえぐい色合いだ。

 けれど、体に傷跡は見つからない。

 食事のために、癒えたのだろう。


 特別、ズキズキと背中が痛んだ。

 首を回して背中を見ると、無惨に折れ曲がった翼があった。

 余程無茶な使い方をしたのだろう。

 羽は散り、翼は付け根から捥げかかっている。

 神経も通っていないらしく、ピクリとも動かない。

 ならば、必要ない。

 一気に片翼を引っこ抜き、激痛が走るのにも構わず、もう片方も引き抜いた。


「……ッ!」


 それだけで、体が、異常な程に軽く感じた。

 空腹によるものではないと本能で理解する。

 何故なら今の俺は、満腹に近い状態なのだ。

 もしかしたら初めてかもしれない――いや、二度目だ。 骸となった母親の姿が思い浮かぶ。

 朧気ながらも、あの時、俺は確かに満腹になっていたのだ。

 成る程。満腹感とは、一度味わえば病みつきになる凄まじい多福感を得られるものだったのか。

 今まで食事を律してきた自分が、途端に馬鹿らしく思えた。


「あー……?」


 とりあえず、現状が知りたかった。

 肩に乗っていた童女の姿は近くに見えず、知覚出来るのは森が焼ける音と、虫の奏でる羽音。


「……こっちに来い、虫ども」


 燃える森の中を突っ切って、幾千幾万の虫が集まってくる。

 蟻。蜂。蚊。蠍。蝉。蝶。蛾。虻。蛆。芋虫。百足。馬陸。天牛。蜉蝣。紅娘。蜻蛉。甲虫。蟷螂。蜘蛛。金亀子。鍬形虫。

 数えられない程多種多様な、進化を遂げた虫達の姿。

 最早元とは似ても似つかない異形に成り果てている個体も居るが、虫っぽい外見であれば俺は虫として扱おう。

 厳密な区分など俺には必要ないし、意味もない。

 たた一言命告げてやれば、身命を賭して付き従う。

 そんな確信が、いつの間にやら芽生えていた。


「チロルの行方を知るのは居るか?」


 反応はない。

 と言うか、虫達は個体を識別出来ているのだろうか。

 そもそも、チロルという存在を理解しているかも疑わしい。

 聞き方を変えるべきだろう。


「耳の長い、幼い少女を知らないか? 髪は緑だ」


 身振り手振りも交えて問いかけてみれば、反応あり。

 数百程度の昆虫が、先導するように飛んでいく。

 走るべきかと逡巡した所で、一対の甲虫と鍬形虫が前に出てきた。

 背を繰り返し浮かせている事を鑑みるに、


「乗ればいいのか?」


 正解らしく、頭を何度も振った。

 だが、不安が残る。

 幾ら堅牢な甲殻を身に纏っているとは言え、俺の体は豚人(オーク)なのだ。

 重さに耐えかねて、乗り潰してしまうのは忍びない。


 ――ギィイイイ!

 ――ギャギャッ!

 ――ッギギィ!


 しかし、虫達は「早く乗れ!」と囃し立ててくる。

 仕方ない、か。

 意を決して、一歩を踏み出す。


「……よし。大丈夫そうだな」


 甲虫と鍬形虫の背に片足ずつを置き、立つ。

 慎重にバランスを取っていると、ふわり、と浮遊感に襲われた。

 崩れかけた体勢を必死に維持し、安定した所で息を吐いた。


「あぁ……」


 飛んでいる。

 独力ではなく、高度も低い。

 けれど、渇望してきた飛翔が、今叶えられている!


「ははっ、あはははははっ、あはははははっ!」


 笑いが込み上げてくる。

 ただ飛んでいるだけに過ぎない。

 その筈なのに、この身を包む全能感は、森に広がる火災よりも、尚熱い。

 ぐつぐつと煮え滾る感情が渦巻いて、放出する先を求めている。


「クハハハハ! アッハハハ! ギャハハハハハッ!」


 喉が枯れんばかりに笑い、叫ぶ。

 最高だった。

 肌を焼く炎も、煩わしい羽音も、何もかもがどうでもいい。

 雲間に空が見えてきたように、俺の心も晴れを取り戻してきている。

 純粋な自分で在れる以上の快楽は、存在しない!



 森を引き裂く笑い声は、遥か彼方まで響き渡る。

 遠く、高く、天上まで。

読んでくれてありがとうございました。

意見、評価、感想、指摘などを頂けると嬉しく思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ