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第十話 童女

どうも、パオパオです。


……えと。

批判は甘んじて受けましょう。

何故かこんな展開に。


……ずれていく、とりあえず、当初の方向とは、決定的に。

無邪気なエルフ童女と戯れる話を書くつもりだったのに。

ホント、どうしてこうなった……?

 最近、独りの時に現れる虫の数が減った。


 それはまあ、童女の住処を捜索させているのだから少しは減ってもおかしくないが、最初に命令を出してから既に二日が経過している。

 幾許かはエルフに発見されるなり、捕食されるなりで数を減らしていたとしても、異常な減り方だ。

 それにそれだけの間、童女が追っ手に放った虫達の監視を掻い潜っているとはどうしても思えない。


 四桁を越える数の虫達に今も探させているが、杳として童女の行く先が知れない。

 童女の身体能力は、決して高いものではない。

 何せ彼女、日常的に転んだりするのだ。

 そんな童女が、二日も昆虫による監視網から逃れられるとはやはり思えない。


 減った昆虫の内訳は、大型九体、小型数百匹という恐ろしい数になる。

 実質的に、エルフの小集団を一方的に壊滅させられるだけの戦力を失った事になる。

 いや、別に虫が俺の配下という訳ではないし、まだ死んだとも限らない訳だが。

 最近、その辺りの境界線が曖昧になってきているのをよくよく実感する。



 ともあれ、それもこれまでだ。

 小型の一団がどうやら住処を発見したらしく、ついて来いと促している。

 それが一番期待していた蚊達であった事は、俺に見る目があると保証してくれるだろう。

 ……何故か現れた一団の数は、先日より半分以下に減っているのが気になったが。

 どうせ、集団を二つか三つに分割でもしたのだろう。


 何か思考の隅に不審を抱えながらも、先導する虫達の後ろを追いかけていった。

 この頃ずっと、空は灰色から変わらない。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 理由を知った。

 知ってしまえば、成る程、納得出来ないものではない。

 最近死んだ虫が増えた事も、その他にも幾らかを。


 ――生きたまま毟られていく、蜻蛉の薄翅。

 ――数えながら潰される、蟷螂の複眼。

 ――根本から折られた他の虫の足を、剣山のように生やした蜘蛛の腹部。


 虫達は一方的に殺されていた。

 彼らは抵抗しようともせず、ただ虐待を甘受している。

 それが俺の命によるものであり、この光景を作り出したのが俺である事は明らかだった。


 ――枯れた草木。

 ――黒く、暗く、毒を吸ったように萎れる花。

 ――極彩色の茸が、あらゆる養分を吸い尽くして巨大に成長している。


 腐臭。

 地面の色を塗り変える程に撒かれた虫達の体液は、混ざりあって混沌の色を呈している。

 一体それがいつから行われているのか、至る所に染みのある一帯は、生理的な嫌悪を呼び起こす。


 ――毛の生えた太い足が、甲虫の眼窩から突き出ている。

 ――粉末状に破砕された色取り取りの甲殻が、並べられた目玉に降り懸かっている。

 ――数十枚の羽が麻袋に詰められ、あたかも枕のような形になっている。


 山積された虫達の骸。

 前衛芸術のように、奇怪なオブジェと化しているそれらを作ったのは、あの殺戮者であろう事は疑いない。

 だって、今正に、彼女(・・)はそれを行っているのだから。


「んー、これはここに填めて。あ、こっちはもう少し上の方がいいかなー?」


 嬉々として虫達の死骸を弄ぶのは、まだ幼さを残す人に似た形の雌。

 無邪気ささえ感じる童女が、吐き気をも催させる構造物を作り上げている。

 折り、千切り、毟り、削ぎ、抉り、裂き、遊ぶ。

 そんな作業を、今まで見た事もない楽しそうな顔で、童女が笑いながら進めていく。


 強烈過ぎる違和感。

 頭がガンガンと痛み、何も考えられない。

 ただじっと、視界の中で奔放に動き回る人型の生物の姿を追う。


「……上手くいかないな、もう。痛っ」


 童女が難しい顔をしながら蜘蛛の牙を折っていると、注意が足りなかったのだろう。

 八種類二十八本の足を腹から生やした死骸から手を離し、蜘蛛の口元を触っていた指を押さえた。

 つぅ、と赤い滴が流れる。


「もう、いらない!」


 それを見て、童女は側に置いてあった木槌を手に取った。

 手製の一品なのだろう。不格好な形をしたそれは、一体どれだけの虫を殺したのか、頭部は黒々と染まって壊れかけていた。

 童女でも持てるように小型のそれを、何という事もないように一閃する。

 パン、と景気のいい音が鳴って、蜘蛛の頭殻は液体を撒き散らしながら砕けた。


「……あ、これならいいかも!」


 ぽい、と持っていた槌を放り捨てると、童女は近くに転がっていた羽のない蜻蛉の尻尾を掴み上げる。

 まだ生きているのだろう。弱々しくも体を捻らせる蜻蛉の複眼を、童女は無造作に潰す。

 断末魔を響かせて絶命した蜻蛉の尻尾を、頭のなくなった蜘蛛の体に突き刺した。


「うん、出来た出来た。後は、空いた目の所に蜂でも詰め込んでおけば完成かな」


 るんるんと、とても楽しそうに、童女の手が別の死骸に伸びる。

 蜂で出来た団子を掴み、眼窩に詰めていく。

 粘土遊びでもしているかのような気軽さが、傍観する背筋を凍らせる。


「……お腹空いた。そう言えば、まだおやつ分位は残ってたよね」


 残った蜂団子を近くの樹にぶつけ、種々の死骸が纏められた辺りに近付いていく。

 最早原形を留めているものがない部品群の中に、童女が何かを探すように手を差し込む。

 鼻歌交じりに塵山を漁り、目当ての品を見つけたらしい。


「あったー!」


 より快調に鼻歌を歌いながら、少女は何かを掴んだ手を高く掲げた。

 その先にあるのは、玉虫色の宝玉。

 角度と時間によって色を変える虹色の玉が、その手に握られていた。


「あむ」


 童女はそれを、躊躇いなく口に運んだ。

 もぐもぐと口を動かす度に、顔に浮かぶ笑みが濃くなっていく。

 暫く触感と味わいを楽しんだ後で、喜色満面に飲み込んだ。


「あー、美味しかったー。でも、もう卵ないんだよね。また集めなきゃ」


 指に付いた残滓を舐め取って、童女がこちらを向いた。

 瞬間、動きが止まる。

 光の消えた瞳が、欠落した何かを埋めるように、徐々に輝きを取り戻していく。

 俺は何も言えないまま、ただ童女を見つめていた。


「あ、え? と、あれ、何でファリオがここに……」


 困惑。

 苦々しげな表情で童女を見る俺の顔を見て、いつもに近づいた童女は思考を巡らせる。

 何か、何か間違った事をしているのではないかと、童女は自問する。


『……<ファリオ>、もう。許しもなく乙女の寝床に来ちゃ<駄目>なんだよ?』


 そう、子供を叱るように、童女が何かを口走る。

 それはいつも通りの彼女の姿で――今まで感じていた違和感も、多少は解消されている。

 尤も、粗末な衣服を虫達の体液で濡らしに濡らした姿は、酷く非凡であるのだが。


『ほら、今日はもう寝床へ帰りなさい。私もこんな汚い姿を見せたくはないもの。ね、分かって?』


 とてとてと近付いてきた童女が、俺の体を押してくる。

 ……これは、帰宅を促しているのだろうか。

 固まったままの思考は、そうするのが良いとの結論を弾き出していた。



 それでも、何かしなければという思いが、体を動かす。

 おもむろに童女の体に顔を近付けて――その汚れた頬を、舌で舐めた。


『きゃ!? もう! いきなり何するのよ!』


 擽ったそうに、舐められた場所を手で擦る童女。

 そのせいで拭われた体液がまた顔に付いてしまったので、再び取ろうと顔を近付ける。

 が、二度目は叶わなかった。


『<だーめ>。<レディ>の頬を舐めるなんて、もう許しません』


 いつにない機敏な動きで後退った童女に避けられる。

 その顔は怒りを露わにしていたが、深刻さは殆どなかった。

 しっしっと害虫を追い払うような動作をされて、漸く帰るしかないと悟る。

 肩を落としながら、童女に背を向けて歩き出した。


『あ、えっとー、うん。今度は、ちゃんと事前に言ってから来てね? それなら、歓迎はするから』


 背後からかけられた声に振り向くと、童女が視線を逸らしながら大きな茸に腰掛けていた。

 毒々しい外見の茸に童女が座る姿は酷くミスマッチだったが、得も言われぬ滑稽さを生んでいた。

 思わず苦笑して、再び前を向いて歩き出す。


 空は相変わらず、曇ったままだった。

読んでくれてありがとうございました。

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