Warp World 09
ガサリと音を発して、木の上からそれが、飛び降りてきた。
その身には、やはり光の粒がまとわりついている。
想定通り、この光の粒は人間、あるいは生き物にまとわりついてくる習性があるのだろう。
虎を左に従えるように降り立ったその姿は、
「……狐?」
「いと聡き汝に敬意を表し、我が身を顕そう。妾はこのあたり一帯を治める『ニアヴ』」
それは人の姿をした狐だった。
中世風のシャルと異なり、緩やかにそして大きく胸元の開いた布の衣装はまるで浴衣か巫女服か。
茶色く毛の生えた獣の耳、大きく太い尾。人語を話す狐の化生といえば、もうそれは決まっている。
「……九尾だと」
「九尾? どこから見ても一本しか生えておらぬがのう。お主の目にはどのように見えておるのじゃ?」
おっと、俺としたことが、つい口に出てしまった。
「ま、まさか本当に、ニアヴ様っ!?」
「ふふん、無論じゃ」
「知っているのか、シャル」
「は、はい。街や村を治める群兜様がいるように、森や山にはその地を治める濬獣様がいらっしゃいます」
判然らない単語はマーキングしておき、後で解析するリストに加えることにする。
「濬獣様の治める土地では、人は獣に襲われることはなく、交通の安全が保証されるといいます。お姿を見たのは、私も初めてなんですけど……」
「深き山林は人の地ではない、故に侵すべからず。だが、人もまた神の嘉したもう子、故に見守りたもう。不侵の条約と引換に、交通を許可すると、ま、そういうことであるな」
得意げに、高らかにのたまわう狐の声。
なるほど、論理的な交換条件である。それでシャルのような少女でも一人で行動できるのか。
「汝らの名を告げよ」
「あ、すみませんっ、私はシャル・ロー・フェルニと申します!」
「……ワーズワードだ」
「ふむ、素直でよろしい。妾の目は、この山林の中であればどこまでも届く。お主らを見守るとともに、無法を働く者がおれば、即座に駆けつけると言うわけじゃ。故に――」
狐の化生――ニアヴが一端、口を閉ざし、凝と俺の全身を目踏みする。
「……お主は何者じゃ? 強力な何かが迸ったと思うたら、妾の治地に覚えのない人族が一人増えておるではないか。その上【リープ・タイガー/飛虎】に対して動じず、おまけに妾の存在に気付くとは……くっく、お主、さぞ名のある魔法使いなのであろうな」
ニアヴは、まるで興味深いおもちゃを見つけたかのようににやにや笑う。
一方俺は、
「ふむ、数と大きさ、それに色にも共通点がないか。これでは判定基準にできないな。であれば、単純に光量をその観測単位とするか。どちらにしても正確な計測ができない以上、俺自身を計測基準100カンデラとして、相対光量を数値化――」
「……は?」
全く別のことを考えていた。
「100からの相対比。シャル5カンデラ、ニアヴ30カンデラと言うところか」
やはり、俺の周辺だけ異常に眩しすぎる。
「だからっ、お主何を呟いておる!」
「お前が操っている、この光の粒の話だ」
「光の粒? なんじゃそれは」
「……見えないならいい。少し待て」
「お主っ!」
ふよりと目の前を横切るそれを、手で払う。
ならばこれは一体なんなのか。
……一つの仮定は既に俺の中にある。
大気中に漂い、触れることのできない色とりどりの光の素粒子(のようなもの)。
それは目の前の虎の姿のように、コントロールできる代物であるらしい。
とすれば――
「すまない、待たせた」
「お主、無礼なのか慇懃なのか、どちらなのじゃ?」
「その判断はそちらですればよい。先ほどの質問だが、俺は期待されている魔法使いという存在ではない。だが、その魔法とやらを使える可能性はある」
「わからぬ言い回しじゃな。結局の所どうなのじゃ」
「そうだな……その魔法というものをここで使ってみてくれないか?」
それで明瞭するはずだ。
「あの、ワーズワードさん。濬獣様はこの山林の守り神様のような存在です。なのでそういうお願いは……」
「だめなのか?」
「よいよい。妾は面白いものが大好きじゃ。見せろというのなら、見せてやろうではないか」
じゃれるように頬ずりをしてくる【飛虎】を撫でながら、ニアヴが鷹揚に答える。
……あれは、実際に触れるものだったのか。実は危なかったのかもしれない。
単なる立体映像と認識してしまった時点で、まだ既成概念から抜け出せてはいないようだ。
この地でのリスクマネジメントレベルをもう少し引き上げた方が良さそうである。
ニアヴがその腕を前方に延ばす。精神を集中していると思われる、数瞬の間。そして、
「――発火せよ【コール・フォックスファイア/狐火】」