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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.7 黒い瞳のジュリエット
81/143

Jet-black Juliette 12

 セスリナのやや幼さを残した瞳には純真さがある。疑うことを知らない、真っ直ぐで嘘のない瞳だ。

 かわいそうだから、助けてやってほしいということか。

 

「あまり無責任なことをいうものじゃない。彼らを助けるためにここで枷を外してやっても、街から出られはしない。街から出してやっても、国からは出られない。仮にこの法国から逃してやることができても、彼らの故郷はすでに破壊・占領されていて、同じ暮らしには戻れない。

 セスリナ、お前のいう助けるとはどこを着地点とした『助ける』だ。

 枷を外しさえすれば、彼らが助かる――もし現状だけを見てそんなことを口にしてるのであれば、それは無責任の謗りを免れないぞ。

 中途半端な希望は、それが叶わなかった時に訪れる絶望をもうひと味深めてくれる暗黒スパイスに早変わりする。慈悲こそ無慈悲。世界に数多生まれる不幸は、そのことに気づかない愚か者の中途半端な善意が生み出すんだ。

 確かに彼らは不幸だろう。それでも、過去は変えられない。

 それで? どこまで助けてやれば彼らは『助かる』んだ。

 この倉庫から逃げ出せても彼らに安住の地のない。常に背中に怯える安らぎのない日々――それはここ法国で暮らす苦痛と比べてどれほど差のある? そんなものは程度差でしかないと俺は思うぞ」

 

 逃がす。助ける。それを口にするのは容易い。実行に移すのもまあ容易いだろう。だが、そこから続く未来のことを本当に考えているのか。

 セスリナの発言に、僅かばかりの希望を見ていた獣人たちがガクリと膝を折る。声を殺したすすり泣きも聞こえる。

 希望が反転する絶望。俺の言葉はセスリナ本人よりも、獣人たちに、当の本人たちの心にこそ深く響いたようだった。

 そのセスリナはというと、む~と眉を寄せて、何かいい言葉を探す表情を見せていた。なんだこの想定外の反応は。

 俺の話が判然らなかったのか?

 噛み砕いたつもりだったが、それでもセスリナには難しすぎる話だったろうか。

 セスリナが口を開く。

 

「あのね、ぜんぜん違うよ。私が言ったのは、もっと全部、全員のことなの」

「もしかして、この街にいる他の獣人もとか言うつもりか」

「ううん、もっと。法国にいる獣人さん、み~んな!」

 

 腕を広げて、ぴょんと跳んで全部を表現するセスリナ。

 は?


「ちょっと待て、何を言っているんだ?」

「あのね、あなたは知らないかもしれないけど、獣人さんは奴隸なんかじゃないの」


 まるで諭すような口ぶりで、そんなことを言うセスリナ。

 え、あ、うん。知ってる。


「『北の聖国ラ・ウルターヴ』も『西の光国ロス・アロニア』ももうそんなことしてないよ。『東の皇国ニ・ルーワス』だって、今はもうやめてるって。大紗国ドルク・アルスの中で『南の法国イ・ヴァンス』 だけだよ、こんなことしてるの」


 言葉自体は強くはない、が、セスリナの口調には途中で口を挟めない圧力があった。

 

「ユーリカ・ソイルの街に猫族の子がいるの」


 いや、そんなことまでは知らないが。それがなんだというんだ。

 セスリナが一呼吸、間を空ける。

 シャルも、獣人たちも。なによりもこの俺が。セスリナの言葉の続きを待つ。

 

「その子はちょっと口が悪いけど、兄弟想いのすごく優しい子なの。……私の大事なお友達だよ」


 その大事なお友達の顔を心のなかに思い出しているのか、セスリナの顔には優しい微笑みがあった。


「だから、こんなの間違ってるの」


 奴隷制度は間違っている。知っている。すごく知っている。

 しかしそれでも制度は制度だ。『悪法も法』と言われるとおり、制度である以上、その上には奴隷制度を容認する国家や社会という大きな枠組みが存在している。それがある前提で社会が動いている。

 奴隸制度なんて間違っている。そう、心のなかでいくら思ってもいい。だが、社会のほうが間違っていると声に出しての直接の糾弾すること、それは『世界に敵する』ことと同義になる。

 権力、環境、それらを支える圧倒的多数敵に回すことを意味している。

 だというのに、セスリナ。

 

 お前はそれを、怒りではなく笑顔で訴えることができるのか――

 

 個人では太刀打ち出来ないほどの巨大な相手に前にしても、己を疑わず貫く、それは魂の強さ。

 

「セスリナ。お前は正しい」


 故に、俺は持てる最大限の賛辞を彼女に送った。


「当たり前だよ。私だって、ラスケイオンの一員なんだから」


 褒められたことに気を良くしたセスリナがふふんと胸を張る。

 いや、本当にわかった上で口にしたのか謎だな。そもそもこいつは俺にそれをやれと言っただけで、自分が何をするとも言っていないし。

 

「セスリナさま、私すっごく感動しました!」

「シャルちゃん、ありがとう」

「間違ってるとか、そんなの当たり前だっつうの」


 感極まり、耳をピココココッと高速振動させるシャル。駄犬は何事かをくだくだと呟いているが、やや高角に釣り上がった口元を見れば、俺と同じ程度にはセスリナの言葉に感心しているんじゃないだろうか。


「今お前はとんでもないことを口にしたんだぞ。それを理解しているのか。言ってはなんだが、倉庫破壊の損壊罪どころで終わらない、革命に準じるくらいの大破壊だ」

「でも。正しいって言ってくれたよ」

「ああ、正しい」

「だったら、やろうよ!」

「それが軽いというんだ。あのヌルい『神紅騎士隊』の連中ですら獣人のことを気分一つで殺してしまっても構わないくらいに蔑んでいた。まず間違いなく無血革命はありえない。その過程で何人も死ぬし、国中でどれだけの混乱が起こるか俺でも想像がつかない。そもそも、俺たちの目的は奴隷の解放ではなくシャルの解放だ」

「ワーズワードさん、私はっ」

「ストップ、シャル。言わなくていい。わかっている。自分のことはいいからとかそういう献身的な発言だろう」

「はいっ!」

「その溌剌さは、今はいらなかった。だから俺が困るんだ。大体、俺一人では絶対に成功しないぞ。そこだけは確実だ」


 そう、いくらセスリナの言が正しかろうと、できないことはできない。

 もちろん俺は、一人でなんでもやっちゃった結果の『エネミーズ23』ではあるが、それはネットがあったからこそできたことなのだ。

 ネットがあれば、地球の裏側のニュースをリアルタイムで視ることができるし、遠く離れた雑貨店の買い物もできる。ネットというインフラが俺個人の影響力を無限大にまで拡大してくれるからこそ、俺は一人で『世界に敵する』ことができた。

 翻ってこの地では、一〇〇メートル先の事件を知るには、一〇〇メートルを歩かないといけないし、五メートル先の店で買い物をする場合、同じく五メートルを歩かなければいけない。

 俺一人が行使できる影響力は、この手と足の届く範囲でしかない。故に断言できる。獣人奴隸を容認するこの法国から、彼らを解放することができるか?

 命題に対する解は一つだ。俺一人では絶対にできない。


「ん~、一人じゃなかったら」


 セスリナのピンポイントのツッコミに、思わず言葉に詰まる。

 一人の影響力は点でしかない。点の影響力は弱い。故に一人では無理。ではそうでなければ?

 俺になにができるのか。思考する。深く。

 なにができないのか。思考する。並列に。

 BPMはそのための技術だ。

 俺にできることとできないこと。不足はどうすれば補えるのか。誰の力が必要か。思考の中でつなげていく。点と点を。線と線を。面と面を。――人と人を。

 

 その回答をひとまず保留して、俺はセスリナに問いかけた。


「情報が足りない。補足が必要だ。セスリナ、列強国ドルク・アルスのことを言っていたな。皇国という国は初めて聞いたが、それらは聖国や法国と同じくらいの大国でいいんだな」

「そうだよ。四方位四国で四大紗国。皇国は魔皇様の国なの」

「魔皇とか……なんだその討伐してくださいといわんばかりの君主号は。そこんとこ詳しく聞きたいが、今はやめておこう。ここ法国で何かが起こったとき、もちろんその情報は周辺国家に伝わるはずだな」

「うん。風神神殿がよその国の色んな情報は伝えてくれるの」

「聖都が法国内にあってもか?」

「関係ないんじゃないかな。四神殿はそれぞれの国とは対等なんだよ。だから、色んな国に神殿があるんだし」

「なるほど」


 獣人が少数派だというのなら、逆にその結びつきは強いはずだ。周囲の奴隷制度を敷いていない国家の獣人たちから支援が得られる可能性はあるな。

 点と点が一つつながる。

 そこでシャルが勢い良く手を挙げた。

 

「兄さんが言っていましたっ。法国の中でも獣人さんたちを奴隸扱いしている人ばっかりじゃないって。法国にもいい人は絶対にいます。きっとこの国の中からでも手助けしてくれる人がいるはずですっ」

「そうだな、シャル。獣権、いや人権問題に関して、その解放を唱えて行動するならばその絶対的正義はこちらにある。誰かが立ち上がれば、そこに賛同する善良な精神を有する人間は必ずいるはずだ」


 また一つつながる。獣人に対する不特定な善意。

 しかし、まだ弱い。成功は遠い。もっと別の強力な支援が必要だ。


 ……一つ、あるかもしれない。


 いや、かもしれないでは不安が残る。ちゃんと裏を取っておこう。


 緑源素x三、白源素x三――

 

 それらをつなげて、つくり上げる六芒星。発動、【パルミスズ・マインド・ネイ/風神伝声】。

 少し源素を足せば相手の姿を見ながら会話のできる【スワロー・サイン/飛燕伝令】の魔法を発動することも可能だが【飛燕伝令】の魔法は禁呪に指定されている。

 

 【風神伝声】で俺が心をつなげる相手は、

 

『ルルシス――聞こえるか』

『……おどろいた。そなたなのか』

『久しぶりだな。いや、それほど日も経っていないか。遠い場所にいても話ができる【風神伝声】は便利だな。これは最近覚えた魔法なんだが』

『…………』

『どうした。急に連絡をして都合が悪かったか?』

『そうではない。今、そなたの声をかみしめていた。誰かに会えぬ日々がこれほど苦しいなどと、考えたことがなかった。もっと、そなたの声をきかせて欲しい』

『……そういうのは反応に困るから、自重してくれ』


 直球すぎるルルシスの言葉に、思わず源素の制御が乱れる。ルルシスの反応は男殺しすぎた。

 

『聖国皇帝次女、ルルシス・トリエ・ルアン公爵に聞きたい事がある。いいだろうか』

『聞こう』


 この辺りがルルシスだな。瞬時に頭を切り替える。無駄がない。


『聞きたい内容は法国を囲む周辺国家とその外交関係についてだ』

 

 俺は話の導入として、自分自身の目で見た獣人の扱いと駄犬の蛮行、そしてセスリナの発言まで、ここに至る経緯を軽く説明し、その後本題に入った。

 

『――仮に法国内で獣人奴隸解放の運動が始まれば、聖国を含む周辺国から人権保護を目的とした外圧を加えることができるだろうか』

『……なんと、そなたはそのような大きなことのために法国へ赴いていたのか』

『いや、全然そういうことではなくな。巻き込まれて、困っているんだ』

『だがそなたであれば納得できる。……それでこそ我が群兜マータ

『話を聞け。違うというに』

『そうだな。話を戻そう。結論を言えば可能だ。今の法国は強大な新王のもと、弋翼タイカの如き暴虐さで周辺国を脅かしている。戦場で法国軍に対する愚かさは『靜爛裳漉マルセイオの背に乗る』より明らか。ならば、攻めるべきは国内の混乱……なにより題目がよい』


 そう、その回答が欲しかった。

 外交視点で獣人解放を語る場合、獣人を助けるという目的それ自体はお題目でいい。ぶっちゃけ、法国を攻撃する口実になるならなんでもよい。

 中でも人権問題というお綺麗な題目は聞こえがよい。誰憚ることなく、国としてそれを主張できる。裏からの活動支援だけでなく、表立った外交的介入も望めるだろう。

 一国で相対するには強すぎるという法国。法国内の混乱により国力低下が期待できるならば、周辺国家は喜んで獣人解放運動を支援するということだ。それが戦略的外交というものである。


 セスリナの想いは理想であり、ルルシスの思考は現実である。

 その着地点を見定め、理想を現実の化する手段を政治という。

 法国の外から得られる政治的な支援バックアップ。それこそが俺の求めるものだった。


『俺もそこに活路を見た。だが、ルルシス。現実問題としてウルターヴ、アロニア、ルーワスの大紗国と呼ばれる列強は本当に動くだろうか』

 

 問題はそこである。ルルシスの賛同が得られても、それは実行力を伴った話ではない。こと政治の話となれば、期待を持たせるだけ持たせてやっぱりできませんでした、という話はいくらでもある。

 絶対の保証がほしいわけではないが、どれくらいの勝算があるのか、その感触は聞いておきたい。

 

『動く。いや、動かせる。光国には妹のシノンが嫁いでいる。皇国の魔皇と我とは知らぬ間柄でもない。そなたの軍略は二国を動かす材料としては十分だ。それだけではない。近年の法国の横暴により、存亡の危機感を持つ小紗国も必ず我らの動きに同調するであろう』

『それはすごい。まるでお前が聖国皇帝のような口ぶりだな』

『ふふ、知らなかったのか。聖国・アルテネギス皇帝次女にして、副都ユーリカ・ソイルを宰領するルアン公爵たる我は、聖国の外交の全てを取り仕切っているのだぞ』


 ……まじか。そんな大人物だったんですか、ルルシス・トリエ・ルアンさん。

 

『我はそなたに聖国の益を見た。故に我の判断は聖国の判断だ』

『予想以上に有益な話ができた。ありがとう、ルルシス』

『よい。そなたとの語らいは何にも勝る時間だ。……また、連絡して欲しい』


 最後の一言、そこに万感の想いが詰められていた。

 ……全く、なんで俺なんだろうな。

 

 【風神伝声】を解く。

 いつの間にか、皆の注目が俺に集まっていた。

 シャルの疑いのない眼差しに感化されるように、檻の中から俺を視る獣人たちの視線にも希望のようなものが混じっているように見える。

 俺はセスリナに向き直る。

 

「十分な期待値が得られた。先ほどの問いに答えよう。ここの獣人たちを助け、法国全ての獣人を助けたいというお前の気持ち――皆の助けがあるならば、という条件付きで、それは可能だ」


 色がつく、という表現がある。明るさは変わらないのに、確実に明るくなるのだ。

 

「いや、うーん、まだ二、三足りないものがあるが、やってみるか?」

「もっちろん!」


 即答だ。まあ、それはなんとなくわかっていたが。

 俺はそのまま視線を変え、その辺の檻の中につながれている適当な獣人相手に話しかけた。

 

「という話を勝手に進めていたわけだが、最終的にはお前たちにその意志がなければ、助けるもなにもない。どうだ、途中で死ぬかもしれないけど、自由のために立ち上がってみるか? お前たちにその気があるなら、力を貸すが」

「「ウオオオオォォォォォォ!!!」」


 セスリナを超える反応速度の雄叫びが倉庫内に湧き上がった。お前ら声だけは大きいな。

 絶望に沈んでいた倉庫内が、今希望の色を帯びて、輝かんばかりの光を放つ。

 俺一人ではできないことが、誰かの力を借りることで可能になる。

  

 人と人とのつながり。俺と、誰かとのつながり。


 地球では得られなかった、とうの昔に捨て去った『それ』を――俺はこの世界でなら得られているということになるのだろうか。

ルルシスさん、お久しぶりー。

大本のプロットではルルシスさん再登場は最終回までなかったんですけど、まさかこんなに早く出番があるとは。

書いてみるまでわからないものです。

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