Warp World 08
俺の今居る場所は、ニアヴ治林という場所であり、直近の街ユーリカ・ソイルには日が沈むまでにつけるらしい。
ちなみに固有名詞については、自分で理解しやすいようカタカナ表記できるレベルに脳内意訳しているので、厳密な発音としては正確ではない。
シャルに話す際には、こちらの言葉にエンコードしなおして発声しているため、そこでの意思疎通に問題ないというわけだ。
◇◇◇
相変わらず、まとわりついてくる光の粒がうっとおしい。
シャルは、自分に見えないものが俺には見えていることに、不思議さを感じてはいないようだ。
シャルにとっても、俺は異なる文化圏から来たよそ者である。
異文化交流で相手を否定せずありのまま受け入れられるのは、知性が高い証だ。
剣やら鎧やら、ぱっと見の文明レベルは低そうだが、この世界の教育レベルは案外高いのかもしれない。
それとも、シャル個人の資質に由来するものだろうか。
「少し時間を取ってしまいました。急ぎましょうか」
「諒解した」
申し訳程度だが、縁石が敷かれた小径。
歩くことに難はなく、かつなだらかに下る道なので、体力に自信のない俺でも大丈夫だろう。
歩き始めた瞬間、道の前方で、ただ漂っているだけだった光の粒の動きが乱れた。
思わず立ち止まる。
「どうかしましたか?」
「……いや」
10個の大きめの光の粒が一定間隔を置いて、空中の固定される。そして、光の粒が弾けた。
「くっ」
「きゃ」
眩しさに、思わず目を覆う。この光の爆発はシャルにも見えたようだ。
直後、声が響いた。
「――そこで留まるがよい」
目の前に、唐突に、巨大な一匹の虎が出現していた。
物理法則をあざ笑うかのようなその出現は、全くもってファンタジーである。
「あ、あ、あ」
シャルの顔からは既に血の気が引いている。
ぺたりと腰を抜かし、耳は降伏の証のように垂れ下がっている。
少なくともそのお腰に付けたアイアンソードの出番はなさそうである。無駄な抵抗的な意味で。
……しかたない。
俺は一歩踏み出すと、シャルを後ろに庇うようにその生物と対峙した。
「ほう、お主は恐れんのか?」
虎が、くっくっと嗤う。
四肢をついた状態で、その口の位置は俺の頭を越えている。
立ち上がれば、4メートルは軽く超えそうだ。
「……逃げない理由は三つある。一つは、お前が言葉を喋れるという点だ」
「ほう」
「わざわざ姿を現し、声をかけてきたということは、俺達に即座に危害を加えるつもりが無いということだ」
俺の言葉に、真実は半分ほどしか含まれていない。
実際はこのような化け物と言葉が通じるからといって、それがそのまま安全であるとは考えていないからだ。
「くっくっく、我の姿を見て、恐れぬ理由がそれか。ではあとの理由はなんだ?」
なおも嗤う虎。
安全と判断した、二つ目の理由、それはどうもこの虎は張りぼてであるようだからだ。
……声は確かに目の前の虎が発している、ように見える。
だが、俺の目には、虎がリアルな立体影像にしか見えないのだ。
先ほど弾けた10個の光点は、虎の額、口、首、背、手足、そして尾の位置でいわば星座のように、今も輝いており、それが虎の皮を被っているだけにみえる。
実体のないものを恐れる理由がない。
そして、さらにもう一つ。
――俺は、虎の更に後方、背の高い木へと視線を延ばす。
「――ッ、 貴様、どこを見ている!」
「ひっ!」
シャルの小さな悲鳴。俺の視線に気付いた虎が威嚇する。
が、その行為自体が墓穴である。俺の考えが正しいことを裏付けるだけの行為だ。
そう、俺の見る先、木の高い枝に俺やシャルのような光の粒が集まっているのである。
そして、そこから、糸を引くように光の筋が虎へとつながっている。
「二つ目は飛ばして、三つ目だ。……自分の姿を現さず、裏に隠れているような相手を恐れる理由がない」
「――なんだと」
俺の視線は既に虎をみていない。
「冷静に行こう。そちらの意図は知らないが、少なくともこちらに敵対の意志はない。話がしたいなら姿を現せ。それでこそフェアというものだろう?」
……これもまた半分は真実ではない。
有利に交渉を進めるには己の位置を明らかにすべきではないからだ。
だが結果、相手が姿を現そうと隠れたままだろうと、どちらでも良い。
挑発を込めた俺の言葉に対する反応で、まずは相手のレベルを判断できる。
ボールを投げ、その反応を検証する。検証結果からより己に有利な結論へ到達すべく、相手を誘導する。
これもまた、ハッキングの手法である。
俺は危険を感じるより先に、新しい情報が増えることに喜びを感じていた。
ふいに、虎の口調が変わった。
「くっくっくっく! お主、なかなかに面白いわな!」
それは女の声であった。