Warp World 07
「あの」
「なんだ」
「こんな山の中に突然現れるなんて、ワーズワードさんは殃濬椣なんですよね?」
「殃濬椣?」
「はいっ、傷を治したり、遠い距離を転移したり、雨雲を呼び寄せたり!」
……ふむ、科学的な話ではなさそうだな。「殃濬椣=魔法使い」くらいに置換しておくか。
しかし、中世さながらの鉄製武具に、魔法などというファンタジーまで存在するとは……いや、逆にそういった物理法則を無視する『超理』があるという方が、まだしも今の状況を説明できると言うものか。
「いや、違うな。俺はただのワーズワードだ」
「普通の人にはみえませんよ?」
「確かに耳は長くないがな」
「み、耳の話題からはもう離れてください!」
いい反応である。
このネタはしばらく引っ張れそうだ。
「その無邪気な微笑みが逆にこわいです……あの、じゃあ、これからどこへ行かれるんですか?」
「正直決めかねている。この場所にいる理由も実はわかっていないんでね」
「じゃあ、お国に帰られるんですか?」
……それには即答できない。
帰る――帰ることができるのか。
帰れたとして、俺の肉体は今頃、拘置所の中だろう。
いや、その思考にも破綻がある。
今ここにある肉体はネットで使っていたアバターの姿ではない、生まれ育った俺の姿だ。
肉体ごと転移したというのなら、あれだけの完全包囲を敷いておきながら、俺を取り逃がした日本警察とSTARSは、今頃ネット上で大いなる笑い物にされていることだろう。
その祭に参加するためだけに、帰りたい気持ちはある。
だが、現時点ではその方法はわからず、そもそも肉体ごと転移したという発想も違和感がある。
肉体ごとの転移であれば、それは神隠しとも言うべき、可能性コンマ以下フォーナインの世界だ。
自室で、あのタイミングでそれはありえないと考えて良いだろう。俺の計画のどこかにバグがあり、その結果が今の状況につながったと考えるべきである。
しかし、現時点では完全に情報不足だ。
「……帰りはしない。仮に、それを目的にするにしても情報がたりない」
「情報、ですか」
「ああ、もっと情報がほしい。会話はシャルのおかげで、多少できるようになったが、現状認識が正確ではなければ、必要な情報の取捨選択ができない。この地の人間がどれほどの文明レベルを築き、どのような生活をしているのか。シャルの言う魔法使いとやらにも興味がある。もっと情報の集まる場所へ行きたいな」
「な、なるほどっ。難しい話なのですねっ」
……理解を放棄してまで、無理に相づちを打たなくてもよいのだがな。
「……あー、村とか町、そういった人の集まる場所に行きたいということだ」
「あ、それなら行き先は一緒です!」
弾んだ声。初めてあった相手になぜこれほど気が許せるのか俺には謎だ。
「ここ、ニアヴ治林を超えれば、『愈洒釈薹』はすぐですし」
愈洒釈薹=ユーリカ・ソイル。
新しい単語である。文脈を考えれば、土地の名前か国の名前だろう。
「『ユーリカ・ソイル』はこの国では二番目に大きい街ですし、その情報っていうのも売ってると思いますよっ」
「いや、買うものでは……いや、買う場合もあるか。そこまで同行してもらえると言うことか?」
「はいっ、もちろんです!」
耳がピコピコと激しく上下する。
自分が、人の役に立てることが嬉しくてたまらないといった様子だ。
喜びを隠しもしないその姿は、俺に若干のとまどいを与える。
高度にネットの発達した現代において、人は知識に、感情に、無知ではいられない。
ネットを利用するものが無知であるのは、リスクである。
単なる無知は蔑まれ、更なる無知は攻撃され、金を持つ無知は喰い物にされる。
結論として、アホはネットを使うなということだが、生活から切り離せない以上、人はどうやっても清濁併せ持つネットに適応しなくてはいけない。
自らの全てをさらけ出すのはアホのすることだというのは、これはもう常識である。
まず疑う、必要以上の情報を出さない。明るく振る舞うのも、バカをやるのも、ネット上に自分で作り上げた人格であり――それは純粋さとはかけ離れた、計算されたものだ。
だが、シャルは違う。
俺は彼女に信用されるような言動を何一つ取っていない。
『相手を信用することが人間関係の始まりです』
そんなコミュニケーションは地球では絶滅している。
全く……ここでは地球の常識が通用しないではないか。
この地は確かに、異世界であった。
「ユーリカ・ソイルまではまだかかりますし――」
ネット上に復元されるべき俺の魂が、この異世界に飛ばされたことは、自分の能力にマイナス評価を与えるべき、計画の失敗であるが、
「――もっと色々お話できますねっ」
シャルの笑顔を見ていると、その全てが失敗ではなかったと、そう思えるのもまた事実だった。