Packdog's Paradox 11
「…………」
「…………」
沈黙の対峙は敵対が理由ではなく、お互い様子をうかがっているからだ。これまで会ったことはないはずなのに、なぜか親近感を感じる。お互いに初めて覚える、それは心地よい違和感だった。
この不思議な感覚はなんなのか、その理由を確認すべく、おそるおそる手を伸ばすジータ。
シャルは差し出されたその手を両手でぎゅっと握り返した。
「はじめましてっ、私はシャル・ロー・フェルニっていいますっ」
「ジータ・クルセルカです、あのあのっ、よろしくお願いします!」
互いの名を魂に刻み合うような自己紹介の後、二人の少女はまるで生まれた時からの付き合いであるかのような意気投合を見せた。
「ワーズワードさんっ」
「なんだ、シャル」
「新しいお友達ができました! すごく不思議なんですけど、ジータちゃんとは初めて会った気がしなくてっ」
「それはよかった。誘っておいて正解だったな」
これまで見たこともないほどに興奮した様子で耳をピコらせるシャルが太陽の笑顔を見せる。
シャルとジータ、似ていると言えばとても良く似ている二人だった。
顔や姿形が似ているわけではない。しいて言うならば、その身に纏う源素光量が似ている。
【スワロー・サイン/飛燕伝令】の魔法では源素を目視することができなかったわけだが、
「身に纏う源素光量はおよそ4,500ミリカンデラ。間違いない、この娘がパレイドパグのティンカーベル」
ということで、
「取り急ぎ確認すべき情報は取得できた。お前と一緒に暮らしているのであればこちらで保護する必要もなさそうだな。話は終わったのでもう帰っていいぞ、アラナクア」
背中に気配を感じて、身を逸らす。白蛇の如き長い腕が寸前俺が立っていた場所をすり抜けた。
前方からの不意打ちならばまだしも、後方からのスナイプは通用しない。俺は背中の気配には敏感なのだ。
「逃げちゃやなの、ワーズワーの」
「ニアヴに遊んでもらいなさい」
「飛び込んで来いっていったの、ワーズワーのなの」
「困難に飛び込めと言っただけで、俺に飛び込めとは言っていない」
誤解を生む言い回しでもなかったはずだ。なんでそんな理解に至ったんだ、この兎の化生は。
ジリジリと近づいてくる兎の化生との間合いを慎重にはかる。その時、横手から強烈な圧力を感じた。これが戦場であれば、殺気とでも表現すべき圧迫感だ。俺はその圧力に逆らわず、暴風を受け流す柳の如く身体を動かした。
ガキンッ!
寸前まで俺の身体のあった場所に、硬質な何かが噛み合う音が響いた。
「……なんのつもりだ」
「腕はイヤじゃったか? ではどこが良い、希望ぐらいは聞くぞ」
ガキガキと歯を鳴らして、にこりと微笑むニアヴの姿がそこにあった。あのような鋭い歯で噛まれたりすれば、俺の身体は七孔墳血して死を迎えること必死。即座に状況回避の策を講じる。
にしても二人の濬獣から同時に狙われるとかどんな状況だ。
「何も知らぬアラナクアまでこのように誑かしよって!」
「意味がわからない」
「そうなの、ニアう。ナクあ自分で決めたんだよ。ワーズワーのがそうしろって」
「アラナクア。話がこじれるので喋らないでいてもらえると助かる」
「ワーズワーのがそう言うならそうするの」
アラナクアが俺に向ける瞳の輝きは、生まれて初めて学校に通った生徒が教師に向ける類のそれだ。
自らを教え導く者に対して敬意を持つことは大変よろしいが、アラナクアの感情表現は直接的すぎる。それでは他者に誤解を与える場合もあるだろう。
「……くふふ、お主の血の味はさぞ恥的な味がするのじゃろうな」
「そんな血が流れる身体は嫌だがな。期待に応えられなくてすまないが、俺の身体はそれほど特別ではないのでごく普通の味だと思うぞ」
「この際じゃ、味の選り好みはすまい」
噛む噛まないの話が味の議論にすりかわっているところが恐ろしい。
「では噛みたい側と噛まれたくない側、双方を立てる折衷案として、やさしい甘噛みで手を打つというのはどうだ。それなら、許可なんだが」
「不可じゃ!」
紅潮して俺の提案を却下するニアヴ。にべもない。
ここまで譲歩しても合意に至れないとは、残念の極みである。
だがまあ、十分に時間は稼げたか。
「なんか綺麗だなそれ。光の粒のラインアートか?」
アラナクアに追われる俺を半眼で眺めていたパレイドパグがそんな感想を口にする。
むう、余計なこと。
ニアヴがぴくりと耳を動かす。駄犬の一言で状況を察したらしい。
「お主、なんぞ魔法の準備を!」
「やはり気づかれたか。だがもう遅い」
声もなく発動した魔法は俺の周囲に不完全な虹の円環を作り上げる。
虹の円環の中には、俺とニアヴとアラナクア、それにパレイドパグの4名が含まれていた。
駄犬の確保と化生からの逃避。状況にあわせ、最適な魔法を選択した結果がこれだ。
ティンカーベルの確認という行動の最優先事項は完了したので、俺は次の目的のために行動を切り替えている。
「ふぇぇ!? これって、アンク・サンブルスですかっ」
「そう言えばシャルにはまだ見せていなかったか。効果を発動させなければ無害な魔法なので、新しい友人と一緒にあとでゆっくりみるといい」
「未成熟な卵……虹だろこれ?」
驚きに声を上げるシャルと未だ魔法というものを軽く捉えているパレイドパグ。
観衆のざわめきと驚愕フェイスはもはや畏敬を超えて畏怖になりつつある。サリンジが俺に畏れを抱くのは当然だとして、村人たちですらも俺を見る目はどこか遠いもの、別世界の人間を見る視線になりつつある。
効果発動――『大脱出』。
発動の念と同時に、瞬時に一本の虹の道となって、村の外へと伸びてゆく。
「逃がさぬのじゃ!」
咄嗟に飛びかかってくるニアヴ。
まずひとつ『敵』の魔法無効化を目的として発動した【アンク・サンブルス・ライト/孵らぬ卵・機能制限版】であるが、そこはさすが濬獣、魔法が使えなくとも俺を拘束することなど造作も無い。『大脱出』の発動前に俺の腕はニアヴに捕らえられてしまった。
「無駄だな。『大脱出』の転移対象は虹の円環で『味方』と識別された者だけだ。『敵』と識別されているお前は例え俺に接触していてもその転移対象には含まれない」
「ぬぅ、なんじゃそれは――」
全ての言葉を聞き終わらないうちに俺とパレイドパグの姿は、その場から消え去った。
◇◇◇
畏怖の視線――
まあ今更の話ではある。
己と違いすぎる者、理解できない者を人は畏れる。直接的な関係がなけれがば恐怖を感じることはないが、その違和感を自分の属するコミュニティとは別のコミュニティの人間だと識別することで埋めるほうに傾く。
もちろんそれは人として当然の思考であり、その考え方に矛盾や破綻はない。
だが、その思考が個人だけのものに収まらなければどうなるか。
例えば、全ての人間が俺のことを自分の属するコミュニティとは別のコミュニティの人間だと識別すれば――
排他の理論に従い、彼らの言う『別のコミュニティ』に存在するのは必然俺独りだけだということになる。
せめて同じ輪の中に属していれば、理解を得られる機会もあるだろう。しかし彼らの中では俺は既に別のコミュニティの人間だと線引きされているのだ。コミュニティの壁は排斥の壁である。独りが嫌だ、皆と同じ輪の中に留まりたいと思えば、常時発生し続ける斥力に抗い続けなければならない。
そんな生き方も可能だが、それは己を殺し続ける人生となる。
自分が自分であるだけで摩擦と斥力を産むというのならば。
己の可能性を塗りつぶし、できることを抑制し、顔のない一人にならなければ輪の中に留まれないというのならば――
俺は文明人として個人の判断と思考は尊重する。自分が排斥の対象となったからといって、他人の考えを変えようとは思わない。どう考えようとその人の自由だ。
理解できないというのなら、誰の理解も求めない。
別のコミュニティの人間だというのなら、誰ともつながらないままでよい。
それは、同じ地球に住んでいながら同じ世界に属さないという選択。
あるがままを受け入れた俺を、人は『孤絶主義者』と呼んだ。
今では犯罪者の代名詞となった孤絶主義者という言葉だが、もともとの意味で言えば、排他の意志を受け入れた被差別者の呼び名にすぎない。
孤絶主義者を決定する主体は己自身ではなく、周囲の人間、または世界そのものである。
例え自主的に独りの世界で生きる選択をしたとしても、周囲の理解があればそれは孤絶たりえない。故に孤絶主義者とは常に自称ではなく他称としてそう呼ばれる。
そんな孤絶主義者はしかし、被害者ではない。
特異であること自体は善でも悪でもないが、常識外の人間であることは常識をもって善とする社会基盤上では絶対悪なのだから。
それはつまり俺のことであり、そして、ここにもう一人――
「いきなりだな、またマホウってやつか。この源素ってのが明るいからいいけどよ……どこなんだ、ここ?」
周囲には村の明かりは見えず、密林特有の揺蕩うような生暖かい闇が広がる。葉と葉の間、天上方向にわずか空いた空は日没直後の薄い青ではあるが、そのか細い明るさは森の木々に遮断されている。
もっとも俺とパレイドパグが一緒にいるだけで源素光量的にはかなりの明るさを感じるので、お互いを視認するに問題はない。
位置的には村からおよそ1キロの距離。少し歩けば来るときに馬車で通った交通路に出られるポイントだ。
もっともパレイドパグからすれば、右も左もわからぬ森の中だろうが。
源素の明かりに照らし出される灰褐色のぼさぼさ髪。ホットパンツとオーバーニーの間にわずか見える素足はやや色白。スカートでなければ絶対領域とは呼ばないんだったか。内股気味の立ち姿は歳相応で、目つきさえ悪くなければファンシー・ファッションなだけの少女にも見える。
だが、その中身は今日初めて対面する世界の敵。
『エネミーズ16』パレイドパグ。
相変わらず『ベータ・ネット』と同じ様子で俺に気安く話しかけてくるあたり、物怖じしないやつだ。
パレイドパグも間違いなく俺と同じ孤絶主義者であり、現在の俺にとっての最大関心事。
ボッ――
熱を持たない黄金の炎。
森の木々を傷つけない魔法の明かりで薄闇を切り裂き、俺とパレイドパグの姿をより鮮明に浮かび上がらせる。
風が葉を鳴らす音、虫のざわめき、鳥獣の遠い声。異世界の森は音に溢れていながら、二人の間には濃い沈黙がある。
「お前とふたりきりで話がしたくてな」
パレイドパグはアルカンエイクの協力を得てこの異世界にやってきたようだが、ここまで自由に泳がせて行動を観察した中では、こいつ自身はまるで無目的のように見える。アルカンエイクが俺の排除を望んでいるようなことを口走っていたが、俺に対する害意も感じない。
それを隠す術に長けているのかもしれないが、もっと単純にアルカンエイクのオーダーとは別の目的をもって行動しているのだという予測を採用する。
「……ふたりきりねぇ」
パレイドパグの顔から感情がすっと消え去る。切り替えは一瞬。
BPM(ブレイン・パーソナライゼーション・メソッド)の活用方法は利用者の拡大と共に新しく発見され続けている。心の動きが脳で制御されている以上、並列思考を用いれば苦楽酷烈躁鬱、究極的には記憶の操作すら可能だ。
独自にBPM同様の手法を発見し個人的に活用していた俺は、経年経験としての熟練度と合わせてそこそこ使いこなせているが、パレイドパグについては、その若さを考えれば驚異的な話である。
BPMにおける並列思考は、主たる『自分』が確立していなければ使用不可能な技術だ。確固とした自分という軸があるからこそ、そこから思考を並列化できる。精神分裂と並列思考の違いがそこにある。
自分を自分として確立すること、それは子どもが大人になる段階で発生する自尊感情を持つことが必要とされる。
自己の肯定。この世界の中に在るただ一人の自分。己の価値を知り、己と他者を区別する。それこそがセルフエスティームの概念だ。
例えば絵の巧い者はそこに自分の価値を見出し、才能を伸ばし、自分の将来を見定める。
勉強ができなくても、昆虫コレクションの数では誰にも負けないという子どもは、趣味としての昆虫採集から博士、研究者として成功することもあるだろう。
文化的教育の有無にもよるが、肉体的成長にも深く関わるそれは総じて10代の中盤に訪れる。14歳、中学二年生という年齢層の少年少女の間に稀に発生する一種の精神的暴走は、セルフエスティームへ至る道程――己に価値を見出すための試行錯誤であるとも言える。
二十歳を超えて試行錯誤を続けている人間も稀によくいる。
それにもちゃんと理由がある。
インターネット――世界中のあらゆる情報に触れられる環境――の普及という情報化社会では、大成功を収めている者、美しい者、才能が評価された者、自分より上位の者を容易く見つけることができる。
自分が何者であるかを知る前にそんな人物を自分の横並びに見てしまうと、人はどうしても自分には誇れる価値がない、駄目な人間だという錯覚に陥ってしまう。
学校で一番絵が巧いと褒められた生徒がネットで自分よりずっと美しく描かれた絵を見て、己の価値を喪失してしまう。
誰にも負けないほどに昆虫が好きで数百のコレクションを持つ子どもが、数万のコレクションを持つ人を見つけて、自分のコレクションには意味が無いと思ってしまう。
己を確立したあとであれば、絵の巧さやコレクションの数は勝負としての上下ではなく人間社会の多様性として受け入れられるのだが、それでしか自分を表現できない子どもからすれば、得意分野ですら一番になれない自分には価値がないと思い込んでしまうわけだ。
己に価値を見いだせない者は、セルフエスティームを持つことができない。
情報に触れれば触れるほど、その中で自分はわい小で。
上を見ればキリがない世界で、未完成な精神は容易く己の価値を喪失する。
喪失された価値を取り戻すことは年齢が上がっても難しい。
一言でいえば、毛も生えそろってない子どもにネットを触れさせるなということだ。
そのネットに深く関わりながら、この若さでBPMを使いこなせるまでに己自身を完成させているパレイドパグは十分脅威に値するというのが俺の考えだ。
「……さっきの続きってンなら、アルカンエイクの話か?」
脅威としての対応。憶測をもって敵味方を誤認するつもりはないが、パレイドパグの目的が俺にとってマイナスになる場合、それを放置するつもりもない。
もう一つ気になる点として、俺に対する馴れ馴れしさの理由である。
パレイドパグの能力を軽視しないならば、その無防備すぎる態度には必ず理由があるはずだ。
俺が自分に危害を加えないと確信できる材料――即ち、何かしらの『絶対の自信』を持っていると考えたほうがよい。
それがなんであるのか、そろそろ明瞭させておかなければならない。
「いや、聞きたいのはお前自身のことだ。パレイドパグ」
緑源素x3、白源素x3――
そして発動。
源素の六芒星は分離し、緑源素の三角形がパレイドパグを指す。
「……アタシのパーソナルに興味があるってか――ん? なんだ、この三角形」
「異世界ではよくあることだ。気にするな」
嘘だけどな。
とはいえ、俺を指す白源素の三角形のこともあり、怪しまれるのも困る。
俺はパレイドパグの気をそらすための施策として、大きく一歩を近づいた。
パレイドパグが背中を預けている太い木の幹、その頭上あたりに肘をつき、覆いかぶさるようにして、その視界を防ぐ。こうしてみると、駄犬の身長はシャルより少し高いくらいか。それでも十分大人と子どもの身長差である。
「なにを――」
最近は人の反応を確認方法として、耳を見るのが習慣化されてしまっていたが、さすがに地球人のパレイドパグの耳を見ても動きはしない。アルコールの影響でやや赤くはなっている程度だ。
そういう時は相手の瞳に生まれる反応を確かめれば良いのだが、それすら不要にする【パルミスズ・マインド・ネイ/風神伝声】の魔法は便利である。
BPMの手法により並列化されたパレイドパグの思考が俺の脳内に流れ込んでくる。
さて、お前の目的と『絶対の自信』の根拠――全てをさらけ出して貰うぞ、パレイドパ、
『きゃわわわわ!! 近い近すぎるよ、あ、でもこういうのすっごくいいかも。キス? キスされちゃう? きゃ~~! ワーズワードの真っ黒い瞳、吸い込まれそう。今アタシだけを見てる? 見られている? 写真よりずっとかっこいいとか反則だって。それにくちびるも柔らかそう。きゃ~~~~!! いきなりだなオイ、クールな奴だと思ってたのにこーゆーときはパッションで攻めてくるんだ、はー、このギャップがたまンないわ。アタシ変じゃないかな? デグマーかわいいよね? それよりこの状況って…… そりゃキスでしょ。キス! ま、まーあ、キスくらい許してあげてもいんじゃないかな、議題、はじめてのキス許してあげる? 了承。了承。それじゃ議論にならないじゃない、いつもどおりちゃんと否定意見を上げないと。じゃあ、否定意見。出会ってすぐは早すぎます。否定意見。ベータネットの期間を加算すれば十分です。否定意見。軽い女だって思われる。否定意見。ワーズワードはそんなやつじゃない! 否定……はしない。結論が出たね。他のやつならともかくワーズワードなら大丈夫。そだね、ワーズワードなら。んじゃんじゃ、それ以上求められたら? 了承。ダ、ダメ、そういうのはもっとちゃんとしたところで。でも断れる? ……初体験の主要国平均16.5歳。統計からは年齢的問題は見つけられないことを証言します。いいじゃん、ちょっとくらい許してやれよワーズワードだってオトコなんだし。ちょっとってどれくらい? ……おっぱいまでとか? ないのに? あるよ! ……あるよ。将来性はあると信じてる。うん、じゃあそれで。それよりも、顔が近いよ、近すぎるよ。ワーズワードも一人でこんな化け物の世界で一週間もいて、きっと怖くて心細かったんじゃないかな。あー、誰からも見てもらえないの、寂しいよね、わかるー。そこにさっそうと登場のヒルデちゃん! 初めてですぐに私って気づいてくれたよね。これってやっぱ……きゃ~~~! でも、最初すっごく冷たいこと言われたじゃん。バッカ、しらねぇの? あれってツァンディレってやつだろ。リズロットの奴がいつも言ってるじゃねーか、ジャパニーズはみんなそうなんだって。そっか。そうじゃなきゃ、アタシの事知りたいなんて言わないだろ。何が知りたいのかなドキドキ。お名前は? ブリュンヒルデ・ラッへ。年齢は? 15歳。国籍は? ドイツ。ドイツ帝国! 職業は? 世界最恐のコンピューターウイルス作成者。でもって、『エネミーズ16』! それは職業じゃない。それに世界の敵なのは知ってる話でしょ。じゃあじゃあ好きな食べ物は? バームクーヘンおいしいよね。『インプランツ・エイジズ』正真正銘の化け物。そんなのいいって、今は了承された議題の準備が先。うん。ワーズワードはアタシのお願いだったらなんでも聞いてくれたし、一番アタシのこと見てくれてた。ベータネットだけが私が私のままでいられる世界。その世界でアタシのことを見てくれるワーズワード。ワーズワードのいない世界なんていらない! アルカンエイクがワーズワードのこと狙ってるんなら、アタシが守ってやんなきゃ! だって――』
BPMは脳内に個別の情報をもつ自分自身を能動型擬似人格として独立させる手法である。それは言葉の通り、擬似ではあるが個別の人格を持たせることができる。確かにそうなのだが。
「ン――」
自分の心の中でなんぞやの意見を統一させたパレイドパグが、頬を赤く染め上げ、恐ろしく悪い目つきを更にきつく尖らせて、ついでに唇も尖らせた。
え? なに?
『だって、ワーズワードはアタシのこと愛してるんだから!』
……は?