表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.6 転移者たちの弁証法
64/143

Packdog's Paradox 08

「まずは現状を確認しよう。干し魚、山菜、キノコ、鳥肉、それに鳥の卵、とりあえずこの辺りの食材を集めてくるんだ。調味料は馬車に積んであるので、御者くんに出してもらってくれ」

「うんっ! ……っとね、お野菜と卵と川魚メルバーユの干物はあるって! 鳥肉ティンクはないみたい。サチアロじゃだめかなあ」

「いや、それでいい。俺の国の料理は旬の素材を楽しむものだ。ないものはないで素材の変化もまた楽しさの一つだ」

「そうなんだ」

「では次に調理器具だが」


 村唯一の立派な大鍋には宴会用の豆スープを煮込まれており、まだその中身は空になっていない。即興で始まった料理対決のために、中身を捨てるなどという選択肢はあるまい。

 そして、まだしも料理に使えそうなその他の鍋は先にニアヴとシャルに確保されてしまったようだ。


「何もないねぇ」

「だな。鍋もそうだが、包丁も料理を入れる器もなにもないな。ユーリカ・ソイルの街では不自由がなかったので少しばかり甘く見ていた」


 木製の皿に木製のコップ。金属製の品物がそもそも少ない。よく考えれば、あの石の街ユーリカ・ソイルですら国で第二の都市なのだ。それより地方となれば、その文明レベルは何をかいわんや、ありおりはべりいまそかりである。


「あ、包丁ならあるかも」

「それは良かった」

「フェルナく~ん!」


 何かを思いついたらしいセスリナがフェルナの名を呼ぶ。


「なんでしょうか、セスリナ様」

「それ、貸して!」

「……は」

「その魔法の剣、お料理に必要なの」


 にこにこと手を差し出すセスリナ。

 対照的にフェルナの全身は小刻みに震え、端正な表情が絶望色に染まって行く。その表情変化にシャルと同じ血の流れを感じる。

 俺が氷の魔法を付与したフェルナにとっては至宝ともいうべきアイアン・ソード。

 それを誰かに預けるというだけでも血を吐く思いであろうに、こともあろうかセスリナはそれを食材を切るのに使おうというのだ。

 通常であれば絶対に拒否すべき提案だが、貴族であるセスリナの頼み事を断るわけにはいかないという、絶対的な階級制度の縛がある。

 

「あの……これは……」

「ね、ね、いいでしょ。すぐ返すから」

「は……はい……」


 自身の髪の色よりも青ざめきたフェルナがその剣に手をかける。手が震えて、うまくその柄を握ることができないでいる。

 このまま放っておくと、フェルナが死んでしまいそうだ。

 仕方がないので助け船を出しておくか。


「やめておけ。その剣では食材は切れない。鉄の剣は、斬るのではなく叩きつける武器だ」

「えー」

「というわけで行っていいぞ、フェルナ」

「あ、ありがとうございます……ッ」


 やけに思いの込められた一礼をして、フェルナが素早く去って行く。

 あれだけ完璧な男でもセスリナには敵わないらしい。世の中はうまくできていると言うべきか、できていないと言うべきか。

 

「くふふっ、ほれ、どうした。道具がなければ料理はできぬか? それでよう、うまいものを作れるというたものじゃな」

「俺はそんなこと言っていないというに」

「でもでも、このままじゃ負けちゃうよ」


 ニアヴの後ろではシャルがそんなやり取りの声も聞こえないといった真剣な様子でサチアロを捌いている。

 これは一体誰と誰の勝負なのだろうか?

 勝ち誇るニアヴと不安げに俺を見上げてくるセスリナ。

 俺は一つ嘆息を落とす。


「二人とも何を言っている。まだ負ける要素は出てきていないだろう」

「じゃが鍋の一つもなければ、料理もできまい」

「そうだよ、どうするの」

「バカな。誰が鍋や包丁が必要だなどと言った。俺はただ現状を確認しようといったのだ。鍋も包丁もないということが確認できた、それだけで十分だ。言ったはずだぞ、『やるからにはベストを尽くす』と」

「む」


 自信に満ち満ちた俺の宣言に、一歩を後ずさるニアヴ。

 逆に期待に満ちた目で見上げてくるセスリナ。


「じゃあじゃあ、どうするの?」

「簡単な話だ。あればそれを使う。ないならば『作れば』いいだけだ」

「な、まさかお主――ッ」


 俺の意図に気付いたニアヴが声を上げる。

 俺とニアヴのやり取りに何かしらのイベントの始まりを感じとった観衆たちが、声を飲んで視線を向けてくる。

 

 白源素x4――

 

 そして、

 

 黄源素x1、白源素x4――

 

 白源素により構成された四角形が三つ。そして白源素の底辺に持つ四角錐が一つ。


「さて、ではそれらを作るところから料理対決を開始しよう。オリジナル・マジック――【コール・ジマズ・カッパーポット/地神銅鍋】」


 適当に付けた魔法名は観衆向けのもの。折角の余興である。遊びに本気、盛り上げてこその宴会芸だ。

 銅鍋を創り出すには、地神魔法【ジマズ・アルケミック・ベリー/地神創成果実】の基本である鉄創成による鉄鍋から黄鉄鍋と白鉄鍋を経由する四段階組成が必要となる。

 そこに行き着くまでには、実に16個の白源素と一つの黄源素が使われる計算だ。【地神創成果実】の魔法はその段階的組成変化時に金属の質量が減少してしまうため、最後の銅の生成時に黄源素を一つ追加し、精密な近代調理器具としての鍋の形に整形する。最初の鉄鍋の段階で使ってしまうと、その質量減少により最終形で崩れてしまうため注意が必要だ。

 魔法とはイメージの力、鍋一つにどれだけリアルな形状を、想いを、機能美を込められるかがその品質を決定する。

 鍋で言えば仏蘭西辺境地方の食器メーカーが有名だが、品質で言えばやはり日本製だろう。世界を相手にした伝統技術の企業連合クラウド、一言で言えば零細町工場同士が手を組んで対外的に一企業として見えるようにしているだけなのだが、日本の職人が誇りを持って世界に提供する『匠』シリーズ。その品質に妥協の二文字はない。

 一流のコックであれば、間違いなく『匠』シリーズを選択する。

 俺の思考は日本の匠のそれを模写し、脳内には飛び散る火花すら再現する。あらゆる技術を解説付きの映像で伝えるItube(アイチューブ:フリーの動画投稿サイト)の存在は偉大だな。

 魔法の発動と共に大地の一角が陥没。どこにでもある土壌成分を元に、次々に魔法を連鎖させて一つの鍋を完成させる。


 魔法発動の後、そこには叩き上げられた美しい赤銅色を有する寸胴の大鍋が現れた。


「おおっ、すごい」


 魔法を初めて見た村人たちから歓声が上がる。

 一方、


「魔法で鍋を作るじゃと……お主の魔法は鉄の檻だけでなく、このような繊細なものまで作ることができるのかや!?」

「そうだな。やってみたのは初めてだが、お前の動く【フォックスファイア/狐火】の魔法を見せてもらったことで確信できた。生物さながらの自律制御まで可能とする黄源素の応用性の高さを考えれば、この程度は造作ないだろうと」

「また新しい源素の話かや。それは良いとして、新しい魔法の創造という秘術、それで作るものが鍋などとふざけるにも程があろう!」

「その発想が既に、魔法に幻想を抱きすぎてはいないか? これはただの源素操作技術だと言った。鍋がないのだから作る。魔法で作れるのだから魔法で作る。鍋を作るのが鍛冶屋でなければならない道理はないのだ」

「なん……じゃと……」

「ニアヴ様があのように驚いて……もしかして、ものすごいことだったのか?」

「当然だ! あのような……あのような高度な魔法を【プレイル/祈祷】なしで【コール/詠唱】するなど……我が法国の地神神殿上級神官ジグラット・ジマイルでもできはせぬのだぞ!」


 驚きのまま、だが二の句を継ぐことが出来ないニアヴ。俺の魔法発動風景に今まで信じていた世界の瓦解を見るような表情のサリンジと愉快な仲間たち。

 歓声を上げていた村人たちが、サリンジお付きの神官の気炎を吐くような叫びを聞き、反応に困った風に押し黙る。


「とりあえず続けようか。もう一つ――【コール・ジマズ・ステンレスクックウェア/地神不銹鋼調理器】」


 鍋だけではまだ足りないのだ。

 包丁にこし器に蒸し器、お玉と菜箸も必要か。器は蓋付きカップタイプのものが望ましい。

 源素は必要な分だけ使う。利用を自重する必要は欠片もない。

 俺の目の前を埋め尽くす程に作られた四角い源素図形が次々に発動してゆく。


 【地神不銹鋼調理器】。

 続けざまの魔法でまずは異族同周期の金属を合成してゆく。

 ステンレスは鉄やニッケル、クロムの合金である。金属の組成変換時に、元の金属の一部を残しつつ次段階に進み、最終的に黄源素が持つと思われる自立制御的な魔法機能を利用し、均一になじませる。

 それにより合成された金属は、厳密にはステンレスとは呼べないだろうシロモノだろうが、それに近い金属光沢を生み出しているので準ステンレスと呼べるものにはなっているだろう。

 そこから次々に創り出される金属料理器具は、耳の長い人たちは誰も見たことのないであろう時代を数百年先取りする形状の品である。

 俺としては魔法による調理器具の作成それ自体よりも、それらの細部に渡る作り込みの方を見て欲しい。


「おー。魔法ってなんだよ。今のどうやったんだ? 番人どももやってたが、その光の図形が関係してんのか?」


 こちらの言葉がわかるようになったパレイドパグが、魔法という言葉に反応して声をかけてくる。

 番人――ニアヴやアラナクアは外見上からして特殊なので、彼女らの使う魔法には気が回らなかったのだろう。今同じ地球人である俺がそれを使って見せたことで、初めて疑問を持ったのだ。


「そう言えばお前にはまだ教えていなかったな。この世界には光の粒――『源素』が存在し、それらを特定の図形に接続することで地球ではありえない魔法という不思議な現象を引き起こすことができる」

「マジかよ」

「折角なのでもう一つ見せようか」


 目の前には鍋の生成時に余った無加工の銅塊。

 そして、俺の手のひらの上にはこれまでと同じく黄源素が1つに白源素を4つ接続した四角錐が浮かぶ。

 その形は鉄を作る際の正方形、銅を作る際の菱形と色々あるが、今は長方形である。

 

「今俺が使った魔法は土壌から金属を作り出し、周期表に沿った組成変化を引き起こすことができる魔法だ。そしてこの魔法には周期表を横にではなく縦に進む高位の魔法が存在している。これまでの経験則から、同じ4つの白源素を接続した四角形でその魔法が発動可能とする。そうであるならば、それは低位の四角形よりもっと美しい源素図形で描かれる四角形であろうという予測が立つ」


 これはパレイドパグに向けた言葉ではあるが、その本人は魔法というものをそもそも知らない。

 それ故パレイドパグは俺の言葉を完全には理解できず、結果深く俺の指すところの意味を考える必要がある。耳で聞き、目で見て、そして、己の中で回答を出す必要がある。

 10のうち、5を与えて残りの5は己で会得させる。

 これは教育の本質である。

 パレイドパグの表情から笑いが消え、瞳に真剣さが宿る。


「以上より、四点で描かれる美しい四角形――1:1.414213562373095048という割り切れない奈辺の比率、これを白銀比と呼び、その比率により描かれる四角形を『白銀長方形』と呼ぶ。そしてもう一つ、黄金比で作られる『黄金長方形』が存在する。これら貴金属比で作られるものこそ『最も美しい四角形』。鉄から始まり最終的に黄金きんに辿り着くこの魔法にまさしく相応しい。できるかできないか、やってみよう。オリジナル・マジック――【コール・ジマズ・シルバーウェア/地神銀食器】」

「銀まで作るじゃと――!?」


 これまた大きなニアヴの叫び声。銀、それはこれまでの金属変化とはまた別の意味で、ニアヴを驚かせる。

 銀と金、貴金属と呼ばれる金属は酸化や状態変化に強く、組成変化による地神魔法でも作りにくい。

 ユーリカ・ソイルにある地神神殿で聞いた話では、それらは魔法の才能を持つ者の中でも、また別の天賦の才能を持つ者でないければ、成功できないらしい。

 そして、それを作り出せる魔法使いは、国家レベルで数人しか存在していない。

 でもまあ、数人はいるわけなのだから、源素の見える俺であればできるはずである。

 そこそこの確信を持って、俺は魔法を発動させる。

 

 ――パキン

 

 が、それは銅塊になんらの影響も与えず、源素はその繋がりを失い空中に拡散してしまった。


「あれ?」

「どうなったのじゃ」

「いや、失敗してしまったようだ」


 あそこまで公言しておいて失敗すると恥ずかしいものだが、ダメだったものは仕方ない。


「ふぅ、さすがのお主でも銀まではつくれぬかや。いや、それでよいのじゃ。幾分安心したわ」


 なぜか安堵するニアヴ。そのへんお固い濬獣ルーヴァ様である。


「うーん、理論上はいけると思ったんだがな」

「……理論はあってんだな?」


 そこで、パレイドパグがポツリと呟いた。

 あぐら座りで片膝を立てている。


「と思ったのだが、『白銀長方形』でダメだというなら、この理論は破綻してしまったということになる」

「そんなら元を疑うよりも、そっから実践へ向けての導論ミスを疑う方が先なんじゃねぇの?」

「俺の導論に間違いがあると言いたいのか」

「さあな。アタシは魔法なんてモンはわかんねぇからな。でも、てめぇが――ベータ・ネットのロジカルモンスターがそう考えたなら、その理論を疑う方がよっぽどバカらしいって思うぜ」


 そのあだ名も久しぶりに聞いたな。

 とはいえ、俺はそこまで完璧な人間でもない。できる範囲でできることをしているだけだ。間違った理論を口にすることもあると思うのだが。

 実際、ミームに関する理論構築に致命的に失敗した結果が今ここにいる俺である。

 にしても判然わからないのは、パレイドパグの言う導論ミスとは何かだな。思い当たる節がない。


「何が言いたい」

「『最も美しい四角形』ってのが必要だって理論なら、そこから導かれるのは『白銀長方形』じゃねぇだろって話だよ」

「ふむ、だがそれは既に検討済みだぞ。正方形や菱形あるいは、平行四辺形などの規定の形状は既に低位の魔法で使われている。黄金長方形は確かにまだだが、それだと銀から金への――」

「そこがてめぇの抜けてるところだってんだ。『最も美しい』――美ってのはよ、決められた形が全てじゃねぇんだ。それは、いつでも――女の中にあるんだぜ」


 そう言いながら、パレイドパグが親指と人差し指でL字を作り、それを重ねて四角形を作った。構図を決めるときによく使われる、指カメラだ。

 『美しさ』――俺は数理的な美こそを評価する傾向にあるが、確かに女性の美は数値では表現できないものだ。

 その発想に立てば、白銀比、黄金比という定義自体が数値化できない美をなんとか数学で理解したいと、無理矢理に数式に当てはめた結果でもあるとも言える。その割には全然割り切れていないが。

 その四角い穴からこちらを覗き込んでくる仕草。穴の向こうにはウィンクをするパレイドパグの姿がある。

 目付きが悪いので、絶望的に似合わない。

 言いたいことはなんとなくわかったが、なんでウィンクした。それは余計だろ。


「……」

「おいっ、なんか言えよ! まるでアタシが滑ったみたいじゃねぇか!」

「事実ではないかや。そんな適当なもので、うまく行くわけがなかろう」

「そんなの、やってみねーとわかんねぇだろうが」


 ……その通りだ。

 再び掌中に意識をあわせる俺に、ニアヴが驚き振り返る。


「お主、このようなヨタ話を真に受けるのかや!?」

「まあそういうな。やってみればわかる話なんだ、端から否定する理由もあるまい。失敗すればその時は思う存分駄犬と呼んでやればいい」

「誰が駄犬だっ」


 パレイドパグの指の形は既に俺の脳内に記憶されている。その向こうに見える残念なウィンクも。

 

 黄源素x1、白源素x4――


 底辺を形作る四角形は『白銀長方形』に近い形ではあるが決して白銀比にはなっておらず……それ故か少し暖かみがあった。

 

「――曙光を宿せ【コール・ジマズ・シルバーウェア/地神銀食器】」


 皆が見守る中、俺は静かに魔法を発動する。

 そこにさっきはなかった変化。

 発動光と共に銅塊は柔らかい白金の輝きを発しながら、その質を変え始めた――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ