Packdog's Paradox 06
緑源素x2、白源素x8――
まっすぐのばされたニアヴの手のひらの上に浮かぶ、10の源素を用いて作られた源素図形。
その形は五芒星であり、5つの頂点と5つの交点に源素が輝く。
「――知らせよ【コール・スワロー・サイン/飛燕伝令】!」
魔法発動と共に、星型と内側の五角形が分離。五角形はニアヴを囲んで留まり、一方の星型はギュルリと一度回転したのち、行き先を探すように空中に高く昇り……そこでパッと拡散した。
瞳を大地に戻すと、その腕を前方に突き出した体勢のままでわなわなと身体を震わせる狐の姿があった。
「ニアう?」
長身の兎の化生が心配そうにその顔をのぞき込むが、それすらも目に入らぬといった様子でニアヴが声を漏らす。
「……レニに声が届かぬ」
ニアヴの性格を考えれば、己と同じ濬獣――仲間への連絡が取れない状況というのは、最大の問題事項であろう。それもアルカンエイクの話を聞いた後では、心穏やかではいられまい。
だが、思考停止はなんら問題の解決には寄与しない。一つ状況が判明したのならば、思考もまた一段階進めねばならない。
情報を取得し、分析し、推定する。どのような状況でもその方法論自体は変わることがないのだ。
まず第一に、レニ治窟にアルカンエイクがいるのではないかという俺の発想自体が、ここまで得た情報を分析した結果の推定にすぎなかった。
そこに「レニの身に異変があったらしい」という情報が加わり、その推定の確度は増した。
と同時に新しく取得された「レニの身の異変」について推定を行う必要が出てきた。
「死亡の可能性は?」
俺は敢えて最悪の想定を口にした。
これから幾つかの状況想定を積み重ねる上で、希望から絶望へと積み重ねるのではなく、絶望から希望へと積み重ねる。
生存の可能性もあるが、死んでいるのではないか?
死亡の可能性もあるが、生きているのではないか?
状況的意味において、その両者は完全に同一だが結論をどちらに倒すかで後の印象は180度異なる。
パンドラの箱よろしく、人間は最後に残ったものに目が行くものである。希望を残すとはそういうことだ。
だが、そんな俺の心理誘導的気遣いは無用の長物であるようだった。
「それはありえぬがの」
「ほう、さすがにそうであれば判然るということか。では、どういった可能性が考えられる?」
「簡単にいうでないわ。まさに今、それを考えておるのじゃ」
深刻な状況に対し、軽口とも言うべき俺の問い掛けに、だがニアヴは存外落ち着いた対応を見せる。内心はどうかしらないが。
統治者たる者、村人や後輩的存在であるらしいアラナクアの前で動揺をみせるわけにはゆかないのだろう。
であれば、俺もその矜持に乗っかるだけだ。
「ではまず俺の想定を並べてみよう。考えられる状況は三点ある。一点目はそのレニが死亡していないまでも、無意識下にある状態。失神や昏倒、軽微であれば睡眠という状況の可能性」
「……昏倒というのはわからぬが、睡眠中というのは考えにくいの。睡眠程度であれば【飛燕伝令】は発動するじゃろうし、またレニも即座に目覚めるじゃろう」
「なるほど。では二点目としてなんらかの監禁状態にある場合。魔法的連絡手段すらも妨害できる防御機能を有した施設等に捕らえられている可能性だ」
「そのような失態、レニに限ってはないと信じたいところじゃが……お主と同じ能力の者が他にもおるというのであれば、断言はできぬな」
俺はどうか知らないが、仮にアルカンエイクが一年以上を魔法の研究に費やしたりしていれば、それは十分に脅威に値する成果が出ているに違いない。濬獣の一人くらいならどうとでもできるくらいの。
次元転移とも言うべき地球との行き来の技術を完成させているのだ、であれば、俺も一度は使ってみたい流星落下や時間停止の魔法なんかも使えるようになっていたりするかもしれない。
もし、使えるのだとするとそれはどのような魔法かとつい考えてしまうのもハッカーたる者の業ではあろう。未知の技術に対する興味が尽きることはない。
時間停止――まず、基本概念として『時間』とは『変化』である。
季節の移り変わり、川の流れ、肉体の老い、思考の熟練、分子の運動、全てのものは常に変化し、一時も同じではない。
『変化』それ自体を魔法的手段を用いて固定することができれば、それは時間停止の魔法たり得るというのは、そのような魔法の使えない俺にでも想像可能な技術理論である。
とするとだ、仮に時間停止の魔法が使えたとしても、時間を停止させられる範囲には限りがあり、そこに停止する空間と停止していない空間との『壁』ができることだろう。
発想を逆転させて、周囲ではなく自己の変化を固定化させることで、時間の流れから自分だけを切り離すコールドスリープ状態を作り出すこともできるかもしれない。
その場合、思考もできない状況だろうから、死んでいるのと変わらないとも考えられるが。
とは言え、新鮮なお肉を時間停止すれば、いつまでも新鮮なままでおいしく食べられるようになるし、氷も溶けずに保存し続けられる。賞味期限はなくなり、棚の奥に手を伸ばして牛乳を取り出す必要もない。
冷蔵庫ならぬ、停蔵庫の完成だ。
これは売れる。
と、思考を遊ばせていた俺にニアヴが迫ってきた。
「そこまでは妾も考えておったものとそう変わらぬ。じゃがそのどちらにも引っかかりがある。うまくは言えぬがの」
「いや、お前がそう思うのならそうなのだろう」
「であればはよう申せ。最後の三点目の想定とやらを」
「ん、なんだお前の考慮には入ってないのか。一番わかりやすいシンプルな回答なんだがな」
「だから、それはなんじゃ!」
ぐぐいと更に迫ってくるニアヴ。
軽く押しのける。
「三点目はレニがアルカンエイクと協力状態にあり、意図的にお前たちとの通信を切断している可能性だ」
「んな――」
ぽかんと口をあけたままのニアヴ。口の中に見える白い突起物は八重歯ではなくまさしく牙なのであろう。
俺は決してニアヴを軽視していない。すなわち、濬獣の能力と聡明さを。
「ユーリカ・ソイルの街で餞別にといただいた蜜樹パンはいかがでしょうか……?」
「くんくん、いい匂いなの~」
……これはニアヴの背後でシャルに餌付けされつつある、兎の化生は見なかったことにしての話だが。
「レニとやらがアルカンエイクと敵対関係にあり、もしそこに争いが発生していれば、最終的にアルカンエイクが能力で上回ったとしても、その途中で他に救援を求めるといった対策を必ず採るはずだ。まさしくアラナクアがお前にそうしたように」
突然に名を呼ばれて、ビクリと身を竦ませるアラナクア。
シャルがそっと差し出していた甘い香りの漂うパンに、ゆーっくりと伸ばされていたウサギの手が瞬時に引き戻される。
成功を確信していたシャルもまた、ショックの表情を見せる。
俺が駄犬を教育している間、なにを遊んでいたんだ。
「……それがなく、お前にレニ不在の異変が一切伝わっていないというのであれば、本人意志によるものだと考えるのが妥当だろう」
「そのアルカン某とは、希代の人さらいにして法国の新王なんじゃろう! 誰よりも己の責務に謹直なレニがそのような者と協力するはずがないのじゃ!」
「それについては、俺はレニを全く知らないのでなんとも言えないな。アラナクア、お前から見てレニはどんな人物だ?」
「んと、んーと」
アラナクアがそう呟いて、考え込む表情を作る。そして、その頭上に電球が幻視できそうなほどの閃きの表情を見せ、
「レにさんはすっごい美人さん。で、ニアうはすっごいかわいいさんなの!」
肘を曲げて胸の前に構え、それに体のひねりを加え、勢いも良く両手をぎゅっと握る仕草。
それはアラナクアとしては、会心の答えなのだろう。
「……そうか」
やはりここは異世界だ。言葉が、通じない。
「いや外見の印象ではなくだな。内面はどうなんだ。ニアヴの言うように、他者を寄せ付けない厳しい人物なのか」
「ううん、レにさんは優しいよ。怒ったらニアうとおんなじくらいこわいけど。んー、ニアうとレにさん、そっくりかも」
「なるほど」
俺はニアヴに視線を戻す。
「で、その内面的にそっくりなお前は俺に同行しているわけだが。お前は他の濬獣にこのことを伝えているのか?」
「そ、それとこれとはっ」
凝とニアヴを見つめる瞳。
前からは俺が、後ろからはアラナクアが。シャルや村人たちもやり取りの意味は理解しなくとも注視している。
ちなみに、フェルナとセスリナの姿はない。どこに行ったかも知ったことではない。
沈黙の凝視に堪えられなくなったように、ニアヴがポツリと小さく呟いた。
「……違うじゃろう」
「違わないだろう」
即座に切り捨てる。
「可能性は捨てきれないということだ。どちらにしても行き先は同じなんだ。ある意味でお前にも目的ができたのではないか」
「むっ……そうじゃな。確かに目的ができた。レニがどうしておるのか、異変があれば、妾が解決せねばならぬ。無事であるなら、なぜになんの連絡も寄越さぬのか、直接に問い質さねばなるまいの」
それはいつものニアヴの声だ。この狐の化生の強さは、この心の持ちようにあるのだろう。
「ぴぃ」
と、そこでまたアラナクアが怯えを見せ、ニアヴの背に隠れた。ニアヴもまた軽い臨戦態勢を見せる。
「おい、ルーキー。なんなんだよ、いきなり出て行きやがって」
「なんだ、降りてきたのか」
「ハッ、あんな生木臭い部屋にずっといられっかよ」
「別に閉じこめておくつもりでもないしな。好きにすればいい」
「ったりめェだっての」
振り返ると、そこには不機嫌な顔をしたパレイドパグが樹上の部屋から降りてきていた。
お勉強タイム中は、それでも途中から機嫌よさそうだったのだが、この短時間でなにか気に障ることでもあったのだろうか。この場に『パグリンガル』がないのが悔やまれる。
『パグリンガル』はベータ・ネットで配布された駄犬の気持ちがアイコン表示されるアプリである。俺が作った。
思考により制御されるアバターは、感情に左右されない表現を可能とするが、その使い手が未熟であればやはり一部の感情はアバターに反映される。
ブサイクなヌイグルミ犬の無意識下の情動を解析し『お腹がすいた』『お前が気に入らない』『お前も気に入らない』『でも遊んで欲しい』などの感情を的確に表現する。
俺がベータ・ネットに参加するまでは、技術的にも人間的にも未熟なパレイドパグは皆から軽視や無視の扱いを受けていたようだが、俺がこのアプリをばらまいたことにより、その反応の面白さにアプリ利用者が拡大。いつのまにやらベータ・ネットのマスコット的地位に上り詰めていた。
もちろん、このアプリの存在は本人には知らされていない。
そんな変化があれば、普通訝しみそうなものだが、駄犬はやはり駄犬なので『遊んでもらって嬉しい』『お話してくれて嬉しい』アイコンを頭上に点滅させるだけだった。
そのうちに自分が人気者であると勘違いし始めたようで、段々と調子に乗り始めたわけだが、実害もないので適当に相手をしていたわけである。
アラナクアがニアヴの背からぴょこりと顔を覗かせる。
とは言っても膝立ちでニアヴの背にしがみついてる状態なので、別に隠れられていたわけではない。『頭隠して尻隠さず』な姿である。かの格言は、まさにこのような状況から生まれたのだろう。
「あれ、喋ってる言葉わかるの」
「ああ、さっき教えておいたからな」
「はあ!? あの捕り物劇からどれほどの時間も経っておらぬのにかや!?」
実際にニアヴが捕り物劇などという古風な単語を口にしているわけではないが、狐の身につける日本古来の民族衣装風な衣服の印象から、俺の脳内では半自動的にそのように翻訳される。
人間印象は大事である。
一方アラナクアはというと、元は同じ衣服なのだろうが小袖と言うよりはノースリーブ、袴と言うよりはホットパンツな服装なので、あまり和風な翻訳にならない。
「そうは見えないだろうが、パレイドパグは優秀な人間だ。俺がもう一人いると考えた方がいいほどに」
パレイドパグもまた『STARS』から世界の敵と認定された人間である。
見た目と言動がどれだけアレでも、実績と才能を軽視はできない。
俺とパレイドパグは、結局同じ穴のムジナなのだ。
「お主がもう一人じゃと……いくらなんでもありえぬじゃろ!」
「そうでもないぞ。評価ポイントにもよるが、一芸特化のベクトルが異なるだけで、パレイドパグが得意とする分野では俺はパレイドパグには及ばないだろうしな」
「キャハハハ! わかってンじゃねェか、ルーキー。……狐の化け物、色々と言ってくれてるみてェだが、てめェの言葉ももうわかるぜ。さっきは良くもやってくれたな」
微笑ましい限りの駄犬の挑発。
それもコイツが誰にでも噛み付く駄犬だと俺が知ってるからこその感想であり、面と向かって濬獣に喧嘩を売るパレイドパグに村人たちはドン引きである。
印象も大事だが、やはりその人物の内面を知っていることはとても大事なわけだな。
一方、その言葉で逆に落ち着きを取り戻したニアヴが静かにパレイドパグに向き直る。これはこわい兆候でもある。
「……化け物のう。言葉は分からずともお主とは気の合わぬものを感じておったが、まさしくその通りじゃな」
「ハッ、そりゃこっちのセリフだっての」
突然に睨み合いを始めたパレイドパグとニアヴ。
二人の間に不可視の紫電が走る。
「くふふふ……っ」
「ガルルルッ」
バチバチと火花を散らす二人の視線。一触即発の不穏な空気が場に流れる。
「番人ども、てめェら二人まとめて、さっきの仕返しを――ふぎゃっ!」
「はい、そこまで」
キャンキャンとやかましいパレイドパグの頭をぐいと抑えつけて、その口を塞ぐ。
「れめェ、ワーズワーろ! ひゃにしやがる、ベロかんらじゃねーか!」
「今は俺が話し中だったんだ。お前は突然出てきて面倒を起こすんじゃない」
そもそもこの状況でニアヴと敵対して、なんの利があると考えているのだ。
いや、利がないどころが、害しかない。
言葉が判然るようになったのなら、対話を選択すべきである。それが理性的なそして文化的な対応というものであろう。
「い、や、だ!」
もちろん結果として、対話による解決が無理であると判断された場合には、戦争なり暴力なりの解決手段を選択することになんら反論はない。肉体言語による会話しかできないアホの子は間違いなく存在するのだから、なんでも話し合いだけで解決できると考える方がアホの子差別というものだろう。
抑えつける腕を掴んで、俺の手の下からパレイドパグが抗議の声を上げるが、成人男性である俺の腕力に小柄なパレイドパグが抗えるはずもない。
「く、うーーっ!」
必死の抵抗で暴れるパレイドパグ。だが、ビクともしない俺の腕にだんだんとまなじりが涙で潤んでゆく。
それでも抵抗をやめないパレイドパグ。ニアヴは多少呆れた様子で状況を見守っているが、村人たちの――主にシャルの――視線がだんだんと同情的なものに変わってゆく。
「ワーズワードさん、そんなにいじめたらかわいそうですっ」
え。
「なのっ」
ちょ。
シャルはともかく、お前はそっち側じゃないだろ。
日本社会では『いじめ』という単語は最低最悪な下劣行為を指す単語として、日々活用されている。
先ほどまでの英雄視よりはよっぽどマシだが、シャルからそう言われるのは少し堪える。
思わず緩んだ腕の戒めからパレイドパグが抜け出した。
「ガルルルルッ」
距離を取り、またも俺を含めた全方位に威嚇の視線をまき散らす狂犬。
この扱いづらさこそがまさしく『エネミーズ』の証だろう。
そんな狂犬にとととっと近づくシャルの姿。
シャルさん、あんまり近づくとかまれますよー。
「あのっ、大丈夫ですか」
「……なんだ、てめェ」
「私はシャル・ロー・フェルニって言います。あの、これ」
そう言ってシャルは手拭いを差し出した。
拭いきれていない涙の跡、縛られていたときに付いた撥ねた泥がその頬を汚してるのをみとめてのことだろう。
皆の見守る中、警戒しながらもパレイドパグはシャルの差し出す手拭いを受け取る。
「ふん、ありがとよ……っ」
ぼそぼそとではあるが、感謝の意を述べるパレイドパグ。
シャルの持つ天性の純真さは、俺だけでなく、人と人との直接的コミュニケーションの薄れた現代地球に暮らす全ての人にとって温かいものである。それはパレイドパグとて例外ではないのだろう。
これまでの『パグリンガル』での情動表示傾向からして、この世界的犯罪者の少女は、自分が無視されたり相手にされなかったりすることを極端に嫌う傾向がある。それは自分のことを見て欲しい、構って欲しいという欲求の裏返し――それだけであれば、女性であればある程度は理解できる心理ではあろう。
プラスに働けば、アイドルの資質ともいうべきものだが、マイナスに働いた場合の悪影響は計り知れない。
見て欲しいではなく、見ろという強制。
――今や世界中の人間はパレイドパグを無視できない。PCを購入すればまず必要なのはウイルス対策ソフト『パグバスター』を導入することなのだから。
世界中の視線を集めてもまた足りず、誰彼構わず噛み付く狂犬。
それがパレイドパグだ。
初コンタクトに成功したシャルの表情がパァァァと明るくなる。
「良かったです。あの、ワーズワードさんと同じ国から来られたんですよね?」
「ああ、国はちげェけどな……てめぇは妖精か。最初に見た奴に似てるっちゃ似てるな」
「妖精、ですか?」
意味がわからず、きょとんとするシャル。
俺はなんとなくその意味を理解したが、ただの呼称の問題なので、特に説明する必要もないと判断する。
「それ、とってもかわいいお衣装ですね」
「お、わかるのか。へへ、こいつはデグマーの最新ファッションなんだぜ」
「で、でぐま! すごいですっ」
「……わからねェなら、別に合わせなくていいけどよ。でもまァ、お前はなんか気に入ったぞ、キャハハハ!」
「はわわ、ありがとうございますっ」
あれだけ大暴れしたパレイドパグにシャルは恐れることもなく、むしろ興味深げに話しかける。
パレイドパグも満更でもない様子でその会話を楽しんでいるようにみえる。存在を忘れられた風のニアヴは引き続いての呆れ顔だが、そこで口を挟んでいかないあたり、本当に相性が悪いのかもしれない。
強い風が吹き抜け、ザザザ……と葉擦れの音が広がる。
下草の剥げた茶色い広場を囲うように居住用樹木『高楼樹』が伸びるフェルニ村。高楼樹は幹の途中がぼこりと膨らんだ奇妙な形状の大樹であり、固い樹皮は多少穴を空けたぐらいでは支えを失わず、その内部は思いの外柔らかく加工しやすい。
広場には俺たちの他に、20人強の村人たちがやや遠巻きにこちらを眺めている。
成人男性はおらず、乳飲み子を含む子供たちと若い女性、中年の女性、老婆がその全てである。
そこにブルルと嘶く声。
おっとお前を忘れていたわけじゃないぞ、シーズ。むしろその美しい巨体は緑一色の景色の中で最大の存在感を放っている。
吹き込む風が滞留した熱気を払うように、シャルの無垢な明るい声が緊張を孕んでいた村の空気を元のゆったりしたものへと引き戻して行く。
加速気味だった時間の流れは一気にその速度を落とし、俺もまた村の様子を眺めるだけの余裕を持って、少女二人の会話を聞くともなく、その姿のみを視界に収める。
『世界中の視線を集めてもまた足りず、誰彼構わず噛み付く狂犬』
それがパレイドパグだと俺は言ったが、より正確を言い直すならば、それはベータネットでのパレイドパグ評である。
そして今目の前にいるのは、パレイドパグという悪名を持つ目つきの悪い少女であり、故に俺は、パレイドパグのことは知っていても、この少女のことは知らないとも言える。
考えることはただ一つだけ。
……シャルに悪影響がなければよいが。
といったことだった。
そんな気の抜けた思考の中、風に乗ってヒュロロロ――と長く尾を引く高い笛の音が聞こえてきた。
村人たちがワッと歓声をあげ、村の入り口に向けダッと駆け出す。
笛の音を聞いたシャルもまた表情を明るくし、わけもわからず取り残された俺たちに向かい口を開いた。
「狩りに出ていた父たちが帰ってきました! お話は後にして、まずはお食事にしませんか?」
そういえば、サリンジに命令されて、男衆は狩りに出ていたんだっけか。
色々な話が途中ではあるが――その提案に否を唱えるものがいるはずはなかった。
Packdog という英単語はありません(今更)
Packhorse は駄馬と翻訳されますので、そこら辺から意味はお察しください。
いわゆる一つの造語なので試験で使ったりするとノーフューチャーです。