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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.1 ワープ・ワールド
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Warp World 06

「えっ、本当に、全く言葉がわからなかったんですか?」

「正確には今でもわかってはいない。俺の言葉が通じているのか、シャル――君の反応を常に確認している」

「ちゃんとお話できていますよ。最初だけわかりませんでしたけど、その後は全然」


 林中の小径を、下る方向に歩きながらの会話である。

 シャル・ロー・フェルニ。見た目上の年齢は十代前半。

 線の細い少女であるが、だからといって性格までが細いわけではなかった。

 一度警戒がとけた後は、積極的に話しかけてくるため、日常会話レベルなら支障なく会話できるまで言語解析がすすんでいた。


「それは君のその目のお陰だな」

「目?」


 自分の目が見えるわけでもなかろうが、むぅと瞳を中央に寄せようとしている姿がコミカルである。


「俺の国にはこんな言葉がある。『目は口ほどにものを言う』と」


 ただ発声だけのやり取りであれば、これほど短期間には解析が進まなかったであろう。

 表情豊かな彼女の仕草一つ一つが解析情報の手がかりとなり、検証効率を高めたのである。


「目で喋るんですか! わ、私はそんなことできませんよっ」


 驚きに、彼女の大きな露草色の瞳が、更に見開かれる。


「いや……それは物の例えであってだな。こちらの場合で言えば『耳は口ほどにものを言う』か?」

「こんどは耳?」


 小首をかしげるかわりに、その長い耳がへにょりと折れる。

 この世界の人間の特徴なのだろうか?

 彼女の感情に合わせるかのように、ピコピコと動くその耳は見ていて飽きない。


「ちょっといいか」

「はい?」


 さわっ


 気になったので、触ってみる。

 瞬間、ビクンと、シャルの身体が硬直した。


「ッ!」

「ふむ?」


 やわらかい。


 さわさわっ


 さわさわする回数に合わせて、シャルの新雪の肌が徐々に赤熱し、露草色の瞳がまんまるく見開かれていく。


「皃、」

「ぴ?」



「皃靆霪熙熙皃熙罕――!」



 林間にこだまするほどの高い声が、響き渡った。


 キーンと突き抜ける耳鳴りに耐えつつ、

 

「すまない、今のは聞き取れなかった。もう一度頼む」


 俺は冷静にその言語の解析に入る。

 ズザッっと跳ね飛ぶように身を離すシャル。耳が針金でも入ったかのようにピーンと、立っている。

 それを両手で隠して、半涙目で、俺を睨み付けるシャル。

 睨み付けるその表情もまた、魅力的である。


「にゃ、にゃにをしゅるのですかぁ!?」

「耳を触らせてもらっただけだか」

「み、み、耳れすよっ」

「耳だな」

「だ、だめでしょ!?」

「だめなのか?」

「あ、あたりまえですっ!」


 なぜか口調が乱れているシャルに対しあくまで冷静な受け答えを行う。

 その淡々とした姿にシャルは、大きくため息を落とすと、


「そうでした、ワーズワードさんはこのあたりの人ではないんですよね。……今回だけは許します」


 日本からきたということはすでに伝えてあったが、シャルの中では「どこか遠い場所」というインプットがされたようだった。

 日本が別の世界にある、などということは想像の埒外だろう。俺も細かい状況を伝える気はない。

 情報取得の作業を優先するためだ。


「そうか、ありがとう」

「今回だけですよ!」

「わかった。次からは許可を取ることにする」

「きょ、許可なんてしませんっ!」


 真っ赤になりながら、断言するシャル。


 たわいのない、じゃれ合いのような会話。

 こんな会話をしたのはいつぶりだろう。


 ……いや、おそらく俺自身で言えば、そんな経験はないはずだ。


 ドラマかアニメか、作られたコンテンツの中のキャラクターが行っていたものを、己の体験として錯覚したのだろう。

 それを寂しいことだと考える人間もいるだろうが、まあ今時の若者の経験値など、そんなものだ。


「……うう~、ワーズワードさんはいじわるです(小声」


 その小さな呟きもしっかりと耳に届いているが、意図的に無視する。

 折角コミュニケーションがとれるようになったのだから、質問したいことは沢山あるのだ。


「それより、さっきから空中に漂ってるこの光の粒がなんなのか、教えてくれないか」

「光の粒……ですか?」


 シャルにまとわりついているのは、主に白い光の粒である。

 俺の方は、色とりどり、手で払わないと視界が遮られるほど集まってきてうっとおしいのだが、シャルの方はそれほど多数ではないため、気にならないのだろうか。


「なんですかそれ?」


 シャルがきょとんとした表情で、問い返す。

 丁度、その大きな瞳の前を、大きめの光の粒が通過するが、シャルは全く反応しない。


「……見えていないのか?」

「ええっと、光なら見えていますが」

「それは、地面にできた木漏れ日の円だろう」

「これだ、これ」


 試しに、自分にまとわりついているものの内、一番目立つ赤色の粒を指さしてみるが、


「ん~、すみません、わかりません」


 耳をへにょりとさせるだけだった。


 それはそれで、十分な検証結果である。

 シャルに見えないものが俺に見えている、という情報が得られたわけだ。

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