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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.5 ベータ・ネット
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Worst Wide Web 13

「いい交渉だった」

「どこがじゃ!」


 清々しい気分で交渉を終えた俺に、ニアヴが秒速のツッコミを入れる。


「相手に拒絶されてからが交渉の面白いところなのだ。妥協点を探す交渉の中で、最終的にこちらの利益が1%でも上回ったときの快感は何とも言えないぞ」


 今回の交渉では、こちらの言い分を100%飲ませて、向こうの言い分は30%弱受け入れたという感じか。

 単純計算、24%ほどこちらの利益が上回っている。


「……お主の中では交渉と脅迫の線引きはどうなっておるのじゃ」

「ちゃんとあるぞ? 交渉(脅迫)、交渉(非脅迫)という線引きだな」

「その分け方では、基本脅迫メインじゃろうが!?」

「間違えるな、交渉(脅迫)だ。歴とした交渉ではないか」


 全てを交渉カテゴリに含められる後ろ括弧は便利である。


「大体お前もノリノリで騎士たちの相手をしてただろうに」

「それはまた別の話じゃろう。妾を濬獣ルーヴァと知らぬで突っかかってくるなど、かわいい童どもではないか」


 くっくっと笑う狐の化生だが、それは本当に子供を相手したといった様子の湿り気のない笑いだ。


「やはり、楽しんでいたのか。しかし、法国ヴァンスでは獣人に対する扱いが酷いという言葉も聞こえたぞ。それであれば、お前としては十分に本気を出す理由があるのではないのか?」


 意表を突かれたと言わんばかりの表情を浮かべるニアヴ。


「小さい割によく聞こえる耳じゃの」


 ちっちゃくないよ?


 狐の、その表情が少し真面目なものに変化する。

 

「確かに『南の法国イ・ヴァンス』は獣人族に対する差別が酷い国じゃと聞いておる。……義憤を持って事に当たる方が正しいのやも知れぬ。じゃがな、それは法国という枠の中で人族と獣人族が知恵を出し合い解決せねばならぬ問題じゃ。そして、それが出来ることを妾は知っておる。これより昔には、もっと酷い時代があった。その時代より今は随分と良くなっておる。妾が治林を一時離れても、問題ないと判断する程度にはの。そして、更なる未来には人族と獣人族の関係はもっとよくなるであろうと、妾は確かに信じておる。何せ、人もまた神のよみしたもう子じゃからな」

「……」


 淀みない意志、凛としたその瞳に対し、即座に返せる言葉を俺は持たなかった。

 だがそう――それでこそニアヴである。


「むう……なんじゃ、その笑みは。お主がそう言う表情をするときは、おおよそ常識外れなことを考えておるときじゃな」

「誤解だな」

「理解じゃろう」


 俺だって、思考を放棄して笑うこともあるのだ。

 極稀にだが。

 

 そんな、漫才のような掛け合い。

 理解か……まさかこの俺に理解者が現れようとはな。

 

 先程も言ったとおり、人を理解する、人を知るとはその『行動』を知ることである。

 地球での俺の自重しない行動は、成熟した社会の枠からは外れたものであり、誰にも受け入れられることはなかった。

 『ワーズワード』の性は悪であり、世界の敵であると理解された。


 しかし、ここでは俺の行動を悪だと言う者はいない。それどころか、俺を受け入れ――これは自分で言うのは少し抵抗があるが――この俺を群兜マータと呼び、アイしさえしてくれる人たちがいる。


 俺は何一つ変わっていない、ただ『世界』が変わっただけだというのに。

 だが、それが全て。


「ワーズワードさーんっ」


 そこに、シャルがブンブンと手を振りながら姿を現す。

 法国側の入り口に組まれたサリンジ隊のキャンプ、そこで給仕をさせられていた村の若い娘たちと一緒に、こちらに駆けてくる。ちなみに、村の群兜マータであるシャルの父親や男衆は、サリンジの命令により、狩りへと向かわされているらしい。例のサチアロとか言うサリンジと猪を、もといサリンジとサリンジを掛け合わせたような動物をご所望だったのだそうな。

 彼は俺が少しばかり気合いを入れて交渉してやったので、今頃はキャンプ内のテントで、ひからびていることだろう。

 騎士たちも自由にさせているが、だからってあんまり自由に行動すると、俺も自由に行動しちゃうゾ☆ と申し渡しているので、まあ大丈夫だろう。

 いつでも【パルミスズ・マインド・ネイ/風神伝声】で連絡が取れるというのは便利なものだ。

 

「ワーズワードさんっ!」

「おおっと」

 

 タンッ、と2メートルの距離を跳んで、俺の腕の中に飛び込んでくるシャル。

 思わず受け止めるが、その背後で耳を高速でピコピコさせている村娘さんたちの興味津々な視線が痛いので、離れてくださいお願いします。


「ご紹介しますっ、私の群兜、ワーズワードさんです!」

「「キャ~~~~~っ!!」」

「お、おおお……」


 なんという黄色い声。

 そんな誇らしそうに紹介しないでくださいお願いします。あと離れてくださいお願いします。

 俺のような大人に分類される男がシャルさんとあれだというのは、二人の間で合意が取れていればそれでよい話であって、対外的には吹聴すべきことではないのではないだろうか。

 

「灼鴫逓紗屡深此哭瞥伶糸昧!?」

「群兜螺隈披窄鴫蒔烏楮浬!」

「爍璽爍遉卯昧琶役依、漉漉~」


 俺を囲む村娘たちの異世界語は、一向に理解できませんですはい。

 俺の首にぶら下がったままのシャルが「そうなんです、えへへへ~」という受け答えをしているが、何に対してそうなのか、翻訳する気は一切ない。

 

 救いの視線をニアヴに送る。

 勘の良い狐は、俺の意を汲んでくれるに違いない。

 ジト目で俺を睨め付けてくる狐。

 わかった、魔法道具だな? 作ればいいんだな? そうなんだな?

 更なる残念さを宿して、ハァと一つわざとらしいため息を落とすニアヴ。

 そういった、視線のみのやり取り。


「シャルよ、そう浮かれるでない。今は一時、場を収めただけじゃ。真の問題は何も解決しておらぬのじゃからな」

「あ……はい、そうですよね。すみません、ニアヴ様」


 ニアヴ様という言葉に、村娘たちもハッとした表情に変わり、畏敬を持って頭を垂れる。

 それに対して鷹揚に頷くニアヴの姿も見慣れたものだが、とにかく今回は助かった。


 確かに村は今、浮ついた空気の中にある。

 もちろん、それはそれで構わないのだが、ニアヴの言うとおり、話はこれからなのである。


 アルカンエイク(A.A.)――奴が一体何を考えているのか。その思考だけは俺も読めたことがない。

 奴との間で実のある会話というものはほとんどなかったが、それでもアルカンエイクとバイゼルバンクス(B.B.)のもつ知識と技術だけは、俺であってもハックしきれなかった。


 『ベータ・ネット』か……たった一週間だというのに、思い出してみると懐かしいものだ。

 なにかと絡んでくる駄犬(P.P.)をいなしながら、リズロット(L.L.)の新型アバターのコードレビューをしてやったのも懐かしい。性処理機能はユーザーニーズに即したものだろうが、触手機能と半陰陽機能は本当に望まれたものなのかと、小一時間問いつめたものである。

 もちろんエネミーズ同士、誰も彼も交流があるわけではない。月の王子様(C.C.)とは、当然のようにソリが合わなかったし、それに依存するジャンジャック(J.J.)は、ただひたすらに名状しがたいクリーチャーだ。

 ヘイズホロウ(H.H.)との『トリック・オア・トリート』の応酬は、その場に居合わせた10名のエネミーズ全員を巻き込み、『エネミーズ同士のつぶし合い』という、世界にとってこの上なく喜ばしい慶事を引き起こす寸前まで発展した。

 今でもあのアホには一言言ってやりたい所である。


 遊びを遊びで終わらせられないようでは(ベータ・ネットを使うのは)難しい、と。

 

 俺たちは互い益はもたらしても疫はもたらさず、最終的なラインとしては接点なく孤絶しているからこそ『ベータ・ネット』は成り立つのだと。


 直接的な関係を持とうと思った瞬間、俺たちの関係はいとも容易く崩れ去るのだ。

 

 そう考えれば、生身でアルカンエイクに対峙しようという俺の行動は、エネミーズ同士の不文律を破る行為ではあるな。

 

 少し気が緩めた、そんな一時。その次の瞬間――

 


 源素が震えた。



 ただ大気中を漂い人にまとわりついてくるだけの源素が、目に見えない爆風に揺らされるように、大きく二度三度。

 

「……なんだ」

「ん、どうしたのじゃ」

「ニアヴ、お前は感じなかったか」

「なにをじゃ?」


 きょとんとしたその様子を見るに、本当に何も感じなかったのだろう。


「いや、感じなかったのならばいい」


 口ではそう言いつつも、俺は何とも言葉にしがたき焦燥感にかられていた。

 その源素の揺れが収まって、おおよそ一分ほどの時間がたっても、焦燥感は消えることはなかった。

 やっと、少し落ち着きを取り戻してきた時、次なる事態が発生した。

 

 緑x1、白x4――

 

 一つの頂点に緑源素を含めた五芒星が突然にニアヴをその内に含めるように現れた。

 ピクリと獣の耳を動かしたニアヴが、五芒星の中でも緑源素の頂点が指す向き――北方の空を厳めしい目つきで見上げた。

 先ほどの落ち着きをなくしたような俺の姿。続いてのニアヴの様子の変化にシャルと村娘たちもとまどいを見せる。フェルナも何事かと走り寄ってくる。

 ニアヴを囲んだ魔法に関しては俺も少し驚いたが、これはあれだな。おそらくは先程俺やセスリナが使ったのと同じ、通信系の魔法――なのではないだろうか。

 

 時間にして数十秒。空を見上げていたニアヴが、キッと俺に向き直った。


「……先程のお主の言は、まさかこのことを指しておったのかや」

「このこととはなんだ。それこそ意味が判然らないぞ」

「たわけ! 世界に12ある濬獣自治区、その中の一つ、アラナクア治崖を治める濬獣『アラナクア』からの――緊急救援要請じゃ!」



 古き石の街に多くのものを残し、一行は南に向かう。

 力を合わせ、今一つの脅威を解決した彼らの前に、息もつかせず次なる厄災が降りかかろうとしていた。


 次なる舞台には一体何が待ちかまえるのか。

 そして、ワーズワードの冒険は続く。

いつも通り、章最終話はあっさりめです。えぴ5終わり!


でもって、そんなお話にいつもたくさんのご感想、ご試読ありがとうございますっ

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