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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.5 ベータ・ネット
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Worst Wide Web 12

 突然ズッコケた騎士が、不思議そうにあたりを見渡す。

 セスリナがローブを引っこ抜いたことが原因だが、それすらも認識できないのでは、対処のしようもないだろう。


「お前たちは一体なんなのでぶ!?」


 鳥籠の中のサリンジが、悲鳴にも似た問いかけを発する。

 彼の周りには、その檻の破壊を試みるも、一切の魔法が使えず、オロオロするばかりの二人の神官。

 そして、残り四人の銀騎士がその神官たちを護る。


「名は先ほど名乗ったと思うのだがな。さて、それよりも交渉を続けようか」

「まだその様なことを!」

「いや、交渉だ。まずは君たちだな。その場で武器を捨て腹這いになり、手を頭の上で組んでもらっていいだろうか」

「バカなッ、我ら騎士の誇りを何だと思っておる!」


 だが、それはお願いではなく、決定事項なのだ。

 俺の周りに作り置いた六芒星、それが同時16の魔法の発動光を放つ。


『残念ながら、誇りだの矜持だのという言葉には縁がないので、何だと聞かれても答えられないな。だが、従ってもらおう。他の皆も同様だ』

「なッ!?」


 突然脳内に響いた声に、サリンジの檻の傍に控える騎士隊長らしき男が頭を押さえて俺を凝視する。

 禿頭の副官と新兵らしき線の細い銀騎士も、何が起こったのか判然らないと言った様子で左右に視線を漂わせる。

 さらに見渡すならば、広場の四方に散っていた騎士たちの全員が同じく、愕然と、あるいは戦慄の表情で周りの仲間たち、そしてこの俺を凝視する。

 

『心配しなくてもよい。これは【パルミスズ・マインド・ネイ/風神伝声】という心を伝える由緒正しい魔法だ。今俺がお前たちの心に直接話しかけている』


『ありえない!』

「あり――」

『だが、事実だ』

「――ッ」


 言葉よりも先に、騎士隊長の思考した『ありえない』という心の声を先に読み、同じく、その心に向け俺が答える。


「これは一体」

「あ、頭の中で声がしよるッ」

『さっきの光、これって魔法なのかーよー?』

『その通り。魔法だーよー』


 心の声まで間延びしているのっぽ騎士の問いかけに答えてあげる。かつ、この答えは全ての騎士に向けたものだ。

 いきなり騒ぎ出しした騎士たちの姿に、フェルナが怪訝そうな表情を見せる。

 とは言っても、その怪訝そうな表情は俺に向けられているので、俺が何かをしているのだと言うことは感じ取っているようだが。

 

 ――【風神伝声】。今俺の周りには16個の『白源素の三角形』が浮かんでいる。同じく誰にも見えていないが、『緑源素の三角形』が16人の騎士たちの一人一人を指している。

 セスリナはこの魔法を「相手を知らなければ使えない」と言った。故に、俺は騎士たちを知ることにした。

 

 息のあった二人の騎士。古風なかけ声の騎士。盲目的に命令に従う騎士。武力で身を立てる巨漢の騎士。冷静に物事を図る騎士。女子供を狙えと言う命令に躊躇いを見せる騎士。消えたシャルにあせりを見せる騎士。逆に安堵する騎士。鬚の騎士隊長に、ボウズの副官、幼さの抜けない傍仕えの新兵騎士。

 俺は誰一人として彼らの名を知らないが、その姿を見て、声を聞き、行動を知った。


 『人を知る』とは、それで足るのである。


 魔法の有無に関わりなく、人の心はそもそも目で見えるものではないのだ。

 ここに『やさしい心を持った人』がいるとする。その人はどうしてやさしいと判断されるのか考えてみればいい。


 子供をあやす。

 募金箱にお金を入れる。

 悲しいニュースに涙する。

 雨の中、捨てられた子犬に傘を差して、走り去る。

 

 『あの人はやさしい』と言うのは、やさしい行動をとっているのを見て、そうと判断するのである。

 マイバックを利用している人は環境にやさしい人であるというのも、行動でわかるやさしさだ。

 

 それは、直接目で見ることのできない心理こころを知ろうとするのではなく、外に現れる行動を観察するということ。

 外からどんな刺激を受けたら、どんな反応をするのか分析するということ。

 その行動から、こころのメカニズムを推測すること――『人を知る』とは、そういうことなのである。


 少なくとも【風神伝声】を発動する条件は満たされるようだ。

 

 さて、どちらにしても俺の交渉相手はサリンジただ一人である。騎士たちは先に無力化しておきたい。


『この通り、俺の魔法の力により人の心の容易に入り込むことが出来る。つまり、お前たちの思考や行動の全ては俺の筒抜けなわけだ。その上でもまだ、敵対するというのならば、それ相応の覚悟をしてもらおう』

『……覚悟の上』

「……覚悟の上」


 とある騎士の心の声。

 まあそうだよな。通常、心の声と実際の声は同じになるものだ。

 

 それはそれとして、16人の騎士をどうこうしようと思えば面倒が多いが、言葉を喋るだけならタダである。

 折角心に直接話しかける魔法があるのだから、内面から問題を解決してみよう。

 今も混乱を宿した心の声が俺の脳内で十六重奏を奏でている。

 一人で16の声を聞き分けるなど、聖徳太子でも難しいだろうが、脳内に能動型擬似人格を作り出すBPM(ブレイン・パーソナライゼーション・メソッド)の手法を用いれば、16程度の並列思考・並列処理は実に容易い。


『だろうな。しかし、俺も無駄な犠牲は出したくはない。軍務規定の遵守や騎士の誇りもいいが、お前たちにも大事な人がいるだろう。年老いた親、将来を約束した恋人、帰りを待つ妻。愛しい我が子、あるいはそういった相手にこれから出会うかも知れないお前たちの人生そのものだ。命がなくては、もう会えないのだぞ?』


 俺の魔法の力だけではなく、フェルナの氷の魔剣、ニアヴの炎の狐、それに認識すら出来ないシャルにセスリナ。彼我の実力差は、実際に前線で対峙した彼らこそが一番に理解しているだろう。


『……エティマ』

『レーシアのおっかあ』

『愛しのウィジータ』

『ドーネとドーマ、二人の息子たち』

『ギュウステットの兄貴ィ』


 ふむ、エティマ、ウィジータ。レーシアというのは街の名前だろうな。

 顎割れ騎士の気持ち悪い心の声は聞こえなかったことにする。

 【風神伝声】の魔法は心の声を伝えるが、記憶を読めるわけではない。

 今まさに脳内で言葉にしたものを、伝える魔法である。

 魔法発動者たる俺側の思考の伝える伝えないのみを制御可能。


 では騎士たちの無力化施策を始めよう。

 ここからは、一人一人に個別対応である。やるのは同時だが。


 俺に敵意を向けるのは良いとして、シャルとニアヴにまで槍先を向けたという事実を、決して軽視するつもりはない――例えそこに命令があったのだとしても。


 『殴っていいのは殴られる覚悟のある者だけ』と言う日本古来の格言もある。


 暴力を振るう者は、己も暴力を振るわれる立場になりうるのだと、理解しなければいけない。

 もちろん彼らは練度の高い騎士である。当然それ相応の覚悟を持ち、己の命を惜しむようなヤワな精神は宿していないだろう。

 もしそのような騎士道不覚悟があれば、即ち切腹ものだ。

 しかし、自らの命は惜しくなくとも――


 さて、フェルナの剣同様、俺の口撃は少し痛いぞ?


『そうだ、そのエティマにもう会えなくてよいのか? ……魔法の力は強力だ。例えばそうだな――』



 ◇◇◇



 ガラララン――……


 16人の騎士。その内の10人までが一斉にその手の長槍を投げ捨てた。

 そして、血の気の失せた青白い顔のままブルブルと震えながら腹這いに伏す。

 躊躇いを見せた4人には、更にビックチャンス!

 最後まで従わなかった1人に対し、特別に用意している素敵なプレゼントの詳細を、具体的に映像的に衝撃的にお伝えする。

 まぁ、全部ブラフなんだがな。そうと臭わせないところが重要である。


「うおおおおおおお――ッ」

 

 ガラン――ッ

 

 絶叫と共に追加4本の槍が宙を舞った。

 最後の2本は氷漬けのままなので、元から計算外。心の会話でネゴ済みなので無問題である。

 はい、無力化施策大成功。

 

「な、ななな何が起きたのでぶッ!?」

「…………」


 サリンジの問いかけに騎士隊長は答えない。いや、答えることは俺が許可していない。

 サリンジの混乱が手に取るようにわかる。魔法の使えない今、己を護る唯一の武器が、その戦闘行為を放棄したのだから。

 

「本当に何をなさったのですか、ワーズワード様?」


 そう問いかけてくるフェルナ。その答えはニアヴと神官くんたちも聞きたい所だろう。

 方法自体は隠すつもりもないので、情報を公開する。


「ああ、【風神伝声】を同時16人を対象に発動し、騎士の皆とお喋りをしていたのだ」

「ど、同時16人に【風神伝声】だとォ!?」

「……はあぁ!?」

「もうなんでもありじゃな」


 でもって、具体的なお喋りの内容については、ナイショである。

 

 残るは無害な二人の神官と、更に無害なサリンジのみ。

 魔法を使う身なれば、同時に複数の魔法を発動させたということの意味はわかるのだろう。

 その口が、顎をそのまま地面に落としてしまいそうな勢いで大きく開かれている。

 ニアヴはどうか知らないが、少なくとも四神殿の魔法発動方法では、二つ同時の魔法ですら発動できないはずだ。

 

 地に伏す騎士たち。

 発動しない魔法。

 理解不能な、いっそ理不尽とも言える状況。今まさに彼らの優位性の全てが崩壊したのだ。

 

「う、嘘でぶ……プひー、詠唱なく魔法を……しかも、プひー……16を同時に……プひー、プひー」


 10分前とは全く異なったサリンジの姿。

 驚きと恐怖とそして心労により、一時的な過呼吸に陥ったサリンジは、プひー、プひーと浅く短い呼吸を繰り返す。

 ラード、もとい冷や汗が滝の如くあふれ出し、その顔面をしっとり濡らす。

 腰は既に地面にずり落ち、一歩でも俺から遠ざかろうと足を掻くが、鉄の檻に阻まれてそれ以上後ろに下がれないため、背中の肉がボンレスハムとなっている。


「現実をみろサリンジ・ダートーン。魔法の源たる『源素』を操作する技術があれば、造作もないこと」

「プひー、プひー!」

「ありえない、ありえない、ありえない! 大体その源素とはなんなのだ!?」

「良い質問だ。『源素』とは大気中に漂う魔法発動に関係する素粒子のことだな。もっとも名付け親は俺だが。そもそも、魔法とは源素により引き起こされる現象であり、そこには神への信仰は必要なく、故に【プレイル/祈祷】や【コール/詠唱】を必要しない」

「んなっ……はああ!?」


 言葉を失う神官くんだが、この場での彼の理解は必要としていないので、それ以上の説明をするつもりはない。

 なによりも先程までのような腰の低さはもはや必要ない。

 いや、この場においては、対等であることすらもよろしくない。

 彼らが今認識したままの絶対的上位者『ワーズワード』を演じる行う必要がある。

 

「もし魔法に信仰が必要だというなら、お前たちは今、熙鑈碎カグナに見放されているということじゃないのか?」

「そ、そんなわけはない! ぐぐぐ、だが魔法が使えないのも事実……ハッ、ま、まさか、これもッ!?」


 素晴らしい反応である。まあその反応自体、俺が誘導して引き出したものだが。

 全てを俯瞰し、舞台を演出し、己自身も一役者として配置することで、場の流れを制御する。

 いつも通りの俺のやり方だ。


「そうだ。お前たちは【祈祷】により源素を操作するわけだが、俺はお前たちの操作する源素に直接干渉し、その図形を崩すことができる。『魔法妨害マジック・ジャミング』とでも言おうか」

「ハハッ……なんだそれは……それが本当ならば、私たちはどうすればよいのだ……」

「お主、本当になんでもありなのじゃな」

「それはさっき聞いた」


 人生に疲れ切ったリーマンを彷彿とさせる弱々しい笑みを見せ、神官くんが腰から崩れ落ちる。

 言葉の理解は及ばずとも、今の『魔法が使えない』状況が俺の技術によるものだという点は信じて貰えたようだ。

 なんにしてもこれでまた一つわかったことがある。


 アルカンエイクは魔法というものの情報開示には、それほど熱心ではないのだろうと言うことだ。

 この場にいるサリンジたち神官は、法国でそれほど低い地位にいる者とも思えない。

 ならば、そういうことなのだろう。

 

 すぐ傍まで跳ね飛んできたニアヴが極近い距離に顔を寄せてくる。

 興味深そうなその表情とぶわっさぶわっさと振られる太い尾は、面白いものを見つけたときにニアヴが見せる反応だ。


「で、お主、そのようなこといつの間に出来るようになったのじゃ!」

「想定は既にあった。が、実際に試したのはついさっきだ。目の前に魔法を使える人間がいなければ、検証できないものだしな」


 街では店の経営が忙しかったので、それほど重要でもないことを検証しているヒマがなかったのだ。


「ついでに言えばもう一つ仕掛けている新技術があるのだが、それはまだ喋ってなかったな」

「ふおお、まだあるのかや!? それは一体どのようなものなのじゃ!」


 ――そう。そして、この新技術こそ俺のハッカーとしての面目躍如たる技術だろう。

 

 先程から、サリンジのすぐ頭の上の空間には、一つの源素図形が浮かんでいる。

 

 赤源素x6――

 

 大きな三角形のその辺に中点を打ち、それらを線で結ぶとできる二重三角形。小さな三角形が四つつながっているという見方もできる。

 その源素図形に念を送り、俺の手元まで移動させる。

 このような源素図形で発動する魔法を俺は知らず、故に当然、俺が作ったものではない。


「源素の結合に干渉できるのであれば、相手の造りあげた源素図形をそのまま乗っ取ることもまた可能。それが最後の一つ――」


 源素図形を作り上げる【祈祷】。魔法を発動する【詠唱】。

 その間には俺の意志の介入を許す、時間的空隙セキュリティホールが存在している。

 詠唱前に、対象の源素図形自体を別の場所に移動させてしまえば、いくら魔法発動を念じようと、対象不適切となり、その効果が現れないのは当然である。


「『魔法奪取マジック・ハック』。これは先程お前が使おうとしていた魔法だ。覚えはあるか? 魔法名は確か――【カグナズ・ヒートレイ/火神熱視線】、だったか」


 サリンジから奪って、留めおいていた魔法図形に発動の念を送る。


 キカッ――


 と音を立てて、俺の目の前からレーザービームの如き赤い光線が射出された。

 俺も初見の魔法でその制御を特に考えていなかったため、光線は斜め前方の地面をガリガリと削りながら、不規則に逆サイドに流れた。


「うおおおおッ!」

「ぎゃーーッ!」


 超反応で身を逸らした二人の神官くんのすぐ脇を掠めて、そして、鋼鉄の檻を斜めに分断して光線は消失した。

 サリンジはもとより座り込んでいたため、鳥籠と一緒に分断される不幸を回避できたようだ。


 ガラン、ガラン……


 鋼鉄の檻の片割れが大地に転がる。


「おっと、すまない。しかしなかなか良い魔法じゃないか。顔に似合わず、源素図形もなかなかに美しかったぞ。さすがは火神神殿上級神官ジグラット・カグナル

「プひー、プひー、プひー!!」


 やっと解放されたというのに、サリンジはその場を動こうとしない。

 なおも呼気を荒くし、大きく見開いた目でただ俺のみを凝視する。

 その腰を下ろした地面に、ホカホカと湯気を立てる黒い染みが広がってゆく。


「……本当に相手の魔法を奪ったというのかや!?」

「そうなるな」


 ゴクリと喉をならすニアヴ。

 驚きの度合では、サリンジもニアヴも同じである。

 しかし、その驚きから派生する感情は全くの逆。サリンジとニアヴを分けるものがあるとすれば、それは俺側にいるか、敵対する側でいるかという、その立ち位置のみである。

 そしてその立ち位置の差が、全ての感情を逆転させるのだ。

 

「常識外れにもほどがあろう!」

「それは魔法使いとしての常識だろう。原理を解析し、脆弱性を指摘し、弱点を突く。それは『ハッカー』としての標準的技能であり、常識的行為だ」

「『はっかー』。これがワーズワード様のお力――ご職業なのですか」

「職業ではないがな」

「そうなのですか……」


 16人からなる騎士の一団を一気に無力化し、神官たちの魔法を妨害し、更には奪った魔法を発動させるという一連の俺の行動は、皆を沈黙させるのに十分なものであった。

 シン、と皆の心に染みこむ沈黙が密林の騒がしさを浮かび上がらせる。


 生命に満ちあふれた密林のなかで、この広場だけが人工の凍土。

 パキリ――と薄氷を踏む空想音が聞こえたかもしれない。

 俺は、サリンジに向かいゆっくりと歩を進めた。


「プひープひー!!」


 いやいやと首を振りながら、俺の接近を拒絶するサリンジ。

 だが、その腰が地面から浮かび上がることもなく、周りの者も凍結してしまったかのようにピクリとも動かない。若干二名の騎士は、実際に凍結しているので、これは比喩でもないかも知れないが。

 

「『交渉』とは、単に言葉によるやりとりだけを指すものではない」


 誰に言うでもなく。

 敢えて言えば、先程の続きとしてニアヴに向けて。

 

「こちらから交渉を持ちかけるのであればなおさら、相手に合わせて、その方法を変えなければいけない」

 

 やっと皆の耳に届く程度の、大きくも小さくもない独白。淡々と事実を伝えるだけの言葉。

 首飾りの魔法効果が停止し、騎士たちから少し離れた場所にシャルとセスリナ、それに馬車が姿を現す。

 だが、騎士たちも、あるいは神官たちさえも、そこへ意識を向けることはない。認識阻害の効果は未だ絶賛継続中といった態様だ。


「言葉には言葉で、金には金で。相手が暴力を求めるのであれば、こちらも暴力で応えるというのは至極真っ当な交渉手段だと言える」


 俺は初め言葉での交渉を提案したし、もしそれが気に入らなくとも、その後サリンジが金銭での交渉を求めたならば、その希望に応えられる方向での再交渉にも応じたはずである。

 だが、サリンジは暴力による解決を求めたのだ。

 その流儀に従うことは、また同じ交渉の卓についたと言うことと同義である。

 もしそこで、己からの一方的な力の行使のみを想定していたのならば、それはただの妄想か慢心であろう。


 高熱で切断された鉄の檻の前に立つ。


「プひープひープひープひー!!!」


 サリンジの過呼吸が酷くなる。

 俺を見上げるその目にはただ混乱と怯えだけがある。


 期待通りとはいえ、少し演出に力を入れすぎたか?

 まあ最大の効果を産み出すために、色々としなくてもよい説明をしたのは認めるが、こちらはただ再び交渉のテーブルについて欲しいだけなのだ、別に俺が屠殺場の職員だと言うわけではないので、そこまで怯えないで欲しい。

 しかし、この哀れみを誘う姿には、俺の悪戯心が刺激されるな。


 今まで言っていなかったので誰も知らないだろうが、実は俺には、少しばかりSの気があるのだ。


「…………ふみっ」


 温かく湿った大地を回避し、そのまるまるとした腹を優しく踏んでみる。

 

「ピギィィイイ――――!」


 別に痛くはないだろうに。しかし、想像通り、良い声でサリンジが鳴いた。

 神官くんがその声を聞き、卒倒した。

 いいですねー。



「――サリンジ・ダートーン、さあ、交渉を続けよう」

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