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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.5 ベータ・ネット
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Worst Wide Web 11

 『ベータ・ネット』石舞台前の大切株ラウンド・テーブル


 アルカンエイクが『エネミーズ』に配布した『ティンカーベル・プログラム』は、手のひらに乗るサイズのねじ巻き式オルゴールを模したアプリケーションだ。

 オルゴールは複製不可であり、一度起動すれば、その曲の終了と共に自己消滅する。そして、そのときにはアプリケーションの実行者の姿もまた地球上から消失していることだろう。

 

 今、大切株の上に置かれたオルゴールは一つ。そして、そこに見えるエネミーズの姿は二つ――


「%8aF%8ds%82%c1%82%bd」(皆。行った。)


 青く白く明滅する名状しがたいアバターは『ジャンジャック』である。

 その手なのか、髪なのか、はたまた触手なのかも判然できない突起物をプニプニとオルゴールへ伸ばす。

 

 ブニュン!

 

 その頭が大きく陥没した。もともとそれほど大きくないジャンジャックのアバターである。

 パレイドパグのヌイグルミ犬とどっこいどっこいの大きさ、一般的なアバターの膝の高さ程度しかない。

 辛うじて人間型ではあるようだが、首がないので、顔と胴体の区別がなく、ついでに、足も手もあるいは髪の毛さえも一体化した姿のため、目のようなポチと、口のようなマルで、辛うじてそこが顔であり頭なのだと判別できる程度である。

 頭が陥没した、とはジャンジャックのアバターのみを見た表現であり、客観的に表現すれば、踏みつけられたという方が正しいだろう。

 プニプニと突起物を揺らしてもがいているが、その人物は、足をどけるつもりはないようだ。

 抵抗を諦めたジャンジャックが、体表面上で目の位置を移動させ、自らを踏みつけている人物を足の裏から見上げた。


「ン~、キミという存在は本当に美しくないよねぇ」


 そう口にしたのは、すこしカールに巻いた金髪が特徴的な美男子である。


「CC」(コメット。クールー。)

「そう、ボクだ」


 『サードエネミー』コメットクールーは、チチチと遠く聞こえてきた鳥の声に眉をひそめる。

 そのためか、グリグリとジャンジャックを踏む足に力がこもる。


「ン~、『バイゼルバンクス』の深海はともかく、『アルカンエイク』の森は不快極まりないね。場所を変えようか」


 言ったコメットクールーの頭上に黒い球体が浮かび上がった。

 球体は、初めは緩やかに、そして徐々にその勢いを増しながら、森の木々と小動物を吸い込んでゆく。

 バキバキと、あるいはメキメキと、仮想世界のオブジェクトがその球体に吸い込まれてゆく。

 それは、マイクロ・ブラックホールであった。


 コメットクールーとジャンジャック、そしてオルゴールを残した室内の全てが吸い込まれ、その後には、星の海が広がった。


 『トリック・オア・トリート』


 アルカンエイクの管理者権限を瞬く間にハッキングし、コメットクールーが新しく設定した星の海の壁紙には、太陽と思しき恒星があり、地球と思しき惑星があった。


 それは『月面エネルギープラント計画』の中核たる月面基地ムーン・ベースに設置された隕石監視カメラの映し出す、現実の宇宙のリアルタイム影像である。

 月面基地には一般公募で選ばれた月の女神の名が付けられたのだが、今やその名は蹂躙の象徴となり、どこぞの国ではコメットクールーの一件を題材とした本が毎年売られていると聞く。

 

 上下の区別なく、そして重力すらないその空間に、先程まで大切株の上に置かれていたオルゴールがふわりと浮かび上がる。

 コメットクールーのアバターもまた無重力の中に遊泳し、その拘束を解かれたジャンジャックが、名残惜しそうにコメットクールーの足に縋り付こうとするが、それを嫌ったコメットクールーに蹴り飛ばされる。

 蹴られたジャンジャックは、だが嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「CC%94%fc%82%b5%82%a2」(コメットクールー。美しい。)

「アハハ、キミは本当に気持ち悪いねぇ」


 本人を前に気持ち悪いという物言いはどうかと思うが、当のジャンジャックは嬉しそうなので、特に問題はないのだろう。


「%82%c8%82%ba%8ds%82%a9%82%c8%82%a2」(なぜ。行かない?)

「……愚問だねぇ」


 先程のアルカンエイクの提案。それに唯一コメットクールーだけが乗らなかったのだ。

 ジャンジャックを除く三人、アルカンエイクを含めれば、四人の『世界の敵』は既に『ベータ・ネット』を退室し、おそらくはそのままアルカンエイク言うところの『楽園ネバーランド』へと旅立っているはずである。


「ディールダームもパレイドパグも、自らの目的にアルカンエイクの技術を利用しようというだけだよ。もちろんそれはアルカンエイクもわかっていることだろうけどねぇ。利用し、利用され……ン~、エネミーズらしい取引じゃないか」

「%96%da%93IWW%82%c5%82%cd%82%c8%82%a2」(目的。ワーズワードではない?)


 ディールダームとパレイドパグが別の目的を持っているという話に、疑問を口にするジャンジャック。


「D.D.? P.P.? アハハ、実力のない人間が何を考えようと企んでいようと好きにさせればいいさ。キミのターゲットは間違いなくワーズワードとそしてアルカンエイクだ。アルカンエイクに利用されるまま、ワーズワードを消すことができれば良し。できなければ、できるだけの情報を集めるといい。アルカンエイクとワーズワードの趣味、嗜好、口調、信仰、持病、性癖……なんでもいい、化物の弱点を見つけるんだ」


 コクリと、頭らしき部位を動かすジャンジャック。


「そうだ、それでいい。ジャンジャック――キミはボクのために働いて、そしてボクのために死ね」

「JJ%8e%80%82%caCC%82%cc%82%bd%82%df%82%c9%8e%80%82%ca」(J.J.死ぬ。C.C.のために死ぬ。)


 死ねと言われたというのに、そこに喜びを現すジャンジャックはまこと名状しがたい。

 理解できない反応。

 だが、それも当然である。

 ジャンジャックもまた常人の理解及ばぬ、孤絶主義者アイソレーショニストなのだから。

 

 『エネミーズ10』――ジャンジャック(J.J.)、性別不明。


 ジャンジャックとワーズワードは、ある意味で対極に位置する存在だ。

 高度に文明的に発達した地球。お利口さんだらけの人類。そこではまず第一義として自由が尊重され、基本的人権が遵守された。自分の生き方を自分で決めることは、これはもう当然の権利である。

 しかしそれは、ジャンジャックの望む権利ではなかった。

 ジャンジャックは命令されたかった。自らで切り開く未来などいらなかった。

 しかし、そんなジャンジャックを世界は受け入れなかった。そんな考えはおかしい。キミは自由なのだ。自分の人生は、自分で決めていいんだと、優しくジャンジャックを拒絶した。

 どこを向いても自由、自由とのたまわう世界にムシャクシャして、その『自由』とやらの女神様の像を破壊してやった結果が『ジャンジャック』である。

 

だが、彼または彼女にとって、それは僥倖だった。

 『世界の敵』は皆孤絶主義者ではあるが、それは『常識的世界』との隔たりを持って、孤絶していると言うことである。

 マイナス同士の掛け合いがプラスになるように、孤絶主義者同士の出会いは、時に奇妙な化学変化を起こすことがある。

 コメットクールーの持つ『支配』の属性と、ジャンジャックの持つ『従属』の属性は、ピタリと符号した。

 

 ――そう、ジャンジャックは己を支配し、命令し、死に場所を与えてくれる絶対の『ご主人様』を欲していたのだ。


 そして、ここ『ベータ・ネット』でその望みは叶えられた。


 無重力空間に浮かぶオルゴール。ジャンジャックが、ツノなのかヒゲなのかもわからぬ名状しがたい柔突起を伸ばし、そのオルゴールの蓋を開ける。


 流れ出すメロディをジャンジャックは知らなかったが、それはアルカンエイクらしい幻想趣味の名曲『ハリー・ポッター ヘドウィッグのテーマ』である。

 その21世紀初頭を思い出させる特徴的なメロディラインはコメットクールーにも聞こえているが、曲自体になんら意味は無い。『ティンカーベル・プログラム』はそのプログラム実行者のタマシイに作用するものなのだから。

 最後に、せめてその足に触れたいとばかりに這い寄ったジャンジャックを、コメットクールーがおもむろに踏みつける。暖色に明滅するジャンジャックはとても嬉しそうである。


「%90S%82%cc%82%dc%82%dc%82%c9」(心の。ままに。)


 ゼンマイ切れにより曲のテンポが徐々に落ちて行く。そして、ジャンジャックの名が『メンバーリスト』から消えると同時、オルゴール自体もさらさらと宇宙の塵と消えて行った。


 地球上からまた一つ、悪疫が取り除かれれた。


 メンバーリストに残る名前は一件のみ。

 他の全てが消え去り、無音となった宇宙空間で、遙か遠くにある小さな地球に語りかけるように、コメットクールーが一人呟く。


「アルカンエイクとワーズワードが相撃てば、望外。そうでなくとも……フフッ、ボクの醜い『J.J.(ジャンジャック)』の働きに期待するとしよう。アルカンエイクの楽園とやらが現実の肉体に左右される世界だというなら、彼……いや彼女は確実にボクの『Jジョーカー』たり得る」


 一つ微笑んだコメットクールーが、目の前に浮かぶ地球から視線を外し、逆方向へと目を向けた。

 

「ではボクも還るとしよう。美しき神なる孤城『アルテミス』へ――」

 

 コメットクールーがログアウトしたことにより、メンバーリストからはついに全てのアルファベットが消えた。

 あとに残るはどこまでの続く星の海。無の空間。賑わいの残滓。

 

 

 そしてまた『ベータ・ネット』は、新たなる『エネミーズ』の来訪を待ち続ける……

時系列的にはココのはず。


youtube(ユーチューブ:フリーの動画投稿サイト)で「John Williams@Harry Potter - Hedwig's theme - / music box 」で検索するとアルカンエイクさんの趣味の一端を聞くことができます。


あとがきって自由なこと書いていいんだよね?

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