Worst Wide Web 09
「ぶっひっひっ! 危うい危うい。貴様が何者かは知らぬぶひが、なかなかの奸智でぶ。わしでなければ、およそ王の知り合いなどという言葉を信じてしまうところだったトン!」
……おっと、そっちの結論に行き着いたのか。
まぁ、その線も当然消えていなかったのだが。
「その点に嘘偽りは含まれていないのだが」
「黙るぶひ! 六足馬まで用意して、王に取り入ろうと言う発想は良かったでぶ。――ここにいるのが、わしでなければ、でぶひ!」
「おおっ、ダートーン様、それではやはりこの男は偽物で!?」
「左様」
深く頷くサリンジに、さすがダートーン様だ、私は危うく信じかけましたぞ、などという神官たちの合いの手が入る。
えー。
これは困ったな。アルカンエイクに連絡を入れれば、一発でわかる話だと言った俺の話を聞いていなかったのだろうか。コイツ、思ったよりもアホなのか?
ほら、狐さんもすっごい笑顔になっていらっしゃる。
相手の誤判断の間抜けさよりも、俺の交渉術が破綻しかけているのが面白いのだろう。
「ぶっひっひっ、偽物の貴様は知らぬであろうから教えてやるでぶ! 我が王は法国より出られたことはないのでぶひ。故に、聖国の人間である貴様と知り合いであるはずもないのでぶひ!」
「……いや、俺は聖国の人間でもないのだが」
「笑止。ならばなぜ聖国の『朱軍』の魔法師がそこにおるのでぶひ!」
「ひゃわ、ごめんなさいぃぃ」
ズビシと指差されたセスリナが反射的に謝る。
あれかー。
なるほど、そこは確かに考慮していなかった。この舞台を構築する上で、セスリナの存在をきれいさっぱり忘れていたのは、間違いなく俺の落ち度である。
むしろ、その存在を除外して計算してしまっていた。
あまりに詳しすぎる説明も、セスリナの存在により、逆に聖国の諜報力によるものだと別の理解を導いてしまったのかも知れない。
「わかったでトン……貴様、さては聖国の刺客でぶな。娘を餌に王のお命を狙う腹だったのでぶひ!」
「おお、それであれば、まさに話の辻褄が合いますぞ! さ、さすがはダートーン様でございますっ」
うぬが計略見破ったり! とばかりに、トトンと大地を踏み鳴らすサリンジ。
いや、それはフェルナの……
同じ事を昨日俺も口にしたのだが、さすがこんなドヤ顔ではなかったと信じたい。
「あー……誤解を解くためにもう少し説明を加えさせてもらいたいのだが」
一度セスリナを振り返り、そして、フェルナへと視線を移し、ある意味で反論できない部分を感じてしまったがために、多少勢いの落ちてしまった俺の語調に、サリンジは自分の考えの正しさの確証を得たといわんばかりの表情を作る。
「ぶっひっひっ、我が法国に刃を向けたトンなれば、聖国も言い逃れできないでぶ! この村に貴様らの首を吊したのち、その代償は貴様らの祖国に支払ってもらうでぶひ!」
チャキ――
サリンジの出した結論により、立てていたその白銀の槍を一斉に水平に持ち替える銀騎士たち。
密林の濃密な空気が一気に緊張感を孕む。
樹上の窓からも怯えの感情が伝わってくる。
「もう一度考え直してみないか? 先走った結論を出す前に、せめて確認はとってみるべきではないだろうか」
「くどいぶひ。もはや、言葉は不要」
とりつく島はなし、か。
「くっくっ! 何じゃ、交渉はお主の得意ではなかったのかや? 見事に振られてしもうたのう!」
離れた位置で事態の推移を傍観していたニアヴが、なぜか嬉しそうにそんな言葉をかけてくる。
俺の失策を喜ぶ心理は、褒められたものではないにしても、まあ気持ちはわからなくはない。
だが、これで交渉決裂だと思っているのなら、それは思い違いというものだ。
「何を勘違いしている。相手に一度断られて、ハイそうですか、などと言うのは、交渉とは言わないのだ。これからが交渉の本番だろう」
「貴様こそ勘違いするなぶひ。わしはもはや語る言葉をもたぬでぶ」
俺とニアヴを汚らわしいものでも見るように一瞥した後、サリンジがくるりと背を向けて歩き出した。
扇状に広がる銀騎士たち、そして二人の神官も【プレイル/祈祷】を始めており、臨戦態勢である。
「まあ、少し待て――」
そう言いつつ、目の前に源素を集め一つの図形を形作る。
白x4――
今、俺が構成しているものは、地神系の魔法である。
地神に属する魔法は、物質の組成変換や植物の育成など、動きのない地味な魔法が多い。
その中でも基本となるのは【ジマズ・アルケミック・ベリー/地神創成果実】と呼ばれる魔法の一群である。それは鉄果実であったり、銅果実であったりする。物質の組成を変化させ、目的の鉱物を作り出すことができる魔法で、その種類を増やす研究が国の研究所や地神神殿で日々行われていると言う話を聞いた。
少量であれば無からの鉱物生成も可能だが、基本は土壌からの鉄の生成、そしてその鉄塊を元にした、黄鉄や白鉄、そして銅の生成という組成変化になる。
高位の魔法使いになれば、さらに銀や金といった希少金属の練金まで可能であるらしい。
さてここで一つ、俺の見つけた面白い事実がある。
まず、土壌成分にはケイ素や砂鉄、あるいはカルシウム、カリウムそしてマグネシウムが多く含まれる。
黄鉄と白鉄というのはこの世界での金属名であるが、以下の俺の仮説に従えば、それらはコバルト、ニッケルという金属名に変換可能のはずだ。
つまりは土→鉄→コバルト→ニッケル→銅→銀→金という組成変化の流れ。
それを俺の知る周期表に当てはめれば、
Fe(26)→Co(27)→Ni(28)→Cu(29)→Ag(47)→Au(79)
の順となる。
原素番号を順に進める、この物質の組成変化こそが【地神創成果実】の魔法効果なのであろう。
銅から銀に進むときに原素番号が大きく飛んでいるように見えるが銅、銀、金は全て周期表11属の金属である。つまり、高位の魔法使いは周期表を横にではなく、縦に進める組成変化の術を修得しているということだろう。
まるで無秩序で、あらゆる理の外にあるように思える魔法技術の中に、自然科学の香りを感じることは、叫んでしまいたくなるような喜びと快感がある。
そこから理論を発展させれば、魔法の中にも法則があり、同じ法則に従うことで新たなる魔法への閃きを得ることができるのではないか? という仮説を得ることができるのだから。
――そうして完成させた魔法の一つが、これだ。
今の俺の目の前にある源素図形は、白い正方形。正方形は鉄果実の図形である。
その形が長方形や台形、菱形といった別の四角形をとることで、その組成変換のパターンに影響を与え、原素番号を進めたり戻したり、あるいは同属での上位変成をもたらすのであろうと、推測している。
黄x1――
そこに、一手間――黄源素を加えることで、白い正方形を底辺にもつ、四角錐、つまりは立体図形に変化させる。
新しく発見した法則に従った、新たなる魔法――えーと、魔法名は何しようかな。
「オリジナル・マジック――【コール・ジマズ・アイアンケージ/地神鉄籠】」
土壌の組成から鉄を産み出す【ジマズ・アイアン・ベリー/地神鉄果実】の効果を拡張し、自分のイメージ通りの形状に制御する魔法。
歩み去ろうとするサリンジを包囲するように、黒い蔦のようなものが地面から垂直に伸びる。サリンジを取り囲むキッチリ20cm幅、計32本の蔦が、その頭上で緩く曲線を描いて一つにまとまり固定された。蔦は太い鉄線であり、魔法効果の終了と同時に、人の手では決して破壊することのできない鋼鉄の檻となった。
豚箱、もとい鳥籠の中に捉えられたサリンジに出口はない。
「もう少し俺と話をしようじゃないか」
「なっ、はあぁぁぁッ!?」
突然の魔法発動に、驚きの声をあげたのは二人の神官である。檻の中に捕らわれ、背中を向けたままのサリンジがどのような表情をしているかは、ここから見ることは出来ない。
わざわざ、魔法名を口にしたのは、単にサリンジが背中を向けていたためだ。
魔法の発動者が俺であることを理解しておいてもらわないといけないからな。
「お主……それが今から話をしようという者のすることかや」
ニアヴの呆れかえった声。
「より安全な魔法を選んだつもりなんだがな」
「それは構わぬのじゃが……それより、お主、今『オリジナル・マジック』というたな。ジマの名を呼んだようじゃが、どんな魔法なのじゃ!?」
やっと俺の魔法にも慣れて驚かなくなったのかと思いきや、やはりそれはそれ、興味津々で問いかけてくるニアヴである。
とはいえ、もう少し時と場所を選んで欲しいものだ。答えることはやぶさかではないが、自分の部隊の隊長が檻の中に閉じこめられた状態で、神官さんたちも心穏やかではないだろうに……と思ったら、神官さんたちもその答えを聞きたくて仕方ないというような熱視線で、俺を見つめている。
じゃあ、いいか。
「……俺に見える源素、その中でも赤源素3個で構成される平面の三角形が、火神に属する【カグナズ・ファイア/火神火球】であり、それは基本的な火球を産み出す魔法だ。朱雀門の上で灯される『天空のかがり火』はこの魔法によるものだな。知った順が逆転しているが、そこに黄源素を一つ足して三角錐としたものが、お前の使う【フォックスファイア/狐火】であり、発動後にその魔法効果を制御可能な、つまりはより高度な炎を産み出す魔法だということになる」
「ふむふむっ!」
「……げんそ? なに?」
神官くんの聞き耳と呟きはスルーする。
「さて、その法則を【地神鉄果実】の魔法に応用すればどうなる」
「むう……そうじゃな、大地より鉄の塊を作り出すだけでなく、その後何かしらの制御が可能になるということかや?」
「そうだ。土塊を鉄塊に変えるだけでなく、直接鉄壁や鉄門、あるいは彫像すらも作り出すことを可能とする。今回は鳥籠をイメージして使ってみた。地神に属する魔法の中には同じ効果を持つ魔法はなかったので、オリジナルということでいいだろう。お前たちは、同じ魔法を使えるのかもしれないが」
「いや……ないであろうな。少なくとも妾はそのような魔法は知らぬ」
「では、問題ないな」
「簡単に言うでないわっ、新しき魔法の創造など、まさしく神の領域じゃぞ!?」
「イカんのか?」
「いかんじゃろう」
図らずも期待通りのセリフをありがとう。俺の中でニアヴの評価があがったことに、本人が気付くことはないだろうが。
ふと見ると、檻の中のサリンジがプルプルと全身を振るわせていた。
そして、ぐるんと勢いよく振り向む。
そこにあったのは、憤怒の表情。その血走った眼に、後方のセスリナは気絶寸前の青ざめた表情を見せ、フェルナは今度こそはとばかりに、その愛剣を正面に構える。
「こ、こいつらを殺すぶひーーーッ!!」
「お……おおおおッ!!!」
大きすぎる号令に、あたりの木々から、何羽かの鳥が飛び立つ。
停止していた時間を取り戻すように、16人の銀騎士と、2人の神官が動き出した。
そしてその後方では、戦乱を煽るように、2本の旗がぶわっさぶわっさと大きく振られるのだった。
◇◇◇
まず4人の銀騎士が、広場中央に位置する俺に向かい殺到してくる。
長さ2メートルほどのその長槍で俺を突き殺そうという算段であろう。
しかし、そのためには、彼らは一つの障害を排除しなくてはならない。
愛剣を手に、俺の前へと走り込む一つの蒼い影。
「ワーズワード様、どうか後方に!」
「そうさせてもらおう。さてフェルナ、先ほど教えたコマンドワードは覚えているな」
「もちろんです」
「では、いきなりの実戦になってしまったが、使えるものかどうか確認してみてくれ」
「はっ!」
素直なことはよいことである。
まあ、フェルナの力量にもよるが、俺の設計した性能計算の通りなら、相手を無力化するくらいの魔法効果は期待できる。
迫り来る全身鎧の騎士を前にしても取り乱さないこの胆力は、冒険者としての戦闘経験と鍛え上げられた肉体に対する信頼あってのものだろう。
そして、
「――アブソリュート・ゼロ」
設定されたコマンドワードにより、水晶玉の中に閉じこめられた源素がその魔法効果を発動させる。
何でもないアイアンソードの刀身から、光を反射して煌めく氷の結晶が舞い上がった。
その勢いに吹き上げられた前髪の下にある端正な顔は、端正さはそのままに鋭さを増している。
「なんだッ、まさかあの剣、アーティファクトか?」
「あんな粗末な剣がアーティファクトであるはずない、まやかしだ!」
「おう、何よりもあのような得物では、我らに傷一つつけることはできまい!」
「然り。一突きで終わらせればよい」
目の前の魔法的事象に、踏鞴を踏んで立ち止まった四人の銀騎士だが、槍と剣、全身鎧と革鎧、更には四対一という圧倒的優位の前に、止めた足をすぐさま動かし始める。
「せいァ!」
勢いと、そして重みの乗った二本の槍が、タイミングを合わせて突き出される。そのどちらをも躱そうと思えば、大きく姿勢が崩れ、次なる二本の槍の餌食になるだろう。恐怖に打ち克ち、その槍の間合い内に斬り込めたとしても、やはり同じく、傍に残る二本の槍が襲い来る。
厄介であり、かつ効率的なフォーマンセルの陣形だ。
「ふっ――」
だが、フェルナの剣技は彼らの想像を上回っていた。
同時タイミングの突きであるが故に可能となったフェルナの妙技。いや、ただの剛力か。
ガァンン――ッッ
身をかがめると同時に、二本の槍の穂先をただの一振りで上空へと打ち上げた。
鋭さを武器にする刀剣類であれば、ただ刃を欠けさせるだけの悪手であるが、あいにくとフェルナの愛剣は、ほとんど鈍器と言っていいほどの鉄の塊である。斬るのではなく叩きつけることに特化したその剣だからこその技。
ピシ――
しかし、そんな躱し方も想定内だ。
剣を振り上げたフェルナの胴体目がけて、次の二本の槍が突き出される。
が――
その前に、ガキィン、と大きな音を立てて、騎士同士がぶつかり合った。
全身鎧の硬質なぶつかり合いに、後続の騎士がもんどりうって、大地に転げた。
始めの刺突が外れれば、すぐさま道をあけ、次の二人にスイッチすることが、彼らの編み出した必殺の戦法である。
それがうまく機能しなかったのだ。
「お、おい、何をしている!」
「か、かか、か」
「何を言っている!? ん、なんだこの冷たさは……霜?」
そう、フェルナにその槍を打ち上げられた二人の騎士は、槍を上空に向けたままの姿勢で、ピクリとも動かなくなっていた。
よく見れば、その槍、槍を握る両手に籠手、更には全身鎧にびっしりと霜が降りている。
「フェルナの剣は、触れたものを瞬間的に凍結させる。こういっては何だが、金属製の槍に全身鎧というのは、あまりにも相性が悪かったな。金属は熱をよく通す。熱は熱のまま、冷温は冷温のままに。……おっと、今は触らない方が良いぞ、槍を握る手は凍って張り付き、その全身もまた凍土の如く固く凍結していることだろう」
「なッ」
「はあああぁ!?」
親切にも説明を加えてあげた俺に、二人の騎士が驚きと、そしてなぜそんなことが、という非難の視線を注いでくる。
「ああ、ちなみに、指摘の通り、アーティファクトではないので安心してくれ」
なにをどう安心するのかは、言った俺ですらわからないが。
「いいえ、ワーズワード様! こんな素晴らしいものが、アーティファクトでないはずがありません!」
違うと今いったばかりだろうに。
しかし、宝物を前にしてキラキラと瞳を輝かせる男の子のような表情を見せている今のフェルナにはつっこみずらい。
単にアレクの剣は炎の魔法を付与したので、フェルナの方は氷系にしただけなんだが……ついでに言うと、水神系の魔法の練習につくって見ただけでもあるのだが。
「世界に一振りしかない奇跡の剣です……ッ!」
……まぁ、喜んでるみたいだし、いいか。
「ふっ!」
「ううっ……」
再びその剣を構えなおしたフェルナに、残る二人の騎士は完全に戦意を喪失している。
フェルナが一歩足を進めれば、騎士は三歩後ろに下がる。
三歩下がって、また二歩下がる。
それはそうだろう。鎧であれ、槍であれ、その剣で触れられるだけで、行動不能に陥ってしまうのだ。全身鎧の防御効果など無いに等しい。
更にその剣を扱うフェルナの技を見た後では、彼の間合いに入ろうという者はいないだろう。
「何をしておるのでぶひ! 下がることは許さんでぶ!!」
その様子に業を煮やしたサリンジが、鳥籠の中から命令を発する。
「む、無理でございますッ、この男には近づけませんッ」
「ぶぶぅ……ならば、そちらの薄汚い獣人を先に始末するでぶ!」
「そ、それならば!」
命令に答えた騎士とは別の一隊が、既にニアヴを取り囲んでいる。
「くふふふっ、薄汚い獣人とは妾のことかや?」
四方を鋭い槍の穂先に取り囲まれながら、その口元を裾で隠して可笑しそうに微笑むニアヴ。
あー、そっち行っちゃったかー。
「やめておいた方がいいぞー?」
一応、忠告は伝えておく。例えその善意が無駄になったとしても、一応は忠告したのだという事実が残る。
「やるでぶゥゥゥゥ!」
「「はッ!!」」
冷静な判断のできない指揮官の下で働く騎士たちには、多少の同情の余地がある。
俺であっても、今のニアヴには近づきたくないんだがなぁ。
「妾はむやみに人族に関わることはせぬのじゃが……ふりかかる火の粉ならば振り払うが道理じゃ!」
狐も狐で、結構乗り気なんじゃないか。
ガキィィィン!
ニアヴの居た場所に前後左右から四つの穂先が突き出される。
だが、それらが目標を捉えることはなく、4本の槍は盛大な金属音を立ててかち合わされた。
今その槍を上から見れば完全な十字を描いていることだろう。銀騎士たちの練度の高さは、十分脅威に値する。
しかし、その矛先がアレだというのでは、余りにも相手が悪い。
――トン
と、一瞬のうちに、上空へ跳ね上がっていたニアヴが十字の交点につま先立った。
片足でバランスをとり穂先の上に立つその姿は、まるで京の五条の牛若丸である。
「――どれ、少し遊んでやろうではないか、童ども」
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