Worst Wide Web 07
「?」
「?」
「?」
仲良く三つのクエスチョンマークが目の前に並んでいる。
まぁ電子空間に構築されたプライベート・チャットルームの概念がそう簡単に理解できるとは思っていなかったが。
「確かお主は魔法など使ったことがないとか言っておらなんだか? 聞けばそれは魔法の力によるものじゃろう」
「魔法とは、自然法則の外にある技術だろう。俺の語った科学とは自然法則の内にある技術だ。結果が同じに見えても、その発生過程は全く異なる」
逆に言えば、結果が同じであるからこそ、科学技術は魔法技術に親和するのだろう。最終形が見えていれば、その初めと終わりを繋ぐ線は自然に見えてくるものだからな。
俺が初めてにしてはうまく魔法を扱えているのも、そのあたりに理由があるのだと分析している。
「私の中では仮面舞踏会のようなもの、と理解したのですが、違いますでしょうか」
「その認識で正しい。互い素顔を隠して茶会を開く。そのような場所だ。実際、前回会話を交わしたのは、ほんの10日前だしな……ここでアルカンエイクの名を聞いて、俺の方が驚いている」
今から10日前と言えば、俺が『計画』を実行する3日前に当たる。
思えば二年ほど前、アルカンエイクがその活動を完全に停止し、一切の情報が流れなくなった時期があった。
そのとき、奴はこの世界に来ていたと言うことなのだろう。
つまり、アルカンエイクは地球とこの世界を行き来する技術を完成させている。
奴に会うと言うことは、その技術を、つまりは『地球への帰還方法』を知ることにつながる。
地球に還れるというならば、そのときに俺が下すべき決断がある。
――還るべきか。還らざるべきか。
出すべき答えは do or don't。
その結論はまだ出ていない。
「10日前!? どういうことですか!?」
「言葉のままだ。俺と奴は『ベータ・ネット』で10日前に会っている」
その言葉をどう受け取ったものか、シャルの表情が明るさが増してくる。
「よくわかりませんが、お話するくらい仲がいいんでしたら、私たちのお話もきっと聞いて貰えますよねっ!」
「…………」
「な、なんで黙るんですかぁ」
「いや、どうだろうと思ってな」
このような不可思議な世界、物理法則さえ異なる別次元が存在していたというだけで、地球の常識から言えばコロンブス以降、久しぶりの快挙となる新大陸発見だろう。そして、アルカンエイクがこの世界への安定的なアクセス手段を有していると仮定して考えれば、『ファーストエネミー』という裏の顔を隠したまま、表の顔ではこの世紀の大発見を公表するという選択もあったはずである。
資源の枯渇と自然環境の破壊の中、未だ世界人口は増え続けている。地球は繁栄の頂きにあり、同時に破滅の入り口にある。
もしその技術を地球人類のために使うというならば、アルカンエイクはその識別名と実名の両方を歴史書に残す人物になったことだろう。
だが、奴はこの別世界の存在を知った上で『ベータ・ネット』に飄々と姿を表し、何事もなかったかのような振る舞いを通してきた。
となれば、奴に英雄願望などはなく、この世界そのものを始めに発見した己の私有物であるという認識だけを持っていると考えた方が良い。
つまりは、アルカンエイクに会いに行くとして、奴が俺を歓迎する可能性は少ないと言うことだ。
世界の秘密を知るものは自分だけで良いと判断したならば、別の意味で歓迎してくれるかもな。
奴が敵となるか味方となるか、現時点での断定は避けるとしても――俺の視線がシャルの身に纏う源素に注がれる。その明るさは約9,600ミリカンデラ。
……『ティンカーベル』ねぇ。
奴が口にしたというその言葉が、そのまま地球産の妖精からの見立てであるとすれば、アルカンエイクの俺に対する反応はともかく、シャルについて諦めるとは考えにくい。そして、そうであれば、俺とアルカンエイクは相容れないことになる。
「何にしても一度会ってみないと何とも言えないか」
そういう俺にニアヴがビシリと指を突きつける。
「何を一人で納得しておる! お主がその法国の王と面識があるのはわかったが、結局そやつがどのような男であるのか全く話しておらんではないか!」
面識という意味では、ないという方が正確なのだがな。
それはともかくとして、
「そうだな。アルカンエイクはここでは王と呼ばれているのかもしれないが、俺の知る限り、奴はただの犯罪者だ」
「ふむ、犯罪者のう。一体どのような罪を犯したのじゃ? 」
「まあ、外道の類だな。奴は――」
『ファーストエネミー』――アルカンエイク(A.A.)、男性、らしいな。
21世紀に訪れたロボット工学の黄金期。工業ロボット、産業ロボット、あるいは戦闘ロボットと、あらゆる人間の仕事はロボットの仕事に置き換えられていった。需要の広がりがロボット工学それ自体の発展をもたらし、自然な二足歩行と豊かな表情をもたらすセンシング・アクチュエータ技術、遂に魂まで実装したと言われたボーカロイド技術、同じく人間とロボットの境目を限りなくゼロにする人工知能(A.I.)の発展と、ロボットは労働力として、友人として、あるいはアイドルとして、あらゆる面で人間社会の一翼を担う存在となっていった。
ベビーシッター・ロボット。
乳児の保育を目的としたそのロボットは、そんな、よくイメージされるような人型ロボットではない。開発者泣かせの説明でよければ、単なる『多機能ベビーチェア』ということになる。
乳児の健康管理・授乳機能、排泄物処理、夜泣きに対応した防音機能、両親とのおでかけにもついて行くことができる走行機能などなどを兼ね備え、当然両親はモニターを通して常に我が子の姿を確かめることができた。
知育を目的としたお喋り機能は特に人気で、ベビーシッター・ロボットは世界中で数百万台を瞬く間に販売した。
初回ロットを入手できなかった親たちは、次なる増産を待ち望み、その予約件数は一日で一千万件にも達したはずだ。
アルカンエイクはそのベビーシッター・ロボットの『頭脳』をねらい打ちしたわけだ。
……その日、世界中の都市で自律走行するベビーシッター・ロボットの姿が確認された。
とは言っても、ロボットがどうとかを説明するのは面倒だな。
「一言で言えば奴は人さらいだ。アルカンエイクの名で呼ばれる前の一時期は『ハーメルンの悪魔』と呼ばれていたな」
姿の見えないテロリストを識別するための分かりやすい記号化ではあるが、ハーメルン市もいい迷惑だったことだろう。まあ、この世界に暮らすニアヴやシャルたちには、その符号は理解できないだろうが。
「人さらいですか。確かにそれは許し難い犯罪です」
その表情に怒りを浮かべて、フェルナがアルカンエイクを糾弾する。
「そうだな。同時に18,527人の乳児を攫い、その後、誰一人親元には戻っていないのだからな」
とは言っても、俺は奴に対してフェルナのような怒りは持っていない。むしろ、その発想と技術力に感心すら覚えている。
ベビーシッター・ロボットのA.I.は、自らが預かる乳児の生命と健康の保持を第一に『考え』、自律的に行動できる。相手が実の親であっても、そこにDV行為を認識すれば、『自らの判断』で警告や通報すら行うことができる。
技術的には、ベビーシッター・ロボットの制御系をハッキングすることは難しくはないだろう。だが、アルカンエイクが行ったのはそれらの『頭脳』、つまりは思考系のハックである。
そうして、ベビーシッター・ロボットは正常な『思考』の範囲内で、乳児のことを第一に考えた結果、自律的にアルカンエイクの許へと乳児を送り届けたというわけだ。
出来るか否かの前に、まずその発想が新しい。
ロボットの制御系ではなく思考系をハッキングしようなど、通常の人間であれば考えもしない。そして洗脳できるだけの頭脳を持つA.I.が存在しなければ、そもそも実現できるはずもない犯罪でもある。
犯罪史に残る、いや革新的に技術成長を遂げた機械化社会における、新たな犯罪史の1ページ目を飾ったまさしく、世界最初の敵であろう。
事件の翌日、世界は絶望と嘆きの海に沈み、事件の全容が明らかになるにつれ、その規模の大きさは一企業一国の規模で対応できるものでないと判断され、やがてそれが『STARS』の設立につながったのだったか。
アルカンエイクへの興味はそこそこある俺だが、STARSの方にはあまり興味がないので、その後派生した全ての影響まで知っているわけではない。
その事件に影響された人間の中には、更なる外道な事件を成立させて『世界の敵』の仲間入りを果たした奴もいるが、俺を含め基本的に『エネミーズ23』にナンバリングされるような人間は、他人の行いにそれほど興味はないものだしな。
当然その後、全てのベビーシッター・ロボットは廃棄され、ロボット工学自体の衰退を招いた。
黄金期の終焉である。
人工知能技術も一気にタブー視されることとなり、いずれ完全な人間に届きうるとまで言われたA.I.も、今やその完成は絶望的な状況だ。
「…………」
やけに静かな、車内である。
「………お主、今なんと言った?」
わななきのようなものを飲み込んで、ニアヴがゆっくりと言葉を発する。
「アルカンエイクは人さらいだと言ったが」
「そ、そのあとです! 1万人!? 1万人って、どういうことですかッ」
「18,527人だ。数字を丸めるならば2万人という方がより正確だろう」
「阿呆ッ、そんなことはどうでもよいのじゃ! そんなことのできる人間がおるわけないじゃろうが!」
「事実いるのだから、他に言いようがない」
「…………ッ」
「そう考えれば、シャルが18,528人目の被害者になっているところだったのかもな」
「ふえぇぇぇっ!?」
三者三様の面持ちで、驚きを表現している。ただの人さらい、されどその犯罪規模は破格である。
取り乱す気持ちも判然るが、今から構えても仕方ない。
「とは言っても、特に心配する必要はないぞ。アルカンエイクがどう出ようと、俺がなんとかするからな」
そう、ニアヴにしろ、フェルナにしろ――言ってしまえば、シャルですらもアルカンエイクのことを気に病む必要はないのだ。アルカンエイクと対峙するのは、最終的にはシャルの事情に干渉すると決めた俺自身なのだから。
驚きすぎて、呆気にとられた三人の顔がそこにはある。
「……くっ、簡単に言い切るの。先ほどの話だけでも恐るべき、驚くべき内容じゃったというのに、お主は更にその上を行く」
「ええ、アルカンエイク王の人物像が本当だとして、それを心配ないと言い切ってしまえるワーズワード様こそが、私には信じられません」
「でもっ、ワーズワードさんが言うんですから、本当になんとかしちゃうんだと思いますっ」
「そう言うことだ」
とまあ、先の話はこの辺にしておこう。俺の知るアルカンエイクとて、それは地球のアルカンエイクのみである。この世界では案外、深いことなど何も考えないで、ただの暴虐の王様ゴッコを楽しんでいるだけかも知れないしな。
逆に俺には及びもつかない何かを考えているかもしれない。予断を持って判断する愚は避けねばならない。
「むにゃ……オートミールさんとダンス……むにゃ」
食べ物とダンスという理解できない寝言を呟くセスリナ。
本当にコイツはどうするんだ?
「おっと、シャルにも渡すものがあったんだった」
「はい? なんでしょうか」
「これを身につけておいてくれ」
回答を待たずに、シャルの首にそれをかけてやる。
「これって、宝石のネックレスじゃないですか! こんな、高価なもの……それにすっごい、綺麗です……」
いえ、そんなに大した代物ではないですので、そんなに頬を染めないでください。
「あー、わかっていると思うが、ただの首飾りではない。俺が昨夜作った『マジック・アイテム』だ」
「えっと、その方がずっとすごいんですけど」
それもそうか。
シャルに渡した首飾りには、ドングリサイズの水晶玉が結ばれている。水晶それ自体は、うっすらと青い光を反射する美しいものだが、それを結ぶのはただの編み紐なので、装飾品、貴金属というよりはお守り的な存在である。
実際の効果もお守りレベルだ。
「その身に危険が及ぶことがなければ必要ないものだが、念のためにな」
「私のために……ありがとうございますっ」
「効果は違うがフェルナの剣にも1つ魔法を付与しておいた」
「私の剣にも? ではこの柄の飾りが――」
「そういうことだ」
フェルナが剣を掴んで、その柄の水晶玉を改めて興味深そうに見つめる。
「シャル用に作ったマジックアイテムかや、してそれはどのような効果なのじゃ?」
羨ましそうな視線をちらちらとその首飾りに注ぐ狐。
お前は自分でいくらでも魔法を使えるだろう。
俺が前に進呈した【フォックスライト/狐光灯】も、街のどこからか拾い集めてきたガラクタを詰め込んだ『ニアヴ宝物ボックス』内に保管されていることを俺は知っている。というか、あんなものいつの間に馬車に積み込んだんだ……
「フェルナの剣に仕込んだものと違い、シャルの首飾りの方は安全なものなのでここでその効果を知っておくと良いだろう。水晶を握って、こう唱えるんだ。発動のコマンド・ワードは――」
「はいっ」
――で、やはり、馬車内にはまた何度目かの驚愕の声が響き渡るのであった。
◇◇◇
先ほどからフェルナが自分の剣を手に取り、磨いてみたり、水晶部分を色々な角度から眺めてみたりしている。
剣に付与した魔法は馬車内では危険なので村まで待てと言っているのだが、どうにも気になって仕方ないらしい。
浮き足立っている姿も絵になるというのは最強だな。
シャルはシャルでネックレスを絶対に無くさないようにと、10秒単位で何度もその在処を確かめる仕事に従事している。
「………ねえ」
「なんだ」
「二人とも、どうしちゃってるの?」
「さあな」
「む~、教えてよー」
眠りから覚めたセスリナが他に話相手もいないので、俺に絡んできた。
車内は対面座席となっており、それぞれに4人、計8人は座れる幅を持つ。
入り口で少し屈む必要があるが、車内の空間は俺が立っても頭をぶつけないだけの高さがあり、トランクに当たる座席後部の空間ともつながっているため、圧迫感はほとんど感じない。ついでに振動もほとんどない。
今は進行方向側のA座席にシャルとフェルナ。後方B座席に俺とセスリナが座っている。
ニアヴはスペシャルC座席(屋根の上)だ。
そろそろ『ニアヴ治林』も抜けるあたりだと聞いているが、窓の外の風景はいっそ緑が濃くなるばかりで、開ける様子もない。
「それで、あの男の子は誰なの?」
小さくフェルナを指差し、耳打ちするように聞いてくるセスリナ。
男の子ときたか。
あらゆる女性を虜にしそうなフェルナの美形っぷりだが、セスリナの鈍感さはそれを凌駕する。想定通りと言うべきか、期待通りと言うべきか。
「彼はフェルナ・フェルニ。シャルの兄だ」
「お、おー。本当だ。よく見たらそっくり!」
「そう言う意味では、お前たち兄妹はそれほど似ていないな」
「うーん、私とお兄ちゃんはお母さんが違うから仕方ないよ」
なるほど、紗群という制度と伯爵位という高い地位を考えるとそうなるのか。
「何にしても、しばらく一緒に旅をすることになる。ちゃんと挨拶はしておけよ」
「それ! ……どうしてこんなことになってるの。旅って何!?」
目覚めてからは大人しくしていたので諦めたのかと思っていたが、まだ納得してなかったのか。
「最終的には『南の法国』の王都まで行くことを予定している。同行する理由に納得ができなければ、仕事だと割り切れ」
「これ、私の仕事だったの!? まだ、昨日もらった贈り物の箱、全部あけてないのに」
知らんがな。
「それより聞いておかねばならない件があった。お前は街の外からミゴットに対し何らかの連絡ができる魔法が使えるのか?」
「え……うん。【パスミスズ・マインド・ネイ/風神伝声】はラスケイオンで絶対覚えておかないといけない魔法だし」
やはりそんな魔法があるんだな。
科学技術とて元は人が必要とするものを発達させてきたものだ。魔法とて同じである。逆に必要なものそれ自体をあまりに容易に実現できてしまうため、割り符だの簡易照明などと言う、いわゆる『頂きへ届くまでの途中経過』の技術が、この世界ではすっぽりと抜け落ちてしまっている。
故に魔法を管理する四神殿の区画は石の街にあっても別格、神官たちも現代日本人の俺から見てもそこそこ快適と思える生活を送っているのに対して、その恩恵を受け取らない一般市民以下は、盲目の羊の如く、現状改善のない生活を繰り返している。
ま……それは地球でも変わらないんだがな。情強が情弱を食い繁栄するという弱肉強食は不変の律である。
「で、その魔法は、誰とでも連絡が取れるものなのか?」
「ちゃんと知ってる人じゃないと無理だよ。お兄ちゃんとか、お父さんとか。バルハスさまと【風神伝声】でお話できるようにするのが、ラスケイオンに入って最初にした仕事だったかなぁ」
「ふむ。つまりその魔法を使うには相手を明確にイメージできる必要があるわけか。まあ物は試しだ。ちょっとそれを俺に向かって使ってみてくれ」
「えっ」
俺の顔をマジマジと見つめてくるセスリナ。
そして、くすりと笑う。
「目の前にいるんだから、普通に話せばいいんじゃない? ワードワーフさん、案外抜けてるんだ~」
「……」
だれが地霊人間だ。
そして、ある意味正論なあたり自己嫌悪に陥るな。セスリナにツッコミを入れられるとか、どうなんだ。
「別にお前と話したいわけじゃない。見て覚えるから、使ってみせろと言っているんだ」
「見て覚える? 魔法を?」
「俺は魔法を構成する『源素』が見えるからな。故に、その表現であっている」
「はー」
「不毛な会話を続ける気はないぞ。使わないのなら、ここで捨てていくからな」
「なっ、おーぼーだよ!」
「横暴結構コケコッコーだ」
「ぷっ、あははっ、なにそれ!」
近距離でつばを飛ばして爆笑するのはやめなさい。
そっと、顔を拭う。
こういった動物系ジョークがツボる精神年齢は間違いなく一桁だろうな。
「じゃあ使ってみるけど、失敗しても知らないよ? 相手のことをよく知って心の中に思い浮かべるって、本当に難しいんだから」
「その時は俺のことをもっとよく知ればいいだろう。正確にイメージできるようになるまで付き合うぞ」
「――っ」
なんで黙るんだ。
とにかく、魔法を使う気になってくれたので良しとする。
一度対象となる俺の存在を凝と確認したのち、セスリナが厳かに口を開いた。
魔法発動の前準備たる【プレイル/祈祷】の言葉。六足天馬・卷躊寧への祈りと共に、セスリナが構える菩薩掌の間に源素が集まってくる。
緑x3、白x3――
二色の三角形が上下に組み合わさり、平面的な六芒星を形作る。そして、【コール/詠唱】。
「――伝えて【風神伝声】!」
魔法の発動光と共に六芒星が分裂し、緑の三角形が俺を、白の三角形がセスリナを指す。
源素数が多いほど魔法の効果が強いというのは、まず間違いない検証結果であるが、魔法の効果が源素の数だけで決まるものでもないこともまた事実だ。平面の図形よりも立体図形の方が効果は強く複雑になり、【アンク・サンブルス/孵らぬ卵】のような動的図形であれば、たったの7つの源素だけで、他を圧倒するだけの魔法効果を持つ。
初めは平面・立体図形に関する総当たりによる魔法発動検証を行うことも考えていた俺だが、【アンク・サンブルス・ライト/孵らぬ卵・機能制限版】のように、意図せず死に至る魔法効果が発動してしまう可能性もある。
魔法については、まずはこの世界に既に存在するものについてその発動図形と効果を見て覚えるという方法論が効率的である。
と言っても、全ての魔法が発見されているわけではないだろうから、その後独自に検証するという工程は当然存在する。
街にいる間に既にいくつかのオリジナルに属すると思われる魔法を完成させている。
そういった意味では、ミゴットに強引に連れていかれた四神殿見学も無駄ではなかったわけだ。
『全然意味がわからないんだけど……げんそってなに?』
唐突に、セスリナの声が脳内に響いた。
だが、目の前のセスリナの口は動いていない。
『えへへ、一発でできちゃった……魔法成功です!』
心を伝えると言う割には、骨伝導イヤホンで声を聞いている感覚がある。やはり人には心などなく、ただ脳という臓器があるのみなのだろう。
ではタマシイとは何なのか。その電子的コピーを取り出す『ミーム技術』とはどのように完成されたものなのか。謎は尽きない。
『"いやほん"ってなに? なんでそんなに難しいことばっかり考えてるの?』
俺の思考を読んだセスリナが、わざわざ手で口をふさぎ、もごもご言いながら俺の脳内に直接話しかける。
口で喋ってしまうのを防止しなくてはいけないくらいなら、もう直接喋ってしまえば良いだろうに。
『あはは、だって、そういう魔法だよ、喋ったら意味ないでしょ』
……それもまた正論である。
源素図形及び、その効果について理解した。これが【風神伝声】の魔法。対象人物の脳内に直接話しかける魔法。
感覚的には仮想体使用時の感応入力によるボイスチャットのようなものだな。
『うん。それで、"げんそ"ってなに? "あばたー"ってなに? "ぼいすちゃっと"ってな――』
検証終了。
俺は有無を言わせず、目の前に浮かぶ緑の三角形を握りつぶした。
もちろん源素を物理的に握りつぶせるわけではないが、その意識を込めて干渉すれば、不可能なことではない。
「もごっ!」
おそらくは頭の中で何事かを喋ったのであろうセスリナが、驚きに目を見張る。
だが、もはやその声は俺には届かない。
「協力感謝する。検証は十分だ。もういいぞ」
「もごごっ」
小動物か。
言いつつも、セスリナの無垢なる素直さに、どこか癒しを感じている俺がいることも否定出来ない。
ならば、俺は心を読まれる系の魔法については、今後より一層の注意を払わねばならないな。
つまり、W.W.とA.A.が出会った時にこの物語は。