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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.1 ワープ・ワールド
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Warp World 05

 ここは地球ではない。

 その己の判断を支持、即座に「常識」という物事の枠組みを捨て去り、まずはそこまでの認識を持つ。


 何も判然らないという状況に代わりはないが、「何も判然らないことを前提に情報を取得すべき」だという行動方針が策定される。

 であれば、次なる行動は相手に対する前提条件の付与である。


「落ち着け。そちらの言葉は通じていない」


 俺は『日本語』で、言葉を紡いだ。

 驚きと共に、少女の露草色の瞳に困惑の色が混じる。

 そこで少女も気付いたのだろう、言葉が通じていないことに。


 その共通認識こそが俺の付与した前提条件。

 少女を、言葉が通じないという自分と同じ盤上に立たせたのだ。

 今後のやり取りは、その共通認識を前提に進めることができる。


「写釈漆灼鴫柴酌?」


 おそるおそる、次なる言葉を続ける少女。

 俺はそこから、次なるタスク。その言語の解析作業を開始する。


 始め、こちらを警戒していた少女。

 得体の知れぬ相手とコンタクトを取る場合の言語選択としては「何者であるかの誰何」「敵味方の判別」「警告」あたりが推測される。

 さらに、こちらから「言葉が通じない」ことを直接的に伝えた際の反応が、更なる警戒ではなく、困った様子であったことを考えれば、敵対意志に重きを持っていない、つまり「何者であるかの誰何」に属する言葉であったと仮定される。

 そこを起点に、前提条件の付与前後での共通部分「灼鴫柴酌」(の発音)がその「何者であるかの誰何」に属する意味であると、まずは推測する。


 その「まず」という仮定を起点に、次は、検証を行う。

 この場合の検証とは、それが「あなたは誰ですか?」と言う意図の言葉であると仮定し、同じ言葉を出力する行為を指す。


「灼鴫柴酌?」


 補助として、異言語間でもっとも有効な言語「ボディランゲージ」――柔和な表情と手の平を相手に向ける動作――を交えて検証を行う。

 もし先ほどの仮定が間違っているのであれば、間違っていることに属した検証結果が返ってくることだろう。

 その時は先ほどの仮定が否定されたと判断し、次の仮定を元に検証を行えばよいのである。


 検証結果は明快であった。


「杓、杓鴫柴荵邉紗屡鹿」


 少女は少し安心した表情で、そして幾分緊張気味に、革鎧の上に手を沿わせ、そう答えた。

 とりあえずは言葉が通じたことに安心したのだと理解して、間違いない所作であった。


 先ほどの仮定を正として、そこからさらに解析を進める。一歩前進だ。


 先ほどの言葉が「あなたは誰ですか?」の意味であるのだから、次の言葉には自己の名前を明かす意味が含まれているのだと推定する。


 そこに含まれるべき言語体系としての蓋然性、主語の存在を解析する。


 おおよその言語では主語は、文頭にくる可能性が高い。そこに着目すれば先の少女の言葉の文頭にあった「灼」と「杓」、発音の類似性からみても、これが「灼=二人称あなた」と「杓=一人称(私)」であると仮定することは難しくない。

 主語につながっており、かつ単文の中で多く出てくる「鴫」の発音部分は単独で意味を持たない接続語であると類推し、解釈上無視する。


 同様に名前に関するやり取りから「柴=氏名」の意味、かつそれ以降を氏名の固有名詞であると仮定する。


 固有名詞はその意味を追う必要はない。発音そのままのでよい。


 であれば――


 紗屡荵邉鹿=シャルローフェルニ。それが彼女の名か。


 まず少女と指さし、


「灼鴫柴『シャルローフェルニ』」


「簾!」


 コクコクとうなずく少女。長い耳がピコピコと動くのは感情の表れだろうか?

 問題なく、通じているようだ。


 そして、次は自らの胸に手を沿わせ、


「杓鴫柴――」



 ……そこで、一つの思考が挟まれる。

 俺の名前。当然日本人として名乗るべき、呼ばれるべき名がある。だが、俺は先ほどその肉体に別れを告げたばかりだ。

 であれば、俺の名乗るべき名は、


「杓鴫柴――『ワーズワード』」


 であるべきだろう。


「簾! 爍璽爍遉!」


 こちらを指さす仕草。ちゃんとコンタクトが取れたことに、喜びのままの笑顔になる少女。

 アイアンソードの切っ先は既に取り下げられ、その重みで柔らかい腐葉土にめり込んでいる。


 意志疎通の第一段階がクリアされた瞬間であった。


 始めにあった警戒は、こちらがあまりに無防備であること、さらに片言であれ言葉が通じることで払拭されたらしい。

 もちろん装うまでもなく、敵対意志はないのだから、これを機にさらなる解析と検証を進めさせてもらう。



 わからないものをどの程度わからないのか判定する。次に手持ちの情報を元に順次解析する。

 データを取得し、仮定し、検証する。仮定が間違っていれば、立ち戻り、訂正を行う。

 その繰り返しを一つのプラクティス単位とし、反復を繰り返す。つまり会話を続けることでその精度を高めていく。



 それは驚くべき言語感覚と映るかも知れない。

 だが、『世界最高のハッカー』と呼ばれた、俺にとってはなんら苦のない作業。


 そう、これはハッキングである。


 その対象がコンピュータプログラムから、不明な言語に変わっただけである。

 もちろん、ここにエアロビューの一台でもあれば、その効率は更に上がることだろうが、俺にとってはデータの展開先が、パソコンのメモリ上であるか己の脳内であるかの差だけだった。


 どうと言うこともない。さあ現状分析を続けよう。

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