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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.5 ベータ・ネット
46/143

Worst Wide Web 03

「荷物の積み込みは全て完了しました」

「そうか」


 となれば、あとは人が乗り込めば準備は完了である。


「っと、その前に剣を返しておかないとな」


 フェルナの愛剣はこれと言って特徴のないアイアン・ソードである。さすがにシャルの持っている剣よりは質の良いものであるが、大したものではなかった。

 剣の柄には滑り止めの柄糸が巻かれている。それを一旦解き、魔法を付与した水晶玉を剣の柄頭に針金で固定した後、柄糸を巻き直しただけの簡単なお仕事だ。

 使うのはガラス玉でも良かったのだが、ガラスの硬度は5.0、比べて水晶は7.0。水晶玉を採用した理由は宝石としての価値ではなく、耐久度に関する品質向上のためである。それを買うだけの金はあるしな。


「使い方は後で教える。とりあえず握りに違和感がないかを確かめておいてくれ」

「はっ……? わかりました」

「シャルちゃん、いってらっしゃい!」

「いってきます、ラーナちゃんっ」


 そして、あちらでは女の子同士、お別れの抱擁中である。

 シャルも久々にその身を使い古された革鎧に包み、準備は万端だ。

 俺の知る『旅行』と、この世界における『旅』とは根本的にその安全性が異なる。

 人を襲う犯罪者や猛獣の存在を筆頭に、食料、水分補給地、道、宿泊場所等、全てが不確定要素で構成されている。

 長距離の旅はまさに冒険と言うべきであり、その備えに万全を期すことを考え始めると、旅になど出ないという選択肢がもっとも賢明だ。

 もともとはニアヴに【リープ・タイガー/飛虎】を出してもらうことを考えていたのだが、馬車があるだけで、荷物の積載量、旅の安全性とも格段に向上し、空樽(お風呂用)まで積み込める贅沢ぶりだ。

 ルルシスには本当に感謝しないといけないな。


 見送りの列はラーナにウルクウット、オージャンとイサンも連れ立って、仰々しいことこの上ない。


「お前たちはこんなところに来てないで、仕事に戻れ」

「くお……さすがにお見送りくらいはと……すいません」

「おお、おお……! まさしく、旅のご無事を祈りたく」

「せや、商売仲間の旅の安全の祈るンは、当たり前のことやで。『卷躊寧パルミスがニィさんの頭上に羽ばたきますように』っちゅうてな」

「パルミスというと羽の生えた六足馬だったか。そんな珍しいものが現れたら、魔法で撃ち落とすことを考えるな」

「ダ、ダメですよ、神様にそんなこと!」

「おお、おお……! まさしく、おやめ頂きたく!」

「……冗談だろう。お前たちは俺をなんだと思っているんだ」


 そもそもそんなものいてたまるか。


 ……いや、いるのか?


 この地で俺の常識的判断が通用しないことは、イヤと言うほど理解している。

 憶測に基づく判断をするぐらいなら――俺は頭上を見上げ、青く晴れた空に伝説上の動物を探した。


 はい、蒼空戦線異状なし、と。


 羽の生えた馬はいないが、喋る狐はいる世界である。

 視界に入った馬車の屋根の上で、ニアヴがあぐらを組んで座っていた。


「これが馬車というものかや。乗ったのは初めてじゃが、なかなかに眺めがよいものじゃのう」

「屋根に乗ることと馬車に乗ることは、多少意味に違いがあると思うが。お前は中に入らないのか」

「中に入っては風が感じられんじゃろうが。くふふっ、ここが妾の特等席じゃ!」


 先ほどの不機嫌を忘れたような口ぶりで、気持ちよさそうに風を受けているニアヴである。


「……それは重畳。では、そろそろ出発するか」

「うむ!」


 新たな旅立ちの宣言にニアヴが頷きを返す。

 シャル、俺、フェルナの順に馬車に乗り込み、最後に御者くんが外から馬車の扉を閉める。

 そのまま車体側面の細い足場伝いに御者台へ戻り、軽く手綱を引く。

 それを合図にシーズがゆっくりと歩み始める。まるで馬車の重みを感じていないかのような、なめらかな走り出しだ。


「店長~、いってらっしゃい~、お~み~や~げ~」


 ブンブンと手を振って俺たちを見送るラーナの元気の良い声を背に受けながら、俺たちは店を出発した。

 ガラガラと石畳と車輪の奏でる二重奏を聴きながら、いつもより少しばかり高い視点で活気ある街の様子を眺める。

 馬車の走る大通り中央にも人々はあふれ出しており、人々もよほど馬車が近づかない限りは、道を空けたりはしない。

 鼻先で人の波を割りながら馬車は進み、馬車が通った後にはすぐにさざ波が返す、そんな安全性皆無な進み方もまた、異世界チックである。


「ふわあ、馬車の中からお外を見ると、まるで自分がお姫様になったみたいですっ」

「馬車の中でお姫様なら、馬車の上のニアヴはさしずめ女王様だな」

「はい。ニアヴ様はまさしく治林を治める女王であられます」

「フェルナ、そのジョーク潰しはひどいぞ」

「はっ……」

「あはははっ」


 何を笑われたのか判然らないフェルナが困惑の表情を見せる。もっともそんなものは、フェルナの価値を下げる要因でもなんでもない。

 色々と気が利く青年だが、やはりそこには一定の硬質さを持ち合わせているというだけだ。


 馬車は朱雀門へと進む。

 街の住人であれば、『納役札』をいう木の札を持っており、これがあれば街への出入りはフリーパスである。

 ただし、これは年一回の『市民税』の納付と引き換えにもらえるものだということで、ついぞ最近やってきた俺が持ち得るはずもない。ちなみに生活水準的にお金での納税ができない人間は、一定期間を公共事業に従事する『納役』で代替することもできる。納税より納役を選択する人の方が多いため、そもそもを『納役札』と言うらしい。


 そして公共事業というのは、壊れた石の屋敷を直したり、河川の堤防を修繕したりと基本的に力仕事である。石の屋敷は貴族の気分次第でいくらでも作り直しを要求され、堤防は大雨の度に決壊する。

 根本的な解決を目指した大事業が行われるわけでもなく、その場しのぎの補修が毎年繰り返されているようだ。

 大型重機はないにしても、折角魔法という便利技術があるのだから、それを使っていけば良いと思うのだが、神の奇跡は人を守り人を殺すの為にこそあるのだという、一種の思考の枷が彼らにはある。それも真なる信仰が産み出した悲劇なのであれば俺も一定の理解を示すのだが、四神殿の神官長たちはそれほどアホの子ではなかったわけで。彼らが長年ペロペロし続けている蜜の壷からは、いい感じの腐敗臭が漂っている。


 全くもって、素晴らしい。


 ――と、今まではそんな異世界の非効率と不条理を醒めた目で分析していた俺だが、ルルシスという協力者ができた今なら、色々と改善施策を提案できそうだ。

 まずは、リンキス川上流でダム工事を行うと言うのはどうだろうか。【アンク・サンブルス・ライト/孵らぬ卵・機能制限版】の魔法は、本家アーティファクトほどの超広範囲には広げられないが、半径20m程度のものであれば一日数百程度は作り出せる。数的制限は俺のやる気と源素数次第である。


 それはさておき半径20m、産医師異国に向かうとして、身の上に心配ある事情からすれば、一回当たりおおよそ 1675.51608 立方メートルの体積(の約半分)を一瞬のうちに掘削可能なこの魔法。一万人程度を潤す水がめであれば、最速10日もあれば完成させられるだろう。

 

 あとは遮水壁をどう作るかだが、【マルセイオズ・ロング・タクト/水神指揮杖】の魔法は超質量の水の流れを一時的に留め、【ジマズ・アイアン・ベリー/地神鉄果実】の魔法は、無から鉱石を産み出すことができる。そこに俺の水理構造に関する耐久設計の知識を加えてやれば、理論的にはなんとかなりそうじゃないか。


 可能性があるならやってみてもいいだろう。別に街の人間の為に何かをしたいなどと考えているわけではないが、できることならば自重しない。それが俺なのだ。


「あの、ワーズワードさん」


 シャルの呼びかけが、俺を思考のイドから呼び戻す。

 おっと、つい妄想にふけってしまったな。


「なんだ……と、まだ『朱雀門』を出られていないのか」

「はい。あの、オルド様がもうすぐ来られるので待って欲しいってお話で」

「いいんじゃないか? 歩いて一日の距離なら馬車で半日もかからないだろうしな」

「あ、はいっ!」


 シャルにも世話になった相手に挨拶をしてから出発したいという気持ちがあるらしく、弾んだ声が返ってきた。

 街を出る手続きは問題なく終わったようなので、俺としても異論はない。


 馬車を降りて待つこと暫し、黒馬に二人乗りしたオルドが、なにやら慌てた様子で姿を現した。


「ワーズワード殿! 良かった、まだ出発されておりませんで」

「待てというので待ってはいたのだがな。まさかオルド殿も見送りに?」

「それもあります」


 それもある、か。となると、メインの目的は他にあるということだな。

 と、そこでオルドがずっとその腰にしがみついていた物体を引き剥がして、地面に落とした。


「ふぎゅ!」


 と、一声鳴いたその物体が、腰を押さえながらのそのそと立ち上がる。


「いたたたたぁ~……お兄ちゃん、ひどいよ!」


 その物体……物体Sことセスリナ・アル・マーズリーが、非難の声をあげた。

 いつもの赤ローブにミニマント。例のマジック・アーティファクトの杖は持っていないので、魔法使いらしさが多少減少している。

 ピコンと跳ねた前髪から察するに、寝ているところを叩き起こされ連れてこられたと言ったところだろうか。

 昨日の晩餐会は最後まで盛り上がっていたようだし、それも当然か。

 そこからいつもの兄妹漫才が始まるのかと思いきや、馬から下りたオルドは、そんな妹の声など聞こえていないかのような様子で俺の前に立った。


「……ワーズワード殿、よろしいでしょうか。このようなことを私の口からお願いするのは、大変心苦しいのですが」


 それは、覚悟や切迫感に分類される意思だ。面倒な予感しかしないな。


「なんだろう」

「ワーズワード殿の旅に、この妹を同行させてやってはもらえないでしょうか」

「えっ?」

「まだまだ未熟者で少しばかりそそっかしい面もありますが、妹の魔法の力は、必ずやワーズワード殿の旅のお役に立てるものと考えます」

「……なるほど。という、ミゴットの差し金なわけか」

「は!? い、いえ、そのようなことは決して!」

「ねぇ、お兄ちゃん、旅ってなに? 私聞いてないよ」

「……職務命令だ」


 と、ミゴットの差し金であること否定したオルドであるが、あまりにもバレバレすぎるだろう……

 しかも、当の本人が状況を理解できていないようだぞ。

 

 つまりは、先ほど俺の法国ヴァンス行きの話を聞いたミゴットが、早速次の一手を打ってきたということだ。

 ルルシスの件があるので、最終的には街に戻ってくるにしても、他国で俺が何をするのか把握しておきたい。だが、風神パルミス系の監視魔法は俺が見破ってしまうことくらいは想定できるはずだ。

 ならば同行者の中に自分の手駒を忍ばせたいと考えるところだろうが、俺の性格を把握していれば、ミゴットの匂いのする人間を受け入れるはずがないこともまた想定できるはず。

 そこで俺と面識がありシャルとも仲の良い、ついでに脳天気であるが故に俺の警戒も薄いであろうセスリナに白羽の矢を立てたと言ったところか。セスリナ自身に監視装置としての機能が備わっていないとしても、二人の間で情報伝達できるなにかしらの魔法を持っているのだろう。


 そこで、オルドが一度大きく頭を振る。


「やめましょう。ワーズワード殿を前にして隠し事は意味がありませんね。仰るとおり、これはミゴット殿、いえ、ラスケイオン群兜マータたるバルハス卿のご発案です。妹もラスケイオンに所属する身なれば、群兜の命令は絶対です」


 潔し。さすが、多少なりとも俺と関わってきただけある。

 それに、ミゴットの策であることは差し置いても、オルドの頼みだというのであれば門前払いというわけにもいかない。とりあえず前向きに、セスリナが同行することのメリットとデメリットを計算してみる。計算完了。アリだな。

 

 魔法の力はともかく、車内にもう一人女性がいた方が良い的な意味で。

 そもそも馬車での移動自体を想定していなかったということもあるが、密室空間に俺、シャル、フェルナは少々まずい。お兄さま公認とか余裕でまずい。

 歳は大人、中身は子供のセスリナは、最高級緩衝材となってくれることだろう。


「まあいいだろう。馬車に乗れ、セスリナ」

「えっ?」

「セスリナさまもご一緒できるんですかっ!?」

「そう言うことだ。フェルナもそれでいいな」

「異論ありません」

「えっ、えっ?」


 いまだ状況を飲み込めていないセスリナを、シャルとフェルナが腕を引いて馬車の中に招き入れる。

 訳もわからず馬車に乗せられたセスリナが、窓に額と手のひらをべったり付け、思考停止で目を丸くしたまま兄を見下ろす。

 そんな妹には目を合わせず、オルドが俺に頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

「だが、危険のある旅だ。身の安全は保証できないし、役に立たなかったら捨てていくぞ?」

「そ、それだけはどうか。ワーズワード殿のお力ならば、いえ、ワーズワード殿を信じているからこそ、妹をお預けするのですから」


 俺の態度に狼狽するオルド。メリットがあるとは言え、面倒を押しつけてきたのだから、これくらいの意趣返しは構わないだろう。


「10,000ジットだな」

「は?」

「見え透いたミゴットの策に乗った上で、面倒を引き受ける価格だ。10,000ジットで手を打とう」

「……ええ! それで構いません」

「よし、金は街に戻る時までに用意しておいてもらえれば構わない。――では、行ってくる」


 それに、薄っぺらい誓約の言葉より、金銭を伴った契約こそがオルドを安心させるものだろう。

 俺としても金になるのであれば、多少のやる気もでるしな。


 片足をステップに乗せ、開いたドアのへりを掴んだまま、御者くんに合図を送る。


「行ってきます、オルドさまーっ」

「お気をつけて! 風神パルミスが皆様の頭上に羽ばたきますように!」


 ぶんぶんと手を振るシャルに、敬礼を以って応えるオルド。

 狐は相変わらず屋根の上である。

 朱雀門を越え、馬車は一段階速度を上げて走り出す。

 俺も身を捻り、馬車の中に身体を押し込むと同時に扉を閉める。中で窓に張り付いたまま、遠くなってゆく街の入り口に視線を向けていたセスリナが、最後の一声をあげた。


「えっーーー??」


 うるさいやつだ。

 上司と兄に身売りされた己を嘆くのは後で勝手にすればいいが、ここは素直に諦めろ。

 街を出た以上、泣いても笑ってもこの6人と1匹で最後まで旅を続けることになるのだ。

 いつの間にか大所帯になってしまったが、そこは俺も素直に諦める。



 馬車はこれよりニアヴの地を通り、その先のフェルニの村へと向かう。


パーティーメンバーが決定しました!

皆さんの想定された通りのメンバになったと思います。


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