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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.5 ベータ・ネット
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Worst Wide Web 02

「突然出てきてなんなのじゃ、お主は!?」

「我はユーリカ・ソイルを宰領するルルシス・トリエ・ルアン。濬獣ルーヴァ・ニアヴにはお初にお目にかかる」

「む、むぅ……人族の群兜マータよ、敬意には敬意を返そう。妾がそのニアヴじゃ」

「ミゴット殿、説明はあるのだろうか」

「誤解されがちでございますが、ルルシス様はもとより慈しみ深く心優しいお方でございましてな。ですが、冷静さと正確さを兼ね備えたルルシス様の才は戦場でこそ発揮され、ルルシス様もまた国のためならばと、女性である己を殺し続けてきたのございます」

「その話は長くなるか?」

「いえ、それほどは。そのルルシス様が男性に求愛を受け、それを受け入れようと思うとこの老いぼれにご相談してくださった時には、本当にお喜び申し上げました。それが今朝方の話ですな」

「きゅ、求愛ですかぁ……」

「待て、シャル。誤解があっては困るので少し説明を加えさせてもらいたい」

「我の胸はそなただけのものだ」

「お、お胸ですかぁ……」

「ルルシスの言葉は正確ではない。この場合、『胸"の高鳴り"は』という意味にとるのが正しい。残念ながらあまり意味は変わらないが」

「初めて名を呼んでくれたな」

「ルルシス、お前の行動がこれだけの面倒を引き起こしたのだ。この期に及んではもはや、その呼び名に気を遣う必要はないと判断した」

「よい。むしろ、嬉しく思う」

「…………」

「そんな目で俺を見るのはよせ」


 表情を変えず、歓喜に耳をふるわせるルルシス。絶望的な表情で俺を窺うシャル、おまけにニアヴが俺に向ける冷凍された魚介の絶対零度の視線。

 目的も新たに街を出立しようというこのタイミングで、なんの冗談だ。

 いち早く事態を収拾したいところだが、発生事象の渦中ただ中にいる俺の発言は、今のこの状況では何らの説得力も持たないだろう。言い訳もしくは、言い逃れと受け取られて終わるだけだ。

 誰か、誰か冷静に場を収められる者はいないか――


「話は全て聞かせて頂きました」


 いた!

 青藍色の髪と瑠璃色の瞳。細身の冒険者フェルナ・フェルニがそこにいた。ただし、愛用の剣は今は俺が預かっているので、腰にはなにも佩いていない。

 「この3人の中で彼氏にしたい人は?」の街頭パネル調査を行ったならば、100人中99人がシールをつけるであろう美青年。1人くらいミゴットにシールをつける曲がった趣味の人間が含まれることは想定すべきだが、さすがに俺はないだろう。

 そのフェルナが、ルルシスの前に片膝をついて最上の礼を示しながら口を開く。

 同時にフェルナが、横目で俺に合図を送ってくる。自分に全て任せて欲しいという意味を込めた合図だ。

 昨日と言い今日と言い、俺の意を汲んだ素晴らしい行動である。フェルナはやはり使える子だ。

 俺もまたアイコンタクトにより、了承の意を伝える。


「フェルナ・フェルニと申します。失礼ながらルアン公爵ルルシス・トリエ・ルアン様にお伝えすべき事柄がございます」

「聞こう」

「恐れながらワーズワード様の紗群アルマには、既に我が妹が先んじて加えて頂いております」

「そなたの妹御?」

「あ、わた、私がそうです……シャル・ロー・フェルニと申します。ル、ルアン公爵様」

「そうであったか」


 涙目のまま、ルルシスに向かい、大きなお辞儀をするシャル。

 なるほど、先に特定の相手がいると伝えてしまえば、ルルシスも諦めざるを得まい。


 それはそれで胃が痛いのだが。


 そうすると、そんな相手が居るにもかかわらず、自分に求愛した(と勘違いさせた)俺に強烈な怒りが向けられることは想像に難くない。が、それもまた俺の行動の結果なので、受け止めるしかあるまい。

 地位が高いとはいえ、ルルシスは歴とした成人女性である。王族の娘の唇にどれだけの価値があるかは知らないが、犬に噛まれたと思って忘れるだけの大人の対応はできるだろう。そう想定すれば後を引く問題にはならないと想定できる。


「そう言うことだ。ルルシスには申し訳ない勘違いをさせてしまったが、これでわかって貰えたと思う」

「我も初めてのことで知らなかったのだ。どうか許して欲しい」


 この物わかりの良さもルルシスの美点であろう。

 ルルシスが、シャルに向き直る。


「姉様への挨拶が遅れたことは不徳の限り。謝罪を受け入れ、どうか今後我のことはルルシスと呼んで欲しい」

「……は?」

「そ、そんな、お顔をお上げくださいっ。私もこんなときどうすればいいのかわからなくて……」

「シャル、例え相手が公爵閣下と言えど、ワーズワード様の紗群に加わられる以上、紗群内での序列はお守り頂かなくてはいけない。上の者がそのような態度では、逆にルアン公爵様が困ってしまうよ」

「そうなんでしょうか、フェルナ兄さん」

「その者が正しい。我が公爵の地位を頂き民を治めるのもまた、民が聖国という紗群の序列に従うが故のもの。ワーズワードの許では、我は姉様の下位に属するが道理」

「ほ……ご立派になられましたな、ルルシス様」

「やめよ、バルハス。我とて、昔のままではない。いや、今日まさに新しい人生を手に入れたのだ」

「さあ、シャル」

「……わかりました。ルアン公爵様、いえ、ル、ルルシスさん、ううっ……こ、これからよろしくお願いしますっ!」

「姉様に感謝を」


 ……なんだこれ?


 ホロリと涙ぐむミゴットを背景に、固い握手を交わす、シャル(姉)とルルシス(妹)。

 親子には見えないにしても、倍近い歳の差があるように見える二人。その妖艶な方が妹扱いだとか、なんの冗談だ。

 フェルナが仕事をやりきったと言わんばかりの表情で頷く。


「さすがはワーズワード様が目を掛けられたお方です。これならば妹も仲良くやってゆけるでしょう」

「待て、仲良くしてどうする。まかせた手前口出ししたくなかったのだが、こういう場合一般的には、シャルという建前を説得材料に使い、ルルシスに今度のことを諦めてもらうように誘導する場面ではなかったのか」

「?」


 完全な『イミガワカラナイ』を体現した角度で、小首をかしげるフェルナ。

 その仕草が少しかわいいのがむかつく。


 その後、何かを思いついたようにポンと手を打つ。


「ワーズワード様。ルアン公爵様の言われたとおり、広い国土を治める皇帝や王もまた、群兜と呼ばれることをご存知でしょうか?」

「知っている。聞き知ったのは昨晩だがな」

「では、その皇帝の寵愛を得て封土を賜る、貴族という身分を持つ者は一人しか存在しないものでしょうか?」

「そんなことはないだろう」

「そう言うことです」

「…………」


 Q.E.D.

 その理論には確かな説得力がある。

 比喩を用いた三段論法を持って、この俺の反論を完全に封じるとは……フェルナ・フェルニ、なかなかやる。

 ルルシス一人の個人感情だけでなく、この世界の『在り方』としてそれを許すというのであれば、適合すべきは俺の方である。


「だが、判然らないのは制度システムではなく、ルルシスがそうと判断したプロセスだ。紗群に加わるというのは、己の人生を左右するものだろうに」


 書面で契約条件を確認する雇用契約と異なり、『紗群』なる制度の契約はその内容も規定も群兜次第である。それは、善なる群兜の下で運用されれば、婚姻や正規雇用という言葉に近い意味と理解することができるが、悪心を持つ群兜が運用すれば、奴隷制度になぞらえることができてしまうだろう。

 それは群兜の見極めなくしては健常に存続し得ない制度。


「これはフェルナにも言えることだが、昨日今日知ったばかりの俺に対し、そんな重大な誓約を求める神経が俺には理解できない。お前たちはそれほど俺のことを知らないだろう」

「わかります」


 深く頷くフェルナ。俺の示した命題は、まさしく彼ら自身が一番に自覚している問題だということだ。


「では、仰るとおり昨日今日で判断することに理解が得られないとして、三日あればよいのでしょうか。あるいは一年、十年間考え続けた結果ならば理解できるのでしょうか」

「なに?」

「ワーズワード様は自分の一生を左右する判断と仰いましたが、その一生とは、ではどれだけのものでしょう。この先十年の生存が約束されているものでしょうか。いいえ、それは一年後すらも定かではなく、それどころか明日この身に死が訪れても、私は不思議には思いません。故に『今日』判断するのです。その判断が正しかったのか間違っていたのかという結論は、私自身ではなく私が死んだ後、私を見知った誰かが下すものでしょう」

「…………」


 フェルナの言葉は正しい。圧倒的に正しい。

 俺の理論は、人の命までもが安定を通り越して統制されている地球でしか通用しないものだ。

 健常者が平均寿命以下で死んだならば、それはすべからく『事故的事象』と表現される世界の理論だ。

 『人生』とは、本来生まれて死ぬまでの距離を言う。平均寿命前に死んだら、それはおかしいのだ、などという発想の方がよほど暴論である。

 今日死ぬのなら、今日までが俺の人生である。『あったはずの明日』など存在しない。

 その認識を持っていれば、『明日の方がきっと良い選択ができるのだから、今日はやめておいた方がいい』などというセリフは、でてこないはずである。


 『あしたに道を聞かば、夕べに死すとも可なり』。つまりはそういうことだ。

 反省するべきは反省し、自分の考えに間違いが認められたならば、すぐに修正しなければなるまい。


「お前の言うとおり、全面的に俺の認識違いだった。教えてくれてありがとう、フェルナ。俺はお前に群兜と呼んで貰えることを誇りに思わねばならないな」


 俺の謝罪は、俺が今やっとフェルナを紗群として認めたことの証でもある。

 ハッキリ言うと、俺はフェルナに対して、利用できる手駒が増えた程度の認識しか持っていなかった。

 フェルナもまた、これから行動を共にする上で、便宜上俺をリーダー的立場として認めたのだろうと。


 つまりそこで、俺はもう一つの認識誤りをしていたわけだ。


 フェルナは昨日シャルの仕事の終わりを待つと同時に、俺という人物を冷静に観察していた。あとの足りない部分は、シャルという絶対の信頼を置くフィルターを通して――つまりはちゃんと自分の目で見極めた上で、その判断を下したのだろう。


 フェルナのその端正な表情がまず驚きに変化し、そして喜びが満ちる。


「私もまた確信しました。妹の、そして私の選択に間違いはなかったと」


 紗群とは群兜に従属し、その命令に従うだけの存在ではない。

 自分の信じた相手に不理解があれば諭し、過てば正し、落ち込めば励まし、そんな――


 差し出した俺の右手とフェルナの右手が固く結ばれる。


 ――そんな、『共に在る者』を『紗群アルマ』というのだ。



 ◇◇◇



「ほっほ。めでたきことでございますな、ニアヴ様」

「そうじゃな!(プイッ)」


 そんな幕間劇はさておき、狐である。

 昨日は紗群が増えるのはめでたいとか言っていたはずの狐だが、なぜか今は不機嫌をまき散らしている。

 気分屋な狐の思考には、俺の理解も及ばない。

 一方、同じ異世界の存在でも、俺と同じ側に立つ人間の思考であれば及びもつく。

 白鬚白髪。水神マルセイオを信奉する魔法の使い手。

 先ほどまでの話を総合すれば、ミゴットは王族と関係浅からぬ存在であり、若いルルシスの後見人的立場なのであろう。


 ミゴット・ワナン・バルハス。


 俺とミゴットの関係は機械的である。

 俺から見たミゴットの評価は、魔法(軍事)に関するに大家にして街の重鎮。貴族としての価値は、オルドに譲るとしても、政治的な影響力を強めようと思うのであれば、必ず話を通しておかねばならない人物である。


 交友する関係ではなく交渉する関係、そういう評価だ。


 また、ニアヴに関わる事案であれば色々と無理を通すことができる。

 信仰の対象にすらなっている濬獣が街にいる異常事態がそれほど騒がれていないのも、おそらくはミゴットが裏で手を回しているためだろう。


 一方ミゴットにとって俺は、取扱いが難しい劇薬のようなものだ。うまく使えば万病を治すが、一つ間違えば万民を殺すそんな劇薬である。

 国のために役立つなら便宜も図るが、他国に流れるくらいならば亡き者にすることも考えているに違いない。

 例えば、今は単に金儲けだけを目的とした無害なマジック・アイテムを作成しているが、これが魔法武器の作成となれば、ミゴットは国家視点での対応を考えねばならないはずである。

 なにせ、彼らにはマジック・アイテムを作成する技術はないのだから。

 まずマジック・アイテム自体の他国への流出を警戒せねばならないし、何にも属さない根無し草、人情紙風船の俺が風に吹かれるまま街を去るような事態がないよう、『ワーズワード』を監視し、手懐けようと腐心している。

 ミゴットほどの実力者が毎日毎日『ワーズワード魔法道具店』を訪れる理由の一つはそこにある。最大の理由は残念なものだが。


 勘違いしてもらっては困るが、俺自身は自らにそんな規格外の価値があるなどと、尊大な自負を持っているわけではない。

 これは『俺』の価値ではなく『ワーズワードのもつ技術』の価値を第三者視点で分析した結果である。

 ミゴットがそれを過小評価しているならば、御の字以外の何者でもない。

 だが、己にとって都合の良い思いこみを真として、その想定を外すならば、それは愚の骨頂だ。


 そして、俺を劇薬として捉えるならば、そこから行き着くミゴットの思考を読むことは難しくない。


 強すぎる薬(毒)ならば、薄めればよい。

 風船は紐でつなげばよい。

 ついでに、愛しのニアヴ様から切り離すことができればもっとよい。


 であるならば、昨夜のルルシスとの対話は、ミゴットがセスリナの誕生日を利用して仕掛けた策である。

 ミゴットからの誘いとオルドの誘いが重なれば、どちらをも断ることは難しく、かつ俺がその中からミゴットの誘いを選択する可能性は0.001%以下だろう。

 また、ルルシスとの対話がミゴットの設定した舞台上で行われていれば、俺の警戒心は昨晩のような最低値を記録していなかったはずである。

 今更ながらにそれに思い当たるとは、俺も随分と平和ボケしたものだ。


 権力との結びつきを模索する俺がルルシスを拒否しないことは、当然の理。

 そして、俺という自重しない存在が、ルルシスの瞳にどのように映るものか。

 二人の出会いが産み出す化学反応。俺の論理思考によるパターン分析ですら想定の難しいそれを、だがミゴットのもつ経年経験は凌駕した。

 実際、ワーズワードの方向性を『北の聖国ラ・ウルターヴ』に向けることに成功した。俺は確かにこの国に居心地の良さを感じ始めているのだから。

 ついでに言うと、ルルシスの反応と即断即決の行動力は、ミゴットの想定の更にその上を行ったことだろう。


 どちらにしてもその結果が、今こうして俺に背を向け、尾を怒らせるニアヴの姿だとすれば、まさしく全てはミゴットの掌の上である。


 いや待て。

 だからなぜ俺が怒られる?


 ルルシスは説明の足りない自らの不器用が俺を誤解させたといい、俺は俺の悪戯心がルルシスを誤解させたことを理解している。

 フェルナの介入により状況は好転したように見えて、実は悪化の一途を辿っており、転がるほどに絡まっていくこの見えざる毛糸の玉を解きほぐすには、もはやホワイトボードに時系列の思考を付箋紙で貼り付けるマインドマップを活用するしかない。


 そうと決まれば、まず第一にホワイトボードの作成に取りかからねばなるまいか。


 ……面倒になってきたので、俺はそれ以上の思考を放棄した。



 ◇◇◇



 誤解という観点で問題を捉えるならば、シャルを受け入れた時点ですでに誤解が生じている。

 ならば、ルルシスのみを拒否することは公平ではない。

 ネット世界の間接的コミュニケーションに慣れ親しんだ俺には、この世界の女性たちの選択はいささか早急で、そして情熱的に感じてしまうが、フェルナに諭された通り、死の身近なこの世界では、今の気持ちを相手に伝えることは、なんら羞恥に属する問題ではない。

 むしろ、誇りを持って己の道を進む爽やかな決意が、そこにはある。

 恥ずべきは、地球での常識の範囲で判断してしまっている俺の感性の方だな。


「念のため確認する。本当に俺でいいんだな」

「よい」

「ならば、これ以上の言葉は必要ない。ルルシス、今日よりお前は俺の紗群だ」

「……っ」


 言葉をも発せられないほどの喜びに表情を輝かせるルルシス。具体的には眉がわずかばかり広角に傾き、長い耳が1mmほど動く。

 そして、伝えておかねばならないことがある。


「だが、俺たちはこれからしばらく街を離れる。行き先は『南の法国イ・ヴァンス』となるので、この旅にお前は連れてゆけない」


 ルルシスも気軽に国外にでられる身分ではないだろうしな。


「お待ちください。そのようなお話は初めて伺いました」

「初めて伝えたからな」


 俺の言葉には、ルルシス以上にミゴットが反応を見せる。

 知ったことではないが。


「いつ、戻る」

「何事もなければ、三週間ほどか」

「……」


 何かを言いかけ、そして飲み込む。

 そんな淋しそうな顔をしないでほしいものだ。


 シャルの村へは今日中につけるとして、そこから法国の聖都『アルトハイデルベルヒ』へは一週間もあれば着くらしい。

 これは全行程【リープ・タイガー/飛虎】に騎乗したとしての話だが。

 だから、そんな泣きそうな目で見ないでくれ。


「待つ」


 たったそれだけの答え。

 そして、ルルシスが席を立つ。

 困惑を見せるミゴットだが、ルルシスの決定には逆らえない。


「ワーズワードさん……」

「大丈夫でしょうか、さすが公爵様だけあって威圧的なお方でしたが、街を離れる話で怒らせてしまったのでは」


 フェルナの言は全く見当を外している。

 ルルシスの一言には幾万の想いが含まれていた。そしてそれは、ミゴットさえも排し、俺だけにしか読み解けないものだ。

 扉を押し開くミゴット。


「ワーズワード」


 朝の光の中に歩みでたルルシスがこちらに来るようにと、俺の名を呼ぶ。

 呼びかけに応え、俺も店を出る。というか、全員だな。

 外には当然、列を作る人だかりができており、ルルシスとそして開店前に姿を現した俺たちに、軽いどよめきが起こる。

 いや、店から出てきただけでそんなに騒ぐな。

 そんな彼らに目もくれず、ルルシスがピタリと一点を指さす。


「我の代わりに『シーズ』を連れてゆけ」

「シーズ?」

「ルルシス様の馬車を引く、愛馬の名前ですな。それをお与えになると仰られております」


 目の前には一台の馬車。その作りは重厚であるが豪華すぎず、それでいて施された装飾は『朱雀門』に勝るとも劣らない見事なものだ。

 四輪一頭立て。中に10人は入れそうなその馬車は、一頭で引くには大きすぎるように見えるが、馬を見ればそのような疑問は軽く吹き飛ぶ。

 六足馬。話には聞いていたが、なんと大きく、それでいて美しい生き物だろう。

 並の馬の2倍はありそうな巨大な体躯。それを支える六本の足は太い筋繊維に包まれ、人間などアルミ缶の如くペシャリと踏みつぶしてしまうだろう。それも六缶同時に。

 シーズは白馬である。白金に輝く毛並みはさすがルルシスの愛馬というだけある。黄金のたてがみはその一本一本が金糸であり、瞳は巨大なアクアマリンか。

 なによりも馬の身で、纏う源素光量が1,000ミリカンデラを越えている。下手な赤マントくんより魔力が高いとはどういうことだ。足の数以前に、源素を纏う動物自体を初めてである。


「シーズ、我の代わりにワーズワードを助けよ」


 そっとその体を撫でながら、呼びかけるルルシス。

 馬がその言葉を理解してコクンと頷いたように見えたのは、決して錯覚ではあるまい。

 知性を宿したその瞳で、まっすぐに俺を見つめているのがその証だ。ペットは飼い主に似るというが、その一途な視線はまさしく主譲りだな。


「ありがたく借り受けよう。よろしく頼む、シーズ」

「……(コクリ)」


 うむ、やっぱり賢いっぽい。身体が大きいということは脳も大きいということだしな。


「ゆく」


 短く言い、ミゴットを従え、真っ直ぐに歩き出すルルシス。

 自然に人々の垣根が割れ、二人の前を開ける。


 嵐のように現れ、凪ぐように去っていったユーリカ・ソイルの群兜を、皆一様の感心した表情で見送る。

 人の上に立つとは、こういうことなのであろう。

 フェルナが感心したようにつぶやく。


「六足馬は馬車を曳いて丸一日走り続けることができる最高級の動物です。貴族様の中でも複数を所有されている方は少なく、商用でも、ベルガモ様のような大商人と呼ばれる一部の方々しか所有できないでしょう。それをこんなにも簡単に……ルアン公爵様は素晴らしい方ですね」

「……そうだな」


 全く俺にはもったいない。

 改めて、馬車を見上げる。


「…………」

「…………」



 独り取り残され、所在無さ気に視線を彷徨わせる御者くんと目があってしまったわけだが、えーと、彼はどうすればいいんだ?

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