Waltz with Wiseacre 09
「ハッ、ハッ、ハッ」
呼気も荒く、夜道を急ぐウルクウット。
ウルクウットは獣人――狼族――の青年である。
獣人とは、獣の特徴を持つ種族ではあるが、この世界の人間にとってそれは、肌や髪の色の違いといった程度の認識でしかなく、広義では同じ『人間』である。
そして、ここで言う『獣の特徴』とは、単に耳の形状や尾の有無のことだけを言うのではない。
兔族であれば鋭敏な聴覚を持ち、牛族であれば女性であっても怪力を誇る。
狼族のウルクウットには暗視の能力があり、暗い夜でも行動の制限はほとんどなかった。
とは言っても、基本的には人間的な生活をしているので、通常夜は眠るのだが。
しかし、今日ばかりは事情が異なる。
自らの中に生まれた『利用者の視点』に基づく発想の器。それは当日中に形を成し、今ウルクウットの懐に収められていた。
既に街は夜のとばりの中である。『天空のかがり火』もそろそろ終了する時間であるが、一刻も早くこの『試作品3号』を見てもらおうと、ウルクウットは『ワーズワード魔法道具店』へと急いでいた。
店の明かりが消えていたときは、明日の朝一に出直そうと考えていたウルクウットであったが、彼が到着したとき、店内からはまだまばゆい明かりと複数の楽しげな声が漏れだしていた。
開け放たれている扉から、そっと中の様子を窺う。
「シャルさん、近いです」
「どうしたんですかワーズワードさん、私のこと"さん"付けなんて、始めてですよ?」
「そうでしたっけ」
「なんだかいつもと口調が違うみたいですし」
「そんなことないです」
「ならいいんですけど。ワーズワードさん、はい、あ~ん」
斜向かいで肉の塊にかぶりついているニアヴの耳がピクリと反応する。
「…………。はむ」
「えへへへ~」
ワーズワードに寄り添うシャル。そのはにかんだ照れ笑いは、幸せオーラ全開のものだ。
美しい少女だと思う。彼の芸術センスで表現するならば「春風に揺れるレネシスの花」ということになる。レネシスは白い花弁をつける一年草である。白いタンポポをイメージして貰えれば間違いない。
市井にあって、その美しさは他に比べるものがなく、また、レネシスは見る者をあたたかい気持ちにさせてくれる花だ。
そんな少女を傍らに侍らすワーズワードに男として当然の羨望を覚えるが、それも当然のことだろうと納得する。
ピユ~と口笛を鳴らすラーナ。薄く色づいた顔色と空いたグラスから察するに、お酒が入っているようだ。
ニアヴに酌をするのはウルクウットからみても芸術的な美を感じさせる一人の青年である。確かシャルさんのお兄さんだったかなと、ウルクウットは自らの記憶を確かめた。
性格的にこういう場に入って行きづらいものを感じながら、ウルクウットは扉の一番近くにいるラーナへと声をかけた。
「あの、こんばんは……」
「あれれー、ウルクウットさんじゃないですかー。こんばんはー」
「はい。こんな夜遅くにすいません」
「問題ありませんですよー。んっふっふー、さてはご自慢の鼻でこの豪華なお食事の匂いを嗅ぎつけてきたんですね!」
「えと、そうではなくて……それに狼族に自慢できるような嗅覚はないですし。『試作品3号』が完成したので一刻も早く見て頂こうと思いまして」
「そうでしたかー。仕事熱心なんですねぇ。まぁどうぞ中にお入りくださいな」
「すいません。お邪魔します」
店内はいくつもの【フォックスライト/狐光灯】の明かりで照らされている。
この魔法の明かりは、何度見ても素晴らしいものだと思う。そして、そんな大きな仕事に自分のような者が関われていることを誇らしく思う。
「こんばんは、ウルクウットさん」
「こんばんは、シャルさん。遅い時間にすいません」
先ほども感じたことだが、やけに幸せオーラを振りまいているシャルである。
昼に会ったときには今日で仕事を辞めるとかで、なにやらもめていたはずである。その後一体何があってこのような笑顔に……と、疑問を感じるウルクウットだったが、それよりも今は、その横に座るワーズワードを前にして、緊張を隠せない。
こんな夜分にいきなりやってきて、もしワーズワードさんの気分を害したらと思うと……尾が逆立つ思いのウルクウットである。今度こそは! と、後先も考えず走ってきたわけだが、あまりにも勢い任せな行動ではなかったかと、いまさらながら後悔の念に襲われる。
現実には、ワーズワードがウルクウットに感情的な言葉をぶつけたことなど一度もないのだが、ワーズワードの前に立つと、どうしてか本能的な恐怖を感じてしまうのである。
だが、ウルクウットを迎えるワーズワードの態度は、全く想像していないものだった。
「よくきてくれたウルクウット! さあ、仕事の話をしようじゃないか!」
「えっ」
肩でも組もうといわんばかりの大歓迎。
想定外の状況にウルクウットの目が点になる。
「すまないシャル。仕事となれば仕方ない。続きは後日で」
「あう、残念ですけど、お仕事じゃ仕方ないですね……」
「あ、お邪魔でしたら明日の朝でも」
「いやいやいや全く完全に問題ないぞウルクウット。これは仕事なのだからな」
「はぁ」
なにが起こっているのか、ウルクウットには理解が出来ない。
とにかく、ワーズワードの機嫌は良いようである。まずは怒られなくてすんだことに、胸をなで下ろすウルクウットだった。
「見もらえるでしょうか。これが『試作品3号』です」
「――ふむ」
そして検分。
器を前にした瞬間、先ほどまでの浮ついた空気が一気に霜を落とす。
目の前にいるだけでも、肌が切れてしまいそうな冷気を感じてしまう。
これだ。これがウルクウットが本能的に感じている、いつものワーズワードである。
『試作品3号』。
その形状を一言で表すならな『落ちる水滴』である。
流線型に丸まった底の部分は、落ちる水滴の作り出す王冠をイメージした金具の8本の足でしっかりと支えられている。水滴の頂点は緩くカーブを描いたあと、小さく渦を巻いている。そこにはひもが通せるようになっており、例えば天井からぶら下げるといったことも出来そうだ。
【フォックスライト/狐光灯】の核とも言えるガラス玉は底に空いた穴から中に入れる。
核は容器内部の中央に固定できるように設計されており、気泡一つも見あたらない丁寧につくりあげられた透明度の高いそのガラスを通して、360度全方向に美しい黄金の炎が振りまかれる。
「ほう……これは美しいものじゃのう。妾の【フォックスファイア/狐火】が、このような美しいマジック・アイテムになるなど、考えたこともなかったわ」
まず最初に称賛の声をあげたのはニアヴである。
「ですね~、これを見ちゃうと、お昼のあの器で満足してた自分が信じられないかも」
「ウルクウットさん、こんな素敵な作品を作っちゃうなんて、本当にすごいですっ」
「あ……ありがとうございますッ!」
工房技術者として、什器設計者として、これ以上嬉しい言葉はない。
物が売れてお金が入る喜びもあるが、やはり、あなたの作ったものは良いものだと直接に評価され、喜んで貰えること。それこそが、物作りの喜びなのだから。
だが、まだこれだけで喜んではいけない。
他の誰が良いと言ってくれても、依頼人たるワーズワードの評価がなければ、意味がないのである。
ウルクウットだけでなく、皆の視線が沈黙を守るワーズワードに注がれる。
ゴクリと、つばを飲む音が聞こえた。
一体誰の発したものなのか、判然らないほどの緊張した一瞬だ。
「……蓋の開閉はしない作りのようだが、消灯はどのように行うんだ」
「あの! そのっ、台座の足の一本を動かせるようにしてみました!」
「これか。なるほど、これを上に動かすと底の開口部が開き、コルク栓が開いた場合と同じ状況を作り出せるわけか」
「は、はい! 毎日使うのなら、直接の蓋の開閉は器自体を痛めてしまうと考えたんです。力の入れようによっては壊してしまうこともあるかなって……これなら、少しの力で消灯と点灯ができますから。駆動部分も金属製にしたので壊れにくいかなって! あの、勝手な考えで言われたものと違うものを作ってしまって、すいません!」
『蓋の開閉で消灯できる仕組みを持つガラスの器』というのが、まずは基本的な製造仕様として、ワーズワードから提示された条件である。
それを勝手に変えてしまったことがダメだと言われれば、ウルクウットには返す言葉がない。
コトリ……とワーズワードが無言のまま『試作品3号』を机の上に置く。
そのあまりの無言っぷりに、やっぱりダメだった。勝手な仕組みを作り込んだせいで怒らせてしまったのだと、ウルクウットは下を向き、強く牙を食いしばった。
そんなウルクウットの前にワーズワードが立つ。
「俺の想像を越えた素晴らしい出来だ。よくやった、ウルクウット」
ハッとして、顔を上げる。
「まず形状が良い。水滴を模したデザインはシンプルでありながら温もりを感じる。球形の器を支えるのに、台座が必要なことは当然だが、そこにも統一されたデザインコンセプトが感じられる。
足の数もコストと手間を考えれば、4本で十分なところを8本まで増やしたことで、より洗練された形状と抜群の安定性をえることができている。そして何より、これだ」
キコキコとその内の一本を動かすワーズワード。
「すまない、ウルクウット。俺はこの世界の技術レベルを相当低いものと考えていたので、構造的或いは機構的希望は作成仕様に含めなかった。俺が本当に求める要求を入れていくと、モノが完成しないと考えたのでな。
だが、このスイッチング機構は俺の提示した最低限の仕様を満足させた上で、装飾美と機能美を併せ持った素晴らしいアイデアだ。見事に俺の予想を裏切ってくれたな」
「あ、あ、ありがとうございますっ!! ……………くぉ」
これまでのワーズワードの物言いから考えれば、耳を疑うほどのベタ褒めである。
誰よりも信じられないのはもちろんウルクウット自身だろうが、他の皆からしてもまた驚きであった。
もっともそれをワーズワードに言ったならば、自分はいつの時も正当な評価しか下していないと、反論するであろうが。
店内でのくおおんは禁止されている。必死でその衝動を押し殺し、涙すら滲ませ始めるウルクウット。
ワーズワードは苦笑すらも交えながら、その肩をポムと叩いた。
「くおおん、許可」
「――――くおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんっっっ!!!」
溢れるのは歓喜。ただひたすらの歓喜。
認めてもらえた。認めてもらえた。認めてもらえた。ワーズワードさんに認めてもらえたっ!
知り合ってたったの5日だ。そんな関係の浅い相手のはずなのに、ワーズワードに認めてもらえたことがなぜこんなに嬉しいのか、自分自身でもうまく表現できない。
「ひゅーひゅー、おっめでとうございます~!」
「よかったですねっ、ウルクウットさんっ!」
その喜びには、ウルクウットが本能的に感じる恐怖と表裏一体の理由があった。
自分に自信を持てない性格のウルクウットから見れば、ワーズワードという存在は自負と自信のカタマリに見える。
そして、そんなワーズワードの言葉にはウルクウットでは決して逆らえない『力』があり、もしワーズワードが『お手』と言えば、なんの抵抗もなく――むしろ喜んで――自分の手を差し出してしまいそうな、そんな感覚を覚えてしまう。
故に恐い。故に近づきがたい。それなのに自分を、自分の作った作品を誰よりも一番に見て欲しい。
矛盾した思考のように見えるが、それがウルクウットが自分でも表現できない感情の正体――『憧れ』である。
そんな憧れのワーズワードから認められたことが、最上級の喜びとなってウルクウットを咆吼させているのである。
「くおおおおおおおおおお――ぎゃうんッ!」
「やかましい。許可はしたが時間を考えろ」
ワーズワードの全力を込めたボディーブローがウルクウットを打つ。
駆け寄ってきたリリィにドーンと飛び付かれたときのような衝撃を腹に受け、思わず咳き込むウルクウット。
「ゲホッ……す、すいません」
「わかればよし」
あとに、皆の笑い声が続いた。
「――こないな時間に、なんや明かりが灯おとる思って寄ってみたら、エラい盛り上がっとりますなぁ」
◇◇◇
突然の声。
店の入り口に姿を表したのは、上等な厚手のコートを着こんだオージャン・ベルガモだった。
やれやれ、ウルクウットの次はオージャンか。今日は千客万来だな。
ヒヒンと聞こえた嘶きから判断すると、たった今馬車から降りてきたところなのだろう。
「久しぶりだな、オージャン。王都での注文取りはどうだった?」
「ニィさん、いきなり仕事の話でっか。こちとら、急ぎに急いで帰ってきたばっかやいうのに、もそっと労いの言葉があってもええんちゃいますか?」
口ではそう言うオージャンだが、そのゆるんだ口元を見れば、言葉遊びを楽しんでいる風である。
先日の四者商談の翌日、オージャンは早速いくつかの魔法道具サンプルを持って、北の聖国王都へと発っていた。
魔法道具の販売。その風の噂がユーリカ・ソイルから吹き始めるよりも先に、商人は行動を開始していたというわけだ。
動くのならば誰よりも早く。『先んずれば人を制す』――当然の道理である。それがこと商売の話となればまさに一分一秒を争うスピード感が必要だ。
このスピード感こそが、俺がビジネスパートナーに求めていたもの。オージャンはやれる子である。
「労いがわりに紹介しよう。『ワーズワード魔法道具店』の商品番号01。【フォックスライト/狐光灯】の正規製品がたった今完成した。――フェルナ」
「はっ」
机に置かれた『試作品3号』をオージャンに渡すようフェルナに合図を送る。
俺の意志を取り違えることなく行動するフェルナ。うむ、使ってみて始めてわかる紗群の便利さだな。
手渡された、ソレの完成度の高さに思わず瞠目するオージャン。
「ほう……これはエエもんやな。ホンマにウルクウットのニィさんが作ったんでっか」
「は、はい。すみません!」
「なにを謝ることがある。こないなエエもん作ったんや、もっと胸をはらんかいな!」
「う……ッ、はい!」
オージャンの力強い言葉にまたも涙腺を緩ませる狼青年。
きっと、俺のような素人の言葉よりも実績ある商人の言葉の方がより重みがあるのだろう。
電源不要の光源に、これだけのデザインセンスが加われば現代日本でも確実に売れる仕上がりだと断言できる。なんなら、俺の家にも欲しいくらいだ。
ニヤリと口の端を歪ませるオージャン。
「ほな、次はワイの成果も伝えときましょか。王都で贔屓にさせてもろうとる大貴族様方から、早速ご依頼を頂いて来ましたわ――」
『試作品3号』を机に戻し、平時と変わらぬビジネススマイルのまま、受注の総金額を口にするオージャン。
その金額に、皆の浮かれ気分が瞬時にかき消える。
「……ふえ」
「なっ!?」
「ふむ、そんなものか。この4日でそれだけの商談をまとめてくるとはさすがだな、オージャン」
「いやいや、4日やあらへんがな。王都で動けたんは実質2日やで。ワイがどんだけ頑張った思うとんねん」
「労働には対価を持って報いることになるだろう。まずは初受注を祝って、乾杯といくか?」
「頂きましょ」
「えっ、えっーーーーーーーーーーー!???」
皆の驚愕はその金額そのものよりも、そんな金額のやり取りをまるで気にもしない軽い受け答えで話しあう俺たちの態度にあるのかもしれない。
確かにオージャンが口にした受注金額89,000,000旛――日本円にして約89億円――は、この世界の平民の暮らしからすれば大きい金額なのだろう。
だがそれも俺の起こした『COINサーバーハッキング事件』の被害額からすれば、0.0003%程度である。
オージャンは、もとよりそれくらいの価値が当然あるものとして、商談に望んだのであろうから、驚く要素はない。
「ちょっ、8千9百万ジットですよ、店長っ!?」
「それは売上額だ。貴族向けとなれば、最高級の宝飾細工を加えることになるだろう。そうなると原価率3割とみて、純利益は6千万ジット程度になるだろう」
「さすが正確やな。ワイの計算でもそんぐらいやと弾かれとる。ニィさんの取り分はその5割、3千万ジット、ワイが4割で2千4百万ジット。初手としては悪うない数字や」
約30億か。まあまあだ。
「うひゃあ、さんぜんまんジット! あたしの部屋が金貨に埋まっちゃうっ!」
「なんでお前の部屋に金貨が行くんだ。まずその前提がおかしい」
俺のツッコミをものともせず、その瞳をキラッキラの金貨色に輝かせたラーナが、夢見る表情で虚空を見つめる。
コイツに店を任せて、本当に大丈夫だったのだろうか。早計だったかもしれない。
「ちょ、ちょっと待ってください! そ、そうしたら、俺は――」
「製造の分配比率は1割だ。単純計算で6百万ジットといったところだろう」
「ロ、ろっぴゃくまん!?」
動揺のあまり、その貧相な尾が針金のように尖っている。
日本的感覚で言えば、年収100万以下で暮らしている下町の板金工が、6億円の報酬を約束された状況だ。
「確かに大金かもしれんが、お前はそれだけの仕事をしたのだ。自分の仕事に対する正当な評価だと思え」
「俺の……正当な……評価……」
600万ジットという報酬、そして『正当な評価』という言葉に、茫然自失となるウルクウット。
下の者は正当な評価をうけることすら叶わないのが階級社会というものだ。その上獣人という種族はその個体数差により、多数派の人間種族より多少低い地位を甘受しているらしいしな。
「呆けている暇はないぞ。魔法道具販売は、今日やっとスタートラインに立ったのだ」
「あ……はいッ!」
「この『試作品3号』、そうだな……【ウォータークラウン・ケース/雫型容器】と名付けようか。これはどれくらい日産できる?」
「えと……最初に金型を作るのに2日ほしいですが、それが完成すれば10はいけると思います」
「よし、まずは十分だ。明々後日以降【雫型容器】の日産はその半数5とし、残りの時間は貴族向けオーダーメイド品の作成に割り振れ」
「わかりました!」
「オージャン」
「わかっとりま。宝飾品についての見積りは、ワイの方からシズリナ商会さんに出しますわ。個別デザインの方は専属の絵師に描かせとるさかい、ウルクウットのニィさんにそれを見てもらうンでまずはエエやろか」
「問題ない」
オーダーメイド品開発の舵取りはオージャンに任せて問題なさそうである。
「おっと、一点伝えておくことがある。明日以降俺は私用で暫くの間、街を離れる」
「街を離れる!? ニィさんの仕事は信用してるつもりやけど、なんもこないな大事なときに」
俺の言葉に、さすがのオージャンも少しばかりの動揺を見せる。
受注額が額だけに、俺の不在は確かに商売上のリスクとなる。
だが、俺の中での優先順位は既に決定されているので、変更することはできない。
「【狐光灯】のコアは十分に用意しておく。それに用事が終わればすぐに戻ってくるので、安心してほしい」
「さいでっか……まぁ、ニィさんがそういうんやったら、ワイが何言うても無駄なんやろうし、なんも言わへんけどな」
「ですよね~!」
早々に説得を諦める物わかりの良いオージャン。
ラーナの合いの手が多少うっとおしい。
「なんにしても、オージャンが店に立ち寄ってくれて助かった。これで積み残した問題の全ては解決した。しばらくは俺がいなくとも問題ないだろう」
「ホンマなら、街にずっと居って欲しいんやけどな……なんの用かはしらンけど、あんじょうやって、早う帰ってきたってや!」
「そうですよ! 俺も待ってますから!」
「男に待たれても嬉しくはないな」
「あたしでもダメですか?」
「その目の中に浮かぶ金貨を無くしてから出直せ」
「うひゃあ、店長ってば手厳しい~!」
「あはははっ」
俺を中心に取り込み、笑い声を上げる関係者たち。
シャル、ニアヴ、ラーナ。フェルナ、オージャン、ウルクウット。
こんなやり取りもしばらくはお預けになるか。
ウルクウットは仕事を仕上げ、オージャン、イサンの受注活動も順調である。
オルドやルアン公と言った街の有力者とも人脈を繋ぎ、明日からはミゴットの顔を見なくて済む。
全ての心配事はなくなり、目の前に横たわるシャルの問題解決に注力できる。
順調だ。全く、順調すぎて逆につまらなさすら感じてしまうぞ。
しかし、シャルの事情がつまびらかになった今となっては、一つだけ考えすぎていた点があるな。
――9,300ミリカンデラ。
シャルがその身に纏う源素光量。そして、唯一シャルだけに観測される光量増加の不思議。
それは、シャルの未来に影を落とす事情には、何も関係していなかったというわけだ。
武力による外交戦略を推進する『南の法国』の新しい王とやら。
戦争自体は好きに続けてもらって構わないが、とりあえずシャルとシャルの村のことは諦めてもらおう。
そうしてもらうことは、もう決定事項である。
なんだ、思ったよりも気楽な旅になりそうじゃないか。
新たなる絆の芽生え、強き絆の結び。心を伝える異世界の一日が終わりを告げる。
次なる舞台には――
おっと、そういえば。
「そういえば、聞いていなかったな。その法国の新しい王とは、どんな奴なんだ?」
「そうですね……恐ろしい男です。突然現れて、ただの一晩で『アルトハイデルベルヒ』の王城を陥とし国の実権を握った」
「知ってます! しかも、それをたった一人でって言うんだからおっかない話ですよね~。聖国の話じゃなくて、良かったですよ~」
「そや。危険な奴もおったもんやで。その上、王城陥落の一件まで男の名を誰もしらんかったわけやからな。ホンマ、どこから湧き出てきたンやっちゅうねん」
「――フェルニの村で見たその男は見た目だけならば、ただの壮年の男性で肉体的には戦士のものではありませんでした。おそらくは高位の魔法使いなのでしょう」
「ふむ。法国と言えば、人族の崇める四神殿の聖地を擁する『聖都』がある国じゃの。その国で高位の魔法使いと言えば、かなりの使い手じゃろうか。……この男を知った後では、霞みもするがの」
「私はその言葉を聞きました。言葉遣いは柔らかく高位の司祭のようでありながら、その行動は苛烈。冒険者として腕を磨いてきた私ですら、その男の底は全く見えませんでした」
「くおお、魔法使いで言葉遣いは柔らかいのに、行動は苛烈で底が見えないって、まるで――」
まるで?
…………いや、まさか。
「で、その男の名は何というんだ?」
「はっ。新しい法国の王の名は『アルカンエイク』。私は、あれほど恐ろしい男を知りません」
「………なん、だと……?」
「どうしたのじゃ。お主、いささか冷静さを失っておるように見えるぞ」
ように見えるのではない。実際に失っているのだ。
「フェルナ。アルカンエイク……その男は本当にアルカンエイクと名乗ったんだな」
「はい、間違いありません。そしてシャルを指差しこう言ったのです――『"てぃんかーべる"、見ぃつけた』と」
ピーターパンか。あの男が使いそうな表現である。
否定されるべき材料が否定された。
ならば、俺の想像は真実だ。
あらゆる人類の生存活動から、切り離すことのできない電子ネットワークの領域を脅かすサイバーテロという犯罪行為。ネットで世界はつながり、故にそこで行われる犯罪は全世界に影響する。
米国『STARS』は、世界に負の影響を与える彼ら姿無き犯罪者たちに個別のコードネームを振り、大きな懸賞金をかけて世界から彼らを駆逐するバウンティハントシステム――『エネミーズ』――を導入した。
その『STARS』により認定された世界の『初めての敵』――コードネーム『アルカンエイク(A.A.)』。
――次なる舞台には一体何が待ちかまえるのか。
そして、ワーズワード(W.W.)の冒険は続く。
えーと。
エピ4、終わり。
ご試読ありがとうございました。