Waltz with Wiseacre 08
『エネミーズ23』――かつて俺は世界に拒絶された。
その原因の大部分は俺にあったわけだが、それでも、俺としては自分のできることをやっただけだった。
高度に文明的に発達した地球。お利口さんだらけの人類。それは、地球という名の鋼鉄の箱の完成でもあった。完成しているが故、完成しすぎているが故に固すぎる箱。
『人間の脳は、抑圧された枠の中であっても、その枠内で自由があれば、自分は自由なのだと錯覚できるように出来ている』
シャルへ送ったこの言葉は、その実シャルにだけ向けたものではなかった。
鋼鉄の箱は、ただ生きるだけであれば、決して頭をぶつけることなどない大きな箱だ。錯覚していられるのであれば、それでもよかった。だが不幸なことに、その箱は俺には少しばかり小さかった。
できることをしてはいけない。枠の中に収まっていなくてはいけない。自重しろ。俺が『俺』として選択した行動の全ては、否定または抑止された。
殺され続ける生は生ではない。そんな人生はいらなかった。
……そして、『ワーズワード』が生まれた。
◇◇◇
「店長、シャルちゃん、おかえりなさーい!」
「…………」
「ただいま、ラーナちゃん! ニアヴ様、お土産をこんなに頂いて来ちゃいました」
「ふおお、よくやったのじゃ! ふむふむ、これは美味そうじゃのう! このような時間まで待った甲斐があるというものじゃな」
時間……日本時間で言えば、21時を回った刻限か。
店へと戻った俺たちを、ラーナとニアヴが出迎える。フェルナも表に出てこないだけで、中にいるのだろう。
「…………」
「ん。なんじゃ、お主。何を呆けておるのじゃ?」
「…………」(明鏡止水の境地)
「むぅ。シャルよ、主はなにか知っておるかや」
「えーと。えへへへ……」
シャルが照れ笑いを浮かべながら、俺の顔を覗き込んでくる。
マズい。シャルの顔をまともにみることができない。
色即是空空即是色。
不意打ち、ダメ絶対!
「なになにー? マーズリー伯爵様の晩餐会ってそんなに良かったの~?」
「はいっ、すごく、すっごく良かったです! あのね、ワーズワードさんが素敵な曲を弾いてくれて」
「店長の音楽? いいなー、あたしも聞きたいなー」
「それより先に酒の準備じゃ!」
「はいはーい、今ご用意します、ちょっとお待ちください~」
なんだかんだで、ニアヴ相手にあの態度を取れるラーナの適応力はすごいものである。
異世界に在っても、あらゆる物事に冷静に対処してきた俺の精神を始めて乱す存在がシャルだとは、全く以て想定外である。
……なんだかんだで俺が調子を崩される相手というのは、いつも異性だな。
『ベータ・ネット』の連中といい、これだから女は侮れない。
「ラーナ」
「なんでしょー?」
いそいそと土間へ向かうラーナを小声で呼び止める。
ニアヴは宴会場たる店舗スペースに、シャルはドレスを汚すことを危惧して、先に着替えに向かっている。
つまり、ここには俺とラーナの二人だけだ。
「群兜と紗群とはどういう意味なのか教えて貰えるか」
単語の定義について、俺が解釈していた意味とは違う可能性があるので、ちゃんと確認しておきたい。
「へっ? ああ、店長はニホンっていう遠い国の出身なんでしたっけ。聖国だと群兜って結構広い意味で使いますし、分かりにくいですかねー」
「まぁ、そういうことだ」
「群兜は大きな集団をまとめる人のことは、大体全部そう呼びますね。村の群兜、街の群兜。聖国だとアルテネギス皇帝陛下が大群兜です。でもって、紗群はその集団に属してる人のことをいいますねー」
だよな。
それを聞けば、特に俺の解釈と違ったイメージはない。
「役職名としての群兜はそんな感じです。ご存知の通り、元々は『自分が心から認めた相手』のことを尊敬して言う言葉なので、深い絆で結ばれた主従関係ではご主人様に対して群兜様って呼びますし、男女間で『私の群兜様』っていうと、もう、きゃーって感じですよね~! 憧れちゃいます!」
…………。
それ、ご存知ないです。
ラーナの話をまとめると、自分のすべてを差し出すだけの尊敬と信頼を向ける相手を『群兜』と呼ぶらしい。
群兜を筆頭に信頼で結ばれた関係が『紗群』であり、古くはそれが一族をまとめる族長の始まりであり、やがてその集まりが大きくなるにつれ、村となり街を作り国が興り――王たる身分制度へと発展していったわけだ。
「そ、そうすると男女間で『紗群に加えてほしい』というのは、どういう意味になるのかな? かな?」
「ふふふー、店長ってば浪漫溢れてますね。そりゃーもう、身も心もってことでしょ! あー、あたしの運命の人もどっかその辺に転がってないかなー」
「……」
あー。やっぱそうなんだ。そうなのね。
……そうすると、耳を触るというのもあれだな、その紗群の契約に関する事情から、気軽に触っちゃダメだったということなのかも知れない。
それが男女間のこととなると、まさしく許せる相手にだけ許すものだということか。
無理やり触るとか、これはもう許されざるセクハラ行為。人として最低である。
フト脳裏に、ぎゅっと目をつぶり耳を真っ赤に染め上げ、フルフルと身を震わせる妖艶な女性の姿が浮かぶ。
即座にかき消す。
OK、問題は何もない。
「ありがとうラーナ。把握した」
「いえいえ、どういたしまして。ってことで、給料上げてくださいっ!」
「いいだろう」
「えっ!?」
あまりの驚きに、その忙しい耳がピタリと動きを止める。
「大丈夫ですか店長! もしかして、悪い物食べちゃいました!?」
「調子に乗るな」
あははー、すみません~と脳天気な笑顔で応えるラーナ。
その笑顔が少しばかり真剣なものへ変化する。
「でもあたし、安心しました。つまりあれですよね。シャルちゃんのコト、店長にお任せして大丈夫だってことですよね?」
「……その点は信頼してもらってかまわない」
「ふふっ、ですよね!」
空気よめすぎだ。
となると、この時間まで店に残っていたのも、土産を待っていたのではなく、シャルの選択を見届けるためか。
全く。シャルが推薦するだけある、得難い店員だ。
さて、俺の心的混乱は置いておくとして、シャルをとりまく外的要因については理解できたので、今後の行動方針について、皆に話をしておく必要があるな。
「ラーナ。全員に話があるので、フェルナにも集まるように伝えておいてくれ」
「了解しましった~!」
◇◇◇
複数の【フォックスライト/狐光灯】で照らされた室内は、こちらの人間にとっては考えられないほどの明るさである。
入り口の扉は開け放たれているため、その明かりは夜の街に漏れだしている。
気候は温暖。石造りの家屋は適度な涼しさを造り出してくれているが、空気の流れを遮断するとさすがに熱が籠もってしまう。
「魔法の道具を販売する店……未だに信じられません」
というフェルナの感想は、聞き飽きているのでスルー。
そのフェルナの顔さえも今は直視しずらい。アレした相手の兄とか。年下とはいえ、気まずいわ。シャルめ、なんということを。なんということをしてくれたのだ。
そんな俺心シャル知らず。
シャルがちょこんと、俺に寄り添うような位置に陣取る。
ピクリとニアヴの耳が反応する。フェルナも、少しばかり驚いた様子を見せるが、特に何かを口にしたりはしない。
「……さて。貰い物での食事会を始めたいところだが、先に俺の話を聞いてもらいたい」
俺の言葉に皆一様に同意を示す。
シャルがなにかしら明かせぬ事情により、明日村に帰るという話があったという所までは皆の共通認識だ。
であるにも関わらず、硬い表情でいるのはフェルナのみである。
ニアヴにしろ、ラーナにしろ、『きっと俺が何とかしてくれる』という根拠不明な信頼を持っているように見える。
「フェルナ。君たちの事情は先ほどシャル本人から聞いた」
「そのようですね」
そのこと自体に問題はないのだろう。状況が知られたからと言って、俺にはどうすることもできないと考えているのだろうからな。
だが、
「ということで、シャルの――君の妹の問題は俺が解決することにした。とりあえずはフェルニの村に向かうことになるだろう」
「……失礼ですが、それがどういうことか、分かっているのでしょうか?」
「もちろんだ」
「……バカな! 話を聞いたのであればわかるはずだ。貴方にどうにかできることではないと」
俺の言葉は揺らぎない自信に満ちたものだ。それ故に、フェルナには俺の態度が無知故の自信――つまり、ただの無謀な話に聞こえるのだろう。
「フェルナ兄さんお願いです、信じてくださいっ!」
「シャル。お前はわかっていない。法国の新王――『アレ』はお前の思っているような甘い存在ではない」
「で、その甘くない相手が隙を見せるとしたら、それはシャルを迎える一瞬しかなく。その隙をついてコトを起こせるのは自分しかいない、か?」
「なッ!?」
俺の言葉に、これ以上なくわかりやすい反応を示すフェルナ。
……やはりな。
この程度の引っかけでそんな反応を見せるようでは、成功するはずもないぞ。
ただならぬものを感じ取ったシャルが、兄に詰めよる。
「どういうことですか、フェルナ兄さん」
「くっ、それは……」
妹の追求の視線に動揺を見せるフェルナ。
「つまり、フェルナは新王の『暗殺』を計画していたということだ。シャルの引き渡しに同行し、相手が隙を見せたところでコトに及ぶつもりだったのだろう」
「……ッ」
これもまた図星か。
「だが、考えてもみろ。その計画が成功したところで、その先お前に未来はなく、シャルと逃亡を繰り返すだけの日々しか待っていない。それに村はどうなる」
「それでも! 他の何と引き換えにしてでも、私は!」
「フェルナ、兄さん……」
再びシャルの瞳に涙が溢れる。
自分を守るために全てを捨てようという兄に、どのような言葉がかけられるだろう。
「……計画のことは誰にも話していなかったはずです。それをなぜ」
「そうと気付ける場面はたくさんあったぞ。シャルがお前に見せる信頼に比べて、お前の突き放した態度とかな。なによりもだな――」
シャルに与えられた行動の自由。そこには村人たちの『そのままどこかへ逃げて欲しい』という消極的な期待があったはずだ。少なくとも、選択肢だけは与えられていたのだろう。
だが、シャルはその道を選ばず、村を助けるために自らその身を献じることを諦めと共に受け入れていた。
そして、いよいよとなった今日。フェルナは最後の決意を持って、シャルを迎えにきた。
そこにあったものは揺るぎなき絶対零度の意志だったのだろう。
「――どこの世界に、妹を死地に送るのに平気な顔の兄がいる。そこに違和感を感じない人間はいないぞ?」
……いないよな?
天涯孤独の俺には、兄妹感情の機微は統計学的にしか判断できないので、よくあることだったりすると説得力に欠けてしまうのだが。
「フェルナ兄さん……私のためにっ……わああああああああん!!」
「シャル、すまない……ッ、くうぅぅ!」
互い抱き合い、涙を流す二人。
ラーナが、それにニアヴも目尻を濡らして、二人を見守る。
……いい兄じゃないか。そして、統計学はやはり偉大だったな。
「お主、言った以上は必ずシャルを救えるのじゃろうな!」
腹に響くような狐の大音声。
必要以上に人に関わらないというニアヴだが、少なくとも俺とシャルは別枠として捉えているように思われる。
「当然だ」
俺は未確定事項に対し、うぬぼれを持って断定する性格では決してない。
だが、ここで『わからない』などと答えるようであれば、それは能力の不足ではなく決意の欠如だろう。
ニアヴが問うたのは、実際にシャルを救えるかどうかではなく、必ずシャルを救うという意志を持っているか否かなのだから。
「ということでラーナ、出かけている間店を頼む。魔法付与をおこなったガラス玉は今晩中にストックを作っておくので、あとはいつも通りの商売を続けてくれ」
「いやいや。こんな時に商売を続けるんですか!」
「当然だ。何のために給料を上げてやったと思っている」
魔法道具販売プロジェクトは始まってさえいないのだ。
何度も言うようだが、シャルを救うといっても、それは移動に時間がかかる以外、交渉自体はおそらくどうということもない話なのだ。
「ええっ!? あれって、そう言う意味だったんですか!」
「他にどんな理由で給料を上がると思うのだ。まさか雑談の一つや二つで、俺が人事評価を上げたとは思っていまい」
「はぁ……まーいーですけど。では、お店のことは、このラーナちゃんにドンとお任せください!」
「頼んだ」
ラーナだからこそ、事後を任せられるんだがな。まあそれとても給料分だ。
次は狐へと向き直る。
「ニアヴ、お前は俺についてこい」
「ふむ、それもまた当然じゃな」
大きく頷く狐。対人交渉で狐を頼ることはまずないだろうが、濬獣の名はなにかしら役立つだろう。つまり、ニアヴがいるだけで、選択できる手段が増えると言うことだ。
使えるものは使う。自重はしない。
「ワーズワード様――」
見ると、フェルナが俺の前に跪いていた。
「私は貴方のことを知りません。ですが、妹が貴方に捧げる尊敬と信頼は本物だと信じます。どうか、……どうか私の代わりに妹を救ってやってください」
何一つ事情を知らないはずの俺に気づかれるようでは、自分の計画は必ず失敗すると、そう理解したのだろう。
自分にはできない。だから、俺に頼むか。
それが自分の肉親、最愛の妹のこととなれば、血を吐く想いに違いない。
だが、
「何を勘違いしている? お前もくるんだ」
「……はっ?」
「俺は武器は使えないからな。お前には俺とシャルの身を守ってもらわねばならない。言っておくが、俺はナイフで刺されたりしたら、即座に死ぬからな。ちゃんと守るんだぞ」
「は、はい。お任せください!」
「お主……相変わらずの無茶振りじゃな……」
使えるものは兄でも使う。自重しないといったら断じてしない。
「フェルナ兄さん。ワーズワードさんになら私のことも、フェルニの村のことも全てお任せして大丈夫ですっ! だから……もう私のために無理はしないでください!」
「わかった。お前が群兜と認めた方なのだろう。ならば私もまた信じよう」
「はいっ!」
……胃が痛い話を。
いや、決してシャルの決断を迷惑だと思っているわけではない。
だが、今のままそれを受け入れることは条例的な問題がある。
東京都や大阪都の条例ではない。俺の中にある『ヒトトシテ条例』に抵触するのである。
せめてあと3年、いや2年。そうでないと、俺はヒトトシテ決して呼ばれてはいけない呼び名をいただくことになってしまう。
そんなおませな決断お兄ちゃん、許しません! くらい言ってくれた方が俺の気持ち的には楽になれたんだが。
フェルナが膝を折ったまま、俺をキリリと見上げてくる。
「ワーズワード様。何の取り柄もない非才の身ですが、どうか私も貴方様の紗群の末席にお加えください」
…………は?
いや、ついてこいとは言ったが、そういうアレまでは必要ないのだが。
お前ら兄妹は揃いも揃って……もっと我が身を大事にしろと言いたくなる。
しかし、シャルのキラキラ期待する目が、俺に決断を迫る。
……改めて、フェルナを眺める。
その首から上の造形美はもはや言を待たないとして、俺の目を奪うのは、どちらかというとその鍛え上げられた肉体の方だ。遠目で見れば細すぎるように見えるフェルナだが、近くで見れば、幾条もの鋼線を撓め押し込めたような、柔軟かつ頑強な肉体を有していることがわかる。
見た目から暑苦しかったアレクの筋肉質な肉体とは対照的でありながら、内包しているエネルギーは同等のもの。
女が美を追究するように、男は筋肉を追求するものだ。
どちらの筋肉も俺には眩しいものだが、現代人的感覚から言えば、やはりフェルナの筋肉の付き方こそが理想であろう。
そういった理由から、なんというか彼には生物的ヒエラルキーで敗北してしまっている気分になる。
もちろん、自分の価値が肉体的な面にないことくらい判然っているので、あくまで気分的な話なのだが、そんな相手が一方的な従属を望んでくるというのは、なんとも言葉にしがたいものがある。
その上、フェルナはシャルの兄で。
だが、単純に道中の身の安全の為、また法国との交渉が平穏に終わらなかった状況を視野に入れて行動するならば、当然物理的な対策を事前に準備しておく必要がある。
これから旅に出るのに、ワーズワード(ハッカー)、ニアヴ(魔法使い)、シャル(僧侶:精神的な意味で)だけではバランスが悪い。戦士枠はどうしても必要である。
欲を言えば、オルド(騎士)を採用したい所だが、フェルナ(戦士)であれば、シャルを守らせることに関して、絶大な信頼がある。
……本人がそうしたいというのなら、俺に拒否する理由はないな。
「いいだろう……よろしく頼む」
「ありがとうござます。私の命の全ては、我が群兜の為に」
そんな恥ずかしいセリフすら似合ってしまうフェルナである。
誰かの忠誠の受け取るという状況は、現代日本ではまずありえない状況だ。
それがまた人前となると、シャルの時以上に気恥ずかしいぞ。
狐がなぜか誇らしげな面持ちでうんうんと頷く。
「街について、たったの6日で3人も紗群を増やしてしまうとはのう……くふっ、さすが妾の見込んだ男じゃ!」
紗群が増えるのはいいことなのか。異世界って、本当にわからないな。
でもって、お前はこの人物相関上、どこの立ち位置のつもりで喋っているんだ?
「3人? 私と兄以外にもいらっしゃるんですか?」
「そうだな。シャルとフェルナだけだろう」
「何を言っておる。アレクの小僧は師匠と認めたお主の言に従って、旅にでたのじゃろうが」
「……は?」
「アレクさんって、このお店の持ち主さんですよね。先にワーズワードさんの紗群になられていたなんて、知りませんでしたっ」
「うむ、名はアレク・ランドルフ。フェルナよ、主と同じか少し上くらいの年齢じゃろうな」
「その名、覚えさせて頂きました。ではアレク長兄が戻られるまでの間、我が群兜の身は私が守りましょう」
「私にとってもアレク兄さんですねっ!」
盛り上がりを見せる店内。俺はその輪の外である。
なにそれ、どういうこと。
アレクの中ではそういうことになってたの?
えーと、つまり。
……俺とシャル、或いはアレクとの関係は、いわゆるテンニース言うところの、互いの利益享受を目的として関わり合う「利益共同体」から、心的共感を目的として繋がり合う「心情共同体 」へと、知らぬ間に変わってしまっていたということか。
それは社会進化論的に評価すれば後退である。しかしヒト同士の関係性で見るならば、より強固になったと言える。関係性が強まることは、なんであれ良いことだと考える者は多いだろうが、状況によってはそうとも言えない。
端的に問題を指摘するならば、その対象たる『ワーズワード』とは、すなわち『エネミーズ23』――世界の敵なのだから。
そんな人間との関係性を強めることは、彼らにとって必ずしも正解ではない。
大切だからこそ、距離を置かねばならないこともある。
「なんじゃ、お主は嬉しくないのかや?」
一人輪の外に身を置いていた俺に、狐がなーんにも考えていない様子で、それでいて何よりも核心をついた質問を投げかける。
嬉しいか嬉しくないか。
質問の答えはそのどちらか一つしかありえない。
そしてそれこそが、テンニースやスペンサーなどを持ち出す前に、俺が出すべきたった一つの答えだ。
「……言わねば判然らないか? そんなのは決まっている――」
文明レベルは低く、民主主義すら知らない耳の長いアホの子たちの世界。
しかし世界は完成していないが故に誰を抑えつける枠もなく、可能性の扉は全ての人たちに向けて開け放たれている。
ここで俺は、俺のやりたいことをできている。俺がシャルを救いたいと思えば、救うことができる。
俺の答えを待つ、皆の顔を一つ一つ確認する。
ラーナ。
フェルナ。
ニアヴ。
そして、シャル。
自重しない俺を受け入れてくれる人たちに、俺が言える言葉ひとつだけだ。
「――俺の傍にいてくれてありがとう。すごく、うれしいよ。
…………おい。自分から振っておいて、そのふざけた顔はなんだ」
むしろ過剰な反応は別の方向から。
「――ッ、私もっ、ワーズワードさんのこと大好きですっ!」
なにやら感極まった様子のシャルが飛び付いてくる。
ぎゃーーー!
ご家族の前でそう言う行為は自重して!
ワーズワードさんは日本人なのでせけんていを気にします。