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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.4 ワルツを君と
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Waltz with Wiseacre 06

「お帰りなさい、ワーズワードさんっ」

「ただいま、シャル」


 俺の姿を認め、パタパタと駆け寄ってくるシャル。

 同時にシャルを取り囲んでいた貴族青年たちの舌打ちも聞こえたが、当然スルー。

 もっと権力を手に入れてから出直してほしい。


「どうだ、楽しめているか」

「はいっ! みてください、こんなにお土産を詰めてもらっちゃいました!」

「よくやった。これだけあれば、あのハラペコ狐も満足するだろう」

「もう、またニアヴ様をそんな風に」


 呆れた声のシャルだが、いつも言っていることなので諦めてもいるだろう。


「ではそろそろ帰るか」

「えっ!? あ、あの、その前にですね」


 ん? なんだ、まだ帰りたくないのか。


「……セスリナ様と踊ってあげてください」

「なんで?」

「なんででもですっ!」


 おこられた。

 

 まあいいけど。

 セスリナは……お誕生日椅子クイーンズチェアに座って、どんよりと明後日の方向に視線を泳がせているな。

 自分の誕生日なのだから、もっと楽しそうにしてればいいのに。


「私はここで待ってますから、さ、早く!」

「しかたないな……」


 促されるまま、セスリナの下へと足を進める。

 今もパーティホールの中では、10組ほどの男女が手と手をとってダンスを踊っている。

 はぁと声も聞こえそうな大きなため息を落とすセスリナは、俺の接近に気付いていない。


「ため息をすると幸せが逃げるぞ」

「ひあ!? あ……どうしてここに」

「ルアン公との対話が早めに終わったので戻ってきたんだ。聞くまでもないだろう」


 不測の事態というのはあるものである。


「えっ、あ、そうだよね」


 間の抜けた反応を返すセスリナの手をぐっと引いて、椅子から立ち上がらせる。

 いきなりの行動に、目を白黒させているセスリナの顔を正面から覗き込む。


「はわわっ」

「……まだ少し赤いが、酔いは醒めたようだな。これなら大丈夫だ」

「へ?」

「どうか私めと一曲お相手願えますでしょうか、お嬢様」

「あ……っ、いいの!?」


 なにをそんなに驚く必要があるのだ。


「当たり前だ。疲れているなら、断ってもいいぞ」

「ううん、断らない! よろ、よろしくお願いしましゅ!」


 かみおった。


「…………」

「泣きそうな顔をするな。誰も責めやしない」

「だって、私もう20なのに……失敗ばっかり……」

「もう20、されど20、まだ20。お前の人生はこれからだ。失敗の先にこそ成長がある」

「うん――ありがとぅ」


 だから、こんな言葉くらいで顔を赤らめるなというに。


「さて、ワルツのステップは出来るか?」

「う、ううん」

「仕方ないな。では一からレッスンだ。まずは基本の姿勢から」

「うん」

「ものを教わるときはうんじゃなくて、はい、な」

「はい!」

「良くできました。ではこの姿勢のまま、前に三つ、アン・ドゥ・トロワ――」

「『あん・どー・とわっ』!」


 言われたとおり、一生懸命に足を動かすセスリナ。

 視界の隅に、俺たちを見守るシャルの姿が映る。

 踊ってくれる相手がいないセスリナを憐れんだのだろうか。

 兄の影響とはいえ、確かにかわいそうと言えるかも知れない。初対面の貴族男性にそんなお願いできるはずもないとなれば、俺くらいしか選択肢がないということか。


「ねぇ!」

「なんだ」

「また、さっきの曲弾いてくれる!?」

「ヒマがあればな。うろ覚えでもよければ数千曲の上演目録レパートリーがある」

「そ、そんなに!? すごいっ、全部聞きたいっ!」

「無茶言うな。1日10曲弾いても数年かかるだろうが」

「わ、私はそれでも全然いいんだけどな……!」


 俺がイヤだわ。


「それはそうと――」

「きゃ!」


 間一髪、バランスを崩したセスリナを抱きとめる。


「踊りながら喋りに熱中すると、足を捻るぞ。ほら、しっかり立つ。レッスンはこれからだ」

「はわわ、ありがとう……よろしくお願いしますぅ」


 やれやれ。申し訳ないが、シャルにはもう少しの時間を待ってもらわねばならないだろうな。



 ◇◇◇



「実りの多い晩餐会だった。ありがとうオルド殿」

「こちらこそ。これからも妹の良き友人であってください」

「はい。……もちろんです」


 セスリナも見送りに来たそうではあったが、この世界ではそう言うのはホストの役目なのだそうだ。

 土産の酒や食べ物を山とのせて、馬車が走り出す。

 俺はもう動けないぞ。


 馬車はゆったりとした速度で通りを進む。

 馬車のランタンと星明かりしかない静かな夜である。


 もっとも、俺の目から見れば、色とりどりの光源が空中を舞う車内であるのだが。

 靴を脱いだシャルが、うーんと大きく伸びをする。


「さすがに疲れたか?」

「えへへ……そうですね。でも本当に素敵なパーティで、まるで夢の中にいるみたいでした」


 その光景を思い出すように、ゆっくりと目と瞑るシャル。


「本当に夢みたいで――もう心残りはありません」


 …………。

 思い出されるのは、昼に聞いたシャルの言葉だ。


『兄さんが迎えにきてくれたので、私は帰らないといけません。申し訳ないですが、今日で"あるばいと"は終わりにさせてください』


 だが、心残りがないと言う者がそんな涙を流すだろうか。


「あ、あれ? おかしいですね、私。なんで涙なんて」


 もう分かっているはずだ。シャルの心が、身体が、それを訴えかけている。

 あとは、シャル自身がそれを認めるだけだ。


「シャルは俺と会ったときのことを覚えているか?」

「はい、忘れられるわけありません」

「あの場で、俺は君に助けを求めた。そのとき、君が俺に言った言葉がある」

「私が言った言葉……」

「『できることがあるのにそれを諦めて、自分を抑えつけるなんておかしい』と」

「あ……」

「今、その言葉を君に返そう。自分にできることを諦めるな。自分を抑えつけるな。――つらいことは、つらいと言っていいんだ」

「……私、私――うわああああああん!」


 狭い車内。大粒の涙を溢れさせたシャルが俺の胸元に飛び込んでくる。


 シャルはおそらく、自分の感情をコントロールすることが上手な子である。

 感情のコントロールは、そこに論理的、理性的な根拠があった場合にはスムーズに行えるが、それがないままコントロールされた感情は『抑圧』と言う名の時限爆弾に形を変える。

 そう、抑圧された感情はいずれ爆発するものなのだ。


 シャルにとって、今がその時なのだろう。


 俺の胸元に顔を押しつけ、嗚咽と共にその感情を温かい雫に変える少女。

 できすぎなシャルが今やっと見せる、年相応の姿だ。



 俺はその頭をそっと撫でながら、昼間のことを思い出していた。

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