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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.1 ワープ・ワールド
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Warp World 04

 まるでブラックホールに吸い込まれたかのような、強烈な引力。

 それは一瞬の出来事。めまいに似たよろめきと共に、一歩を歩き出したことで、そこに大地があることが認識できた。

 いや、"歩く"という認識がまずおかしい。アバターにとって、歩くという行動は、歩くという思考であるからだ。

 つまり、思考なき行動は、未だ俺には肉体があるということを意味する。


 まさか、失敗、したのか。


 考えられない。


 だが、まずは現状認識が先だ。

 疑問を解消するには、情報が足りない。


 それは決して、強靱な精神力の賜物というわけではない、情報不足こそが最大のリスクであると判断した結果の、理性的な行動である。


 今度こそ、しっかりと大地を踏みしめ、あたりを見渡す。


 ……………は?


 そして得られた膨大な情報の前に、今度こそ、俺の思考は完全に停止した。


 俺が今いるのは、林の中の小径であった。道は平坦ではなく、登る道と下る道、山間を通る林道か、あるいはそのまま山頂へ続く登山道であるのかもしれない。

 高く林立する樹木の群れは、まるで先が見えないが、整地された小径は人の存在を感じさせ、孤立の不安を湧かせることはなかった。


 日は高いようだが、高い樹木に覆われた小径に落ちる木漏れ日は少なく、林の中にしては鳥の声も少ない。

 それに恐ろしく林気が濃い。濃密すぎる負のイオンは逆に五感を狂わせ、あるいは幻惑するかのようであった。


 というか。


 ……実際にイオンが目に見える。


 木々の間を漂う光の粒。大小様々で、小さなものはおそらくゴマ粒程度、大きなものではピンポン球サイズのものもあるため、全てを粒と呼ぶには多少難があるかもしれないが、まあ便宜上『粒』と呼ぼう。


 光の粒は、色とりどりである。基本的に白と緑が多いが、中には黄色や青、赤いものが混じっている。視界を遮らない程度に空中に漂うそれは、自分で言った手前の否定になるが、おそらくイオンなどではないだろう。どちらかというと、ネオンの方が近い。


 すっと、手を伸ばしてみるが、思った通り触ることができない。触れようとしても、手のひらをすり抜けてしまう。


 そして、それはただ漂っているわけではなく、ごく弱い磁力で引き寄せられる砂鉄のように、俺の身体にまとわりついてくるのだ。

 触れない割に手で払うという行為は有効らしく、軽く手を振ると散らすことができる。


 これは一体なんなのだろう――


 そこで俺はもう一つ、この光の粒が集まっている場所を見つけた。

 小径に面する、一本の木の裏のあたりになにやらわだかまっているのだ。


「――なにかあるのか?」


 声に出した瞬間、


 チャキ――


 金属が擦れ合う音が聞こえた。


 右も左もわからない今の状況では、全てを警戒するべきだという判断の元、その危険性を認め、行動の優先度をその確認に割り振る。


 音のした場所へ回り込んだ瞬間、その目前に突きつけられた鋭利な鈍色の反射を認め、俺は脚を止めた。

 そこには『武器』を構えた、識別:第一接触者の姿があった。


「杓失・・杓失酌軸爵写釈漆灼鴫柴酌」


 そして、理解のできない言葉。


「……そうきたか」


 俺は、『武器』の危険性よりも、現状認識につながる大きな情報の取得に、思わず綻んでしまった。


 識別:第一接触者の発した言葉が日本語でないことは確定であり、また英語、中国語といったメジャーな共用語でもない。

 もちろん地球上には俺の知らない言語もあろうが、俺はそれを識別外言語であると断定した。


 それを肯定する材料の第一が相手の姿である。

 そこに居た識別:第一接触者は女性だった、いや……十代の少女と言った方が適切であろう。日焼け一つない、雪の結晶で作られたような白い肌。基本白人の特徴を持ちつつ、髪は青。染めているのでなければ、地球上には存在しない髪の色。耳も不自然に長い。

 背丈は俺より20cmほど低い。年齢に合致した身長というよりは、栄養の足りていない人間に見られる、成長不全だろうか。

 それを証拠に、少女を構成する身体のパーツ一つ一つが、全て細いのだ。当然のように胸も薄い。

 だがそれは、その少女を美しいと表現することをなんら拒否するエレメントではなかった。


 事実、美しいのだ。

 少なくとも俺は、これほど美しい造形を持つ生身の人間を見たことがない。


 その色素の薄い露草色の瞳には、警戒とおびえの色があった。


 そして、第二にその衣服。

 視線を落とせば、少女が身に纏うのは、金属部分に錆が浮き全体として赤黒く変色した革鎧と、その下には質の悪い麻製と思われる上下。足元はメーカー印もない、粗末な革製の靴。

 手には、これまた博物館でしかお目にかかれないような、アイアンソード。

 その重さに耐えられていないため、何ともアンバランスな姿勢になっている。


 青い髪と透き通る肌を持つ、まるでおとぎ話から抜け出してきたような少女に、そぐわぬ使い込まれた革鎧。

 以上二点を現実をして受け取るのであれば、そんな人間の存在するここは地球ではなく、それゆえ、その言語は識別できるはずもない。それが俺の判断だった。


 そもそもアイアンソードの時点でありえないだろう。もしここが地球上であれば、それがどのような最貧国であろうと、武器は銃である。


 再度己の心の中に、言葉を落とす。


 ここは俺の知る地球ではありえない、と。

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