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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.4 ワルツを君と
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Waltz with Wiseacre 04

「まぁ、なんて素敵な曲なのかしら!」

「おお、自然に身体が動き出してしまうよ。この曲を弾く彼はどなたなのだろう」

「たしか、今南街で噂の魔法道具を売る店の店主様でしたかしら?」

「その上ミゴット様も認める、天才的な魔法使いのワーズワード様ですわ!」

「なんと、彼は魔法使いなのか。僕は魔法のことはしらないが、この曲こそが僕のとっては魔法のようだよ。どうか僕と一曲お相手願えますでしょうか、お嬢様」

「喜んでお相手いたします。私も、心躍るこの身を抑えられません」


 初めて聞く軽快な曲に、これまでの形式ばったスタイルを崩し、自由なステップで踊り出す紳士淑女たち。

 その姿はたどたどしく笑いを誘うものであったが、それは決して嘲笑ではなかった。

 曲が一巡したところで楽師たちの管楽器、打楽器が加わり、音楽に更なる深みを与える。たった一巡聞いただけで合わせてくるとはさすがは長耳、さすがプロである。


 曲が続く中だが、俺は適当なところで手を止め、弦楽器を返す。


「ありがとう。良い楽器だった」

「光栄です。素晴らしい曲と演奏でした」

「その言葉は俺ではなく、この曲を作った偉大な作曲家にこそ捧げるべきだろうな。続きを頼めるか?」

「お任せください」


 『子犬のワルツ』の演奏が続くなか、俺は二人の場所へと戻る。

 尻尾の代わりに耳をピコピコと忙しく動かせながら、シャルが俺を待つ。

 その姿は、主人の帰りを待ちわびる子犬のようだ。


「すっごい、いい曲でしたっ! ワーズワードさんって、本当になんでもできるんですねっ」

「賞賛はありがたく受け取ろう。さすがになんでもはできないと思うがな」

「そんなことないですよっ! ね、セスリナ様」

「……うん……」


 なんだ、折角弾いてやったのに、当の本人はやけに薄い反応だな。


「セスリナ様?」

「…………」


 ぼうと熱に浮かされたような表情のセスリナ。心ここにあらずといった様子である。

 そういえば、自分で音楽にはうるさいとか言っていたな。

 となれば考えられる原因はただ一つ――


 やれやれ。こんな異世界の貴族令嬢の心までも射止めてしまうとは、さすがは音楽の申し子、天才フレデリック・ショパンである。天才過ぎて嫉妬する気にもなれない。

 それはそれとして、隣で音楽に合わせ身を揺らしているシャル。彼女も他の貴族たちのように、踊ってみたいと考えているのだろうか?

 しかし、彼女の性格を考えれば、誰かの誘いがあっても断ってしまいそうだ。ならば、今日の晩餐会をシャルの最高の一日にしてもらうために、多少強引にでも俺が引っ張ってやる必要がある。

 まずは、先ほどの貴族男性の礼儀に従い、恭しくお嬢様にお誘いをかけてみよう。


「どうか一曲お相手願えますでしょうか、お嬢様」

「へ?」


 突然の俺からの誘いに、間の抜けた声を漏らすシャル。


「ふえぇぇ?! ダ、ダメですよ私なんて! 踊りなんて村でしか踊ったことないですから!」


 耳をプルプル振って反射的な拒絶の意を示す。

 はい、想定内です。


「俺だって社交ダンスなんて踊ったことはないぞ。だが基本ステップの知識だけはある。どうだ、一緒に練習してみないか?」

「ワーズワードさんも……?」

「言っただろう、なんでもできるわけじゃないと。体力にも自信がないので、きっと俺の方が下手だぞ」

「あはは、そんなワーズワードさん、想像できませんけど」

「全てはトライアンドエラー、当たって砕けろ。失敗したっていいんだ」

「失敗しても……いいんですか?」

「ああ、いいんだ。見てみろ、みんな下手だぞ?」


 ホール中央では相変わらずこのアップテンポの『子犬のワルツ』をどう踊ったものか、若者たちの悪戦苦闘が続いている。


「あはっ。ですね」

「彼らの見本になるのは難しいかも知れないが、参考程度にはなれるだろう」

「わかりました! 私もお手伝いさせてもらいますっ」

「そうこなくてはな」


 改めて差し出した俺の手に、シャルが手のひらが重ねられる。


 ダンスエリアに踊り出る俺たちに、またしてもみなの目が集まる。

 次はどんなことをしてみせるのかという興味と、あとはまあシャルの美しさに目を奪われた青年たちの視線もあるか。

 俺とシャルでは身長差があるので、大きなステップを踏むことはできない。

 あくまでシャルの歩幅に合わせて、まずは足の動きを教えることにしよう。


「ワルツのステップはライズフォールとクルーズドチェンジが基本だ」

「は、はい!」

「前に三つ、アン・ドゥ・トロワ。向きを変えて、もう一つ、アン・ドゥ・トロワ。ここで半回転。そう、うまいぞシャル」

「はい! ありがとうございますっ」

「「おおっ」」


 洗練されているとは言い難い俺たちの動きだが、それを見る貴族男女の驚きは相当なものである。

 こちらの世界の貴族が踊るダンスは、互いの手のひらを重ね、前後に揺れるだけの大人しいものだ。

 それに比べ、俺の見せる社交ダンスは、片手のみを重ね、もう片方の腕は互いの腰に回すという、より密着した形になっている。

 場合によって、互いの胸と胸がぶつかり合うのも仕方ない距離。男性貴族たちの、おお、その発想はなかった! と言わんばかりのアホの子全開な表情が面白い。

 まぁ、当たらないんですけどね。

 シャルさん相手だと。

 曲にあわせ、空間を立体的に切り取るような前後左右自由自在のステップ、そして女性を男性の腕の中で一回転させるという躍動的なターンは、彼らにとっては目から鱗の新しい発想のダンスである。


 その新しさを感じ取った次の瞬間、自分たちも見よう見まねですぐに踊り出せる若者たちのフットワークの軽さこそ褒められるべきものだろう。


 男性たちは俺のステップを、女性たちはシャルのステップを手本に、次々と踊り出す。

 例えパートナーの足を踏んでしまったとしても、そこには、試行錯誤を楽しむ笑い声があった。


「ありがとうございます、ワーズワードさんっ! 私、こんなに楽しいの、初めてですっ!」


 華麗なターンを決めたシャルが、その汗を珠と飛び散らせ、弾けんばかりの笑顔を煌めかせる。

 この笑顔を引き出すことができたのなら、俺のミッションはコンプリートでいいだろう。



「それは、ゼハ、よかっ、ゼハ、た」



 すいません、もう限界です。



 ◇◇◇



「ワーズワード様、次はわたしくに、ダンスをご教授くださいませ!」

「いいえ、わたしくにお願い致しますわ!」

「だめ、次は私なのっ」


 ワーズワードはお嬢様方に囲まれてしまった!


 コマンド:にげる


「あら? うふふ、やはり私が選ばれましたのね。さ、どうぞ、この手をとることを許可いたしますわ」


 しかしまわりこまれてしまった!


「だめなのー! 私なのー!」


 でもって……セスリナ。お前はお嬢様方の後ろで何をちょろちょろしてるんだ?


「美しき姫君。次の相手には、どうかこの私をお選びください」

「おお……貴女は夜空よりこぼれ落ちた星の輝き……次の一曲、この私めと」

「ゴルドバ子爵家の長子、エウンティと申します。一目見た時より貴女に決めておりました。まずは初夜からよろしくお願い致します」

「ふぇぇぇぇぇぇ!??」


 シャルはシャルで、ずらり並んで腕を伸ばす男性貴族たちの輪の中心で、完全にテンパってしまっている。

 ゴルドバ子爵家長子、エウンティと申したか。よかろう、とりあえず貴様は排除だ。


 体力が無理だったので、休憩をとろうとした途端にこの有様である。

 シャルに男どもが群がるのは当然だとして、物珍しさだけの俺はどうでもいいだろうに。

 ここには、俺の焦がれる相手(注:肥えた豚)はいないのだ。あとは静かに食事だけを楽しませてくれ。


「おい、セスリナ」

「はい、ワーズワードさんっ! つ、次は私と――」


 む、俺の名前をちゃんと言えているだと……?

 これはまともではないな。その顔が赤いところから類推すれば……酒か。酔っているのだな。飲むと顔に出る体質なのだな。


「大丈夫か? 酒に弱いのであれば、少し休んできたらどうだ」

「えっ? 私別にお酒なんて飲んでないです。それで、次は私とダンスを――」

「酔っぱらいはみんなそう言うのだ。酔った状態での急激な運動は大変危険だ。折角の誕生日なんだから、無理はいけない。というわけでダンスはなし」

「そ、そんなぁ~!」


 がっくしと崩れ落ちるセスリナ。俺もその身を案じての言葉なので、どうか受け入れて頂きたい。


「――ならば、そなたの一時、われが借り受けてよいか」


 仰々しい言葉遣いだが、それは女の声だった。


 カツン――とヒールが床を踏む、高い音が聞こえた。


 楽師は曲を止め、貴族たちもダンスを中断し、皆一様に頭を垂れる。当然使用人たちもだ。

 セスリナですら、その女の姿を認めると、慌てて膝を折った。


 状況が飲み込めていないのは、俺とシャルの二人だけである。


 カツン――


「そなたが濬獣ルーヴァを街に呼び込んだ『ワーズワード』」


 女はその背後にオルドとその他数名の従者を従えて、パーティホールに現れた。


 ……妖艶、とはこの女のためにある言葉なのだろう。

 歳は25くらい。均整のとれたプロポーションは、一流モデルも顔負けであり、銀糸をあしらった闇色のドレスも他の貴族子女のもこもこ服と違った、体のラインを強調させる密着タイプだ。足元から腰まで、長く入ったスリット。一歩ごと、覗く太ももに目を奪われる。

 蒼炎を宿した長い髪が肩口から身体の前に回されている。そのせいもあってか、常に片目が髪の裏に隠されている。


 カツン――


 そして、何よりの特徴はその眼力である。

 俺の目を真っ直ぐに見詰めてくるその視線が、なんとも威圧的である。

 目を見るというよりも、射抜くという表現の方が正しい。女の視線はぶれることなく、ただ俺だけを射抜いてくる。


「何者だ?」

「ワ、ワーズワード殿! この方は――」

「よい。我は皇帝アルテネギスが次女、ルルシス・トリエ・ルアン。父皇帝より『ルアン公爵』位を戴き、この『ユーリカ・ソイル』を宰領しておる」

「……直系の王族とは大物だな。紹介不要かもしれないが返礼に一応名乗らせてもらおう。俺が『ワーズワード』だ。今は街で魔法道具店を経営している。よろしく頼む」


 ざわりと変質する不穏な空気を感じられたのは俺だけではあるまい。

 『ルアン公』ルルシス・トリエ・ルアンの従者たちの表情変化が面白い。


「貴様、無礼を!」

「よい」


 従者を留めると同時に、『ルアン公』が、さっと左手を動かした。


「……平伏を解くことを許す」


 『ルアン公』の従者が不満気ながら、号令を出す。

 それを合図に、貴族たちが立ち上がる。


「マーズリー伯姫セスリナ、卿に祝いの言葉を。後ほど祝いの品を届けさせよう」

「あ、ありがたき幸せでございますぅ」


 さすがのセスリナも、王族相手に失礼はできないか。多少発音が上ずっているところを見ると、伯爵位の娘でも公爵位の王族とはそんなに親しくはないようである。

 王族となれば俺の興味も俄然湧いてくるわけだが、俺の無礼をこともなく許すこの態度だけでは、まだ敵か味方か判断できない。もう少し突っついてみるか。


「さて、ワーズワードとやら」

「なんだろう」

「我の興味はそなたにある。そなたも我に興味があろう」

「そうだな……『ルアン公』に興味があったのは事実だが、まさか女だったとは思わなかったな。だがたとえ女でも、それが王女となれば話は別だな。もちろん興味があるとも」

「なっ……!?」


 もはや、言葉も失うほどに激昂している従者たち。

 オルドもこの程度でそんな絶望的な顔をしなくてもよいだろうに。

 先ほどより、一段階ギアを上げた挑発口調。どこまでの無礼を許すかで、まずは相手のレベルを測ってみる。

 出会って1分で従者たちは完全に俺を敵視する状況になったわけだが、木っ端役人の感情など階級社会の中では、豚の尻尾よりも無価値である。

 彼らの感情に関わりなく、『ルアン公』が俺の挑発を許すなら、彼らはそれに従わざるを得ない。

 わざわざ名指しで俺に接触してきたのだ。ルアン公は『ワーズワード』の価値を分かっているはずである。

 その上で、こんな軽い挑発も受け流せないようなら、相手をする価値はない。

 つまり全て、『ルアン公』の反応次第ということだ。

 さて、どうかな――


「我も男の身に生まれておればと考えぬでもない。が、こればかりは神の采配」


 反発するでなく、異を唱えるでなく、素直に女の身の不利を認めた上での、ユーモア返し。悪くない反応である。

 相手の程度が知れたなら、俺もそれに合わせた対応をとらねばならないだろう。

 深々と頭を下げる。


「失礼、貴女の器を試させてもらった。その点について、心より詫びさせてもらう」


 先ほどの言が礼を失していたことは事実。相手の地位を考えても俺からの謝罪があってやっと次に進めるというものだ。


「な、ななな! ルアン公を試したなどとッ! 貴様、決して許されることではないぞッ!」


 まったく、己の主人の考えを把握できていないと言うだけでも従者失格だというのに、あとどれだけの失態を見せるつもりだ。


「やめよ」

「しかし――ッ!」

「我に異を唱えるか」

「い、いえ、そのような……ぐぐ……」


 そうなるわな。忠誠故の盲目さと、愚か故の蒙昧さは同じものだ。

 例え主人を思っての行動であっても、それは盲目であってはならない。主人が望むべきことを察知してこその、近衛従者であろうに。

 ……待てよ、ルアン公はリアル王女様だって話だったな。それなら、王女様に鞭打たれて喜ぶ犬もいるかもしれん。

 実はこの場面、従者の一人勝ちだったりすると面白いな。


「どうかしたか?」

「……いや、なんでもない」


 ちょっと楽しい妄想をしてただけです。


「それで、試された我はどのような評価を得た」

「文句なく敬意を表するに値する」

「そうか」


 ルアン公は俺の言葉が一欠片の世辞も含んでいないことを、理解しているのだろう。

 一瞬ピコリと動いた耳が、満更でもないということの証である。

 とりあえず、ミゴットのような老獪タイプではないようだ。この歳で老獪だったら、それはそれでイヤだけどな。

 どのような人物なのだろう。


「オルドよ、我はこの男と言葉を交わしたい。部屋を用意してもらえようか」

「ハッ、すぐにご案内いたします」


 シャルがパタパタと駆け寄ってくる。


「ワーズワードさん……」

「すまないが少し席を外すことになりそうだ。シャルは引き続き、晩餐会を楽しんでいてくれ。彼らにもシャルと踊る栄誉を与えてやってもいいんじゃないだろうか」

「わ、私なんて、そそそ、そんな!」

「折角の機会なんだ、最後まで楽しむといい。でも、ゴルドバ子爵家のエウンティはダメ絶対」

「はい」


 素直でよろしい。


「すぐに帰ってきてくださいね……?」


 俺の服の裾を掴んで、心細そうな視線を送ってくるシャル。


「ああ、すぐに戻る。ついでに、ニアヴとラーナ用のお土産を包んでもらっておいてくれ」

「わかりましたっ」


 そう言えば、結局俺も何も食べてないな。

 まぁ……ルアン公の話如何によっては、お腹いっぱいになりそうではあるか。

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