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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.4 ワルツを君と
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Waltz with Wiseacre 03

 ユーリカ・ソイル『北・左鍵地区』マーズリー伯爵邸。


 4頭立ての馬車に揺られてやってきた先は、伯爵邸と呼ぶには多少規模の小さい屋敷である。


「ふえぇぇ、すっごいお屋敷ですねぇ……」


 シャルの感嘆が、呟きとなってその唇から漏れ落ちる。

 俺の感想は、あくまで序列三位・伯爵位の人間が住むにしては小さい、という意味なので、シャルの感想が間違っているわけではない。

 ……ぶっちゃけ広いでいいか。


 マーズリー家の邸宅入口は開放感のあるロビーとなっており、いかにもお貴族様然とした紳士淑女たちが、馬車から降りては、吸い込まれてゆく。

 ホストであるオルド・ラル・マーズリーも今日ばかりは厳しい青甲冑を脱いで、高級なもこもこ服に身を包んでいる。

 そんなもこもこ服でも、着こなしている所がさすがである。


「ようこそお越しくださいました、ワーズワード殿、シャル・ロー・フェルニ殿」

「お招き感謝するオルド殿。ニアヴからは祝辞を預かってきている」

「ニアヴ様のお言葉となれば妹も喜ぶことでしょう。お二人だけでも本日の晩餐会へ出席して頂けて、嬉しく思っています」


 固い握手は、人脈形成がうまく行っている証拠である。

 オルドにしてみればメインのニアヴがいなくとも、今街の注目を一身に集めている『魔法道具を販売する店』の店主たる俺の出席は、十分に価値があるのだろう。そうでなければ、いくら個人的に友好な関係を築いていようと、貴族の集まる晩餐会に俺たちを招待する理由がないはずだ。


「あのあのっ、わたしも、お招きありがとうございますっ」


 緊張に身をこわばらせるシャルだが、そのドレス姿には、さすがのオルドも驚きを見せる。

 今までは平民と貴族という立場の違いがフィルターとなって、シャルの整った容姿に目を留めることもなかったのだろう。


「おお……どこの姫君かと目を疑いました。本日は我が妹の生誕20年を祝うささやかな祝宴ですので、どうぞ気兼ねなく」


 ささやか、ね。どう見ても、列を連ねる馬車の数が30を超えているわけだが。何を持ってささやかと表現するか、これもまた認識の違いというやつか。

 ただ、気兼ねなく、という言葉は特に認識を違えるものではないようだ。

 ホールに入り、そこここで談笑を交わしている出席者の面々を眺めてみれば、貴族の中でも若い男女のみが招待されているようである。


「見ての通り、本日は若者のみの集まりとなります。生誕の祝宴で身分の上下を持ち出す不作法者はおりません。フェルニ殿もどうぞお楽しみください」

「そうなんでしょうか? ここに来るまでは浮かれてしまっていたんですけど、今は私なんか場違いじゃないかって思ってしまいました」

「ははは。フェルニ殿はご自身のことを分かっておられないようですな」

「どういうことでしょうか?」

「ワーズワード殿の魔法道具店、壇上でその抽選を行うフェルニ殿は、今やある意味でワーズワード殿よりも有名なのですよ。今日の招待も、何も私だけの希望ではなく、若い連中からどうしてもと望まれた、という理由もあるのです」

「ふえぇぇぇ!??」


 ニアヴのおまけとしてではなく、自分自身が望まれて招待されたのだということに、耳をピンと尖らせて驚きを表現するシャル。

 そういうことか。委細把握した。

 今日の招待客は貴族は貴族でも、独身貴族様というわけだ。

 食事と酒が饗される若い男女の集まりと言えば、もうアレしかない。

 誕生日やら、結婚式の二次会やらがソレになるのは、地球も異世界もかわらないんだな。

 ん? そうすると、嫌な予感がするな。


「まさか"それ"に俺は入っていないだろうな?」

「はは、それこそまさかです。ラスケイオンの女性魔法師たちの間では連日ワーズワード殿の話題で持ちきりだとか。どうぞ、彼女らとの交流を深めていただきたい」


 にこやかに答えるオルド。

 なんという、めんどくさい。

 シャルは、自分の頭上で交わされる主語不在のやり取りに疑問符を浮かべている。

 いいんだシャル。君には分からなくていい話だ。

 今日の晩餐会に強い憧れを持って臨んできるシャルに、そういう裏話を伝える必要はない。

 それ抜きにしても若者同士の交流はシャルにとっても必ずプラスになるものだ。その中で、たちの悪そうなのだけ、排除してやればいいだろう。

 俺とても貴族の全てを性悪説で捉えているわけではないしな。


「大体のところは理解した」

「ははは、どうぞ十分に楽しんで行ってください。それでは、会場にご案内いたしましょう」

「よろしく頼む」

「はいっ! ううっ、私、セスリナ様にちゃんとお祝い言えるかなぁ」


 なんとも可愛らしい悩みで思わず和んでしまうな。

 悩みと言えば俺にもあるのだが、その質は全く別だ。

 俺の今夜の主目的は上級貴族との人脈形成及び市井では入手できない類の情報収集だったのだが、既にその目論見を外してしまっている。

 若い貴族子弟のみの集まりとなれば、まずもってオルド以上の権力を持つ人間はいないだろう。

 将来を見越せば、頑張ってもいいだろうが、俺が求めているのは今時点で権力を持っている相手である。

 まずそこで、積極的に人脈を形成すべき相手がいない。

 さらに、男女間の親密度を上げるための晩餐会となれば、そこに繰り広げられるのは、愚にも付かないボーイズ&ガールズトークの類だろう。

 金と欲望にまみれた豚のような貴族がわんさか集まることを期待してやってきたというのに、とんだ肩すかしだ。

 利用するだけ利用して、あとはポイと気軽に捨てられる豚貴族様に逢いたかった……


 まぁ、想定が外れたのは仕方ない、気持ちを切り換えて、適当にお土産だけもらって帰るとするか。



 ◇◇◇



 入り口をくぐれば、そこは100畳ほどの広さをもつパーティホールである。

 天井も高く、窓には透明度の高いガラスがはめ込まれている。

 楽師の一団がスローテンポな曲を奏で、その前に開いたダンスエリアでは早くも意気投合した男女が手を取り合って、ゆったりと体を揺らしている。

 大皿に盛られた手間のかかった料理、色とりどりの果物に野菜。酒は瓶ではなく、大樽が置かれている。庭で火に炙られくるくる回されているのは、ニアヴ大好物のサチアロとかいう猪と豚を足して二で割ったような生き物だろう。

 それらがバイキング形式で取り放題だ。とは言っても貴族が自分で動き回るわけでもなく、欲しいものがあれば、近くの使用人に声をかけて、とってこさせるようである。

 人数的には招待客が若い男女80名程度。あとは使用人が忙しく駆け回っている。

 ホール最上段のクイーンズチェアに、花束とプレゼントの山に埋もれるセスリナがいた。

 いつまでもホストを独占するわけにもいかないので、そこでオルドと別れ、花束を抱えるシャルと共にセスリナの下へ歩いて行く。


 火の赤をイメージしたドレスは、金糸銀糸がふんだんに利用された豪奢なものだ。赤ローブ着用時には一本のお馬の尻尾だった髪も、今日は頭上でシニョンにまとめられている。額に乗ったルビーティアラもまた、外車の一台は買えそうな美しい細工だ。もしかして『アートアーティファクト』と言う奴なのかもしれないな。

 彼女の性格を知っている俺からしてみれば、多少着せられている感もあるが、ちょこんと椅子に乗っているその姿だけなら、まさに高貴な血を継ぐ深窓の令嬢である。


 既に挨拶疲れを見せているセスリナが、俺たちを前にギチギチと唇の端を吊り上げて、笑顔を作る。


「よう、誕生日おめでとう」

「本日はワタクシのためにご足労頂き、マトコ、や、マコトにありがとうござ――」

「使い慣れない言葉使いはやめろというに」

「な、何よ! 私だって自分の誕生日くらい頑張るんだから」

「俺たちの前では不要だと言っているだけだ。俺たちは他の招待客と違って貴族でも何でもないんだ。いつも通り、気楽にしてろ」


 どちらが上だかわからない傲岸な物言いに一瞬呆気にとられるセスリナだが、その後おかしさを押さえることができず、思わず吹き出してしまう。


「……ぷっ、なにそれ! あははっ、ワークホリックさん、やっぱりヘン!」


 誰が仕事中毒患者だ。


「そう、それでいい。今日の主役はお前だろう。お前が客に合わせる必要はない。客がお前に合わせる日だ。それにやはり、お前はその自然な笑顔の方が良い」

「えっ……あの、ありがとぅ……」


 軽い社交辞令で、みるみる顔を赤らめてゆくセスリナ。なんという男慣れのしてなさ。大丈夫か、コイツ。

 多少幼い反応も、年頃の男から見れば、保護欲をかき立てられるチャームポイントと映ることだろう。

 悪い男に引っかかりはしないかと、多少心配にもなるが、兄がアレだから、下手にちょっかいをかける男もいないのかも知れないな。

 となれば、晴れて世は太平こともなしということか。


 シャルがその胸に抱えた花束をおずおずと差し出す。


「セスリナ様、本日はお招きありがとうございます……お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、シャルちゃん。シャルちゃんも普通でいいよ? 私もそうするから」


 吹っ切れた様子のセスリナが、自然な言葉遣いでシャルに声をかける。

 知り合って6日、店を開いてからまだ5日だが、オルドと一緒に、あるいはミゴットの供としてセスリナもほぼ毎日店にやってきているため、シャルとラーナそれにセスリナの3人は、身分の差はあれ打ち解けた仲になっていた。

 受け取った花束を、意識もせず自らの手元、一番近い場所に置く行為自体が彼女らの関係を表すものだろう。


「はいっ、今日のセスリナさん、すっごく綺麗……帰ったらラーナちゃんにも教えてあげないとです!」

「えへへ、ありがとう。シャルちゃんの方もすごい綺麗だよ。ねぇ、ぎゅ~ってしていい?」

「はい、どうぞですっ!」


 意味不明なセスリナの申し出に、一も二もなくOKを出すシャル。どっちも意味不明なので突っ込みようがない。


「行くよ~、ぎゅ~~!」

「あわわ、私もぎゅ~~」

「「えへへへっ」」


 抱き合いながら、笑い声を上げる二人。

 どこに笑いのツボがあったのか、俺には理解できない。


「ねー、あなたは私にプレゼントないの?」


 いつもの調子を取り戻し、調子に乗り始めたセスリナがシャル越しにおねだりをしてくる。


「その花束がそうだが?」

「これはシャルちゃんからでしょ! ほら、あの【フォックスライト/狐光灯】とか」

「欲しければ店に並べ。『ワーズワード魔法道具店』は絶賛営業中だ」

「む~」


 ぷくうと頬を膨らませるセスリナ。一個はもってるだろうに。

 たかだか知人の誕生日に18万超の商品を選択する日本人がいたとしたら、そいつは絶滅危惧レッド指定されてしかるべきだろう。

 そういう高額金品の贈答は、下心ありきの場合にのみ発動するのだ。フランスの百年戦争(The hundred years war)に続く、日本の百年不況(The hundred years recession)なめんな。

 もちろん俺は下心ありありでこの晩餐会に臨んだわけだが、先にも言ったとおり、俺の焦がれる相手は肥えた豚であって、セスリナではない。


「だが、まぁ折角ご招待頂いたわけだしな。プレゼントがわりに何か一曲弾いてやろう」

「曲? わ、楽しみかも。ふふん、私、音楽にはうるさいんだよ?」

「ワーズワードさんって、楽器も弾けるんですかー」


 確かに俺のような無骨な男が音楽を嗜むというのは、シャルのイメージに合わないものだろう。

 だが、簡単な楽器演奏は日本人であれば誰でもできるものだ(断言)

 ストーリーを書き、絵を付け、作曲し、演奏し、ムービー編集を行い、アップロードして全世界に公開する。それくらい一人でやってのけるのは、日本人ならもう常識である。


「嗜み程度だがな。まあ期待せずに聞いてくれ。――弦楽器奏者くん、それを少し貸してもらっていいか?」

「どうぞ、お使いください」

「ありがとう」


 そこで、流れていた曲が止まる。

 何が始まるのかと、みなの目が俺に集まる。

 この世界の弦楽器は四弦である。他を見れば、なにやら複雑な構造の管楽器、大小の打楽器といわゆる鍵盤楽器がない以外は地球と似たような楽器が存在しているようだ。

 中でもこの弦楽器は弓を引いて演奏する楽器であり、単純にバイオリン亜種と考えてよさそうである。そうであれば俺にも多少の心得がある。

 ペグを回し、4本の弦を引き絞る。

 上から順にEエーAアーDデーGゲーと勝手に命名。その2本づつを同時に引いた和音で音を合わせてゆく。

 即興だし調弦なんて適当ですますが。


 先ほどまで流れていた重厚なスローテンポの楽譜も嫌いではないが、若いセスリナが主役の晩餐会なのだから、もっと明朗でアップテンポなノリがよいだろう。

 そこに俺の好みを加えれば、世界中で売上げを伸ばしているテクノ系J-POPや人気の高いゲームサラウンドが候補に挙がってくるのだが、俺程度の腕では複雑すぎる現代楽曲は弾きこなせない。


 なので、ここは軽く古典楽曲で茶を濁すことにしよう。


「ショパン作、変ニ長調作品64の1――『子犬のワルツ』」


 俺の弾く弦楽器から流れ出す旧時代の音楽。

 キュキュンとアレグロで奏でられるショパンの名曲『子犬のワルツ』だが、弾き手が俺ではそうそうグラツィオーソには至らない。テンポ・ジュストは守るにしても、レジェロでコモドな印象は払拭できないレベルの演奏だ。

 とはいえ会場を埋めるのは、同じくレジェロでコモドな若い男女である。

 弾き手の欠点は欠点たり得ず、大いに会場を沸き立たせる結果となった。

日本人すげぇ。

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