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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.4 ワルツを君と
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Waltz with Wiseacre 02

 ユーリカ・ソイル『南・貧民窟』。


 ユーリカ・ソイルの貧民窟は縦横無尽に細い通路が交差しており、その全てが人2人がギリギリすれ違える程度道幅しかない。

 道の両脇は石畳の街にあって、土塀。その先は、日本で言う長屋の体を為しており、土塀に多く空いた穴は住居への入り口である。

 それらの多くは窓もなければ、ドアもない。潮の引いた砂浜にポツポツと穴を連ねるシオマネキの巣穴……そんな情景を想像させるものだ。

 そんなわけなので、貧民窟に住まうものでなければ、どこに誰が住んでいるのかなんて、識別できるはずもないし、識別する必要もない。

 貧民窟に住まう住人は、総じて『貧民』の一言で片づけられる存在であり、その数が100であろうと1000であろうと、『貧民』を個別の人間として認識しようなどと言う物好きはいないのだから。

 だが、そんな『貧民』の中でも、明確に一つの線引きだけはあるのだ。

 それはつまり『人間』か『獣人』か、である。


 『貧民窟』クェス鉄腕工房。


 外から見た工房の窓には当然ガラスなど嵌っているはずもなく、ぽっかり穴があいているだけである。その奥に煤で真っ黒になった天井が見える。

 一応は金属加工を行う工房なので、その敷地面積は多少広いが、それでもそこに溶鉱炉一つを置いてしまえば、その後どうやって火傷をせずに作業を行えるのか、疑問を持たざるを得ない広さである。


 入り口には金属製の看板がかけられており、そこに『クェス鉄腕工房』の文字が連ねられていた。入り口にはドアがない代わりに薄い暖簾が垂れている。


「ただいま……」

「おッ、帰ってきたね。どうだったんだい……てェのはその顔を見ればわかるか」

「すいません、クェス姐さん」

「なに、ダメだったんなら、またやり直せばいいさね」


 ズズンと沈み込むウルクウットを、湿度0%のカラッと晴れた笑顔で迎えたのは牛族の獣人である。

 牛である。

 主にお胸が。

 煤に汚れた布帯をサラシのようにきつくぐるぐる巻きにしてもなお、こぼれん落ちんばかりのボリューム。

 そして、上半身で身につけている衣類はそれだけである。

 鉄火場にあって、おへそ丸出しルックはいかがなものかと思うが、そのたくましい上腕二頭筋、引き締まった腹筋、ビシリと伸びた後背筋を見れば、多少の火花はその小麦色の皮膚ではじき返してしまえるのだろうとも思えてしまう。


「しかし、そのワーズワードさんてお人は、本当に厳しいんだね。アンタの作ったあの器、あたしにはあれ以上のものはないと思ったんだけどね」

「俺だって今回のは自信があったんだ。やっぱり俺なんかじゃダメなのかな……」


 女だてらに豪放な性格なクェスと、狼族とは思えないほどに繊細なウルクウットの会話は酷く対照的である。


「なに言ってんのさ! その人はアンタを見込んで器作りを任せてくれたんだろう。あたしら見たいな貧民窟の獣人に大きな仕事を任せてくれた恩人の期待に応えられないってんなら、あたしがアンタをひっぱたくよ!」

「クェス姐さん……」

「情けない顔をするんじゃないさね。それで、今回はどんな評価だったんだい。まさか試作品1号みたいに『薬瓶にも劣るガラス屑』だなんて言われたわけじゃないだろう?」

「くおお……そうはいわれなかったけど」


 その言葉はウルクウットにとって、軽くトラウマスイッチである。

 心痛を抑えつつ、ウルクウットはワーズワードの指摘を一言一句過たずにクェスに伝える。


「はー、『光る美術品』じゃなく『美術的価値を持つ照明器具』、ねぇ」


 話を聞き終わったクェスが感心したように、息を吐いた。


「それって、俺の作る器は全然ワーズワードさんの希望に添えてないってことだよね。俺ホントどうすればいいんだろ……」


 激しく気落ちしているウルクウット。クェスは呆れたように腰に手をやる。


「アンタ、それ――」

「あー、うるくうっと、かえってきてるぜー!」


 声をかけようとした所に、子供の声が重なった。

 ぴょこんと工房を覗き込んで声を発したのは、犬耳の少年である。


「ほんとだぁ、うるくうっとだぁ」

「うりゅくうっとー、あしょんであしょんでー」


 初めの一人に続いて、二人三人と小さな生き物が駆け込んでくる。

 駆け込むと同時に、次々とダイブしてゆき、くっつき虫のように、ウルクウットに張り付いてゆく。


「こら、リック、リル、リリィ! 工房内は危ないから入っちゃダメだっていつも言ってるさね!」

「す、すいません、今すぐ外に出しますから。ほら、みんな」

「やー!」

「うりゅくうっとー、あしょぶのー」


 だが、子供たちはウルクウットを放そうとしない。


「まったく、この子らは」


 そういうクェスだが、その表情は慈愛に満ちたものだ。

 リック、リル、リリィ、三人の獣人の子供たちはいずれも孤児である。

 街の貴族あるいは市民たちは、貧民窟を犯罪の横行する危険な区域だと思いこんで近づこうとしないが、実際の貧民窟はお互い助け合って仲間を守る相互扶助の共同体コミュニティを成している。

 人の街にあって数の少ない獣人たちは、族を超えて一つの紗群アルマであった。

 中でも働き手となる若者たちは貴重である。

 そんな状況で、先日とり交わした商談により、街の大商人オージャン、イサンより贈られた心づけとも言うべき『祝儀』――彼ら商人から見れば、はした金とも言える金銭と酒肉、砂糖菓子等の高級嗜好食品――は貧民窟に暮らす全ての獣人たちに分け与えられ、子供たちは初めて食べるおいしい食事や菓子に心を奪われた。


 器用な手先で様々なおもちゃを作ってくれるウルクウットはもともと子供たちに人気があったわけだが、その一件があって後、子供たちのウルクウットを見る目は、英雄を見るそれと同じである。

 子供の視点で語れば、『好き好き大好きお兄ちゃん』なわけである。


「ほらほら、兄ちゃんは今大事な仕事中なんだ。あんまり困らせるんじゃないさね」

「なんだよー、あんりろってのうしちちー」

「あんりろってのちちぃ」

「バッ!? そんな言葉どこで覚えたんだい、このマセガキども! あと、あたしのこと、アンリロッテって呼ぶんじゃないさね!」

「わうー、あんりろってがおこったー!」

「にゃは、にげろぉ」


 カァァと赤面したアンリロッテ・クェスが左手でそのお胸を隠しながら(隠しきれていません)、リックとリルを追い回す。

 ウルクウットに抱き抱えられたままのリリィもまた、その腕の中できゃーきゃーと可愛らしい嬌声をあげる。

 お胸のこともさながら、彼女は自分に不釣り合い?なアンリロッテという名前にコンプレックスを持っており、例えばウルクウットがその名を呼ぼうものなら、即座に鉄拳制裁を受けることになるだろう。


「うるくうっと、しごとがおわったら、あそんでくれよー」

「うん、分かったから」

「ぜったいだからね! いくよー、リリィ」


 子供ながらに獣人らしい身のこなしで逃げて行くリックとリル。


「まってー。(トテトテ)……あんりりょって、うりゅくうっと、さよーなら」

「はい、さようなら、リリィ」

「ああ、足元には気をつけるんだよ」


 ペコリとかわいいお辞儀を一つして、リリィが二人の後を追ってゆく。

 三人は貧民窟に暮らす全ての獣人たちの子供であり、弟であり妹であり孫ひ孫である。

 子供たちの元気な姿があるからこそ、皆厳しい生活の中で笑顔を作ることができるのだ。


「やれやれ、リリィもなんであの悪ガキどもになついちまったのかねぇ」

「あはは……リックもリルも、あれで面倒見はいいですから」


 かくいうクェスも、そこに不安を持っているわけではないのだが。


「――さて、話が途中になっちまったね。さっきの話だけど、アンタそれ、ほとんど合格点だって、褒めてもらってるんじゃないのかい」

「えっ」

「『光る美術品』っていう所がすでに褒め言葉じゃないか。アンタの腕は認められるんだ。その上で、自分が客の立場ならこう見るだろう、ここに不満を持つだろうっていう指摘をしてくれてるんじゃないのかい?」

「……あ」

「言われたとおり作るんじゃなく、作りたい様に作るんじゃなく、買ってくれる客の立場になって作れだなんて、誰にでもできる考え方じゃないさね。そんな考え方ができるなんて、きっと優しい人なんだろうね、ワーズワードさんってお人は」

「えと、どっちかというと、恐い人なんだけど」


 しきりに感心するクェスだが、さすがにそこは同意しかねるウルクウット。


「でも、本当にそうだ。ありがとう、クェス姐さん……俺、ワーズワードさんの言った言葉、全然理解できなかった」

「アンタは一人じゃないんだ。足りないところはみんなで補い合うのがあたしたちだろ? まぁアンタの場合はまず自分に自信を持つところから始めないといけないかねぇ」


 北の聖国ラ・ウルターヴに明確に獣人を差別する法は存在しないが、種族として少数派であることには変わりない。そのため、人間社会の中で生きて行くためには多くの難関が存在する。

 その最たるものは職探しであり、次点で客探しである。

 第一次関門たる職を身につけても、客がいなければ金銭を得ることが出来ない。獣人と言うだけで避けられてしまうことは、少なくないのだ。

 そのため、いくらクェスの腕が良くともウルクウットに特筆すべき工芸の才能があろうとも、『クェス鉄腕工房』は貧民相手が精々の弱小工房でしかなかった。

 今回の商談はそんな最底辺の工房に舞い降りた奇跡。だがそれは、ウルクウットが自分の手で掴み取ってきた奇跡に他ならない。まごうことなく彼自身の力なのだ。


「でも、貴族様の気持ちになって考える、か……難しいなぁ」


 客の気持ちになる。それが貴族様となると、ウルクウットには想像すら出来ない天上の世界の話に聞こえてしまう。


「何も客は貴族様だけじゃないさね。アンタは誰の笑顔を見てみたいんだい?」

「誰の笑顔――」


 言われて、思い浮かぶのは三つの幼い笑顔だ。

 魔法の炎、その明かりに瞳を輝かせ、輪になって踊り出す子供たち。


 子供たちは踊っている最中、机に足をぶつけてしまうことだろう。器の足まわりはもっと安定させなければいけない。それに、もし落としてしまっても簡単には壊れない頑丈さも必要だ。

 明かりはなるべく遠くまで届く方がいい。炎を模した器の形状は確かに美しいが、尖った先端は子供たちにけがをさせてしまうかもしれない。

 壊れやすい華美な装飾ではなく、何年、何十年何百年先の子供たちにも笑顔を伝えることのできる器――


「あ――そうか、そうなんだ。大事なのは器それ自体ではなく、子供たち、リック、リル、リリィ、三人の笑顔……っ!」


 ウルクウットの顔がみるみる間に色を帯びてくる。

 脳内で閃光のように迸ったそれは、まさにワーズワードが彼に望んだ『発想の転換』である。


「――クェス姐さん、炉はすぐ使えるかな! 俺、やってみたいことがあるんだ!」

「ああ、もちろんさね」

「俺、やるよ! 何を作らないといけないか、やっと見えたんだ!」

「アンタならできる。かんばんな」

「はいっ、次こそは絶対にワーズワードさんを頷かせてみせますっ……くぉぉぉぉぉぉん!!」


 青年には、彼の成長を見守り、そして力を分け与えてくれる沢山の仲間がいる。

 魔法道具のあるべき姿はすでに青年の中で形を成している。あとは、それを心の外側に取り出すだけだ。


 時を置かずして、貧民窟の片隅に位置する『クェス鉄腕工房』の煙突からは、風のない高い空に長く伸びる、一本の白煙が立つのであった。



 ◇◇◇



「コスプレの趣味はないのだがな……」

「『こすぷれ』? いえ、ワーズワードさん、正装もお似合いですよっ」


 まあ、鎧兜を着せられるよりはマシというものだが。

 オルドの招きにより、俺たちはこれからマーズリー伯爵家で開かれる晩餐会に出席する。

 そのための衣装合わせの最中である。


 最も装飾の少ないものを選んでもらったはずなのに、それでもこのゴタゴタ感である。

 こちらの正装は俺の美的センスとは遠く乖離しているな。

 それに引き換え、


「シャルも似合っているぞ。似合っているというより、やっと原石が磨かれたと言うべきか」

「や、やめてください~! 私がこんな綺麗なドレスなんて……絶対似合ってませんようっ」


 うひゃあと、顔を覆うシャルが身につけているものは、純白のドレスである。

 最も装飾の多いものを選んでもらったはずなのに、シャルという天然素材の下では、華美な装飾もお弁当箱内におけるパセリ程度の存在感だ。

 ドレスより白い肌は、きっとシルクの手触りに違いない。


「んっふふ~、どうですか、あたしの見立は!」

「完璧だ、ラーナ。お前はできる子だ」

「でしょでしょ! じゃあ」

「労使交渉は受け付けていないといった」

「ぶーぶー!」


 まぁ、特別手当くらいなら出してもいいか。


「君もそう思うだろう?」

「…………」


 後ろに控えている青年に声をかけてみるが、反応はなし、と。

 今日一日はなにも口出ししないという約束を違えるつもりはないようだ。

 こういった根の真面目なところが、まさしく兄妹なのだろうな。


 フェルナ・フェルニ。


 見た目上の年齢はハタチ前後。源素光量はおおよそ400ミリカンデラ。そこそこ明るいが一般人レベル。

 革鎧を着こんだいかにも冒険者の風体で、それらは街につくまでシャルが身につけていたものと同一の作りである。

 その切れ長の目もと以外の特徴――髪の色、肌の白さ、輪郭線など――をみれば、二人が兄妹だと言われて、疑問を持つものはいないだろう。

 兄妹で似ていると言うことはつまり、


 ……美形なのである。


 女性についてであれば、いくつかの単語を並べ、その美しさを形容することが可能であるが、あいにくと俺は男を形容する言葉をしらない。


 一つ言えるのは『女物の服を着せれば女に見える』類の美しさではない、ということくらいか。

 客商売で人慣れしているはずのラーナですら、フェルナに話しかけるだけでその頬が朱を帯びる有様だ。


 なんなんだこの兄妹……親の顔が見たくてしかたないぞ。


「あ、あの……フェルナ兄さん。やっぱり私」

「私のことは気にするな。お前が行かなければ、世話になった方に迷惑をかけるのだろう」


 声まで美声だとか。

 なんでもない二人のやりとりをItube(アイチューブ:フリーの動画投稿サイト)に上げるだけでミリオンヒットが狙えそうだ。歌でも歌わせれば、広告収入だけで巨万の富を産み出せるんじゃなかろうか。


 まぁ、ないんだけどな、ネット。

 異世界における生活は、その生活基盤に対する不安こそなくなっているが、ネットのない日々に、情報欠乏症で倒れてしまいそうである。


 どちらにしても、フェルナの案件は後回しだ。

 少なくとも、今日の晩餐会が終わるまでは――


「まだ準備は終わらぬのかや?」


 ひょこりと顔を覗かせた狐の化生が、退屈した声で問いかけてくる。


「いや、ほぼ完了と言うところだ。で、お前は本当に行かないのか?」


 晩餐会に招待されたのは、俺・ニアヴ・シャルの三名だ。


「立場的にも、お前がメインゲストだと考えるのが妥当なのだが」

「それこそ、妾の立場では出席するわけにはいかぬものじゃな。人の住まう地なれば人の法に従うことはあろうが、それ以上の過度な干渉は互い避けるべきじゃろう」


 先の『アンク・サンブルス』事変のような法的根拠のある呼び出しであれば従うが、ただのお誘いは断るということか。気分屋な狐であるが、己の職務?に対してのこだわりは揺るぎないものを持っている。


「ただ、人族の中でも高貴な者たちが行う、晩餐会というものについては妾も聞き及んでおる。そこでは美味なる料理がでるという話じゃな?」

「……食材が余れば、包んでもらうようにしよう」

「うむ、頼むのじゃ!」


 まぁ、明るい笑顔なことで。

 

 フェルナ青年は、奥から現れたニアヴに対し、ひざまづいて礼を示す。

 片膝をつき、ニアヴに平伏する様もなんとも絵になる。


「フェルナ・フェルニと言ったかの。妾にそのような作法は無用じゃといっておろうに」

「はっ」


 といいつつ、その態度は変わらない。

 シャルの村の人間は、ニアヴ治林を通りこのユーリカ・ソイルに物売りにくるのだそうだ。故に彼らは、道中を守護するニアヴの恩恵を最も享受してる者たちなのだろう。

 にしても、礼儀正しいというか、固いというか。硬質な青年である。


「治林の管理について言えば、妾は一時その任を離れておるしのう」

「そういえば、お前がいない間、林の方はどうなっているんだ?」

「何事かがあれば、察知することはできるがの。即座に駆けつけるというわけにはいくまい。いざとなれば『カナバル』と『アラナクア』も動いてくれることじゃろうし、問題はなかろう」

「へー」

「興味がないなら、聞くでないわ!」


 問題ないならそれ以上の興味は確かにないな。問題があったとしても、それはニアヴの問題なので、俺には関係ないし。

 そこで、ポツリとフェルナの呟きがこぼれた。


「アラナクア治崖のアラナクア様、ですか」

「ん? そうじゃ。妾たち濬獣ルーヴァは己の治地以外であっても、そこに異変があれば感知できるからの。大陸に12ある濬獣自治区に12の濬獣。皆それぞれの裁量で治めておるが、そのどこかに問題が起こり、一人では解決できぬ状況となれば、皆の力を集めて事に当たるのは当然のことじゃろう」

「ほー」

「やっぱり興味なしかや!」


 興味を持つ以前に、新しく聞く情報なので、だからどうとも言いようがないわ。


「濬獣様が力を合わせてなにかなさることがあるなんて……私、そんなお話、初めて聞きましたっ」

「知らぬでも無理はない、妾たちは人とはそうそう接触せぬからの。……接触があるときはおおよそ諍いが起こった場合じゃしな」


 はぁと息を吐くニアヴ。

 そこで恐縮したように、フェルナが言葉を挟む。


「いえ、私が心配しましたのは、アラナクア様はいささか人族に厳しく接されるとのお噂を聞いているからでございます。アラナクア様か来られましたら、ニアヴ治林は人の通行が出来なくなってしまうのではないかと」


 なるほど。フェルナはニアヴ治林が通れないと村にも帰れないわけで、その点は心配して当然だな。


「アラナクアがかや? そんなことはないと思うのじゃがな」

「そうでございますか……」


 首をかしげるニアヴに、なおも憂慮を残したフェルナ。

 ニアヴ以外の濬獣か。それには少し興味があるが、そろそろ時間である。

 ドアをノックする音は、迎えの馬車が到着した合図だろう。


「話の続きは帰ってからにしよう。ラーナは適当に上がって良いぞ。フェルナはすまないがここで待っていてくれ。風呂も沸いているので、旅の疲れを落とすと良い」

「お気遣い、感謝します」

「あたしも待ってていいですか? 晩餐会のお話も聞きたいですし」

「好きにしろ。ただし、いつ戻るかわからないぞ」

「了解でありまッス! お土産楽しみにしてまッス!」


 お前もか。

 まぁよかろう。貴族階級の食べ物というのは、興味もさながら、憧れでもあるんだろうしな。


「兄さん――」

「シャル。存分に楽しんでくるといい」

「……はい」


 フェルナか……彼の持ち込んだ問題は依然積み残したままなのだが、今日の晩餐会を楽しみにしていたシャルの憧憬の気持ちこそが無視できない。

 今は、姫君に晩餐会を心ゆくまで楽しんで頂くことが俺にとっての最優先事項である。

 

 

 さぁゆるりと、向かうことにしよう。

ウルクウット救済回的な。

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