Waltz with Wiseacre 01
俺たちの星を『地球』と言うように、この異世界は『マルセイオ』と言うらしい。
◇◇◇
始まりの日から、変わらぬ速度で昼の海と夜の海とを泳ぎ続ける世界魚・靜爛裳漉――
その背の上に宝樹・ヰが根を下ろし、大地が作られました。
ヰ(ジマ)は多くの生命の果実を結実させ、大地に生命が溢れました。
六足天馬・卷躊寧を駆る軍女神・熙鑈碎は生命を祝して、大地に炎と言葉をくだされました。
――そうして、世界は今の形となったのです。
ラーナの語る天地創造の秘話。
大きな魚の背中に乗ってるというアホの子全開な発想はともかく、一応地動説ではあるんだな。
「魔法って話でしたら、王都にある帝宮附属魔法学院で神さまについての勉強をするらしいですけど、あたしらにとっては、豊作願いなら地神神殿に、旅の安全なら風神神殿にって、願い事に応じて祈る神さまが変わるくらいですかねー」
「へー」
「へーって、なんですかー。店長が聞きたいっていうから話してあげたのに、その反応はないでしょー」
唇を尖らせて不満を口にするラーナ。
「情報の提供は感謝する。だが、商売繁盛をどの神に祈るのかを聞きたかったわけではないからな」
神話・伝承の類は、この世界を理解するための情報として重要なものだがそれ以上のものではない。
例えばそれを持って、神の存在を確信するとか今更ながらに信仰に目覚めると言った話ではないので、へーとしか言いようがない。
「なにかないんですか? 知ってることなら何でも答えちゃいますよ?」
「では、濬獣とはなんだ。先ほどの話には出てこなかったが」
「さー?」
おい。
「あははっ、ニアヴ様に聞けば教えてもらえるんじゃないですか? なにせ本物の濬獣様なんですから」
「それもそうだな」
「あはっ、店長のその切り替えの早いところ、あたし好きですよー」
「俺もお前のその恐いもの知らずなところは嫌いじゃない」
「やった、相思相愛だ! じゃあ、給料上げてくださいっ!」
「労使交渉は一切受け付けていない」
「ぶ-ぶー!」
「あの……」
けらけらと笑うラーナに遠慮しながら、声も細く呼びかけてくるのはウルクウットだ。
今、俺が手のひらの上で遊ばせている【フォックスライト/狐光灯】試作品2号の評価が気になって仕方ないらしい。
試作品2号は燃える炎の形状を持ったガラスの器だ。
「それで、その、どうでしょうか」
「ああ、全くダメだ。これではただの『光る美術品』だ。お前が作るものは『美術的価値を持つ照明器具』でなければいけない」
「それってなにが違うんです? あたしはキレイだと思いますけどねー」
「その違いを認識するためには、発想の転換が必要だな。客が求めるのはあくまで『魔法の明かり』だ。つまりは、『器の中身』こそが価値なのだ。壁を見てみろ。炎を模したガラス細工のせいで、明度が損なわれ、縞模様の影を生みだしてしまっている。これでは魔法の炎が見えずらい。さらに、器が鋭角に自己主張しすぎており日用品として不適切だ。明度を損なわず利便性を追求した上で、お前の持つ美術的技巧を付加するのだ」
「くお……」
「ひゃー、店長きびしー!」
自信満々に持ってきた炎の器もまるで評価して貰えず、がっくりと膝をつくウルクウット。
たった二回の失敗で心折れるんじゃない。事前にちゃんと言ったぞ、俺の判定は厳しいと。
「――ラーナちゃん、そんな風に言ったら、ウルクウットさんがかわいそうだよ」
丁度そこで、『シズリナ商会』へおつかいにやっていたシャルが帰ってきた。
「あ、シャルさん……そんな。本当のことなので、いいんです。でも、ありがとうございます……くぉ」
「くおおん禁止」
「ぉぉ……」
くおおんはやかましいので飲み込ませる。
そろそろウルクウットの扱いにも慣れてきたところだ。
「シャルちゃん、おかえり!」
「あはは……ただいま、ラーナちゃん、ワーズワードさん」
シャルが俺たちのやり取りに苦笑しながら、店に入ってくる。
今日は昼の抽選も終了しており、ラーナに明日の準備をさせつつ、ウルクウットから進捗報告を受けていたところだった。
『ワーズワード魔法道具店』開店五日目――そこには賑やかしくもかしましい存在が一人増えていた。
名はラーナ・ロッシ。
ラーナはシャルが贔屓にしている『ロッシの梢亭』の娘だ。
ロッシというのは、果実をつける落葉高木樹の名前でもあり、ロッシ家の姓でもある。
ロッシの実は、地球で言えば林檎に近い果実だ。
その木の実を目当てに鳥たちが多く集まる。故に『ロッシの梢』には大勢の人が集まる『賑やかな様子』を形容する意味があるという。さながら、今のこの店内のような状態のことを言うのだろう。
そんな、どうでもいい情報が俺の記憶野に格納されてしまったのも、ひとえにラーナのお喋りすぎる性格によるものだ。
話の流れとしては、俺が『ワーズワード魔法道具店』の店員募集をかけようとした所、シャルの推薦と本人の希望があったので、面接の結果、採用と相成ったのである。
赤く縮れた髪は頭の左右で三つ編みに。うっすらと浮いたそばかすも、豊かな表情に愛らしく映えるアクセントだ。
歳はシャルより1つ2つ上だろうか。十代半ば、シャルの容姿を天与の造形美と形容するならば、ラーナは躍動する健康美だろう。健康そのものの身体は若さを発散し、その長い耳は一時たりとも止まることなくピコピコと動き続けている。
とは言っても、それは採用するにあたっての重要な要素ではなかった。
彼女は冒険者の集まる『ロッシの梢亭』(実家)でウェイトレスをやっていただけあり、明瞭な発声と愛嬌のよさを持っている。何より、日毎さまざまな情報を仕入れてくる噂好きな性格は、報道機関の発達していないこの世界においては、至極貴重な情報源である。
店員としてではなく、単純に情報源として雇ってやってもいいくらいだ。
と。
ラーナの件はひとまず置いて、まずはシャルの話を聞いておかねばならないな。
「それで、イサンはなんと?」
「あ、はい。『ロス・アロニア』向けに、やっぱりあと4つは欲しいって言われました」
『西の光国』か。
この国が『北の聖国』なわけだから、 そうすると南と東にも国があるのだろうと予測できるな。
聖国国内であれば『ベルガモ商会』の方が規模が上だが、『シズリナ商会』は国境を越えて『マルセイオ大陸』全土の大都市に店舗を構えているらしい。
イサンから聞いた話によると、緑豊かな聖国と違い、光国は高低差の少ない水源の貧弱な国土を有しているとのこと。
つまり、【ウォーターフォウル・ボトル/降鵜水筒】の価値は、この国よりもアロニアでこそ値千金いや万金なのだ。
イサン自身がアロニア人であることも含めて、まずは切実かつ確実な需要が見込めるアロニアに【降鵜水筒】の販売ルートを開拓したいという提案があったのが昨日である。
「念のため確認しておきたいのだが『アーティファクト』の国外への持ち出しは問題ないのか?」
「あははっ、多分どこの国でも問答無用で極刑ですよー」
「だろうな」
ラーナがさも当然という表情でけらけらと笑う。
俺の作る商品は『マジックアイテム』であり、『アーティファクト』ではないとしているが、それも全ては受け手の、つまりは法の解釈次第である。魔法道具にその法を適用されるとやっかいだ。
「数の話は了承した。だが輸出に関しては、まだ調整がすんでいないので、もう少し待ってもらおう」
水は直接的に人の命に関わる、言葉通りの生命線である。
なので、イサンの急ぐ気持ちもわかるし、アロニア人に救済の手をさしのべたいという希望に異を唱えるわけでもないが、それと俺自身が負うリスクとを秤にのせて考えれば、傾く向きは一目瞭然である。
俺は名も知らぬ他人の生命にまで責任を持つような異常者、もとい英雄志願者ではない。
劣悪な環境に喘ぐのであれば、俺の存在を別にして、自分自身でどうにかすべきだろう。生きるも死ぬも自分次第である。
「わかりました。では、またお伝えしてきま――」
「今日はもういい。今晩はマーズリー侯爵家の晩餐会の日だ。その件は明日に回そう」
「あ……わかりました」
少し残念そうにコクリを頷く。どんだけ働きたいんだ。
シャルは本当に真面目な娘である。容姿端麗な上に誠実博愛な精神の持ち主だとか、成長したらどれだけ完璧な女性になるのだろう。
……成長、するといいな。
「? なんですか」
「いやなんでもない」
おっと、ついお悔やみの視線を送ってしまった。
とりあえずもっと肉を食わせるか。
そこで、ラーナがちょいちょいと脇腹を突ついてくる。
「店長、バルハス男爵様の方はいいんですか?」
「構わない。ミゴットの方は金になる話ではないからな」
「えー! あのバルハス男爵様の訪問をそんな理由で蹴っちゃうなんて、店長ってば、もー、本当に信じられません!」
「爵位としても上であるオルドの招きに応じるわけだから、何の問題もないだろう」
そもそも、ミゴットの話は信仰する神を決めろとか、アーティファクトの解析方法を伝授しろ(ニアヴ付きで)とかなので、予定がブッキングしてなくても応じる理由がない。
ミゴット・ワナン・バルハス男爵。
薄々感じてはいたが、彼もまた爵位を持つ貴族の一員である。
家督は既に息子に譲っているため、正確には元男爵であるが、その傑出した魔法の才と信望を持って、この聖国第二の都市『ユーリカ・ソイル』でラスケイオン群兜を任されている。
開店初日から今日まで、彼がこの店を訪れない日はない。
バルハス男爵が毎日通う魔法道具店ということで、店の名声は更に上昇の一途を辿っているわけだが……正直うっとおしい。
ニアヴだけを相手にしていれば良いものを、最近はなんだかんだと俺にも絡んでくるので厄介だ。
孫までいるような年齢のくせして、狐娘への恋慕が枯れてないとか。すごいなー。あこがれちゃうなー。死ねばいいのになー。
ミゴットによれば、魔法または魔法使いは先の話に出た四柱の神を祀る『四神殿』が管理しているのだという。そして、形式上ラスケイオンや軍の魔法師団など、魔法を扱う者は四神殿が国に『貸し出している』のだそうだ。
四神殿は魔法使いを貸し付ける代価として国から収入を得、国は魔法の力を使って、国土の防衛或いは拡張を行うというわけだ。
魔法の力で他国を侵しても、神より与えられた力を持って行うのだから、それは神に認められた大変に正当なものである、というのがこの世界での侵略行為の大義名分になる。
魔法を扱う冒険者も管理上国への登録が必要で、その上で自分で稼いた金額の一部を四神殿に寄進するのが一般的だという。寄進は目に見える信仰の形であり、それなくば、いずれ神の加護を失い魔法が使えなくなってしまうのだそうだ。
使えると思うけどな。
まぁ、そういったアウトラインをさっ引いたとしても、人間でありながら『四神殿』のどの系統にも属さない魔法を扱う俺はイレギュラーな存在であり、ミゴット的には俺をどこかの神殿に所属させると言う規定の枠に嵌めて管理したいのだろう。
ニアヴの手前強権を発動しない物腰の柔らかい対応であり、一応の配慮はあるようだがあいにくと俺にそのような些事に関わっているヒマはない。
今の俺はあらゆる生活インフラ及び蓄財を失い、裸一貫で異世界に放り出された哀れなひな鳥である。
いや、割と真面目に。
持っているものは、現代日本でなら誰もが得られるレベルの広く浅い知識と、ハッカーとしてのパソコン知識及び論理思考のみである。今はその完全なる無形資産を有形資産に変換している最中だということだ。有形資産というのは、単純に『金』という認識でよい。
何の因果か、この世界に遍く漂う『魔法』の源たる『源素』を目視できる特殊な視力を得たようだが、これはあってもなくても俺の行動原理に影響するものではないしな。
さて、その『源素』なのだが……改めて己の身にまとわりついてくる色とりどりの源素にフォーカスを合わせる。
初めのうちは手で払う仕草もしたものだが、今では源素に対する思考制御にも慣れてきており、常に身体の裏面に滞留させることで視界を確保している。大丈夫、眩しくない。
相対比にして、おおよそ100,000ミリカンデラの光量を纏う俺の体。
マジックアイテムを製造する場合、いくつかの源素をガラス玉に込めることになるので、作業後、その光量は当然減少する。
今日までに確認できた源素の特性としては『減少した源素は時間経過とともに回復する』ということと『各人の最大光量に達するとそれ以上増加しない』という二点だ。
回復する場合、その辺を漂っている自由源素が新たに引き寄せられてくる場合もあれば、誰かにまとわりついていた従源素がこちらに流れてくる場合もある。つまり、各人個別の『最大光量』とはいわば星の引力のようなもので、より強い引力を持つ誰かが傍にいれば、源素はそちらに流れてゆく特性があるわけだ。
そして、上限に達すると、それ以上の引力を発揮しなくなる。
そのため、俺がいくら魔法道具を作って源素を消費しようと、源素が枯渇することはないわけだ。時間と共に回復するのを待てばいいだけだからな。
だが、源素についてはまだ謎も多い。
なぜならば、その定義から外れる例外もまた、俺の傍にあるからだ……
「? やっぱり、私のこと見てますか?」
「きゃー、シャルちゃんのお胸を熱く凝視するなんて、店長ってば、性獣っ!」
「ひゃわわ!?」
ラーナの言葉にポッと赤面し、そのささやかな胸部を隠して身をよじるシャル。
俺が見ていたのはシャルのまわりに集まる源素である。冤罪だわ。
シャル・ロー・フェルニ。
俺がこの異世界で初めて出会った少女。
俺にだけ見える、その身に纏う源素光量はおおよそ――9,300ミリカンデラ。
付け加えるならば、初めて見たときは5,000ミリカンデラ程度だったので、この5日間で約2倍まで増加していることになる。
「シャル」
「ひゃいっ」
きゅっと耳を覆い隠して、身構えるシャル。
そういう反応はスルーするぞ。
「シャルは魔法は使えないんだな」
「え……あ、はい、もちろんです」
「そうか。となると、やはりわからないな」
「?」
俺がこれまで観測してきた中で、不自然な源素光量の増加が認められる人間はシャルのみである。
ニアヴ治林で出会ったシャルが、なにかしらの魔法を使った後だったとすれば、今の光量はそれから回復した状態だと見ることができるが、そもそも魔法を使えないというのであれば、その身に纏う源素の量が5日前より増えていることの説明にはならない。
その特殊性は一体何を原因とするものなのか?
これが、シャルではない他の誰かであったならば、俺はその不思議を不思議と思い、追求することもなかっただろう。
だがそうでない以上、俺にはその疑問を追求する理由がある。
それは、俺の常なる行動原理である興味本位が故ではなく。
――例えば、将来の夢を語ったあとの、あの淡雪のような微笑み。
それがシャルの持つ特殊性に起因しているのであれば、俺にもできることがあるかも知れない。
もちろんそうでないかも知れないが、できるかできないか判然らないのなら、やってみるだけだ。
全てはトライアンドエラーである。
俺の眼差しの意味も知らず、シャルが赤面を深めてゆく。
違うというに。
ともあれ、まずはシャルに話を聞いてみるか。実はなんでもないコトを俺が考えすぎてるだけかもしれないしな。
聞くだけなら、タダである。
質問を口にしようとしたそのタイミングに重なって、
「見つけたぞ――シャル」
ザッと石畳を踏みしめる足音。そして、店内に玲瓏とした声が響いた。
逆光が影を作り、その姿はよく見えない。
だが、シャルにはすぐに声の持ち主が特定できたのだろう。多少の驚きと共にその名を口にした。
「フェルナ……兄さん」
こんな感じで始まります。
えぴよんっ!