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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.3 開店☆魔法道具店
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Wayfarer's Witchcraft-shop 10

 先ほど魔法が解除されたので、今はもうその図形をみることは出来ないが、青源素x14で作られた純ブルーの七角柱。一つの角が約128.57度という割り切れない内角を持つ、俺好みではない源素図形によって発現する魔法がその【マルセイオズ・アフォーティック・ゾーン/水神黒水陣】だったのだろう。


 もちろん、俺もミゴット自身が見えたわけではない。武術の達人でもないので、気配を察知したなどと言うつもりもない。


 俺に見えるのは、魔法の源たる『源素』だけだ。

 木の下にわだかまる色とりどりの源素と青い七角柱。その源素光量がおおよそ、3,800ミリカンデラであるならば、そこに存在する人間はただ一人である。

 

「説明は面倒なので端折るが、先ほど『アンク・サンブルス』の解析結果を教えたように、俺は対魔法については、そこそこの技術を持っているからな」

「ニアヴ様があなたと共にいる理由もそれなのですかな」

「ニアヴなどどうでもいいだろう。ミゴット、お前は俺を危険だと判断し、排除を決心した。そう言うことだろう?」


 俺に敵意を向けると言うのなら、俺もまたミゴットに対して、仮面を被る必要はない。


「……」

「だが、一つだけ聞いておきたい。なぜそうだと判断した? 今日初めて出会ったお前にそこまでの決意を持たせるようなヘマはしていないと思ったのだがな」


 俺もミゴットも、裏と表の仮面を使い分けることのできる、いわば同じ側の人間である。

 腹の読みあいはあるにせよ、存在の排除まで決心する様な、明確な敵対関係までは形成されていなかったはずである。


 ガンッ、とミゴットの持つ杖が石畳に打ち付けられる。

 黒い感情をもはや隠そうともせず、ミゴットが俺の存在を否定する。

 

「その言葉こそがまさに理由ですな。あなたの存在は許すことができません」

「そうか。ならば仕方ない」


 ニアヴもその出逢いの場に置いて、俺の存在を危険だと断じた。同じ理由でミゴットが俺を危険だと判断しても、そこに矛盾はない。それだけ、ミゴットに人を見る目があるということだろう。

 しかし、俺もまだまだだ。俺の見立てでは、直接的な対峙はないと想定していたのだがな……

 ミゴットが本気で来るならば、社会的抹殺手段を行使してくると思っていた。例えば法、この世界における絶対ルールを突きつけられては、そこで俺がどのように立ち回ろうと、敗北または撤退を余儀なくされたはずである。

 だが、そんな俺の予想を外して、ミゴットは直接的な手段を選択した。

 ……実に効果的だ。俺としては、もっとも避けたかった状況の一つである。

 今の俺の心境をこそ、読まれていたとしたら……向こうの方が一枚上手だったと認めざるを得ない。


「場所を変えよう。河原に、人目につかない場所があったはずだ」

「よい案ですな」


 俺が先を歩き、長身のミゴットが後に続く。



 ◇◇◇



 大通りを進めば、川にかかる大石橋があり、河原に降りたすぐの地点は、水汲み場として整えられている。そこからさらに下流に進めば背も高く生い茂った草々が視界を遮る、真空スポットが存在していた。

 当然こんな所にやってくる人間は誰もいない。


「この辺りでいいだろう。だが、どうする。【アンク・サンブルス・ライト/孵らぬ卵・機能制限版】があれば、お前の魔法は俺には届かないと思うのだが。それともその枯れ木のような腕で俺を排除することができるのか?」


 多分出来てしまうので、その方法を選択されると大変ピンチだ。

 なので、さすがに腕力なら若いこちらの方が優勢なんだぜと思わせたい。

 そんな俺の安い挑発に、余裕のある口調でミゴットが答える。


「さて、どうでしょうか。あなた自身が【ライト/機能制限版】と言うとおり、それらは完全ではないのではないですかな? 例えば、『反魔法アンチ・マジック』の効果。【マルセイオズ・フローズン・アックス/水神氷斧】は確かに幻虹の内側には届きませなんだが、その後あなたは砂埃を払う仕草をしておりました。であれば、直接的な魔法は届かなくても、幻虹の外側で効果を発する魔法であれば、如何様にも届かせることができるのでは? 例えば――」


 例えば【水神氷斧】で大地を抉った飛礫つぶてで攻撃するとかな。

 全くもってその通りなので、口を差し挟む余地がない。

 あの一瞬でそこまで見切られるとは、魔法効果を披露する目的が別にあったとしても、少しサービスが過ぎたかも知れないな。


「『大脱出エクソダス』で逃げるし」

「そうなると幻虹の外側に移動することになりますな。さて、そうするとイタチごっこということになりますか」

「こちらから攻撃することは考慮に入っていないのか?」

「是非もなく。ほっほ、久しぶりの実戦となれば、胸が躍りますな」


 言ってくれる。

 おそらく魔法の発動速度や精度は俺の方が上だろう。

 だが、実戦で使う段となれば、それだけで勝利を確信することはできない。

 ミゴットはその人生を通して、魔法による戦闘に身を置いてきた歴戦の勇士だろう。

 敗北のリスクがある状態で、戦いの火ぶたを己で切るなど、孫子を知らない愚か者のすることだ。

 ここは一つ、得意の駆け引きで妥協点を探ってみるか。


「これは参ったな。俺自身としては、ミゴット殿と積極的に争う意志はなかったのだが。どうだろう、お互い不干渉にすます案はないだろうか。ニアヴの存在が街にとって邪魔だというなら、とっとと林に帰すが」

「許されぬ!」


 憎悪とも言うべき、激しい感情。


 妥協点はなし……か。

 俺の何がミゴットにそこまでの決意をさせたというのか。今持って信じがたい。

 そして、俺の他愛ない一言一言が、ミゴットの理性を剥ぎ取っている事実もまた、不可解だ。


「なぜ! なぜそのような態度をもつあなたなどに、ニアヴ様の寵愛がある!」


 感情のままの激しい気迫を持って、ミゴットの怒りが俺に叩きつけられる。


「…………ん?」

「『世界の秤』たる濬獣ルーヴァは、神聖にして不可侵な存在。中でもニアヴ様は、限りない慈愛を持って我らを見守ってくださる神の如きお方! おお、この命を救って頂いたあの日から、ニアヴ様のお姿を思い描き、枕を濡らす夜を幾度過ごしたことか」


 ちょっと待て。


「その御方を呼び捨てるばかりか、まるで己の紗群アルマの如く扱うなどとニアヴ様が許しても私が許さぬ!」


 紗群アルマってなんだ。

 いや、それはいいとして、ちょっと待て。


「賊の手により負傷した我が身を抱え走るコッズ、濬獣自治区に逃げ込んだまでは良かったのです。ですが、それで『アーティファクト』を諦める賊ではありませなんだ。体力も使い果たし、絶体絶命の我ら……そこにふわりと舞い降りた黄金の乙女――」


 ミゴットの饒舌は留まることを知らず、その胸の内をはき出し続ける。


「久しぶりに下林なされたニアヴ様は、あの日と変わらぬ美しいお姿で今もあられて……その上この老いぼれのことをご記憶頂けておるなどと……おおう、なんと勿体なき」


 感極まりハラハラと流れ落ちる涙が、その白鬚をしっとりと濡らして行く。


 ……つまり何か?

 俺が感じた『偽』の臭いは、ミゴットが事件ではなくニアヴにのみ関心を持っていたことに由来し、俺が憎悪だと感じたものは、ただの『嫉妬』だったと?

 抽選会場での一件、その後の挑戦的な視線も「自分の方がニアヴ様と関係が深いのだ」と言うことを俺に見せつけたかっただけ、なのか……?


「故に、あなたを許すわけにはいかぬ!」


 愛しのニアヴ様をぞんざいに扱う俺のことが許せなかった……わけですね。わかります! 今、わかりました!


「えっ。あ、ごめんなさいでした」

「今更許しを請うたところで、ニアヴ様の怒りと悲しみは収まりますまい!」


 いや、あの狐は結構簡単に機嫌直してくれるぞ。


「えーと、じゃあ今から『ニアヴ様』に直接お詫びさせてもらうというのはどうだろうか。『ニアヴ様』に覚えもめでたいミゴット殿が間を取りなしてくれれば、きっと許して貰えるのではないかと」

「なんですと?」

「これから、開店祝いのパーティがあるので、どうか一緒に参加してもらえないでしょうか?」

「私がニアヴ様と同じ席上で食事を……!? い、いや、それはあまりにも畏れ多い」


 パァと瞳を輝かせたあと、大きく頭を振って厳格な口調に戻るミゴット。


 もう、どうでもいいわ。


「そこをひとつー、なんとかー」

「そこまで頼み込まれては、仕方ないですかな。わかりました。不肖この老いぼれめもそのパーティに参加しましょう」

「ありがとうございますー」


 そうですよねー。仕方ないですよねー。

 ウキウキと鬚の手入れをし始めるミゴットに、そこはかとない脱力感を感じる。


「ああ、それともう一つ伝えておこう」

「なんですかな」

「『ニアヴ様』は俺の行動を監視するために一緒にいるだけで、俺と『ニアヴ様』の間にはなんのアレもないぞ」

「その話は本当ですかな!?」


 食い付いたフィッシュ


「本当だ。俺の力は見せただろう。『ニアヴ様』はその力が世界を混乱させるのではないかと心配しているのだ」

「なるほど、腑に落ちる理由ですな。さすがはニアヴ様。世界の全てを気にかけてくださるとは、なんと心お優しき方……」


 その理論でニアヴが心お優しき方だとすると、俺は一体なんなんだって話なんだがな。

 だが、これでミゴットと俺が争う理由はなくなったわけだ。

 

 そもそもミゴットも、俺の生命まで奪おうとは考えていなかったのかも知れない。

 リスクマネジメントとしてこの世界に於ける警戒レベルを高めに設定していた俺にとっては、ミゴットとの対峙はすなわち、どちらかの生死を持って決着するしかないものだと判定してしまっていたが、ミゴットにとっては、多少魔法を使えることで増長している?俺を懲らしめてやろうレベルの話だったのかもしれない。もちろん、そこには俺に対する嫉妬……もとい、ニアヴ様の御為と言う理由も多分にあったのだろうが。

 そう考えれば、氷の斧の一撃も、俺に直撃する射線からは外れていたような気もする。


「それにしても、あなたがニアヴ様に働いた無礼の数々、それは必ず詫びねばならぬものですぞ」

「あ、はい。真摯に受け取り、前向きに善処することを検討させて頂きます」

「それならばよいのです」


 深く頷くミゴットだが、そこに俺の言葉の意味を理解する深慮はなさそうだ。その脳内では、パーティの席上でニアヴにあーんしてもらってる自分の姿でも思い浮かべているのではなかろうか。


「……さて。そろそろパーティの準備も整っている頃か」

「ニアヴ様を待たせるなど、あってはならぬこと。急ぎますぞ、ワーズワード殿!」

「……はい」


 ウキウキと足取りも軽く草をかき分けるミゴット。

 ハァ……敵じゃなかったのね。ミゴット・ワナン・バルハス。


 完全なる独り相撲。今日の出来事は黒歴史として、あらゆる記録から完全に抹消せざるを得まい。



 いや、俺だって完璧じゃないのだ、勘違いくらいするさ?



 ――そんな彼の思いとは裏腹に、今日という一日は『ワーズワード』の名と共に、忘れられぬ記憶として、人々の心に刻まれることになる。

 次なる舞台には一体何が待ちかまえるのか。


 そして、ワーズワードの冒険は続く。

タグはそのままでいいようです。

バトル要素はないまま、エピ3おわり!




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