Wayfarer's Witchcraft-shop 08
共に大商人の風格を持つ二人。
これは、俺にとって大変に都合がよい。
単一商人への独占卸しはそれはそれで店に対する不透明感や不公平感を持たれる可能性がある。取引先が複数であれば、商品を取り扱うことへの牽制のしあい、つまり適度な競争関係を作り出すことができる。それでも二人の間のパワーバランスが偏っていれば、結局小は大に飲み込まれてしまうのが商売というものだ。
その点、見たところ二人の商人としてのパワーバランスはほぼ同等。
特化性能として、オージャンは交渉力、イサンは組織力に長けていると言ったところか。
「オージャン、イサン。まずはこちらの希望する二人の役割について、話しておこう」
「伺いまする」
「二人には貴族向けの商品の販売を受け持ってもらう。全体を説明するならば、店舗直売ではこれまで通り継続し、貴族や上流階級者向けには、高付加価値を持つ魔法道具の注文販売を行う。値段設定は各々に任せる。そちらの商売に合わせて設定してくれて良い」
「……待ってンか。つまり、おんなじもん売るのに、相手によって値段を変えるいうんか? 店舗直売って1,800ジットってことやろ。そないな安すぎる値段で売られたら、いくら貴族様言うたかて、わざわざワイら通して高いで買おう思わへんのと違うか」
安価での店舗直販を続ける限り、自分たちに旨みがないといいたいのだろう。
だが、ネットのないこの世界で商売を行おうと言うのであれば、二重販売形態は考えて当然だ。
「理由は二つある。まず第一に直売のみ安価販売を続ける理由は『ワーズワード魔法道具店』の知名度アップのためだ。人が集まるという宣伝効果自体が利益であるため、やめることはできない」
「『宣伝』とはなんでございまする?」
「宣伝とは『ワーズワード魔法道具店』の提供する商品を一般大衆に知ってもらう活動のことだ。安価販売で人を集める、客が集まることで、店の名が広まる。『ワーズワード魔法道具店』の名を知っている者が100人しかいなければ、最大でも客は100人だ。その数を1,000、10,000と大きくすること――宣伝とは最大客数の上限を上げる活動だと言えば、理解できるか?」
「店を知ってもらうことで客を増やすやて……? いや、確かに間違った考えやあらへん。せやけど、そのために商品を安く売るやなんて考えたこともないでッ!?」
「おお、おお……ワタクシもそのような販売方法、聞いたこともなく!」
感嘆を持って驚きを表す二人の商人。この世界にはまだ宣伝の概念はないのか。
「第二に、名が広まると言うことは店の信頼性が増す意味もある。『みんな知ってる』ものに、人は疑いを向けなくなる。貴族が魔法道具を求めるとはいえ、信頼のない商品に高い金は出さないだろう。その意味で、安価での店舗直売はここにいる全員の利益になるものだ」
「た、確かにそうや!」
「それに一般向けと貴族向けとは同じ商品ではない。剣で例えるなら、一般販売はただのアイアンソードで、貴族向けには宝飾加工された銀の宝剣だ」
「せやな、それはわかる。それはエエとして、注文販売ってなんや?」
「言葉の通りだ。確かに銀の宝剣を持っていけば、それを買いたいと思う貴族はいるだろう。だが、やはり不要だと思えば買ってはもらえない。そこで、銀の宝剣はサンプルとして持っていくだけで、それを見せながら、どのような剣が欲しいか、直接要望を聞き出すのだ。剣であれば、その長さ、素材、装飾、色。
具体的に【フォックスライト/狐光灯】で考えるならば、卓上に飾りたいという者もいれば、シャンデリアとして天井から吊したいと言う者もいるだろう。家の紋章を刻みたいという要望、もっと明るい光にしたいという要望、誰よりも豪華絢爛な一品が欲しいという要望。それらの注文をまとめ、『クェス鉄腕工房』で器を作る。貴族向けの魔法道具は他に同じもののない『一点もの』を提供することで、店舗販売品との差別化を図る」
「魔法の道具を一人一人に合わせて、別のモンを用意するちゅうンか!」
「そうだ。人はその地位が特別であるほど、自分自身も特別で在りたがる」
権力の座に長くある者は同じ特別でも、その中身は特別『クズ』である場合の方が多いがな。
「そう言った『自分だけの一品』のためには、彼らは金を惜しまないだろう」
「おお、おお……! それは貴族同士の自尊心を刺激しまする、誰よりも良いものを求めまする!」
「そもそもが所有も難しい魔法の道具や。それが自分だけの特別製やとしたら……これはいけるで!」
「そうなれば、あとは――」
その先は言葉にする必要もない。
感嘆から驚愕へ、驚愕から喜悦へ。二人の商人は今にも得意先の貴族邸に走りださんばかりに、身を沸騰させている。
金になる話だと、改めて確信したのだろう。
今までの話は商品に対する信頼があってこそのもの、そこに俺の話したビジネスモデルに対する信頼が追加された。
金でつながる信頼関係は、気まぐれなニアヴの取扱いよりも、よほど俺には制御しやすいものである。
「さて、では続いて、最も重要な利益配分についてだが」
「!」
おーおー、面白いように顔色が変わる。
それはそうだ。本来の目的でいれば、商談とはそれを決定する場なのだから。
「それについてはワイから一つ提案させてもろうてもエエやろか」
「おお、おお……! ワタクシも異存なく」
故に、そこに自前の『条件』を準備しておくのは当然のことだろう。
それもどうやら、二人の間で既に『合意済み』の条件があるらしい。
面白い。
「聞かせてもらおう」
「まずさっきの条件通り、ワイらが貴族向けの販売を受け持つっちゅうんは賛成や。他にも贔屓にしてもろてる偉いサンも少のうない。それに、さっきのオーダーメイドちゅう売り方もこれはすごいアイデアや。他ではまずありまへんやろ。せやから、そのアイデアの価値も勘案し――」
「ああ、そういった前ふりは不要だ。結論からでかまわない」
「……せやな。これはニィさん相手には時間の無駄やったわ。ほんなら、結論を先にしましょ。――50,000ジット。貴族向けの魔法道具の仕入れ値として、一つ50,000ジットでどうやろか?」
「ごまんジット!? 俺、そんな大金見たことも……」
ウルクウットの狼の尾が驚愕のあまり、ブワッと逆立つ。
しかし比べてみるとその色つやも太さもニアヴの圧勝だな。狼くん、残念!
日本円にして、五百万円。20個で一億。
オージャンの瞳がどや、ワイ太っ腹やろ、と言外に訴えている。
「もちろんオーダーメイドの依頼で、原価がたこぉつく場合は、別途上乗せしますわ」
「悪くない条件だ」
俺の言葉に、オージャンの緊張が緩む。
ウルクウットにしてみれば、天上の金額かもしれないが、オージャン側からそれを提示するということは、少なくともその倍以上での取引が可能だと踏んでいるだろう。
「だが」
だが、と続けた俺の言葉に、オージャンの長耳がビクンと直立する。イサンにしても、ここで俺がその提案に意見を唱えるとは考えていなかったのだろう。言葉の続きを警戒する様子が窺える。
そうそう、俺を前にして気を抜いてはいけない。常に気を張り続けろ。そうでなければ、俺の商談相手は務まらないぞ。
「50,000ジットは頑張ってくれた金額だとは思うが、俺はそこまで儲けに固執しているわけではない。故に利益は売上げから分配する方式を提案をしたいのだが、どうだろうか」
「分配て、どういう意味やねん。ニィさん、50,000ジットを蹴るいうんか!」
「高く売れるに越したことはない。だが、高すぎて売れないと言うのもまた困るのでね。一つ50,000ジットでは、利益度外視原価率100%で売っても、50,000ジットが最低価格ということになる」
「そんなん、当たり前や」
「貴族というのは、横暴を常とするものだ。中には50,000ジット以下での取引になる場合もあるだろう。そこで流通を請け負うオージャンとイサンのみが損をする可能性がある。俺たちはこれから一緒に商売をするパートナーだ。パートナーが損をすることは極力避けたいと思っている」
「…………」
俺の言葉の裏を探るオージャン。
「つまり、魔法道具は固定の仕入れ値を持たないと言うことだ。商品の値段はそちらで決めてよい。そして、商品の売上げ利益を製造:魔法付与:流通で2:5:3。仮に1,000ジットの利益で商品を売ったとするならば、ウルクウットに200、俺に500、オージャン(またはイサン)に300を分配する。俺がここで決めたいのは、その比率についての合意だ」
「ちょ、ちょっと待ってや! そしたら、商品を卸してもらうときはどないすんねん」
「言っただろう、オーダーメイド販売だと。二人には、販売サンプルとして、魔法道具を貸し出す。実際に販売する商品は客との販売契約締結後に作成する。故に無駄な在庫を生むことなく、売値が想定以下に安くなってしまっても、誰も損をすることはない」
その場合、全員の儲けが少なくなるだけだ。
「それなら確かに誰も損しないですけど……50,000ジットですよ? そんな値段を言ってくれてるのに、自分が損してまでみんなのこと考えてくれるなんて、ワーズワードさんみたいな商人、俺、見たことないですよ!」
キラキラした瞳で見つめてくるウルクウット。
「そもそも貴族向けは全てオーダーメイドなのだから、原価は必ず変動する。そこに固定費での卸しの概念は適合しない」
「おお、おお……? それならば確かに損しませぬ?」
イサンもまた『誰も損をしない』ところに疑問を差し挟むことはできない。
「あ、あかん! そんなん認められんわ!」
そこに一人、オージャンが猛烈な反応を見せる。そうでないとな。
「どこかに問題があったか」
「ありありの大ありや! 比率で支払うちゅうことは、そんなもん、売上げが多なったら、その分ワイらが損するやないか!」
「そんなことはないだろう。比率なのだから、高く売れば、確実に利益は多くなる。全員の利益、がな」
「お、おお、おお……!!?」
「えっ?」
オージャンの言葉の意味に気付いたイサンが瞠目する。
比率分配の意味に気付いていないのはウルクウットだけか。
そう、魔法道具の販売益が1,000ジットならば、俺の取り分は500だが、オージャンがそれを1,000,000ジットの利益で売れば――売れると見込んでいるのならば、一つ当たりの取り分は500,000ジットとなる。
そうなれば、それは始めオージャンが提示した価格の――10倍。
オージャンが初手で50,000という金額を提示したということは、つまりそう言うことなのだろう。
一体いくらで売る算段を持っていたのか、教授願いたいものだ。
実際、固定50,000の卸し値は、文句の付けようもない。しかし、蓄財を考えなければ今日の稼ぎだけで生活費としては十分だ。金に執着しない以上、あとはこの商談をどこまで面白いものにできるか考えてみるのも、人生に潤いを与える楽しい余興というものである。
俺は遊びにも手を抜かない性質なのだ。
俺のルールに従えば、彼らが本来考えていた『ボロ儲け』の理想図は『大儲け』程度に修正を余儀なくされる。
だが、拒否すれば、幸運で降って湧いた『大儲け』すらできない。
誰も損をしないシステムという正論を盾にとられている以上、表だっての反論もできない彼らの苦悩が、俺の遊び心を刺激する。くっく、さあどうする異世界の商売人。
「……や」
ポツリと呟く声。
「ん?」
「1:5:4や! 製造で2はとりすぎや! こっちは長年築き上げてきた信頼関係あっての商売やねンから、そこは譲られへン!」
「おお、おお……! まさしくしかり!」
これだけは譲れないとばかりに息巻くオージャン。
まぁ、落としどころとしては妥当だ。まさか、俺の取り分を削るなんて、蛮勇は持ち合わせていないだろうしな。
製造で2はとりすぎだという主張はツッコミどころ満載だが、それを言い切ってしまう我は素晴らしい。
「それを合意するにはウルクウットの意見を聞かねばならないな」
「俺ですか。あの、俺はそういうのよくわからないので、損をしないっていうのなら、別にそれで……」
ウルクウットの言葉にいくらかの安堵を見せるオージャン。
損がないのは間違いないが、今確実に儲けを削られたんだぞ。まぁ、しかし一介の工房技術者が大商人に意見できるはずもないか。
本人をして許可するというのなら、俺がそこに意見する理由はない。
「ならば、全ての問題は解決された。魔法道具のオーダーメイド販売の利益配分は製造:魔法付与:流通で1:5:4とする契約に合意するか?」
「合意や!」
「合意しまする」
「合意します」
オージャンは苦々しく、イサンは恭しく、そしてウルクウットは右に倣えで、それぞれが合意を口にした。
全ての話し合いが完了し、四人の手が重ねられる。
以上を持って、つつがなく。
――商談成立である。
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