Wayfarer's Witchcraft-shop 07
街の虹が消えました。
「ワーズワード殿、どうか、どうか……っ」
とか泣きそうな顔で言われたので。
『アンク・サンブルス』の虹は元の半径二メートルほどの大きさに戻り、そうすると観光客は現金なもので、やっぱり大きい方が良かったなどと騒いだりもしたので、そっちにしておこうか? お、できんの? とライトな会話を交わしたりもしたのだが、
「お願いですぅぅぅ、やめてくださいぃぃ」
とか泣きつかれたので。
結局は元通りである。
◇◇◇
「別にそれほど危険ではないと思うぞ? そもそも魔法効果のいくつかが新たに判明したものの、結局現時点では俺以外にどうこうできる者はいないのだからな」
「阿呆っ、生きてきた中で初めて命の危険を感じたわっ!」
「大げさな」
ニアヴと二人、店への帰り道である。
まずは状況が解明/解決されたので、今日の所は釈放と相成った。
オルドとしては「後日改めて話をさせて頂きたい」らしいが。
今日の出来事――魔法道具店の開店、さきほどの舞台演出を含めた事実の全て――は瞬く間に街中に伝播されることだろう。もちろん、雲上の権力者たちにも。
そいつらが俺の力を利用したいと考えてくれれば、御の字である。
あとの問題はミゴットだが……
俺の見立てでは、ミゴットは老練であっても、熾烈ではない。俺にとってはむしろ与しやすいタイプのはずである。俺が苦手とするのは駆け引きの通じない、ロボット型人間だ。命令されたことのみを忠実に実行し、己の思考を挟まない相手は、相容れない。
故に、日本の社会システムになじむことが出来ず、ドロップアウトした結果が『エネミーズ23』である。
ふむ、地球からもドロップアウトしてしまった今となっては、なるべくしてなったとしか言いようがないな。
「それにしても、じゃ」
「なんだ」
「なぜ、あそこまで全てを明らかにした? お主であれば、自分しかもっておらぬ情報を元に、なんぞやの駆け引きでもするものかと思っておったぞ」
たった一日で、俺に対する正当な評価痛み入る。
「駆け引きはあったぞ。全て俺のシナリオ通りだ」
「お主の力を見せつけることが目的じゃったと?」
「それは手段だ。その結果どうなる」
「む……そうじゃな、少なくとも今日のことは生涯忘れえぬものになったじゃろうな」
「そうだ。彼らの脳の記憶野には『ワーズワード』の名が深く刻みつけられた」
「名を売るのが目的じゃったということかや?」
「その更に先だ」
「どういうことじゃ」
さすがにその先までは、考えが及ばないか。まぁ、誰しも自分自身のことは判然らないものだしな。
「そもそも、今回の件でルーケイオンが探していたのは誰だ?」
「それは全ての元凶たる、お主じゃろう」
「違うな。彼らが探していたのはお前だ」
「にゃぁ!?」
「当然だろう。濬獣が街にやってきた日に、アーティファクトに異変が起こる。さて、怪しいのは誰だ」
「……なるほどのう。そう考えれば、確かに妾かや」
「それが妥当だろう。では、誰もがお前に疑いを持つ中、俺が言葉だけで全てを説明したとして、お前ならばそれを信じるか?」
「信じぬじゃろうな」
「だが、今はもうお前のことを欠片も疑ってはいない」
「それはそうじゃろうな。あれだけ派手にやらかしたのじゃ……ぁ」
と、そこで狐の足が止まり、耳がピンと立つ。
信じられぬと言わんばかりの、驚いた表情。
『アンク・サンブルス』事変と題された舞台には、始め、ニアヴ一人が立っていた。
その舞台上に、別の男が現れ、大立ち回りを演じる。
観客の目は、そちらに集められ、結果、ニアヴを見るものはなくなる。
幕が閉じた後、舞台の感想を言い合いながら席を後にする観客たち。
その記憶の中にニアヴの姿は、もはやどこにもない。
ワーズワードの名が大きくなるということは――ニアヴの名が小さくなることと同義。
故に今回の舞台では、ニアヴの一切の行動と発言を封じる必要があり、ニアヴからの『反魔法』への実証協力の申し出も、丁重にお断りしたのだ。
「まさか、お主の行動は――」
「『濬獣は人の地に干渉してはならない』」
そして、深き山林では人は濬獣の定めに従う、か。
「……妾のために?」
「勘違いするな。俺のためだ」
もし、ニアヴが『アンク・サンブルス』の一件に関わったと疑うのであれば、その不可侵条約が破られたと、そう疑うこともまた難しくない。
濬獣からの一方的な条約破棄、そんな疑わしき状況を残しておけば、そこにつけ込もうとする人間は、必ずでてくるだろう。
人とは、とにかく狡猾な生き物だからな。俺が言うのだから間違いない。
行動を共にしている以上、ニアヴに対するいらぬ疑いを持たれたままでは都合が悪い。
故に、ニアヴに対する疑いは、早急かつ明確に晴らさねばならなかった。
……本当に、俺のためだぞ?
他人のために何かをするなんてそんな恥ずかしいこと、この俺に出来るわけないじゃないか――
「きゅうぅぅぅ……」
奇妙な鳴き声を上げて、ニアヴの頬が無意識に染まってゆく。
「話は終わりだ。帰るぞ」
歩き始めたところで、ギュっと左腕に加重がかけられる。
「おい」
「これくらい、よいじゃろう?」
俺の腕にしがみついた狐が、ずいと顔を寄せてくる。
その上気した頬は桃よりは林檎に近く。
狐の瞳に映る俺の表情は、なんとも表現しがたいものだ。
「……重くなったら、引き離すぞ」
「わかったのじゃ!」
肩をくすぐる、狐の耳の感触に……俺はその頭蓋がどのような形状になっているのかと、構造学的疑問を覚えた。
「…………」
その疑問故に、寄り添い歩く俺たちをみつめる赤い影に気づくことはなかった。
◇◇◇
「あ、おかえりなさい、ワーズワードさん、ニアヴ様」
「うむ、今帰ったのじゃ」
店では、前掛けをかけたシャルが、給仕仕事をしていた。
「別にそんなことまでしなくてよかったんだぞ?」
「いいえっ、大丈夫です、時間がありましたから!」
そこでずいと、一人の男が身を差し込んできた。
「ワイもそないな気遣いは無用やとお願いしたんですけど、やめてくれませんのですわ。いやほんま、気だてのエエ娘さんですなぁ」
にこやかな笑顔で腰も低く握手を求めてくる。
「いや、待たせして申し訳ない。俺はワーズワードだ」
「かまへんかまへん。むしろ声かけてもろて、ありがたい限りですわ。改めてご紹介させてもらいます、『ベルガモ商会』のオージャン・ベルガモいいます。どうぞオージャン言うてください」
「よろしく頼む、オージャン」
そこにもう一人、慌てた様に椅子から立ち上がる男。
ターバンを巻いた、地球で言うところのインド風な服装である。肌も褐色だが、如何せん鬚が青い。
「おお、おお……! ワタクシも是非にご紹介されたく。ワタクシは『シズリナ商会・ユーリカソイル支部』支部長を務めまするイサン・ラニアンと申しまする」
「ワーズワードだ。イサン、と呼んでも?」
「おお、おお……! まさしくありがたく」
大仰な喜びを表しながら、深々と腰を折るイサン。
【ウォーターフォウル・ボトル/降鵜水筒】を入手するために、20人からの人手を動員、統括していた人物だ。統制の取れた集団で、おそらくは全員が同じ店の使用人なのであろうと思われたので、目をつけたのだ。
それだけの人数を雇えるならば、かなりの規模の店だろうからな。
二人の脳内では今、俺とパイプを持つことの価値を計算するソロバンが激しく弾かれ続けていることだろう。
ソロバンて。俺も大概懐古主義だな。
そして、二人の後ろで、所在なさ気にこちらを窺うもう一人の若い獣人の男。
「よく来てくれた、ワーズワードだ。名前を聞いてもいいだろうか?」
「あ、はい。えと、俺は『クェス鉄腕工房』で働いてる狼族のウルクウット・ゼアです」
恐縮したように俺の手を握りかえしてくる。世間慣れしてない受け答えは、職人故か、それとも獣人さんとはこういうものなのだろうか。
オージャン・ベルガモ。
イサン・ラニアン。
ウルクウット・ゼア。
先ほどシャルに頼んで、伝言の手紙を届けてもらった相手だ。
「ワーズワードよ、彼らは何者じゃ?」
「これから一緒に商売をしたいと考えている『ビジネスパートナー』候補だ」
俺の言葉に、二人の商人は喜色満面の笑みを浮かべ、一人の職人はとまどいを見せる。
「ワイら商人が安全に商売できますのンも、ニアヴ様が交通の安全を保って頂けるお陰です」
「おお、おお……! ご拝謁の栄光、まさしくありがたく」
ニアヴに向かい、深々と頭を垂れる姿は、まさに生き神に対するそれだ。
リアルに交通の安全を守っているらしいので、それも当然か。
「よいよい。ニアヴの地は人の通行を許可しておる、人を見守るのも妾の役目じゃ。じゃが、商売の話というのであれば、妾には無縁な話のようじゃな」
「ヒマなら、部屋の掃除でもしててくれ」
「掃除? ふむ、それは初めての体験じゃのう、任せておくのじゃ!」
「あわわ、ニアヴさまにそんなこと、それなら私がっ」
ご機嫌もよろしく腕を振り回すニアヴを追いかけ、シャルが慌てて奥の部屋へと消えてゆく。
俺の言葉と、それに対するニアヴの反応に、オージャンとイサンは驚愕に満ちた表情を見せる。
「ニアヴ様にあないな口を利いて許されるやなんて、ニィさんホンマなにもんでっか……」
その呟きには、先ほど答えてきたばかりだ。故にスルー。
「さて、改めて俺の呼びかけに応えて集まってくれたこと、感謝させてもらおう。そして、来てくれたということは、俺の話に乗ってくれるという認識でよいだろうか」
「あの……」
そこで、おそるおそるというように手を挙げたのはウルクウットだ。
「『ベルガモ商会』さん、『シズリナ商会』さんっていや、誰でも知ってる大きい商会で、そんな所の旦那さんと一緒だなんて、俺だけ場違いっていうか」
なるほど、先ほどからのとまどいはそれが原因だったのか。
「何で俺なんかが呼ばれたんですか? ここに来たのはそれだけ知りたいってだけで」
「まず始めに言っておこう。これは二人にも聞いてもらいたいのだが『ベルガモ商会』という名も『シズリナ商会』という名も俺は全く知らなかった。故に、大きな商会の人間だからという理由で声をかけたのではない。俺が一緒に商売をしたいと思った人間にだけ声をかけたのだ」
「おお、おお……!」
「うれしいこと、いってくれはりますな」
半分以上は世辞の部類だがな。『巧言令色鮮なし仁』とはよく言ったものだが、商人同士の会話に仁は必要なく、巧言と令色はコミュニケーションの潤滑油である。どんどん使っていこう。
「そして、ゼア殿」
「ウルクウットでいいです」
「では、ウルクウット。君に声をかけた理由だが、君は【フォックスライト/狐光灯】を手にとってかなり熱心に見回したあと、失望したような表情をしていなかったか?」
「失望なんてそんな! すいません、そんなつもりじゃ」
「いや、良い。何が君を失望させたのか、俺に教えて貰えないか?」
例え答えがわかっていても、本人に答えさせることが大事な場面もある。
「あの、失礼だったらごめんなさい。【狐光灯】っていうあの魔法道具、本当にすごいものだとおもったんです。でも、もったいないなって」
「もったいない?」
「はい。魔法の炎はすごい綺麗なのに、瓶がその……」
そこでまた口ごもるウルクウット。
しかし腰の低いやつだ。もっとワイルドに生きろよ、狼くん。
「いいんだ、言ってくれ」
「はい、それじゃ。あの瓶って多分ですけど、切り傷用の薬瓶ですよね。普通のランプにいれるだけでも、もっと良くなるのにって」
「そして『自分ならもっといい物にできるのに』――だろう」
「そ、そんなこと!」
「いいんだ、正直に言ってくれ」
「……あの。はい、そう思いました」
「答えてくれてありがとう。つまり、それが君に声をかけた理由だ」
全く理解できないという困った表情のウルクウット。
「指摘の通り、あれはその辺に転がっていた瓶を再利用しただけだ。なにせ、昨日思いついて作ったものだからな。全く雑な仕事で、本来ならば売り物にするなど恥ずかしいだけの代物だ」
「えっ? 昨日思いついて? 作った??」
ぽかんと口を開けて、驚きを表現するウルクウット。
オージャンとイサンはさもありなんと口元をゆがめる。
彼らはあれが遺跡から発掘された一点モノなどではなく、量産可能なものだと推測できていたのだろう。故に、継続的な商売になると確信し、ここにいるのだ。
「イサン。これらの魔法道具は、王族や貴族たちに好まれると思うだろうか」
「おお、おお……! まさしく」
「オージャン」
「確実に売れる。せやけど、薬瓶ちゅうんはいただけん。貴族相手に売るんやったら、これじゃアカン」
期待通りの回答ありがとう。
「ということだ。ウルクウット――お前の手で【狐光灯】をデザインしてしてみないか?」
「俺の手で……?」
「そうだ。お前は自分で最も素晴らしいと思う器を用意しろ。それに俺が魔法の明かりを灯す。それをオージャンとイサンが売る。世界中の貴族がお前の作った道具を愛用する未来を想像してみろ」
「俺の作った道具が世界中の貴族さまに使ってもらえる? …………くぉ」
「くお?」
「くぉぉぉぉぉぉん!!」
突然高い声をあげるのは止めて頂きたい。俺がびっくりするので。
「あ、す、すいません! 俺興奮しちゃうとつい」
「かまわない」
「でも……本当に俺なんかでいいんですか?」
もちろんお前でいいし。お前じゃなくてもいい。
誰でもいいという観点で考えるならば、ウルクウットの気弱な性格が多少うっとおしいが、その分御しやすい。選択肢としては悪くない。
「もちろんだ。ウルクウット、お前以外の誰にも頼むつもりはない。どうか、俺を助けてほしい」
「初めてあった俺なんかをそんなに信用してくれるなんて…………お、俺、頑張ります、是非やらせてください!」
感動にむせび泣くウルクウット。
「ありがとう。もちろん十分なリターンが約束できる仕事だ。そして、仕事である以上、俺のチェックは厳しいと思ってくれ」
「わかりました。必ず期待に添うものを、いえ、ご期待以上のものを作って見せますっ………くぉぉぉぉぉぉん!!」
だからそれはやめろというに。
交渉にもならなかったが、獣人君の引き入れ成功っと。
あとはオージャンとイサンの両名である。
さぁ、心躍る商談を開始しよう。