Wayfarer's Witchcraft-shop 06
結局言い直しさせられ、死にたくなっている俺。
「『はっかー』?」
「なんだ『はっかー』って、魔法使いじゃないのか!?」
「いやそもそも【プレイル/祈祷】なしに魔法を【コール/詠唱】したぞ! そんなことができるのは濬獣様だけじゃないのか!?」
「でも実際、これは『アンク・サンブルス』……だよな。嘘だろ?」
「ああ、信じられないが、間違いない」
「何者なんだ、あの男……」
ざわめきは止まらない。
……とりあえず、舞台を第二幕に進めよう。
「ニアヴ」
「なんじゃ」
「『アンク・サンブルス』の持つ魔法効果はわかっていない。わかっているのは三つ『破壊不能』『存在固定』『反魔法』の効果だけだという話だったな」
「そのはずじゃ」
何事もなかったかの様に話を進めるだけの図太い神経を、元から持ち合わせているというわけではない。
今の自分が、舞台上に立つ役者の役をこなしていると認識しているからこその、理性的行動である。
「その認識は同じと考えてよいのか?」
これはミゴットに向けた言葉だ。
「ニアヴ様の仰るとおり。それ以上の効果は未だわかっておりませんな」
うなずき、同意を示すミゴット。
ならば舞台装置としての効果は問題なさそうだ。
「さて、先ほども言ったが、アンク・サンブルスの調律は俺がしたことだ。そしてその結果、アンク・サンブルスの持つ魔法効果のうち、追加3つの効果を解析することができた。解析された6つの効果の内、5つの魔法効果を再現したものが、この【アンク・サンブルス・ライト/孵らぬ卵・機能制限版】の魔法だ」
「……は?」
「アンク・サンブルスが持つ魔法効果がわかったって? えっ、そうなの」
「お主、昨日は魔法効果は判然らぬと言っておったじゃろうが!?」
「その後検証したのだ」
ハッカーの夜は遅い。判然らないものを判然らないまま放置するほどに、俺は魔法というものに無関心ではない。
「興味本位ではあるが、街にかかる本家『アンク・サンブルス』の魔法効果を調べようと思ってな。結果、このように限定的な効果であれば通常魔法として発動することもできるようになった」
「なっ、国が長年かけて調査してもわからなかったものを、一晩で!?」
単なる状況説明がさらに衝撃の波を広げる。
俺には源素が見えるというアドバンテージがあるだけなのだがな。
「それは……ぜひ教えて頂きたいですな」
「いいだろう。まずアンク・サンブルスの基本的な魔法属性について」
俺の言葉に、赤ローブのラスケイオン魔法師たちこそが著しい反応を示す。
俺の行動から目を離すなと言ったミゴットの言葉の意味を、今やっと理解したのだろう。
「検証した結果、アンク・サンブルスは一種の結界魔法であり、その効果は拠点防衛機能に特化されていることがわかった。つまりは、この街を護るための魔法だろうと言うことだ」
「はい。確かに古の文献にも、それらしき内容がかかれております」
「なるほど。俺の検証結果が的はずれでないと確認できたな。では次に個別の効果についてだ。その効果の一つの『イモータリティ』だが、この【ライト/機能制限版】では再現できない魔法効果なので、説明は飛ばず」
それはここにない黒と紫、そのどちらかの源素によりもたらされる効果なのだろう。
「なので、『アンチ・マジック』。まずはこれは実証してみせよう」
誰にし、よ、う、か、な、
「セスリナ」
「わ、私?」
「ああ、お前ちょっと俺に向かって魔法を撃ってみろ」
「ええーー!」
いや、そんなに驚くことじゃないだろ。
「くふっ、そのような面白い役なら妾が」
「お前はダメだ」
「なっ!?」
「――その役、私ではだめですかな?」
狐の参加を即拒否したところで、ミゴットが穏和な調子で口を挟んできた。
「ミゴット殿が? いや、それは願ったりだ。ではお願いしよう」
「ほっほ。攻撃魔法など久しぶりですので、失敗しましたら、申し訳ございません」
言うと、ミゴットは目の前で指を組み、呪文のようなものを口ずさみ始める。内容的には呪文というより、祈りか?
神様お願いします系の意味が聞き取れるが、文章としての意味は捕らえにくい。
だが、それに合わせて源素が集まって行く様は、ニアヴのそれと大きく変わることはない。
昨日ニアヴは俺が【コール/詠唱】なしに【バニシングバード・エア/溌空鳳】を発動したことに驚いていたが、理屈でいえばニアヴもまた、この呪文のようなものを必要とせず【詠唱】のみで魔法を発動させている。
とすれば、全ては方式論、もしくは熟練度だけの違いでしかないのだろう。
そんなことを考えている内に、ミゴットの手には、いくつかの源素が集められていた。
青源素x14、白源素x1
上下の尖った六角柱結晶、その青い水晶図形の中心に白源素が一つ入っている。
使用源素も多く、図形としての崩れも少ない。さすがはラスケイオンの長といったところだろう。
「ミゴット様、その魔法は危険すぎます!」
図形構築を終えたミゴットに、なにやら焦った様子で赤ローブ(多分上級魔法師)が話しかける。
「問題ありません。そうですな、ワーズワード殿」
「そうだな」
「ほっほ。ではゆきます――こごえませい【コール・マルセイオズ・フローズン・アクス/水神氷斧】」
魔法の発動光とともに、ミゴットから激しい冷気が迸る。
冷気は、ピキピキピキ――と音を立てて凍り付いてゆき、最後には宙に浮く巨大な氷製の斧の形をなした。
質量を無視して浮遊するそれを、いまから振り下ろしますよーと言われれば、それは大いなる恐怖だろう。
その巨大さ、重量感から、どれだけの破壊をもたらす魔法なのか、容易に想像ができてしまう。
これは――大丈夫か?
さすがにこれだけの破壊力を反できるかまでの検証はできていない。
リスクが高まるが、ここで舞台を降りるわけにもいかない。
「おお、あれは先の大戦で山の形を変えたという、ミゴット様の最強魔法」
「待て! それはいくら何でもやりすぎじゃ、もっと他の魔法が――」
俺の身を案じてか、制止に入ろうとするニアヴだが、ミゴットの魔法発動の方が、一瞬早い。
ヒュン!
その質量を計算に入れていないかのような超速度で氷の斧が振り下ろされる。
ドッ――ゴオオオンッッッッッッ
「うおっ!」「きゃああ!」「うわあああああ!!」
大地が大きく震えた。
砂埃が舞い上がり、その視界を奪う。
立っていることすらできず、大地に投げ出される衛士たち。身を挺して妹を庇う姿はさすが兄といったところか。
砂煙が徐々に晴れてゆく。
まともに立っているのは、ミゴットと辛うじてニアヴ、それに――この俺くらいか。
俺を包んでいた【孵らぬ卵・機能制限版】の虹に変化が起こっていた。
虹は消え、うっすら青い膜、いわゆるシャボン玉のような姿に変わっている。
そして、俺に向かい振り下ろされた氷の斧は、そのシャボンに触れた部分がゴッソリと消失し、シャボンの外側の大地のみを大きく抉っていた。
「おお――この魔法すら打ち消してしまわれるとは、まさにアンク・サンブルスの『アンチ・マジック』の効果」
「……実証実験への協力感謝する。これだけの強力な魔法にも耐えうることが確認できたのは俺にとってもプラスだ」
俺は巻き上がった砂埃を手を払って散らしながら、その実、安堵に胸をなで下ろした。
さすがに、検証不足で最大負荷実験をするのはリスクが高いわ。
「……全く心配させおって」
『うおおおおおおおおーーーッ!!』
ニアヴは安堵の表情を見せ、衛士からは大きな歓声が沸き上がった。
◇◇◇
魔法防御が失敗していれば、俺は今頃ミンチ確定だった。
その場合でも、言い出したのは俺だということで、全ては自業自得。
こんなタイミングで仕掛けてくるとは、賞賛すら贈りたくなる。素晴らしい判断だ。
いやはや、全く油断できない。
青いシャボンの膜が、元の五色の虹に戻る。虹はくるりくるりと俺の周囲を回転する。
ミゴットがどこまでの策を持って行動しているのか、それは未だ定かではないが、確実に俺を排除しようと考えていることは間違いなさそうだ。
ならば俺もまた、生き残りをかけ、対峙せねばなるまい。
だが、それは最優先のタスクではない。今は生き残ることを前提にしたタスクの方が優先される。
「――続けよう。このように、『アンチ・マジック』の効果は虹の円周の外から内に向けられた魔法効果を打ち消す。虹の内部では魔法を発動することもできない」
正確には、源素の図形接続までは出来るのだが、その後の効果発動が抑制される効果があるようだ。
その説明にざわめきと感嘆がつながる。
「それはおかしい!」
「はい、そこの赤ローブくん」
「いまはこの街全体がアンク・サンブルスの幻虹の中にあるはずでしょう! それなのに魔法は使えていますよ!」
おお確かに、と相づつ声。
「いい質問だ。これは詳細な条件についてまだ検証できていないが、アンク・サンブルスは、その発動時点で『敵』と『味方』を識別しているのではないかと考えられる」
「敵と味方?」
「そう、昨日俺はアンク・サンブルスを一時停止し、その後に再起動させた。その時点で、虹の内側の人間を『味方』、そして、それ以外を『敵』と識別して動作し始めたものと思われる。昨日から街の中にいた人間は魔法を使えるし、街に居なかった人間は今後この街の中では一切魔法を発動できない」
「はああああ!?」
「そして、味方と識別された人間には、その虹の内部におけるいくつかのメリットが付与される。それがこれから見せる新しい魔法効果だ。つまり――古の時代につくられ、そのまま放置されたアンク・サブルスはその後街に住み着いた人間の全てを『敵』と判定して動作していたため、『味方』に対して発動されるべき効果が出なかったのだろう」
「ほ、本当に? ……でも、確かにそれならば道理が通っているような」
「能書きはよいわ! はよう、その新しい効果とやらをみせぃ!」
「いいだろう。では一番わかりやすい方法で一つ目をみせよう」
ヒュゴゴゴゴ………
もういい加減慣れてしまった【フォックスファイア/狐火】の魔法を、軽く無詠唱発動させる。
もういい加減慣れてしまった衛士の驚きは無視する。
「静まれ」
俺の命令により、衛士たちが息を止めて、声を飲み込む。よし、いい子だ。
俺の言葉に従うということは、彼ら全員が俺の存在を『ニアヴの従者』ではなく、アーティファクトの力を操りミゴットの魔法すら無効化する、自分よりも『上位の者』として、認識し始めたことの証だ。
ここで重要なのは、ニアヴを抜きにして、俺個人に対する認識として、それを持たせることである。
「虹の内部で『味方』が発動させた魔法を外に向かって撃ち出すと――」
黄金の炎は俺の手のひらに収まるほどの、小さな火球にしてある。
その炎のボールを上空に向け、射出する。
火球が【孵らぬ卵・機能制限版】の虹の円周を通過する瞬間、虹はうっすら赤いシャボンの膜へと姿を変える。
ドンッッッ!!
シャボンの膜を通り過ぎると同時に火球は急激に膨張し、テニスボールサイズだった火球は大砲へと変わった。
「えええええええええええ!!?」
続いて、上昇して行く火球が、本家『アンク・サンブルス』の虹に接触する。もちろんそこでも先ほどと同じことが起こる。
ドゴンッッッ!!
大砲サイズの火球は、昨晩の『天空のかがり火』に匹敵する大きさにまで増強される。
「はああああああああああああ!!?」
「なんと」
ニアヴの瞳はキラキラと輝き、衛士の目はカートゥーン・ワールドの住人のように、前へ前へと飛びだしてゆく。
それ以上の魔法維持は必要ないので、適当なところで、爆散させる。
黄金の火の粉をキラキラとばらまきながら大気に溶けるように【狐火】の魔法効果が消失してゆく。
このデッカイ花火は街のどこからも見えたことだろう。今日の冒険者たちの酒のつまみは、この話題になるのか、それとも魔法道具店の方になるか、少し楽しみである。
「――これが3つ目の効果『魔法増幅』だ。虹の内部より外に向かい放たれた魔法は、その効果を数倍する」
先は長いので、いちいち質疑応答は受け付けない。
どんどん行こう。
「次は安全なものなので、軽く紹介しよう」
俺の意志に反応し、発動者たる俺を中心点としてくるりくるりと回っていた【孵らぬ卵・機能制限版】の虹がほどけ、一本の光の帯になる。
さて、どこにしようか。まあ普通に考えれば、建物の屋上だろう。
伸縮自在の光の帯は地を這う様にシュルリと練兵場の中心から建物の屋上へとのびて、一本の虹の道となる。
「4つ目の効果――」
レインボーロードが緑単色に染まり、淡く発光。俺の身体は皆の目の前から消え去り、同時、
「――『大脱出』」
建物の屋上に転移した。
「おおおおおお、転移魔法!?」
「バカな、最難度魔法の一つだぞ!? それをこんなにも簡単に発動できるものなのか!」
「ふおおおお!!」
ブーストからのエクソダス、狐さんもぶぁっさぶぁっさと尻尾を振っての大興奮である。
俺が転移したあと、先ほどの虹の道は消え去り、再び練兵場の中心で無人となった球状の虹にもどる。
「付け加えるならば、これは虹の内部全ての『味方』を転移させる効果だ。拠点防衛の考えから見れば、緊急脱出を可能とする魔法効果は絶大なセーフティだろう。そして『存在固定』の魔法効果だったか。この魔法は一度発動させると、その位置を動かすことができないという特性を持つので、まあ魔法効果というよりは、単なるマイナス効果だな」
壇上……というにはいささか高すぎる屋上からの演説。
『反魔法』と『魔法増幅』だけでも強力すぎる効果なのだ。マイナス効果の一つぐらいには眼を瞑ろうというもの。
ぽかんと俺を見上げる衛士たちの瞳に、俺を濬獣の従者と見る色はない。
ならば――目的は達したも同然なので、もはや舞台を維持する必要はないな。
では、最終幕を持って、舞台を閉じるとしよう。
「最後だ。5つ目の効果――」
地上に残った【孵らぬ卵・機能制限版】に向かって伸ばした手を、ぐっと握る。
もちろん、魔法効果の発動にそんな行動は必要ないので、パフォーマンスとしてだが。
興奮さめやらぬまま皆の目は俺から、【孵らぬ卵・機能制限版】へと再び戻る。
虹が今度は白い薄膜へと変わる。
地上に現れた白い球体――視覚的意味において、この姿がもっとも卵に近い。
『アンク・サンブルス』――『孵らぬ卵』、なぜ孵らない、なぜそんな名前が付けられたのか。
名前には意味がある。その名の通り、卵は決して孵らないのだ。
昨晩【孵らぬ卵・機能制限版】の効果検証を行った際、もしこの第5の魔法効果を下手な所で発動させていれば、俺は今この場には居なかったので、命があってラッキーである。
ピキ
卵が割れた。
目に見える魔法効果はそれだけだ。
そして、卵は魔法効果もろとも消えゆく。割れた卵の中には何もない。何も、ありませんよ?
ヒュっと少しばかりの風が吹き込む。
おそらくは、その内部で消失したものの中には、空気すらも含まれるのだろう。
全ての魔法効果が消え去った練兵場の中心。その地面が少しへこんでいた。半円の形。クレーターと言うには少しばかりその規模は小さい。
「……穴?」
「地面を掘る魔法効果なのか?」
これまでの派手な効果に比べて何とも地味な効果に、衛士たちは失望とも安堵ともとれる反応を見せる。
だが、違う反応を見せるものがいた。
一人は、太い尻尾をブワッと逆立たせて、そのへこんだ地面を凝視している。
ズザッ……
もう一人は、戦きとともに、一歩足を後退させる。
――さすがだ、ミゴット。この魔法効果を正確に認識したか。
さすがのポーカーフェイスも今ばかりは青みを帯びて……頭上、街を覆う虹を見上げた。
ゴゥンゴゥンゴゥン……
「どうさないました、ミゴット様。……ニアヴ様?」
いち早く二人の異変に気付いたオルドが声をかける。二人からはだが、反応はない。
困った風にこちらに視線を送ってくるのは、状況の説明を求めてのことだろう。
「これが第5の効果、『ディスインテグレーション』だ」
「『ディスインテグレーション』?」
「そう、『自壊』だ。範囲内の全てと共に自壊する効果だ。これは敵味方の区別なく、全てを消し去る」
「………は?」
言葉の意味の浸透には個人差がある。言葉が脳に届き、意味を繋ぎ、そして理解に至る。
ざわり……
「消し去る? 消した?」
「穴を掘ったのではなく……地面がきえた?」
「幻虹の中にあるもの全て?」
「それって――」
ざわ……ざわ……
皆の間に空を見上げる青ざめたさざ波が拡がって行く様は、全体を見渡せる位置にいる俺にしかわからないだろう。
うむ、なかなかに壮観である。
へこんだ地面を凝視していたニアヴが、ゆっくりと俺の方に向き直り、厳しい目つきで見上げてくる。
だがその口から出てくる言葉はすでに予測されているので、聞くまでもなくその答えを口にする。
「昨日、虹に『内側の人間をすべて殺す』効果なんてないだろうと憶測を喋ったが、それは否定された。あの虹には、人間どころか、街の全てを消し去る魔法効果がある」
それも一瞬のうちに。
「「はあああああああああああああああああ!!??」」
もはや声も枯れ果てたかと思いきや、なんだ、みんなまだまだ声が出せるじゃないか。