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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.1 ワープ・ワールド
3/143

Warp World 03

 キンコン



 家のチャイムが鳴らされる。


 これは、来客を知らせるものではない、作戦開始のカウントダウンの合図だ。

 STARS及び警官たちの強制突入まで、あと30秒。


 ではこちらもそろそろ『計画』を開始しよう。

 そしてそのためにはまず『ミーム』について、少し解説を加えねばなるまい。



 ◇◇◇



 ワーズワード始まりの事件、COINサーバーのハッキング。

 目的は『ミーム認証』という未知なる技術に対する純粋な興味だったのだが、それをハックし、本質を理解するにあたり、俺は大いなる驚愕に包まれた。


 『ミーム』は、個人認証を目的とした単なるヒト識別技術ではなかった。


 ミーム情報は、個人を識別する情報でありながら、常に変化する。

 変化しながら、それでいて常にユニークな個人を指し示す。


 最初俺は、それを毎秒変化するパスワードのようなものだと認識していた。

 だが違うのだ。


 例を出そう。

 生まれたばかりの赤ん坊のミームを記録したとする。

 赤ん坊が成長するにつれ、ミームも増大、複雑化する。だが、それで居て同じその赤ん坊個人を示すことができるのだ。


 赤ん坊が青年になる。するとミームは変化する。

 青年が食事をする。するとミームは変化する。

 青年が恋をする。――するとミームは変化する。


 不本意ながら、あえて、形而上の言葉を借りて説明するなら、遺伝子がヒトの『肉体』を形作る情報であるならば、ミームはヒトの『魂』そのものの情報なのである。


 『魂』で納得できなければそれを『脳』と呼び替えてもよいが、ミームの本質はシナプス配線構造という物理的なものではない。形而下ではそれを説明できない、故に『魂』だ。


 そして。


 そして、世界銀行協力のもと、天才サー・エクシルト・ロンドベルはヒトから『魂』の電子的コピーを抽出することに成功した。それが『ミーム認証』技術というわけだ。


 世界銀行の秘匿する『ミーム認証』が、魂を認証する技術だと理解したときの俺の興奮は、黒歴史として永久に抹消せざるを得ない。

 そして、『ミーム認証』がブラックボックステクノロジーとして秘匿されている理由は、技術的な話ではなく、神学的な理由に由来するのであろう。

 とかく、神の領域を犯す科学技術は、非人道の烙印を押されるものだからな。


 ミームについてはこの俺でさえ、その利用法・識別方法を解析できただけで、原理的には全く納得できていない。

 だがそれが対象個人を誤差なく識別できることに間違いはなく、俺というイレギュラーさえいなければ『COIN』システムのセキュリティは、最低20年は破られなかったはずである。


 ……まぁ、自画自賛は置いておくとして、その技術をハックし、ミームの本質を知ることとなった俺は、その更に上を行く計画を立てた。


 魂とミーム情報は完全なる相似形を保つ。ならば、魂とミームの存在位置を置換することができれば、魂の在処が肉体である必要はなくなるのではないか?


 それが俺の発想の原点である。


 これは単なる妄想ではない、今の俺――ネット上のアバターとして思考・行動している状態――が、形だけであれば、まさに『肉体なくして俺自身が存在する』状態そのものだからだ。


 この計画により、俺の真なる魂はネット上のアバターに宿り、俺の身体はそのコピー『ミーム』のみを宿すことになるだろう。魂なき肉の塊というやつだ。


 成功すれば今後必要なくなる肉体からだだが、それはそれ。長年使ってきた愛着ある俺の肉体だ。


 身よりのない俺には、抜け殻となった肉体を維持してくれる親類縁者が居ない。

 大手の病院施設に費用を支払えば、ある程度は可能かも知れないが、脳死状態の俺の扱いに対する信用度が低い。


 その点、『STARS』は信用できる。

 俺のパソコンには物的証拠として、法廷で立証できるだけのものは残していないため、必ず俺自身の自供が必要となる。

 彼らは、俺の生命の維持に全力を傾けてくれるだろう。


 追求のために。


 裁判のために。


 正義のために。


 それも全て無料でだ。



 ドンッドンッ――ガシャン!!


 ジャスト、30秒。

 STARS及び、警官たちの強制突入が開始された。

 同時に自衛隊の手によってこの家に対する外部電源供給停止、電波ジャミング(ネットワーク封鎖)が行われる。さすがにそれは対策済みだが。


 サイバーテロという個人レベルの犯罪に対しては、結局人間という物理リソースを利用した直接的な武力行使こそが唯一にして、最大の効果を持つのは間違いない。

 金属弾頭の制圧兵器により、リビングの強化ガラスが割られ、ハウスキープシステムが警報を発する。

 玄関も同じような状況だろう。


 全ては、計画通り。

 何も知らせてはいないが、『ベータ・ネット』の連中の反応も楽しみだ。


 それではそろそろお別れしよう。

 さらば、俺の肉体。


 俺はそれ以上の感慨もなく、淡々と実行キーを押した。


 

 そして――世界が変わった。

『ミーム』についてはあくまでこの物語の中での取り扱いを説明しています。

一般的にwikiられている概念とは異なるものですのでご了承お願いします。

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