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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.3 開店☆魔法道具店
29/143

Wayfarer's Witchcraft-shop 05

 ユーリカ・ソイル『北・右鍵地区』ルーケイオン本部。


 本部と言うだけあり、アレクの店とは同じ石造りの家屋でも、その質は全く違っていた。

 そもそも石は石でも、この白さは大理石だろう。マーブルの柱に、マーブルの床石。白亜の間ともいうべき広さをもった立派な部屋である。


 そこには同じく大理石の円卓が鎮座し、上座にニアヴと俺。下座にオルド、ミゴット、セスリナが位置する。

 あくまでニアヴと俺は客、上位者の扱いであり、容疑者扱いではないことを示す意志が感じられる。


「ニアヴ」

「なんじゃ?」


 まずは作戦会議だ。

 口元を隠し、密かな声でニアヴに呼びかける。


「なにか説明を求められたら、全て俺から説明すると言え」

「それはよいがの」

「そして、俺が何を口にしても、さも当然という顔をしておけ」

「……なにやら良くないことを企んでいるのではなかろうな?」

「『濬獣ルーヴァは人の地に干渉してはならない』」

「ぐっ……はぁ、お主は本当に口から先に生まれてきたような男じゃの。じゃが良かろう、妾は一切干渉せぬ。それでよいのじゃな?」

「ああ、頼む」


 作戦会議終了。

 さて、では俺の舞台を始めよう。


「話を伺いたい件は二点、いえ、三点ございます」

「一点目は、昨日トルテ広場にて起こりました『アンク・サンブルス』の異変についてでございます。今、町の全てを覆っている幻虹。その原因について――」

「二つ目は、私の杖の件っ! 昨日の『天空のかがり火』、アナタも見たでしょ、 あんなの今までなかったの、もっと小さい、あ、それでもすっごく大きいんだけど、でも、昨日よりずっと小さいのしか出ないはずだったの! あんなの、アナタが私の杖に何かしたとしか考えられないんだから、や、ないのです! 責任をとって――ふぎゅっ!」


 唐突に割り込んできたセスリナ、その頭を押さえつけて、黙らせるお兄ちゃん。


 あー、あれをやったのは、セスリナだったのか。なるほど、そちらの状況も理解した。

 何か言いたげな狐の視線を完全にスルーして、話の続きに耳を傾ける。


「……コホン、妹が失礼しました。最後に三点目でございます。それらを持って、昨日から街を騒がしている一連の事柄の全てにニアヴ様が関係しているのでは、と推察いたしました。――もうそうであるならば、此度のニアヴ様の『ユーリカ・ソイル』ご来訪目的について、改めてお教え願いたく」


 恭しくオルドが一礼を行い、論点をまとめ上げる。


「話はわかったのじゃ。説明はお主にまかせる、ワーズワード」


 ここまでは先の打合せ通りだ。


「ということで、説明は俺が引き継ぐが、それで構わないかな? オルド殿」

「もちろんです」


 オルドとしても立場上、直接ニアヴに問いただすことは憚られるようで、むしろ安堵した様子で答えを返す。


「ではまず、アンク・サンブルスの件についてだ。あれは俺がやった」

「はっ…………?」

「次にあの杖の件だったか。元の作りが酷かったので直してやったわけだが、それにより杖の持つ魔法効果が強まったのだろう」

「なにそれ!? うそ言わないでよ、や、言わないでくださいっ!」

「最後にニアヴの訪問目的だったな。訪問目的は『答えられない』」

「ほっほ」

「以上、何か質問はあるか?」

「って、その答えはなんじゃ――っ!!」


 黙っておけと言ったろうに。


 相手の疑問を一気に解消してやったのだからいいだろう。


「はっ、いや、あの……失礼ですが、その、あれらはワーズワード殿が行ったものであると? ニアヴ様ではなく?」

「そう言った」

「嘘でしょう」

「オルド殿に嘘をついても仕方ないだろう。結論だけ言えばアンク・サンブルスも完全な状態ではなかった。アーティファクトとは、はるか昔に作られたものだと聞いた。経年劣化による動作不順があるのも当然だろう」

「はあ――」


 俺の言葉の否定は、ニアヴの言葉の否定である。

 そのため、どれだけ疑問があろうとオルドからそれ以上の追求はでてこない。

 一方、そういった政治判断のできない子は別で、


「そんなことできるわけないじゃない! アーティファクトなんだよっ!?」

「実際にやって見せただろう」

「あ、あれ?」

「とはいえ、こちらも100%善意だったわけでもないしな。今のがイヤだというなら、元の良くない状態に戻してやるぞ」


 それで問題は解決のはずだ。


「ええええぇ!? ど、どうしようお兄ちゃん! 直してもらった方がいいの、や、いいですか?」


 セスリナが兄に問いかける。

 だが、俺の言葉に絶賛放心中のオルドからの、反応はない。


 となれば――


「ほっほ。なんとも信じがたいお話をお聞かせいただきましたな」

「だが事実だ」


 変わらぬ穏やかな口調。

 最後はやはりこの男――ミゴット・ワナン・バルハスである。


「マーズリー伯爵家がお持ちになられている『スタッフ・オブ・マーズリー』は我が国をして、至宝に数えられる『アーティファクト』の一つですな。それをして作りが悪いなど、おおよそ凡百の者には言えますまい」

「俺はその『凡百の者』とやらではなく、ワーズワードという単一個人だ。目の前に木があるのに、森について論ずるのは非効率にすぎるだろう」

「然り。なれば、まずはその木の根についてお聞きするべきでございましたな。あなたの言葉が全て真実であるのでしたら――ワーズワード殿、あなたは一体何者なのでしょう?」


 そう、当然その質問こそを真っ先に追求の俎上に上げるべきだ。

 ここまでわかりやすく誘導してやらなければ出てこないとは、どれだけ外堀埋めが好きなのだ。


 とにかくやっと引っ張り出したその言葉である。

 ミゴットの発したQ。それを受け止めた上で、沈黙をもってAとする俺に皆の視線が集まる。

 俺という個人、ワーズワードという人間が何者であるのか、その疑問に相手の目と関心を集めることが舞台作りの一だ。


「それを説明するには、ここは少し狭い。外にでよう」

「えっ、なんで?」


 女魔法師の素朴な疑問を完全に無視して、歩き出す。

 説明のため、と言われれば俺を止める理由は誰にも存在しない。



 ◇◇◇



 外では30人からなるルーケイオンの青甲冑と、数的にはその半分程度のラスケイオンの赤ローブの魔法師たちが集結していた。


 あまりにも早い俺たちの登場に、衛士たちは何事があったのかと、ざわめきを見せる。

 それでもすぐに整列を始めるあたり、そこそこ練度が高いと評価しても良いだろう。


 ルーケイオン本部は門を入った場所が、いわゆる練兵場と呼ばれる戦闘訓練広場になっている。

 だが、今集まっているのは事件の対応で集められた衛士たちだ。藁で作られた人形を突き殺す練習をしているわけでもなく、事件の取り調べ……いや濬獣様のお話を伺うトップ会談というべきか、とにかく俺たちの話が終わるのを待っていた状況だ。


 舞台としてはもう少し人目が多い方がよいのだが、ここからトルテ広場まで歩いていくとなると、俺がしんどい。

 広さ的には問題ないしな。


「話を続けるにはもう少し広さが必要だ。皆に中央を空けて下がって貰えるように頼めるか?」

「わかりました……みな、中央をあけて、左右に控えよ!」

「ほっほ、ラスケイオンの皆さんはワーズワード殿の行動から決して目を離さぬように」


「「はっ!」」


 オルドとミゴットの号令にざっと散開する衛士たち。


「ニアヴ、お前もそこで停止だ」

「む、わかったのじゃ」


 俺についてこようとしていたニアヴを留め、俺はそこから更に数歩足を進め、広場の中央あたりでくるりと180度回転する。

 なぜ、ニアヴの従者であるはずの俺が話を仕切っているのか。命令に従いながらも、衛士たちの耳はピコピコと忙しく動いて、その状況に対する疑問と興味を物語っている。


「さて、では俺が何者であるのか。実演を持って知って頂こう。オリジナル・マジック――」


 腕を広げての大きな身振り。アメリカ式パフォーマンスは、日本人としてはその行為自体に苦痛と羞恥を覚えるものだが、舞台効果を計算した上で必要性を認めるならば、理性は情動を凌駕する。


 俺の身にまとわりつく源素の中から、7つの源素を選び出し、それを頭上に掲げた手のひらに集める。

 50人程度、都合100の瞳が俺の一挙手一投足に注がれる。


 黄源素x1、赤源素x1、白源素x3、緑源素x1、青源素x1


 七つの源素を制御し図形を作るのだが、今俺が作り上げているのは動きを持つ図形だ。

 これまでの魔法は、立体的ではあるものの固定された図形であったが、今俺が作り上げているものはそうではなく、円となり、クロスし、立方体へと変化し、波を作り、また円へと戻る動き。

 色が二色ほど異なっているが、存在しない黒と紫源素の代わりに白源素で補ってやることで、この五色の源素でも限定的な効果が発動できることは、昨晩のうちに検証済みである。

 

 劇場型演出として、本来不要な【コール/詠唱】の手続きを持って発動させるそれは、


「――隔絶せよ【コール・アンク・サンブルス・ライト/孵らぬ卵・機能制限版】」


 魔法の発動光と共に、俺を中心とした半径三メートルほどの虹の輪が産み出される。いや、虹と言うには色が足りない。五色だけの不完全な虹。故に機能制限版である。


 絶句により場の空気が凍り付き、これももう見慣れたものだが、一同の目が極限まで見開かれる。

 当然そこには、オルドとセスリナ、それにニアヴ、外見上の反応は少なめだがミゴットも含まれる。


「このように、魔法、あるいは『マジック・アーティファクト』と呼ばれるもののもつ魔法効果を解析ハックし、それを再構築ハックする技術を持つ者。自称を持って、俺が何者かを教えるならば、こう呼ばれるべきだろう――」


 日本人が死ぬまで日本人であるように。三つ子の魂が百を超えて不変であるように。

 世界が変わろうとも、人の在り様は変わらない。俺はどこまでも俺でしかない。


「ハッ『どえええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!??』」


 硬直の解けた衛士たちの間から、最悪のタイミングで驚愕の絶叫が迸った。

 舞台を構築する上で、一番大事な決め台詞が、打ち消されてしまったわけで。とても残念な状況なわけで。


「し、静まれ!!」


 いち早く冷静さを取り戻したオルドが怒声によって、皆を鎮める。

 故によって生まれる再度の静寂。オルドが「さぁ続きをどうぞ」という視線を俺に送ってくる。

 いや、もう無理だろ。


「……」(俺)

「…………」(オルド)

「………………」(その他)


 だが、その無言の圧力はジリジリと俺に迫ってくる。


「……………………」(オルド)

「………。ヵーと」

「よく聞こえませんでした。もう一度お願いします」


 おいやめろ。

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