Wayfarer's Witchcraft-shop 04
抽選は割り符方式を採用した。
古くは中国春秋戦国時代から日本江戸時代の朱印船貿易まで、地球人類総アホの子時代において、最高度のセキュリティをもたらした信頼ある方式である。
木片に、1から順の番号を振る。この際、木片の両の端に同じ番号を振るのがポイントだ。
木片を二つに割り、片方を客に渡しもう片方を抽選ボックスに入れる。
そこからランダムに木片を選び、同じ番号の客が当選者だ。
偽造された木片は、二つに割った木片をあわせたときに一致しないため、そこで偽物と判定できる。
「なんという画期的な方法だ!」
その抽選方法を説明しただけで、客からは感嘆の声が漏れてくる。
おまえら、どんだけ。
「あ、あの……それでは抽選を始めさせて頂きます」
『うおおおおおおおお!!』
「ひゃぅ」
公平を期すため、木片を選ぶのはシャルの手を借りる。
だが、壇上に立つシャルは、自身に向けられる多くの瞳――それらは期待と祈り、或いは欲望に血走っている――の重圧に、既に負けそうになっている。
「やかましいのじゃ! 主ら、ちいっとは落ち着かぬか!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!!』
「うおおおおおおおおおおおおおお!! ニアヴたん、うおおおおおお!!!!」
同じく、壇上で皆を睥睨する看板(に描かれた狐っ娘とよく似た)娘のニアヴが叱責を加えるが、日頃目にすることのない濬獣の登場に、抽選会場はヒートアップするばかりだ。
一人おかしなのが混ざっているがスルー。
暇をもてあましていたルーケイオン衛士どもに周辺警護をさせているので、暴動が起こっても即座に鎮圧できる体制にはなっているが、この会場が異常な熱気を孕んでいることには変わりない。
「あの、では一人目の方、読み上げますね……23番」
「うおおおおおおお、俺だ! 俺が23バァァァァァン!」
『あああああ~~~』
一つの喜びと、数多の吐息が重なる。
「うむ。ではお主に【フォックスライト/狐光灯】を買う権利をやろう…………のう、ワーズワードよ、これは全員に言わねばならぬのか?」
当然だ。
折角のお祭り騒ぎである。日本古来の作法を無視するなんてとんでもない。
できれば、サムズアップでやってもらいたいが、サムズアップの意味を説明するのが面倒だったので、とりあえずセリフだけで我慢しておく。
61番、8番と順に番号が呼ばれて行き、その全ての場面で喜びの声が上がり、吐息が落ちる。
「えと、142番です」
「ほっほ。私ですな」
……ミゴットか。まぁ当然当ててくるだろう。
「うむ。ではお主に【狐光灯】を買う権利をやろう」
「おお……ありがとうございます、ニアヴ様。そしてお久しゅうございます」
ニアヴを前に、感極まった様子で声をかけるミゴット。
……ふむ。
「うん、妾を知っておるのかや?」
「覚えておられますでしょうか。私が冒険者として修行を積んでおりました折り『天輪の塔』を踏破したその帰りでした。我らが手に入れたアーティファクト『卷躊寧の翼』を奪い取ろうという賊どもの手から、助けて頂きました」
「おお、覚えておるのじゃ! 主はあのときコッズと共におった小生意気な魔法使いかや。昨日はコッズの孫という小僧とも話をしたところじゃと言うのに、縁とは奇なものじゃのう!」
この街で最高位の権力を持つ魔法使いが、外見上は若い獣人の娘でしかないニアヴに、膝をついて、敬意を表する姿は、違和感を通り越して、神秘性すら感じさせる。
一同はしばしざわめきを収め、二人の語らう様子を窺う。
俺としても、特に口を差し挟む場面でもないが、わざわざそれをこの熱気渦巻く壇上でおこなったミゴットの狙いが読めない。
この行為には何が目的があるはずである。
となれば、ここは一つ己の流儀に従って分析してみよう。
ハッカーは、プログラミングコードを解析する技術力だけがあれば良いというものではない。そのシステムを作った側の人間、『開発者視点』の思考を読み、その思考の空隙を突く発想が必要である。
そういった、別の人間の立場たる『第三者視点』で物事を捉える能力こそが、最も重要なのだ。
今のミゴットを自分と置き換え、この行為の意味を読み解く。
あれが俺であったならば、一体どの様な目的で壇上のニアヴと語らうか?
当然、個人的な話がしたいのであれば、後でいくらでも時間がとれたはずだ。ならば、ニアヴと語らうこと自体が目的ではなく、自分とニアヴとの関係性を全ての客に知らしめることが目的となるが……それでは目的として少し弱いな。
高い地位にいるミゴットが、濬獣ニアヴと友好な関係にあったとしても、それは特筆して驚くべきことではない。ならばここは、その関係性を知らしめる対象をもっと限定するべきだろう。
例えばこの俺……とかな。
自分がニアヴと既知であることを公衆の面前で印象づけることで、この後俺がニアヴについて少しでも適当なことを喋れば、公然とその矛盾をつくことができる。
楽観を捨て、更なる警戒を持って推測するならば、俺とニアヴの関係になんらの実体がないことを、事前に見破られている可能性すらある。
「本当にたったの1,800ジットでよろしかったのですかな」
壇上から降りてきたミゴットが、商品引換所、つまり俺の元までやってくる。
その瞳から読みとれる感情は挑戦的なものだ。
つまり――先ほどの行為は「私は全てをしっているぞ」という意味を込めた、俺への牽制だということで間違いないだろう。
厄介な相手になりそうだな。
だが今は、業務を優先しよう。
「もちろんだとも。割り符の照合をさせて頂きましょう」
この場面での符合わせは儀式的なものにすぎない。
が、身分に関係なくそれを実施することで、客には店の透明性を印象づけることができる。
頷き、割り符を差し出すミゴット。そこに、シャルから受け取った割り符を合わせる。
割り符はピタリと一致した。
その場で1,800ジットを受け取り商品を手渡す。
「おお……近くで見れば見るほど、ニアヴ様の【フォックスファイア/狐炎】が思い出される美しい炎ですな」
「【狐炎】をご存知でしたか」
「ひとより少しばかり、長く生きておりますのでな。ですが、この割り符というものには驚かされました。よく考えられております。これもワーズワード殿が考えられたのですかな」
「いや。考えたのは別の誰かだ。俺はこういう方法もあると知っていただけにすぎない」
「ご謙遜を。それを人は、才気があるというのでしょうな。その才気を持って無垢なるニアヴ様をたぶらかされたのですかな?」
「どうだろう。丁度本人もいることだ。直接聞いてみてはいかがだろうか?」
「ほっほ。老いぼれの冗談でございます。失礼いたしました」
言葉はどこまでも丁寧で、表情は変わりなく柔和である。
一礼を行い、背を向け悠然と去って行く。
まずは挨拶。水面下の……いや氷面下で行われる名刺交換といったところか。
ネット上のコミュニケーション――SNSに代表される己を晒すコミュニケーションツール上では、感情を表に出さない冷静さが求められる。
だが、ネットの真価はもう一つの特性、匿名性を利用したコミュニケーションツールにこそある。そこでは、どこまでも生々しい、感情的で攻撃的で、悪意にまみれた卑猥な汚物が毎昼毎夜吐き捨てられる。
悪意、害意、謀略、讒言、嫉妬――スッと染みいるそんな冷たい感情が、だが俺には心地よい。
ふむ、『ベータ・ネット』の連中は今頃どうしていることか。
やがて、全ての抽選が終了し、悲喜こもごも、主に悲の方を引きずった客が名残惜しそうに散開してゆく。
その場で引き換えた代金が21,600ジット。後日引換分が20,700ジット。計42,300ジット。日本円換算で約423万円。軽くジャパニーズ・リーマンの年収分は稼けた計算だ。
「シャル、すまないが、もういくつか用事を頼んでいいだろうか?」
「はいっ、なんでしょうか」
「あの男とあの男とあの男、三人にこの手紙を渡して来て欲しい。そのあとは、今日中に引換にくる客がいるかもしれないので、店番を頼めるだろうか」
「わかりました、任せてくださいっ!」
耳をピンと立てて、元気に返事をするシャルに手紙を託す。
本当にいい子である。
これはバイト代を弾んでやらないといけないな。
表では、オルドとセスリナ、それにミゴットが作業の終了を待っている。
「お待たせした。さて、『ニアヴ様』をどこにお連れすれば良いのだろうか?」
「はっ。では、ご足労をおかけ致しますが、我らルーケイオンの本部まで起こし頂けますでしょうか?」
「了解した。良いですか、『ニアヴ様』」
「もうそれはよいわ! しかし、これが人の行う商売というものなのじゃな、懐かしい者にも会えて、妾はこれほど楽しい日を過ごしたのは久しぶりじゃ、礼を言うぞワーズワード」
「それはなにより」
鼻歌すら歌い出しそうなほど、ご機嫌なニアヴ。
「そういえば、セスリナ。屋敷から出るなとは言っていないが、なぜここに来たのだ」
「ごめんなさい、お兄様、私も昨日のこと自分で調べようと思ったの。それで、昨日ぶつかった、そこのワールプールさんを捜してたら、そこにお兄様がいて」
もう突っ込まないぞ。俺は諦めも早いのだ。
「どうせ同じ組織なのだろう。その本部とやらで一緒に話をすればいいのではないか?」
「そうおっしゃって頂けるのであれば。では、案内致しますのでこちらへ。セスリナ、お前もだ」
「う、うんっ」
「説明かや。妾が行く必要はないと思うのじゃがのう」
「は? いえ、さすがにニアヴ様に来て頂かないことには……」
オルドが、濬獣様の気分を害してしまったのかとなにやら苦悩している。まぁ実際問題狐は居ても居なくてもいい存在なので、間違ったことは言っていないのだが、一人にさせてそこで余計なことを喋られると俺の舞台計画が崩れる可能性もある。
「わがままをいうな。帰りに、なにかうまいものでも買ってやるから」
「妾は、童かや!?」
「それにだ。言っただろう――もう目を離さない、と」
その言葉に、狐の動きがピタリと止まる。
扱いやすいのはいいのだが、あまり人前でやらせて欲しくないものである。
「仕方ないのう。お主がそこまで言うのならついていってやろうではないか。くふふっ♪」
「話は付いた。では行こうか」
「…………」
本当に鼻歌を歌い出したニアヴ。
ミゴットが何を考えているのか、その表情からは窺い知れない。
だが、今はいいだろう。
見極める機会は遠からずやってくる。
シャルに後を頼み、昨日のデジャヴのように青甲冑に囲まれて、移動を開始する。
やれやれ、息をつく暇もないとは、忙しい異世界もあったものだ。
投稿するたびに誤字だらけですいません。
誤字を見つけられた方は、各自お気に入りの誤字のない小説でお口直しをお願いします。