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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.3 開店☆魔法道具店
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Wayfarer's Witchcraft-shop 02

 『竜と水晶の店』――その朽ちた看板を、地面に降ろす。

 新生『竜と水晶の店』開店と言ったが、あれは嘘だ。


「お主……店の商品だけでなく看板まで変えてしまうとは……」

「商品が変わるのだから、当然店名も変えなければならない。当然のことだ」


 俺が腕を振るった朝食と『なんでも一つマジックアイテム作る券』で機嫌を直したニアヴのツッコミに冷静に答える。絶対宣言とはなんだったのか。


「新しい店の名は『ワーズワード魔法道具店』だ」

「魔法道具店などと、他にはありようはずもない店じゃな」


 それはいいとしてじゃ、と苦虫を噛みつぶし飲み込んだような顔で、ニアヴが看板を指差す。


「気になっておったのじゃが、看板にあるあの絵はなんじゃ?」


 看板には、ウィンクをして目から星を飛ばすかわいらしい狐娘の姿が描かれている。


「お前の絵だが?」

「まてぇぇぇい!」

「ツッコミが早いな」

「当たり前じゃ! なぜ妾の絵が描かれておる!」

「説明しよう。『ニアヴ』の名にはそれなりの重みがあることが確認されている。魔法道具と銘打つ以上、その商品には信頼性がなければいけない。そこでお前の絵をつけておけば、十分にハクがつくと判断した」

「そのような理由で妾の姿を商売に利用するでないッ! 濬獣ルーヴァは人の地に干渉せぬ、いや、してはならぬのじゃ」

「だめなのか」

「ダメじゃ!」


 むう、今までにない強固な否定だ。

 ニアヴにとって、人の地に干渉してはならないという定めはかなりの重みを持っているということか。


「では、ただの狐耳の娘ということで」

「どうしてもそのままでいく気かや!?」

「別人である旨の注意文言も載せておく。それでもまだ勘違いする者がいれば、それはそいつの問題だ。それならいいだろう」


 でもって、文字は限りなく小さく書く。勘違い推奨だ。


「ぐぬ……はぁ、もうそれでよいわ。しかしまぁ、お主は芸術の才まで持っておるのじゃな……とはいえ、アレが妾じゃと言われても、妾がわらしであった時分の姿にしか見えぬがのう」

「説明しよう。あれは『デフォルメ』と言う技法で描かれている。目、耳、尻尾といった身体特徴をより誇張して描いたものだ。子供のようにみえるのは、等身を縮めているからであり、二頭身まで縮める場合は『スーパーデフォルメ』とも呼ぶ」

「何を言っておるのか、全くわからぬわ!」

「結論すると、店のマスコットになるのだから、ちびキャラの方がかわいいだろうということだ」

「ちび……? またわからぬことを」


 わざと理解出来ないように話しているのだから当然だな。肖像権うんぬんの話題をけむにまくことだけが目的の説明だ。

 そんな俺の思惑を露とも知らぬまま、む~っとニアヴが看板の狐娘を見つめる。そして、ふいににやけた表情を見せる。


「妾が『かわいい』のう……くふふっ、悪い気はせぬのじゃ。じゃが、お主のイメージには全くあわぬ!」


 悪かったな。

 確かに成人男性が、狐のちびキャラを描く姿は、一般的なイメージには合わないものだろう。


 だが、この程度の萌え絵ならばネットを趣味に持つ日本人男性であれば誰でも描けるものだ(断言)

 マスコットキャラで客を引くのは、サービスビジネスのオールドトリックつまり、常套手段である以上、


「俺にどんなイメージを持っているのかしらんが、俺は自分の出来ることを自重しない」

「ブレぬ奴じゃのう……また一つお主のことがわかったわ。全く面白い男じゃ」

「褒め言葉として受け取っておこう。それはそうと、お前にも客引きの手伝いをしてもらうぞ?」

「な、何をさせる気じゃ!?」


 ……そんなに警戒しなくてもよいだろうに。


「難しいことをさせる気はない。そこの大通りで金を持ってそうな奴が通りかかったら、【フォックスライト/狐光灯】を見せびらかしてくれればいい。その中に興味を持つ者がいればこの店を教えるだけの簡単なお仕事だ」

「なんじゃ、それくらいなら良かろう。では行ってくるのじゃ」

「ああ、頼んだぞ」


 歩き出したニアヴがふと足を止め、振り返る。


「しかしお主、妾が濬獣であることを本当に気にせぬのじゃな」

「気にした方がよかったか?」

「いや。くふふっ、なんでもないのじゃ!」


 何を言おうとしたものか、にこりと一つ微笑んだ後、ニアヴがひら、と飛び出して行く。


「――お主ら、足を止めて、これをみるのじゃ!」


 間髪おかず、ニアヴのよく通る声が響いてきた。

 ……なんという躊躇のなさ。人の注目を集めることをなんら気にしない性格というのは、こういうときに強いな。


 さて、こちらも負けていられない。

 『ワーズワード魔法道具店』を始めよう。



 ◇◇◇◇



 ユーリカ・ソイル『北・右鍵地区』ルーケイオン本部。


 ルーケイオン本部には、昨日のアンク・サンブルスの異変に加え、セスリナの起こした『天空のかがり火』事件を調査する合同対策本部が立てられていた。

 そして、全ての対応を一手に引き受けた群兜マータオルドは、疲労困憊の極みにあった。

 そこに、一人の老人が訪れる。


「お疲れのようですな、オルド様」

「おお、これはミゴット様。お忙しいところ、ありがとうございます」

「この老いぼれがあと50若ければ、此度の騒動、オルド様に全てを押しつけるようなことはありませなんだ、申し訳ございませぬ」

「どうかお顔をお上げください。街の治安維持は、我らルーケイオンの役目。そのようなお心遣いは無用に願います」


 群兜としての儀礼に則り、またそれ以上の目の前にいる老人に対する敬意を持って、オルドはミゴットを迎えた。

 ラスケイオン群兜にして、『ユーリカ・ソイル』最強の魔法使い。


 ミゴット・ワナン・バルハス。


 白鬚白髪。その上に、柔和な表情が乗っている。背は曲がっておらず、長身偉躯のオルドと並んでも決して見劣りするものではない。

 そして、ラスケイオンの制服は、そのマントの長さにより、地位を見分けることができる。

 例えば新人のセスリナはミニマントであり、ミゴットは床に引きずるほどの長マントだ。


 地位としては同格のオルドとミゴットであるが、その実務経験には天地ほどの差がある。

 だが、ミゴットは年齢のこともあり半引退状態のため、今回の騎士隊と魔法師隊合同捜査の現場指揮においてはオルドが陣頭に立ち、ミゴットが相談役という立場になっていた。


「早速でございますが、『アンク・サンブルス』についての調査結果をお伝え致しましょう」

「はっ、お願い致します」


 『アンク・サンブルス』に関しては、ラスケイオンが調査を行っている。その情報を聞くために、朝の一番からミゴットに出向いてもらったのである。


「まずは、この『ユーリカ・ソイル』は、古き王国時代に『アンク・サンブルス』を中心に置いて設計された街であることは、改めてご説明するまでもありませぬな」

「はい」


 ミゴットの緩やかな語り口調は、どこまでも丁寧だ。


「そして現在の、幻虹が街の全てを包んでおります状態……これは『アンク・サンブルス』があるべき姿を取り戻したということだと思われますな。報告では、何者かが衆人環視のもと、それを行ったということでございますが」

「そこです。それが何者であれ、そのようなことが、可能なのでしょうか?」

「わかりませぬ」

「は……?」

「ですから、わかりませぬ。少なくとも私にはできませぬな」

「………」


 あくまで穏和に、語調を崩さすミゴットが答える。

 ミゴットがそう言うのであれば、オルドはそこに挟める口を持っていない。


「もちろん、調査は継続させております。結果、街を覆うほどに拡がった幻虹ですが、これに触れても、やはりこれまで通り、人体への異常はありませなんだ、つまり――」

「……悪さをするものではない、と?」

「左様。むしろ古き文献に頼ればアンク・サンブルスは街を護るものである、との記述さえみえますな。ひとまずの危険はないものと判断されますので、街のものにはアンク・サンブルスに近づくことを禁じ、その間に異変を起こした何者かの捜索を優先するのがよろしいかと」


 ラスケイオン隊長のミゴットがアンク・サンブルスの状態に危機感を持っていないのであれば、オルドとしてもひとまず安堵してよいと判断する。

 彼が安全宣言を出せば、みなの動揺も収まることは間違いない。


「ご報告ありがとうございます。……付け加えてご報告させて頂きます。私の方で、その、異変を引き起こした方について、心当たりがあります」

「お聞きいたしましょう」

「……実は昨日から、この街にニアヴ治林の濬獣ニアヴ様が滞在されているのです。そして、その当日のこの騒ぎ、無関係ではないと、私は考えています。今その滞在先を探させておりますので、報告が入り次第、お話を伺おうと考えております」

「ニアヴ様、ですと? ――その話、詳しくお聞きかせ願いましょう」

「ど、どうなされました、ミゴット様」


 ニアヴの名にミゴットが激しく反応する。ズイと額をつきあわさんばかりに、詰め寄ってくるミゴットの迫力はオルドをしてこれまでみたことのないものだ。

 濬獣訪問は、まだ伝えていない一件だが、それほどまでに大事なことだったのか。

 だが、そこでミゴットがすぐさま身を引く。熱はすっと消え、後にはいつもどおりの柔和なミゴットの姿。


「失礼いたしました」

「い、いえ……」


 先ほどの迫力が、まるで白昼夢であったかのような、違和感だけが残る。わけのわからぬまま、流れてきた冷や汗をそっと拭うとオルド。

 そして、知る限りの情報をミゴットに共有する。


 濬獣。


 獣人という種であれば、世界の各地で部族集落を作り、人間世界にも多く進出している。オルドの部下にも猫族、犬族出身の若者がいるわけだが、濬獣は彼らとはまた少し違う存在だ。

 この『北の聖国ラ・ウルターヴ』には、3つの濬獣自治区――ニアヴ治林、カナバル治峰、アラナクア治崖――がある。


 濬獣は独自かつ強大な魔法力を持ち、人がその治地へ立ち入ることは則ち、死を意味するという。


 例えばアラナクア治崖の濬獣は、残忍な性格であり、その谷に入って生きて出た者はいないと聞くし、カナバル治峰も似たようなものだ。

 他方で、濬獣にも個性というものがあるらしく、このユーリカ・ソイルに境を接するニアヴ治林の濬獣は、人と友好な性格である。ありがたいことに治林を抜ける山越えの街道まで整備されており、そこでは、人と濬獣との間で大きなもめ事が起きたという話は寡聞にして聞かない。

 その姿も度々目撃されており、人なつっこい狐族の女性の姿だと聞いたことがあるからこそ、オルドも昨日、一目でその狐族の女性が濬獣ニアヴであると、信じたのだ。


 濬獣自治区は人がこの地に国を興す以前から存在するものであり、オルドから見れば濬獣の存在は、この国の皇帝と対等であるとも言える。


 故に、その濬獣がこの街を訪れたことは大きな驚きであり、懸念であった。

 ニアヴ治林こそが例外であり、通常人と濬獣とは互い不可侵、一切関わらないこそ、今の安定があると言えるからだ。


 そのニアヴが、人間の従者を連れて、この街を訪れた。それは一体どのような意味を持つのか?


 従者については、足帳にワーズワードとシャル・ロー・フェルニの名が記載されている。

 男の方は、その立ち居振る舞いから濬獣の従者というには少し違和感があったが、従者でないと考える違和感の方が大きいため、無難な想像の方を優先する。

 少女の方はというと商売目的だと記載されているが、これが真実のものなのか、濬獣の訪問目的を隠す偽装の意図をもつものなのか判断できない。


 だが、どちらにしても濬獣の行動原理は、未だ謎の部分が多く、今回の訪問も決して無視できるものではない。


「ニアヴ様が人を従えて? そのようなことが――」


 オルドに問いかけるというわけでもない、思考が漏れだしているような呟き。


「どうなさいました、ミゴット様。やはり、なにか問題が」

「ああいえ……申し訳ございません。私はニアヴ様のことをよく知っております。故にニアヴ様自身が人を従者に、という話が気にかかりましてな」

「そうなのですか」

「はい。そちらの件は置きましても、此度の件、確かに全く無関係であるとは考えにくいですな」

「やはりそう思われますか」


 己の考えに確信を得るオルド。


「となれば、『天空のかがり火』の件も、同様にニアヴ様が関係しているのでしょうかな?」

「う……いえ、お恥ずかしながら、そちらは別件でして」

「ほう」


 思わずうめき声すら漏れてしまう。そちらは愚妹が原因であり、昨日はあれからずっと錯乱状態であったため、詳しい話はまだ聞けていないが、ニアヴ様との接触がなかったということだけは確認できているため、別の問題として対応していく必要がある。

 かつ、できれば内々に解決したい問題でもある。ことはマーズリー家の所有するマジック・アーティファクトに起因するのだ。その存在、あるいは杖の持つ魔法の力を表に晒すことは、できれば避けたいというのがオルドの考えだった。

 その点、ミゴットは信用できる人物であるが、さてどこまでの情報を開示してよいものか、守備隊長としての責任とマーズリー家の嫡男としての責任、オルドの思考は二つの立場の間で揺れ動くのであった。


 そこに、一人の衛士が走り込んでくる。


「オルド様、捜索中の名を見つけました!」

「! わかった、すぐに私も向かう。――すみませんが、ミゴット様、その話はまた後ほど」

「お待ちくだされ。ニアヴ様が関係しているというのであれば、この老いぼれもご同行いたしましょう」


 それは願ってもないことである。濬獣そして、アーティファクトという魔法に関わる問題は、オルドだけでは対処しきれない可能性がある。


 ユーリカ・ソイルを守護する青と赤の二つの影が、行動を開始した。



 ◇◇◇



 ユーリカ・ソイル『北・左鍵地区』マーズリー伯爵邸。


 ユーリカ・ソイルの街は古に完成された都市設計の元、わかりやすい区分けがされている。

 まず街を南北に二分する『リンキス川』だが、二分と言ってもその面積的には南が1/3、北が2/3になるバランスの位置を流れている。

 川の北側にある『トルテ広場』が、同心円状に広がるユーリカ・ソイルの街の中央に位置することからもそれはわかるだろう。


 そして、トルテ広場に鎮座する『アンク・サンブルス』。この潜密鍵アーティファクトより左を『左鍵地区』といい、貴族や豪商の屋敷が並ぶ、高級宅地地区になっている。同じく右は『右鍵地区』といい、こちらはルーケイオン本部などがある行政地区である。

 トルテ広場の北には、神官たちの行き交う四大神それぞれの神殿があり、これまた他の地区とは別世界の様相を呈する。更にその先には過去王宮として使われていたのであろう広大な敷地をもつ宮殿があるが、これは帝都に住まうラ・ウルターヴ皇帝の離宮扱いとなっているので、式典以外には使われない建物だ。


 それ以外は全て『南・商業地区』に集中しており、商店・露店・酒場・居住区・貧民窟・倉庫街など、人口の約8割は川南の狭い地域で生活している。

 それはさておき、マーズリー伯爵邸である。


 天蓋つきの巨大ベット。ガラス窓を通して差し込む朝日の明るさで、セスリナは一睡も出来なかった夜がやっと明けたことを知った。


「あさ……かぁ」


 目を閉じれば浮かんでくるのは、世界を焼き尽くすかの如く巨大な炎塊。

 それは自分の制御下にあり、指向性を与えてやれば、目下の全てを炎の海に変えることができるであろう圧倒的な破壊の力だ。


 だが、そこにセスリナが感じたのは、恐怖だけだった。


 魔法使いとしての『素質』は、マーズリー家歴代最高だと言われたセスリナだが、魔法使いの『資質』については、大きな欠落があった。


 大きな力を操る者が持たねばならない――覚悟、それが欠けている。


 故にセスリナの操る魔法は、型にはまった量産品にすぎない。

 いかに素晴らしい器であっても、本人にそれを扱うだけの『度量』が備わっていなければ、満たされぬ杯である。

 ラスケイオンに入隊してからも、それは変わらず……初の重要任務も、あの大失敗である。


 大火球をどうすることもできないまま、恐慌状態に陥ったセスリナ。

 誰も近づけぬ状態で、オルドの呼びかけにも答えられず、それは彼女の緊張の糸が切れて気を失うまでの間、塔の上に在り続けた。

 屋敷に護送されたあとも、まともに話ができる状態ではなかったため、オルドは妹への事情聴取を諦めて本部へと戻り、部屋に戻されたセスリナもまた、結局眠れぬ夜を過ごしたのであった。

 もっとも、例の大火球による被害は出ていないため、現場のセスリナを知らぬ者たちからは、あの新人は、実はものすごい実力を持っていたのだと、逆に評価されてしまったりもしている現状である。


 オルドとしても、立場上家宝『スタッフ・オブ・マーズリー』の関与については説明はできなかったので、妹の件は自分が責任を持つとの一言で、現場を収めるしかなかったのだ。


 ベットを抜け出し、窓を押し開ける。


 朝日の白い光が一枚の薄布になり、昨夜の恐怖の記憶にふわりと重ねられる。

 これが明日、明後日と繰り返され――やがて薄布は幾層にも重ねられ――この恐怖の記憶も白い過去の思い出に変えてくれるのかなと、セスリナは常にないセンチメンタルな感傷を抱いた。


 ……でも、それは今すぐじゃないんだよね。


 朝日が、新しい一日の始まりが、セスリナに小さなエネルギーを与える。

 ペチン、と自分に活を入れる。


「ううん、私もラスケイオンに入ったんだから、こんなことじゃだめだよね。お兄ちゃんにも心配かけちゃったし」


 とは言っても、自分でもなぜあんな大火球を産み出すことが出来たのか、いまでも判然らないのだ。

 自分の魔力だけでは絶対に無理だし、また自分の知る限り『スタッフ・オブ・マーズリー』の力でもあれほどの炎を産み出すことはできない……と思う。


「そういえば――」


 そこで、ふと、思い出すものがあった。

 昨日、街でぶつかった失礼な男の人。



『杖を調律させてもらっただけだ。なに、悪くはなっていないだろう』

『はい? ……意味が判然らないんですけど』



 その時は何を言っているのかと呆れたわけだが、今思えばあの人は、杖を色々と見回していたではないか。

 『スタッフ・オブ・マーズリー』はアーティファクトである。それに対して、何かをしたなんて考えにくいが、でもあのときになにかがあったのは間違いない……と思う。


 あの人を見つければ、きっと何かがわかる。

 確か名前は――


「ワークシートさん……だっけ」


 惜しい。ワーズワードである。

 大人になって、ちゃんと働くようになるまで、帝学と領地の屋敷以外、それほど外の街に出たことのない自分である。この広いユーリカ・ソイルでたった一人の人間を見つけることができるのだろうか?


 絶望的な気持ちにもなるが、これは自分のためだけでなく、お父さんお兄ちゃん(マーズリー家、と言いたいらしい)、そして街を守るラスケイオンの一員として、行うべき任務だと思った。


「がんばる……っ!」


 このまま家にいても、きっとお兄ちゃんに怒られるだけだと思うし!


 精神的に大人になりきれていないセスリナだが、その頑張る気持ちは嘘ではなかった。

 ドアを開け放ち、浴場に向かい歩きながら、身につけていた寝着と下着を脱ぎ散らかして行く。

 子供の頃から直らないセスリナの癖だ。


「お嬢様、はしたのうございます!」

「大丈夫だよ~、家の中なんだから」


 部屋の前に控えていたセスリナつきのメイドが、浅い眠りから醒めると同時に、自分の主人を追って、その一枚一枚を拾い集めていく姿もまた屋敷では見慣れた光景であった。


「絶対に見つけなきゃ! ううんっと……昨日会った場所にまだ居るかなぁ?」


 限りなくゼロに近い可能性に起点にして、セスリナもまた行動を開始するのであった。


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