Wayfarer's Witchcraft-shop 01
ゴゥンゴゥンゴゥン……
今日も朝からいい虹だった。
朝とは言っても、まだ太陽はその顔をやっと覗かせたばかりである。
狐は、今もベットの上で丸まって眠っている。
俺はと言うと先ほどひとっ風呂あびたら、眠気が飛んでしまった。
今後の行動方針について、いくつか決定したのだが、その最優先二事項のうちの一つが、当面の生活費の確保、つまり金策である。
見たところ、この世界の通貨制度はそこそこに成熟している。であれば、金銭を得ることで今後選ぶことの出来る選択肢は増えていくだろう。
そのために、夜中に一人で色々準備したのだ。
さあ、新生『竜と水晶の店』、開店セールの準備を始めよう。
◇◇◇
石造りの商店建屋は、大まかに言って、店舗スペース・居住スペース・地下倉庫の三つの空間に別れている。そして、小さな裏庭までついた理想的な一軒家である。
裏庭は上水道の引き込み口を兼ており、店の裏筋に大通りと平行するように引かれた石造りの用水路、小水門とも言うべき仕切り板を外すと、個別建家の庭に上水を引き込むことができるようになっている。必要な分を汲み上げたら、また仕切り板を戻す。それにより、上水を水源から離れた家々にも行き渡らせることができるというわけだ。
原始的ではあるが、よく考えられた水道設計である。
まぁ、ウチには必要ないんだが。
居住スペースには独立した三部屋があり、その内一つはLDKである。土間とも言う。
地下倉庫は、まあそのままだ。在庫の武器類や、ガラクタで埋められていた。
昨晩のうちに、売り物の剣やらナイフやらを全てぶち込んでおいた。それらをまた出そうと思えば腰が死ぬので、アレクが帰還するその日まで、日の目を見ることはないだろう。
今日からは別のものを売ることになる。なにせ、新生、だからな。
がらんとした店内に、新しい『商品』を並べて行く。
「うにゃぁー………」
そこでニアヴが起きてきたようだ。
「猫のような声を出すな。狐だろう」
「……どちらでもないわ。妾は濬獣じゃぞ」
そういえばいまいち適当な置換訳が見つからなかったので発音そのままのルーヴァで聞き流しているが、どういう意味なのだろうか。
寝ているうちに着崩れたのであろう布服がだらり垂れ、胸元を大きく開口させている。
「帯はちゃんと締めなさい」
寝惚け眼をかいぐりかいぐりしている狐の化生の、ほどけた帯を締め直してやる。
「くあぁぁ……人の街で眠ったのも久しぶりじゃ。おはよう、ワーズワード」
「ああ、おはよう」
「で、早速またなにかしておるようじゃが、それはなんじゃ?」
「これか。この店で売ろうと思っている新しい『商品』だな」
「お主、小僧の店を勝手に……まあよいわ。それで、ん……それは、ビン、かや?」
俺が店内に並べているのは、その通り、透明なガラス瓶だった。
おそらくは、薬品を封入する小瓶だったのだろう。空ではあったが、コルク栓つきで20セットほどあったので、中を洗浄し、布の切れ端を敷けば完成である。
「売れそうなものか、あとでシャルに意見を聞くつもりだったんだが、お前の意見も聞いておくか。需要はあると思うのだがな」
「これに需要がのう。確かに妾では、商品の善し悪しは答えられぬであろうが、見るだけはみせてもらおうかや」
その目はすでに、こんなものが売れるのかという疑念に満ちている。だが、これはまだ外枠だけなので、評価を下すのはもう少し待って頂きたい。
単純に窓がないという理由により、店舗スペースは薄暗い。
だが、それが都合良い場合もある。
「さて、売り物というのはこれだ」
俺はカウンターに置いていた木箱の中から、それを一つ取り出す。
「ガラス玉、かや?」
「これを、この中に入れてだな――」
入れただけでは、何も変わらない。
ポフと軽い音を立てて、敷布の上に、ガラス玉が乗っただけだ。
「でフタを閉める、と」
キラキラキラ………
キュポっと蓋と閉めたことがスイッチとなり、瓶の中のガラス玉から黄金の炎が吹き上げ、まばゆい光を放ち始めた。
薄暗い店内が、一気に色づく。
「……はああ!??」
ニアヴが目を丸くして、驚きを露わにする。
「昨日実験した【フォックスファイア/狐火】の別バージョンだ。フタの開閉をスイッチにして、魔法効果が発動するように設計した。【狐火】の特性の一つ『対象物以外を燃焼させない』ところに着目し、熱を発せず、その光源効果のみを発生させる照明器具だ。【フォックスライト/狐光灯】の名称で売り出そうと思っている」
夜間照明はそれほど発達していないようなので、手軽に扱える照明器具は、需要があるのではないだろうか。
「……はあああああ!??」
「そしてもう一つがこれだ」
とはいえ、それに需要がなくて全く売れないとなると行き詰まってしまうので、初めから二つの商品を準備して、売れた方を量産する方針である。
用意するものは、革製の水筒とガラス玉である。
「昨日『アーティファクト』の中には『酒の溢れる壷』というのがあると言っていただろう? なので、それを真似て作ってみた。【ウォーターフォウル・ボトル/降鵜水筒】、効果はまぁ、そのままだ」
革袋の口を弛めれば、コポコポと革袋の奥から水が湧き出してくる。口を閉じれば湧出効果も停止する。残った水を排出すれば、ペシャンコの革袋だけになるので、持ち運びにも便利である。
これを作ったがゆえに、ウチに上水は必要なくなったというわけだ。そもそも、上水とはいえ所詮は生水である。日本育ちの俺が、こんな異世界の生水を飲んだりすれば、一発で腹を下すことは想像に難くない。日本人は繊細なのだ。そこでピコンと来たのが魔法的に生み出された純水の存在である。
「元々は別の理由で作ったものだが、冒険者という職業が存在するのなら、売り物としての需要もあるのではないかと思ってな」
【ウォーターフォウル・レイン/降鵜雨】の魔法は【狐火】ほど融通が利かず、この『水筒(革袋)内でゆっくりと微量の水を産み出す』制御には、かなり手こずったのだから、一つぐらいは売れてくれないと、俺の苦労が無駄になってしまう。
「はああああああああああああ!??」
「正式に商品化するなら、ガラス玉が水と一緒に流れ出てこないよう一工夫が必要だろうが、今はまず日銭が欲しい。多少の品質の悪さは、値段に反映させれば良いだろう」
以上二点の商品を持って、『竜と水晶の店』は魔法道具店に生まれ変わり、新装開店とする予定だ。
「どうだ、売れると思うか?」
「……あ、あ、あ、」
「ん?」
「阿呆かーーーー!」
なんだ、朝っぱらから失礼な。
◇◇◇
「『アーティファクト』、それも『マジック・アーティファクト』は、そもそも個人所有すら難しい至宝なのじゃ! それを店先に並べて売れるか、じゃと!?」
「レアリティについては昨日聞いた。だが同時に、量産できることも検証できたのだ。そもそもこれらは、お前の言う『アーティファクト』とはまた別物だと考えている。故に『マジックアイテム』だ。値段の問題なのであれば、そこまで高値を付けるつもりはないが」
「ちがうわっ、そんな商売ありえんじゃろうと、言っておるのじゃ!」
「……売れないのか?」
「う、う……」
プルプルと震えながら、キッと顔を上げるニアヴ。
「売れるわ、阿呆ーーー! なんなら、妾も欲しいくらいじゃあぁぁ!」
なんで、涙目になってるんだこの狐は。
否定なのか肯定なのかもわからない。やはりあとでシャルに聞いてみよう。
「欲しいなら、ほら」
ガラス玉の入った小瓶を、その手に握らせる。
一瞬あっけにとられたニアヴだが、次の瞬間にはパァァァァという効果音つきの喜びを発散させ、その目に星を輝かせる。
「良いのかやっ」
「当たり前だ」
もともと、ニアヴに魔法を見せてもらっていなければ、生まれていない商品である。
ガラス玉のある限り量産できるものなので、一つや二つは安いものだ。
「おおっ……これは面白いのじゃ!」
パカパカとフタを開け閉めして、喜ぶニアヴ。
【狐火】なら自分で出せるだろうに、なにがそんなに面白いのだろうか。
まぁ、カラスにも光り物を集める習性があるしな……
アンク・サンブルスの件もそうだが、いわゆる『アーティファクト』、魔法効果の付与されたアイテムというものは、ニアヴの『面白いものが好き』趣向の中でもかなり上位に位置するようだ。
「さて、それでは開店前にまずは食事だな。用意しておくから、お前は先に風呂に入ってこい」
「ん、水浴びができるのかや」
「ああ、俺も入りたかったからな。タルが余っていたので、裏庭の軒下に設置しておいた。下水口の関係で場所は変えられないが、カーテンをつけておいたので、問題ないだろう」
「わかったのじゃ」
テクテクと歩いて行くニアヴを見送り、残りの商品を手早く店内に並べて行く。
準備した【狐光灯】の個数は20。先ほどニアヴに渡した1個を引いて19。あとは展示用に2個は非売品とするとして、売れる数は17か。
【降鵜水筒】は、さらに数が少なく3個だけだ。基本的に店の在庫品やら、その辺に転がっていたものを再利用しているだけなので、今日ちゃんと数が売れれば、次回は素材調達から始めなくてはいけない。
「なんじゃこれはーーー!!」
とそこで、そろそろ聞き慣れた叫び声がした。
いちいち騒がしいヤツだ。
ダンッと床石を踏み鳴らし、ニアヴが飛び込んでくる。
「ワーズワード!」
「ッ! ……今度はなんだ」
「ゆ、ゆ、」
「ゆ?」
「湯が張ってあるではないかッ!?」
「風呂だからな」
「湯浴みなぞ、人族でも権力あるものしか準備できぬものじゃろうが!」
「とは言ってもな。さっき見せただろ。これを」
「【降鵜水筒】……といったかや」
「タルで同じことをやれば【ウォーターフォウル・バレル/降鵜樽】になる。そして、その中にもう一つのガラス玉を沈める。名前はそうだな……【フォックス・ヒートコア/狐熱核】とでもしておこうか。【狐光灯】が炎の『光源効果』の魔法特性を付与したものであるならば、その逆もまた然り。炎の『熱源効果』のみを付与することもできるのは当然だ」
「なん……じゃと……」
またもや絶句するニアヴ。それは未だ魔法付与をありえないものと捉える固定観念から抜け出せていないからだろう。
「合わせれば、【ホット・ウォーターフォウル・バレル/沸鵜樽】……言いにくいな、つまり風呂の完成だ」
基本的に、火と水というだけでも、いくらでも使い道があるのだ。利用するシーンさえ浮かべば、それに合わせて魔法効果を付与してやるだけである。必要に応じてその発展形を考えるのは当然のことだ。
ちなみに【沸鵜樽】は底に簀の子を敷いたゴエモンバス・スタイルである。適当に作ったので、湯は湧き続け、タルからこぼれ続けている。
「――もうわけがわからぬわ! お主はどれだけ妾を驚かせれば気が済むのじゃ!」
「そんなつもりはないのだがな……それより」
「なんじゃ!」
「……そろそろ風呂に戻ったらどうだ」
いくら半分獣だと言っても、もう半分は女性の身体特徴を備えているのだ。
すっぱで仁王立ちなどと、異性の前ですることではなかろう。
「…………ひゃぅ」
やっと自分の状況に気付いた狐が、バッと壁の裏に身を隠し、顔だけを覗かせる。
「ううぅ、み、見たなぁ」
「見せた、の間違いだろう」
「わ、妾が気付くまで、ずっと、い、いやらしい目で見ておったのであろっ」
なんでちょっと誇らしげなんだ、この狐は。
「そう言われてもな……ああ、思ったより身体つきは人間寄りなんだな。もっと毛だらけなのを想像していたのだが」
「な、ななななな!!」
羞恥と怒りが狐の頬を真っ赤に染め上げる。
「絶対に許さぬのじゃあああああ!!!」
絶対宣言を行って、狐が逃げて行く。
まぁ風邪を引くまえに、とっとと風呂に戻るのは正解だ。
通りにでれば、もぎたての果実や鮮魚を売る露店がすでに客を集めている。
欲を言えば塩や醤油が欲しい所だが、食材が新鮮であればそれでよい。
天気は快晴。そうだ、椅子と机を外に出そう。
やはり食事は、明るい場所で取るのがよい。
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ワーズワードさんの辞書に自重という文字はありません。