Wandering Wonder 11
「アレク」
「……っ、おお」
唐突に名を呼ばれ、思わずうわずっちまった。
『竜と水晶の店』。俺の偉大なるじいちゃん、勇者コッズ・ランドルフの残した店だ。
小さい頃に聞かされた数々の冒険の話。じいちゃんは俺の憧れだった。
俺もでっかくなったら冒険者になって、世界中の『アーティファクト』をこの手に掴むのだと、そう将来を夢見ていた。
だが、そのじいちゃんが死んで、親父も後を追うように死んじまって、俺にはこの店だけが残された。
冒険者になるのは俺の夢だ。だが、同時に、じいちゃんが残した店を潰すこともできなかった――じいちゃんの名を汚すわけにはいかなかった。
結果俺は店を継いだが、俺にはじいちゃんや親父と違って、商才ってモンが全然なかった。
店は日毎に寂れ、客足は遠のいた。俺だって頑張ってるつもりだったけど、そもそも何が悪いのかすらわからなかったんだ。
そんなある日、不思議な男との獣人の女の客がきた。
女の方はなんと、昔のじいちゃんを知っているというじゃねぇか!
俺は嬉しかった。
獣人の女は、あんまり見ねぇエロい服で……おっと、そうじゃねぇ、久しぶりに、他人とじいちゃんの話ができたのが嬉しかったんだ。
「実験の手伝いを願いたいのだが、剣は扱えるか?」
「ああ、扱えるかだって? 俺の剣は勇者コッズ直伝だぜ、『竜』が出たって倒してやらァ!」
「そうか、それは頼もしい」
くっくと男が苦笑いするように答える。ガキの自慢話に苦笑する大人の反応ってやつだ。バカにされてるワケじゃねぇのは見てわかるから別にかみつきゃしねぇが、ガキ扱いされんのも癪に障る。
くそっ、見て驚けよ、俺の剣裁き!
男がガラス玉をつけた剣を手渡してくる。
「その剣に炎の魔法を付与してみた」
「……はァ?」
なにをいってんだ。アホなのか、コイツ。
だが、男はそんな俺の反応を無視して、話を続ける。
「発動スイッチは、コマンドワードを採用した。剣の柄を握った状態で次の言葉を唱えるだけだ――『ウェイクアップ・ファイア』」
「うえいく……? なんだそれ、どこの言葉だ」
「イギリスという国だな」
やべェ、全然しらねェ国だ。
俺も冒険者になってれば、そんな遠い国のこともわかるようになってたんだろうか。
「こちらの言葉でなければ、誤って起動してしまうこともないだろう。いいから、ほら『ウェイクアップ・ファイア』」
「う、うぇいくあっぷふぁいあ」
流されるまま、俺はその異国の言葉を繰り返す。
そして、視界が弾けた。
◇◇◇
アレクの声に反応して、剣に仕掛けた魔法の効果が発動する。
埃を被った剣の、その刀身のハバキから切っ先に向けて、劫ッと黄金の炎が吹き上げる。
常識的には火のついた剣など手に持つことはできないはずだが、そこは魔法の魔法たる所以だろう。所持者に熱を伝えることはない。
薄暗い店内が一気に光に包まれ、驚愕に目を見開いたアレクの表情をも浮かび上がらせる。
これで魔法というものを使えない人間でも起動させることができると、検証できたわけだ。
つまり、
「ふおおおお、ワーズワードよ! こ、これは……やったのじゃな!」
「ああ、第二段階も成功だ」
「す、す、すごいのじゃ! お主は天才じゃ!」
歓喜と興奮に包まれたニアヴが、飛び付いてくる。
これが男女の包容であったなら、それはそれで絵にもなるのだが、およそ人とは思えない跳躍力で飛び付いてきたニアヴは、俺の首に足を回し、そのまま頭をホールドした。
……肩車である。
頭の上ではしゃぐニアヴが、ぶぁっさぶぁっさとその尾を振る。
「重い……」
「我慢せぃ!」
重みに耐えかね、徐々に前傾する俺の頭をペシペシとニアヴが叩いてくる。
ぐぬぬ。
「な、なんだよこれ、どうなってんだ! ア、アーティファクト!?」
同じく驚愕を口にするアレク。
「言ったとおりだ。今この場で、炎の魔法を付与した。対象物以外は燃焼しない魔法の炎だから、持っていても熱くないだろう?」
「あ、熱くはねぇが、……ってこんなのありえねぇーー!!」
やれやれ、これは驚愕ではなく、混乱の類かもな。
だが、まだ検証実験は終わっていないのだ。
彼には存分にその剣の腕とやらを見せてもらわなければならない。
「少し落ち着け。まだ、やってもらうことがある。次はそうだな……そこにある鎧を斬ってみろ」
「お、おう……わかった!」
疑問も反論も心の棚に上げてしまったらしいアレクが、俺の言葉に素直に従う。
やりやすくなって大変助かる。
さて、目の前にディスプレイされた鉄の鎧。これを斬ることは、筋力や剣の硬度だけではかなわないだろう。
『魔法付与』が成功しても、そこに実用性――付与した魔法相応の威力――が伴わねば、それはタダの学生の卒業研究と同じである。
行動に目的を与えてやった途端、アレクの動きに変化が現れる。
腰を落とし、力学的に考えても、全ての筋力がその剣に乗るであろうと思われる美しい構え……剣術を知らない俺が見ても、合理的な構えだと判断できるのだから、これは本当に大したものなのだろう。
「ハァッ!!」
短い発気と共に、その剣が振られる。
ガァン!
炎の魔剣が、大きな音を立てて鎧に打ち込まれるが、さすがに斬るにはあたわない。だが、その接点が白煙を上げ始めたかと思うと、鎧は一気に赤熱し、もの5秒もしないうちに、ドロリ……とその板金を融解させ始めた。傷口を開いて行くように、炎の魔剣は徐々に鉄の鎧を切り裂いて行く。
「ルあああァァァ!!」
半ばまで剣筋が通った時点で、更なる剛力を込めて、アレクが吼える。
ズズ……ゴトンッ!
シュウゥゥゥ――
切り口を真っ赤に融解させて、遂に鉄の鎧は上下に分断された。
実質的には、30秒程度がかかってしまっている。ふむ、実戦を想定した場合、30秒というのは、少しかかりすぎな気もする。
鉄の融点はおよそ1500度だが、それを一瞬のうちに溶かすには、およそ3000度が必要となる。
一瞬とはいかなかったが俺が見積もった温度は生み出せているようなので、設計上の問題ではないのだが、やはり3000度の炉で鉄を溶かすのと、斬りつけた一点が3000度に加熱されるというのでは、融解にかかる時間に差が出るのは仕方ないだろう。
実用に耐えないのであれば、同じ炎の魔法でも別の効果を持つように変えた方がよいかも知れない。さてどうしたものか。
「一振りで鉄の鎧を絶つじゃと!? 信じられぬ威力じゃ!」
「ス、スゲェ! これは間違いねぇ……『アーティファクト』の力!」
……この程度でも喜んでるみたいだし、いいか。
「よくやってくれた。最後に魔法を解除するコマンドだ。――『スタンバイ・ファイア』」
「すたんばい! ふぁいあ!」
ぱっと火の粉が拡散するかのように、刀身を包んでいた黄金の炎が消失する。
あとには、余熱で埃が焼き払われ、打ち立ての剣の輝きを宿す魔剣の刀身が残された。
柄のガラス玉の中では、4つの源素がくるくると回り続けている。
魔法効果の発動終了により、その図形接続が解除されないのは、物質内で図形を組み上げた効果なのかもしれない。ああして、回転運動をする内に魔力?を再び蓄え、魔法効果が再利用可能になるのかもしれないな。
「ふむ、問題なく停止したな」
狐を肩に乗せたまま、俺はアレクの肩をポムと叩く。
「協力に感謝する。……実験は成功だ」
「「おおおおおお!!」」
薄暗い店内に、再びの歓喜が、こだました。
◇◇◇
頭の上で暴れる狐をさすがに振り落とし、アレクに向き直る。
「アンタ、スゲェ! すごすぎるよ!」
興奮さめやらぬアレクが、握手を求めてくる。
まず現時点で俺に過大な尊敬の念を抱いているのは間違いないだろう。
魔法付与の実験をわざわざこの店内で行っただけの効果はあったようだ。
これで準備した舞台は整った。では、先ほど描いたシナリオの次のページを捲ることにしよう。
「アレク、今回の実験はお前のヒントと協力がなければ、成功しなかっただろう。感謝を言うのは俺の方だ」
「そんな、俺なんて」
「お前は確かに、勇者コッズの勇敢な魂を引き継いでいる」
俺はそのコッズとやらは知らないのだがな。
まぁ、言葉はなんでもよい。もっとも効果が高いと思われる表現を選択しただけだ。
「! そ、そうかッ? 俺がじっちゃんの――そんなこと言ってもらえたのは初めてだよ! へへっ、すっげぇ嬉しいぜ!」
少なくとも、店番としての彼に、褒められるべき成果はなかったのだろう。
「感謝の気持ちというわけではないが――その炎の魔剣はお前に与える。それはお前のものだ」
元々俺のものではないのだが、『魔法付与』を行った事実を考えれば、何割かの所有権が俺に移ったと、誤認しても仕方ない状況だろう。
その状況を利用し、ありもしない所有権の放棄と引換に、信頼の獲得を行う。
「い、いいのかよっ! 『アーティファクト』の剣だぞ……ウチじゃアレだが、出すトコに出せは、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るんだぜ!?」
「問題ない」
金に換算できる価値の提供は、万人に共通する影響力を発揮する。
「あ、ありがとうッ! ……こ、この剣が俺のものに……ッ!」
プルプルとあふれ出る感動に身を震わせ、炎の魔剣を掲げるアレク。こうかはばつぐんだ。
そして、ここからがシナリオの最終章である。
「そして――その剣を持って、お前は冒険の旅に出ろ」
「――なっ!?」
突然冷水を浴びせかけられたような表情になるアレク。
「……へっ、何をいってんだ。俺にはこの店を護るっていう責任が――」
「それはこの店がお前の祖父の残したものだからか」
「当たり前だろ!」
「だとしたら、お前はすでに失敗している。見ろこの店内を。客もなく、商品は埃を被り、コッズの為した名声を偲ばせるものは何も残っていない」
「ッ! なんだってんだよ、いきなり!」
アレクの瞳に怒りが満ちる。そうだそれでいい。
「考えろアレク。今お前は祖父のために、この店を護るといった。だが、勇者コッズ――偉大なるお前の祖父は、お前にそんなことを望んでいると思うのか?」
「ッ! じいちゃんの望み……?」
そのようなことはまるで考えたことがなかったのだろう、愕然とするアレク。
「そうだ。そこの狐が言っていただろう。勇者コッズは素晴らしい人物だったと。そんな人物が、孫が自分の面影ばかりを追いかけ、この店で一生を腐らせることを望むと思うかと――それを聞いている」
俺が言っても説得力がないので、一応狐の名を借りておく。
「それは――! それは…………」
言葉を失うアレク。
「わからぬなら教えてやろう。祖父の誇りを護る方法はこの店を守ることではない。お前が冒険者として名をあげ、この世界にお前自身の名を残すことだ」
「お、俺自身の名を……?」
「そうだ。そして、それはお前の望みでもあるはずだ」
「たしかに俺はずっと冒険者になって、じいちゃんみたいに世界中を駆けめぐりたいって思ってたけどよ……」
「諦める必要はなかった。だが、心優しきお前は、自分の望みよりも、祖父の店を選択した」
相手を理解するとは。
相手を理解するとは、その心の動きの全てが予知できるまで相手を知ることでやっと理解したといえるのだと、そんな脅迫観念を持つものがいる。
だが、それは間違いだ。理解とは相手の行動を知ること、それだけ足るのだ。
俺が知っているアレクの行動は、冒険者にあこがれを持っていることと、冒険者の祖父の残した店を護っているというその二点のみ。その二点だけで、俺はアレクを理解できている。
「わからねェ! 俺はどうすればいいんだよ!」
アレクは今、俺の言葉に感情を熱され、冷却され、正解のない答えを求めて、その思考は無限迷宮へと落ちている。
ならば。
ならば、俺はただその迷宮の出口を指し示してやるだけでいい。
「……今『お前のために』俺が問題を解決しよう。行ってこい――店のことは心配するな。俺が面倒をみてやる」
無間の闇に差し込む一条の光、そこに飛び付かないという選択肢は今のアレクには『見えない』。
「俺のために――!?」
そして、俺のために。
「勇者コッズの剣術とその炎の魔剣があれば、お前は最強だと、俺はそう信じる」
「お、おおお! し、師匠――――!!」
師匠?
感激に泣き崩れるアレクの肩に手を掛ける。
「遠慮はなしだ。俺とお前の仲だろう」
「ううっ、ぐすっ……はいっ、ありがとうございます、師匠ッ」
ポンポンとその肩を叩いていると、背中に視線を感じた。
俺は背中の気配には敏感なのだ。
「………………」
「(くるり)やあ。アレクくんがたびにでるので、そのあいだ、このみせをみてあげることになったよ」
「…………。お主」
狐の身で、冷凍された魚介のような目で睨め付けてくるとはこれイカに。
実験は成功し、アレクは人生の目的を得て、俺たちは当面の生活スペースを確保できた。
全てがうまく行ったというのに、ふむ、何が気に入らないのだ?