Wandering Wonder 10
『更に可能性を発展させよう。調律が可能であるということは――』
◇◇◇
橋の上で俺がニアヴに語った言葉。それは、
「――調律が可能であるということは、ゼロからの魔法付与もまた可能であるかもしれないということだ」
先にニアヴによって否定された『魔法付与』の可能性。それを再検討しようというのだ。
「できるのかやっ!?」
ニアヴの反応は実にわかりやすいものだった。
今のニアヴは知的探求心の塊である。
「試してみるしかあるまい。となれば、まず探すのは魔法の杖、アンク・サンブルスに共通する、魔法付与の媒体だな。おそらくは『水晶』だろう」
「そ、それがあれば――」
まずは仮説ではあるが試せるわけだ、『マジックアイテム』の作成を。
「可能性はある。うまく行けばシャルへのいい土産になるだろう」
――と言ったことだった。
◇◇◇
今、手にしているのは望んだ水晶ではなく、ガラス玉である。
だが、先ほどのアレクの話によれば、これは『アーティファクト』とともに保管されていたものだという。
であれば、むしろこちらの方が『魔法付与』の検証用として適していると言えよう。
なにより、タダだし。
「では始めよう」
「ここでかや?」
厳かに宣言する俺に、ニアヴが疑問を投げかける。
それはまぁ、有り体に言って、成功すればこの世界の常識を一つ革新することになる実験に、このアレクなる青年を立ち会わせるのか、といった意味での疑問だろう。
だが、それでよい。俺の描いたシナリオが最大の効果を得るためには、むしろ立ち会ってもらわねば困る。
「今から一つの実験を行う。もう少しこの場を借りて良いだろうか?」
「いいぜ。なんだか知らねぇが、今日は外も騒がしいしな。ゆっくりして行ってくれ」
……外が騒がしいのも、俺の仕業なんだがな。
「ありがとう。では改めて――実験を開始する」
ごくりと、ニアヴが喉を鳴らす。アレクはただガラス玉を手のひらに載せているだけの俺に、いつその実験とやらを始めるのかと、問いたそうである。
だが、既にそれは始まっているのだ。
俺の身にまとわりつく無数の源素。その中から、四つを選択し、ガラス玉の回りに寄せる。
赤源素が3つと、黄源素が1つ。
このガラス玉に【フォックスファイア/狐火】の魔法を付与するである。
まず第一に源素は物質を透過し、留めおけない。それは既に確認されていることだ。
第二に宙に漂う源素それだけでは何の魔法効果も発生せず、一定の図形を組み、『念』じることで魔法は発動する。
そして、魔法効果の終了と共に、源素の図形結合はとかれ、源素はそのまま分散または消失する。
それが魔法の源素理論である。
試しに赤源素の1つを、ガラス玉にくぐらせて見るが、それはガラス玉を透過して、向こう側に抜けてしまう。
ではどのようにすれば、ガラス玉内に源素を留めることができるのか。
街で見た二件のサンプルから推論し、導き出した第一の解がこれだ。
4つの源素を『ガラス玉内部に集め』、そこで図形を組み上げるのである。
個別の源素はすり抜けるが、物質内部で接続された源素は、そこに留まる性質を宿すのではないか、という仮定である。
俺の念じた通り、4つの源素はガラス玉つまり物質内部で三角錐の形に接続される。
ここまでは問題ない。
接続された三角錐が、これでもまだガラス玉を透過してしまうのであれば検証は失敗である。結果は――
キンッ……
そんな音が聞こえたわけではないが、【狐火】の三角錐は、ガラス玉内部で確かに反射したのである。
つまり――
「第一段階、成功」
「ん……なにかしたのか?」
アレクの反応は至極真っ当である。
ハタから見れば、俺はただ、その手のひらにガラス玉を乗せて、眺めていただけなのだから。
次の段階へ進もう。
「壁に掛けてある剣を借りてもいいだろうか」
「剣を? 何に使うんだ?」
「実験の続きだ。成功すれば面白いものが見せられるだろう」
「ふ~ん。まぁ好きにしてくれ。どうせずっと昔からの売れ残りだしな」
手に取ってみれば、拵えの良い逸品であるとわかる。
売れなかったのは、別の原因に違いない。例えば、埃を被らせたままで長い間触られた形跡もなさそうな、そのディスプレイ方法であるとかだな。ハタキくらいかけなさい。
剣の柄に、ガラス玉を嵌める。
ガラス玉の中では、三角錐がゆらゆらと揺れている。
「…………」
「…………」
その様子をニアヴとアレクが無言で眺める。
ニアヴは、期待故の無言であり、アレクは疑問故の無言である。
さて、では第二段階へ進もう。
魔法付与及び発動の検証である。
当然【狐火】の発動を念じることで、その効果を発動させることができるだろう。
だが、道具への『魔法付与』を考えた場合、それでは二点の仕様がクリアできない。
一点は魔法効果の恒常発生である。
同じ魔法効果を繰り返し発動できないのであれば、それは道具への魔法付与とは言い難いものである。故に、魔法を発動させても、源素の結合が解けないことが必要である。
そしてもう一点が、利用者の観点である。『魔法の道具』である以上、それは誰にでも扱えるものでなければいけないはずだ。
魔法発動を『念じること』、それを俺はさも当然の様に行っているが、実際には発動する魔法のイメージが先に存在し、かつ構築された源素図形に向かって念じるという定められた手法が存在している。
源素が見え、かつ、脳内で明確にそれをイメージできる俺だからこそ、容易くそれを行えている。
地球では――ネット上では――人が想像しうる、ありとあらゆる仮想事象は可視化済みであり、例えば、赤熱を吹き上げる炎の剣のイメージを俺は確かに持っている。
それは既に『想像』ではなく、TV、映画、ゲーム、アニメ、静画――どこかで目にしたことのある既知の『現実』なのだから。
だが、この世界の人々にとっては、魔法とは神秘の術であり、想像を超える『未知なるもの』だろう。
故に一般的な利用者の観点から考えれば、魔法のイメージを必要とせず、規定の魔法効果が発動できなければいけない。それが『マジックアイテム』なるものの条件であるはずだ。
この二つの仕様を満たすにはどうすればよいか?
試行するしかないのは当然だが、全くの手探り状態というわけでもない。
仮定に基づくトライアンドエラーはハッキングの基本である。
検証魔法に【狐火】を選んだのは、その性能、利便性を考慮したからである。【狐火】はただの炎ではなく、発動者の思考によりその効果を制御できる魔法だからだ。
ならば俺が『炎の剣』をイメージすれば、【狐火】の三角錐は、その通りの効果を発生させるだろう。
吹き上げる黄金の炎は利用者には熱を伝えず、選択したターゲットのみを焼殺するイメージ。
その構築されたイメージを、ガラス玉に注ぎ込む。だが、発動はさせない。
『イメージ』のみが注ぎ込まれ、魔法発動が押さえ込まれているための圧力だろうか。三角錐は、ガラス玉の中で激しく回転運動を始めた。
……この状態には見覚えがある。セスリナの持っていた『魔法使いの杖』、あれも宝玉の中で同じように源素が回転していたはずだ。
であれば、これは正しい手順であるに違いない。
次である。
『利用者の観点』、そのもう一つの課題についての考察を進める。魔法を知らない者が魔法の道具を扱うには、どうすればよいのか?
この問いに対する答えを、俺は案外すんなりと思いついていた。
魔法の道具=『原理のわからないなにか』。
実はそんなものは、地球上では溢れているのである。
車、電子レンジ、アイシールド、COINシステム――高度な科学技術で作られたそれらのものを、だが俺たちは誰でも使うことができる。
一般人がそれをどうして使えるのか?
それは当然、電源のON/OFF――スイッチの存在である。
つまり、魔法発動を制御するスイッチを設定してやればよいのだ。
『魔法発動を念じる』のではなく『設定したスイッチが入ったときに魔法が発動するように念じる』。
おそらく、『魔法付与』の技術は、このスイッチングの概念こそが、最大のポイントである。
ガラス玉なり宝玉なりの中に源素を込めるまでは、きっとニアヴにもできることだろう。だが、このスイッチングの概念が無ければ、それは『マジックアイテム』たり得ない。
チャキリ――
剣を構える俺に、二人の視線が集まる。
そもそも『魔法』とは――なんだ。
源素は人間の念や意志、思考と言ったものに反応する。
その源素の動きを制御して図形を構築し、明確なイメージを持って発動させるものが、魔法だ。
そして、源素図形を物質内に封じ込め、魔法効果のイメージにスイッチングの概念を追加してやれば、それはマジックアイテムたり得るのではないかという仮定。
その理論に穴はないか? 反証がないか?
脳内で、これまでの手順をウォークスルーで振り返り、何度もの自己レビューを繰り返す。
魔法が常識的に存在するこの世界ですら、誰もなしえていないという『魔法付与』。それをこの世界の住人ではない俺に成功させることが本当にできるのだろうか。
そんな不安こそを覚えるべき状況であるべきなのに、むしろ必ずや成功するだろうという自信すらを持ち得てしまうのはなぜだ?
魔法自体を今日初めて知ったばかりではないか。根拠のない自信は、必ず失敗の要因となる。何を根拠として、俺は自信を持っている?
なぜ、これほど魔法というものに拒絶反応が働かない?
――唐突に閃くものがあった。
「ああ、そうか――」
「なにか問題があったのかや?」
「いや、逆だ。問題が解決されたのだ。そうか、これは『感応入力』――第三世代インターフェイス、 VUI(Virtual User Interface)により実現される思考によるシステム操作だ。
魔法とはつまり、入力に対する出力であり、アーティファクトはさながら規定された機能をもつ実行プログラム。
魔法付与? 違うな、これは俺が慣れ親しんだ感応入力によるコーディングだ。なるほど、ならばどこに失敗する理由がある。根拠がない――バカな、根拠ならあるではないか」
「ど、どうしたのじゃ、一体何を喋っておる!?」
判然らないだろう。判然るはずもない。
だが、それは俺にはこれ以上ない明確な答えだった。
根拠を持って自信とするのなら、この俺に失敗などあろうはずもない。
であれば――さあ、仕上げを御覧じあれ。