Wandering Wonder 09
その店は大通りに面してはいるものの、全く客の気配がない店だった。
「『竜と水晶の店』か。名の通りであれば、ここにあるはずだが……まずは覗いてみるとしよう」
「冒険者向けの店のようじゃが、えらく寂れておるのう」
埃を吸わぬよう裾で口を覆った、ニアヴが顔をしかめる。
『竜と水晶の店』は金属製の刀剣類を取り扱う、いわゆる武器屋のようだ。
露天商ひしめくユーリカソイルの南・商業地区にあって、石造りの店を構えているのだから、高級店であると言えるのだろう。
だが、薄汚れた看板は半ば朽ちかけ、窓のない店内はどうにも薄暗い。
ニアヴとの議論の中で俺が提示した可能性、それを実証するために、俺たちはあるものを探していた。
「邪魔をする」
それほど広くもない店内、その正面にその店主がいるとなれば、一応声は掛けねばなるまい。
「…………おぅ」
声の主は、青い髪をピンピンに立てた、若者だった。
一度こちらに、その薄墨色の瞳を向けただけで、すぐに興味を無くしたかのように、ぐてっとその身体を台座に沈ませる。
「無愛想な小僧よのう」
その様子にはニアヴも呆れたようだ。
たしかに、客商売を行う者の姿ではない。
「店の品物、少し見せてもらってもいいか?」
「…………好きにしな」
これでは、客が寄りつかないのも当然だろう。
だが、店員との心温まる交流が目的ではないのでどうでもよい。
「さて、目的のものがあればよいが――」
武器屋に入ったのは初めてではないが、アメリカのガンショップと異世界の武器屋を同列に評してもしかたないだろう。
飾りの豪華なツルギは壁に掛けられ、奥には鎧兜を着せられた案山子がディスプレイされている。
ナイフや手斧のような小型の刃物は同じ型の大量生産品が筺に詰められており、逆に大型の武器は一点ものであるらしく、同じ形のものはない。
尤も、そのどれもこれもが埃を被っており、まるで骨董品ではあるが。
そして、店の軒先の駕篭には、錆びたナイフ、折れた銅剣、ひしゃげた兜などが廃材のように詰め込まれていた。
「こんなものが売り物になるのか?」
「ふむ、ゴミではないのかや」
「………穴の空いた鍋と一緒に鍛冶屋に持っていくんだよ」
おっと、まさかツッコミがあるとは思わなかった。
「なるほどな。教えてくれて感謝する」
「そんなことも知らねぇで……アンタら何しに来たんだよ」
バカにするような口調。冷やかしだと思ったのかもしれない。
「君はこの店の店員でいいのかな?」
「あぁ? まぁ店員ちゃ店員だけどな。ここは俺の店なんだから、どっちかってえと店主だろうな」
「店主じゃと? 石造りの店を持つにしてはちと、若すぎるように見えるがのう」
少なくともこの商業地区では、大通りに幟を立て、ゴザを敷いただけの露店の方が数が多い。
加えて言えば、青年には店を持てるほどの商才があるようには見えない。
「そりゃ、俺の店つっても、親から引き継いだモンだしな。知らねぇか? 勇者コッズ・ランドルフの『竜と水晶の店』。俺はそのコッズの孫で、アレク・ランドルフだ」
知るわけがない。
だが、ニアヴの反応はそうでなかった。
「なんと、汝はコッズの孫かや。これは懐かしい名を聞いたの。言われれば確かに面影はある」
「は? 知ってンのか、俺のじいちゃんだぞ」
「ふふん、小僧が何をいうておる。生きてきた歳月が違うわ」
マジか。
「汝の祖父コッズは確かに大した人物であったぞ。いつぞやには、冒険で手に入れたという珍しい『アーティファクト』を見せてもらったものじゃ。なんと言ったか、六足天馬・卷躊寧の力を宿した――」
「『卷躊寧の翼』!」
「そう、それじゃな」
「おおおっ! じいちゃんのことを知ってるなんて、嬉しいぜ! そうだ、じいちゃんはすっげぇ冒険者だったんだ。国宝級のアーティファクトをいくつも持ち帰って、皇帝にも認められて、勇者の称号までもらったんだからな!」
祖父の偉業を語るアレクの瞳は、先ほどの怠惰な店員のそれではない。
「ふむ、それでそのコッズはどうしておる?」
「ああ、死んだよ」
「そうか。それは悪いことを聞いたの」
「かまわねぇさ、ずっと昔の話だ。それより、久しぶりにじいちゃんの話ができて嬉しかったぜ!」
彼はよほど、その祖父を誇りに思っているのだろう。
「俺も武器の扱いには自信があるんだ。冒険にでれりゃ、きっとじいちゃんにだって負けねぇんだけどなぁ!」
「出ればよいだろう」
夢を語る青年に、俺は至ってシンプルな解を示す。
「……それは無理ってもんだ。親父ももういねぇから、俺がじいちゃんの作ったこの店を守っていかねぇといけねぇんだ。勇者コッズの生きた証、この店を俺が潰しちまうわけにはいかねぇよ」
諦めを宿した言葉。
このアレク青年は祖父の語る冒険譚に憧れ、自分もまた冒険者として旅立つことを夢想する、至って標準的な若者のようだ。
また同時に、その祖父の残した店を守るという、誰に替わることもできない責任を負っている。
そして、残念ながら店を運営する能力には恵まれなかった。その結果が、この埃を被った商品と、客の訪れない寂れた店内の姿なのだろう。
「そんなことより、じいちゃんを知ってるってんなら、アンタらは大事な客人だ。何を探してんだ? 安くしとくぜ!」
「ありがたい。では率直に聞こう。この店に『水晶』はあるだろうか」
「水晶? ……おいおい、うちは武器屋だぜ」
呆れたような、アレクの声。
まぁそれは一歩入った時点でなんとなく理解したのだが。
『竜と水晶の店』って書いてあったら、あると思っても仕方ないだろ……
「そうか、ないなら仕方ない。邪魔し――」
「ガラス玉ならあるんだがなぁ」
ん、ガラスはあるのか?
「へへっ、これはじいちゃんに聞いた話だけどよ、『アーティファクト』が隠されてる場所には、なんでか知らねぇが宝石の珠やガラス玉がゴロゴロ転がってるらしいぜ。そんで、アーティファクトにはそれを護る『竜』がいるってのが――まァ、この『竜と水晶の店』の屋号の由来の話だからな。持ち帰った宝石の大半は売り払っちまったらしいけど、それほど金にならねぇガラス玉の方は、冒険の記念に取っておいたんだとさ」
それは思いもかけない重要な情報だった。
「ワーズワードよ、今の話、聞いたかや!?」
「もちろんだ。……その話が本当だとすれば、まず間違いだろう。巡り合わせとは恐ろしいものだな」
「ん、どうしたんだ?」
「いや、こちらの事情だ。それよりも、そのガラス玉、見せて貰えないか?」
「小僧よ、急ぐのじゃ!」
「あ、ああ、ちょっと待ってな」
急に落ち着きを無くしたニアヴの様子に多少とまどいながら、アレクは店の奥へと消えて行く。
「のう、アーティファクトと共に残されておったということは、つまり、そういうことなのじゃろう!?」
「おそらく」
「おおっ!」
「待たせたな……よっと」
ガシャガシャと音を立てて、古ぼけた木箱が置かれる。中には、大量のガラス玉が詰まっていた。薄く色のついたもの、ひび割れたもの、大きさも様々である。小さいものはビー玉サイズであり、大きいものはこぶし大である。
ふむ、統一された規格はないようだな。
「どれがよいのじゃ?」
そわそわと俺とガラス玉との間で視線を往復させるニアヴ。
ニアヴにとっても、これから行おうとしている検証実験は、大いに興味をそそられるものなのである。
「そうだな――」
当然大きい方が良いだろうが、手持ちの旛との相談もある。
また、実験が成功したのなら、それをそのまま実用化の検証まで持っていきたい所だ。
となれば――
壁に掛かっている一本の剣。それは柄に飾り玉をつけられる造りになっている。
ふむ、これでいいか。
丁度剣の柄に嵌るであろうサイズだ。
「これが良さそうだ。ちなみに持ち合わせは少ないのだが」
「つっても値段も決めてねぇしな。じいちゃんの昔の知り合いに会った記念にタダでやるよ」
「そうか。ありがたい」
ありがたいのだが、本当に商売に向いてない青年である。
この店が潰れるのも時間の問題だな。
ふむ。それならば――俺の脳内に一つのシナリオが描かれる。
おっと、不安を覚える必要はないぞ?
今回のそれは、全ての者が幸せになる、win-win、オールハッピーなシナリオなのだから。
新キャラ、増えた。