Wandering Wonder 08
「ハァハァハァ……」
「お主、あれほど手際よく逃げ出しておいて、なんじゃその体たらくは」
「ゼ……ハ……体力には、自信が、ない、のだ」
現代ッ子をなめないで頂きたい。
「それよりも!」
街を分断する川にかかった石橋の上で、ニアヴがビシリと天上を指差す。
「あれはどういうことじゃ!?」
見上げる街の上空に、虹が架かっていた。
「うむ、俺も疑問だったわけだ。我が事ながら、調律に失敗したとは思えなかったからな。動作を正常化させた結果、虹の発生する半径が広くなったのだろう」
おそらく今、この街の殆どの住人が同じように、上空を見上げている。
「大事じゃぞ!?」
「俺の国には『大は小を兼ねる』と言う言葉がある。なに、問題があるならその時に戻せばいいんじゃないか?」
「く……お主のことだ、それも嘘ではないのであろうな……本当にアーティファクトを調律することができるのかや……」
そうだと言ったはずだが、どれだけ信用がなかったのだろう。
「それほど驚くことではないと思うのだがな。魔法使いであれば、道具に魔法をかけることができるのだろう? アーティファクトだと言っても、内部の複雑さが違うだけで、原理は同じなのだから、どうにもできないということもあるまい」
「ますその認識がおかしいと言っておるのじゃ!」
狐が大きく頭を振る。
「なんだと言うんだ」
全くわけがわからない。
「そもそも、妾たち濬獣にも、もちろん人族の魔法使いにも、道具に魔法の効果を留める『魔法付与』の技術はないのじゃ! 故にその効果を引き出すことは出来ても、修理や作成は出来ぬ!」
「………」
今度はこちらが絶句する番であった。
「『魔法付与』……それは失われた神代の御業。それゆえの『アーティファクト』じゃ。先ほどの話に立ち戻れば、お主が魔法の力の込められた杖を見たというのであれば……それも間違いなくアーティファクト――古の遺産であることに間違いはない」
「だがそれは貴重なものなのだろう? 街中でそうそうお目にかかれるものなのか」
「ないであろうな。故に、妾はありえんと言ったのじゃ。もし本当にそんな者がおったというのなら、その者はよほど高貴な身分のものか、或いは高名な冒険者ではなかろうか」
「……そうは見えなかったがな」
セスリナの姿を詳細に思い出して、その上でやはり否定せざるを得ない。
ただのずっこけ魔法使いの類だろう。
「やはりお主は非常識極まる!」
「その点、異論はない」
俺も自分のことを常識的な人間だと言ったことはない。そこに認識のズレはないはずである。
真っ直ぐにこちらの瞳を射抜いてくるニアヴ。
俺もまた、揺るぎなくそれを受け止める。
「自分がどれほどのことを行ったのか、わかった上でその落ち着きかや……全く底のしれん男よ。じゃが……それも含めて、お主を見極めることが、妾の役目でもあるということかや」
ああ、そういえば、そうだったな。
「であるならば――聞かせるが良い」
「なんだ」
「……『反魔法』の効果があるアンク・サンブルスをどうやって停止させた?」
その瞳の奥にキラと燃える知識欲という名の欲求。
人のことを散々非常識だと言っておきながら、魔法的な技術については知りたいらしい。
本当に気分屋な狐である。
まあいいが。
「答えは簡単だ。そもそも魔法を使っていない。故にその効果が発動しなかったのだろう」
俺も自分の理論を整理する目的として、言葉を繋いで行く。
「必要なものは単純に停止を念じることだけだ。もっともそれだけでは、今までだれも同じことができなかった理由としては弱い。源素を認識した上で、必要な念、この場合は七つの源素を同時に停止させるような並列思考を行わなければならなかったのだろう」
「並列思考とはなんじゃ」
「例えるならば、小石を空に放り投げて、空中でつかみとる行為。それがひとつならばたやすいだろうが、二個三個同時となると難しくなる。思考においてそれを行うことが並列思考だ」
「同時に2つ以上のことを念じるということかや……いや、ありえぬ話でもないの。確かに、それならば、偶然にも起こりえるはずもない。うむむ、とすればじゃ、お主の『源素』を視認できる特殊体質は、魔法発動原理の解明だけにとどまらぬ、ということかや」
頭のよい狐である。俺もまだ自分の体質の可能性を推量しかねていたというのに。
「まず、実証済みの効果としてアーティファクトに対する干渉が可能だということが言えるだろう」
「調律と言ったかや。実際には何を行ったのじゃ」
「かみ砕けば、魔法効果を発動させる要因たる複数の源素の不整合を正し調和させた、ということになるだろうな」
「ぐぬぬ……それでかみ砕いておるのかや……」
俺に、というより、その言葉が理解できなかった己に対して、悔しさを感じているようだ。
理論の理解は、俺の翻訳の不完全性による伝達力不足も原因の一つであろう。頭の回転は俺をして感嘆させるだけの早さを持っているのだから、それほど卑下する必要はないと思うのだが。
その考えを持ってなお、狐の悔しそうな表情を微笑ましく感じてしまうのは、俺の性格が最悪だからである。
いくつかの小石を拾い、橋の欄干の上で円形に置いていく。
「例を出そう。アンク・サンブルスは7つの源素が内部で様々な図形を描いていた。その一つの形が円だ。その一点が、こう、ずれているとする」
小石の一つを、動かす。
「ふむ。形が崩れてしまうのう」
「そうだ。もちろん、この形が正式な魔法発動の図形であるのかもしれないが、少なくともお前の魔法には、その要素はなかった。見せてもらった全ての魔法が、美しい幾何学図形を描いていたわけだ」
「妾の魔法が美しい?」
「ああ」
少なくとも、あの質の悪い魔法の杖より先にニアヴの魔法を見ていなければ、それをどうにかしようなどということは思いつかなかったはずだ。
「そうか、妾の魔法は美しいか。……くふふっ!」
ぶわっさぶわっさ、とその太い尾が左右に振られる。
たったの一言で、ご機嫌バロメーターが一気に上昇する。本当に褒められることが好きであるらしい。
「続けよう。源素をある一定の図形につなげることが、魔法発動の条件である以上、その形には意味があると推定される。であればそれは、より法則的、規則的であることが求められるのではないか」
正弦定理、シンメトリー、黄金比――数学的な美しさは、俺にとっても好ましいものだ。
先ほどずらした石を元の位置に戻す。
「そのずれている源素を正常な位置に戻した結果がこの大虹だ。これを調律と呼ぶ。実証結果から見れば、不完全な源素図形が不完全な魔法の発動につながるという仮定は、それほど外れたものではないと言える」
元々は、俺が見ていて気持ち悪いので、直しただけなのだが。
顎に手をやり、難しい顔で俺の置いた小石をみつめるニアヴ。
「……なるほど。お主の理論はわかった。じゃが、やはりこの調律という技術は、源素とやらの見えるお主にしか扱えぬのではないか?」
「源素が見えないというのであれば、かなり困難だろうが、魔法自体は源素が見えない者でも使えるのだ。100%無理ということはないだろう」
「もし可能ということになればじゃ――」
その言い回しは、例のアレか。
「いらぬ混乱を招く、か? ……言っておくが、同じ議論を繰り返す気はないぞ」
だが、狐の反応は、俺の想像とは全く別のものだった。
「………いや、革新的じゃ」
思わず、あっけに取られる。
ニヤリと、キバを見せるニアヴ。
やれやれ、一本取られたのはこちらの方か。
ならばその一本、取り返さねばなるまい。
「更に可能性を発展させよう。調律が可能であるということは――」
続けた俺の言葉に、ニアヴが更なる驚愕を見せる。
やはり、知識を深化させる議論は面白い。
かつて地球上の全ての知識という知識、技術という技術を貪り食い飽きた俺に、魔法という全く新しいものへの興味を与えてくれる異世界。
この世界は十分に面白かった。
さて、議論は議論で楽しい一時だが、可能性を論ずるのであれば、次は『検証』が必要だな。
「この主人公何言ってんのか全然わからん」という方はご安心ください。
作者にもわかりません。