Wandering Wonder 06
橋を渡った先は、これまでの商業地区の喧噪とうって変わって上品な街並みを見せた。
いわゆる商店もこれまで以上の大規模店舗しかなく、門構えも立派である。
貴族の館と思わしき門前は掃き清められ、衛兵の姿もちらほら映る。
更に歩くと道幅はさらに広くなり、大きく円形に視界が開けた場所がそのまま広場となっているようであった。
ぐるりと見渡せば、同じような大道が左右から伸びてきており広場でT字に交差している。
と言うことが、ここが街の中心『トルテ広場』なのだろう。
ちなみに正面にはなだらかな階段が伸びており、その先は宮殿へとつながっていた。
……王様でも住んでいるのだろうか? それともルアン公という奴か?
『オオオオオ……』
広場中心の人だかりからは絶えず歓声が上がっていた。
狐は……ぱっと見では居るか居ないかわからないな。
夜ならともかく、この日中時間帯に、光量感知だけで特定するのは難しそうだ。
ま、とりあえず、行ってみるか。
「……失礼、こっちも失礼」
わかっていたことだが、この街の住人に『順番待ち』という概念はない。先に進みたいなら、邪魔なものは押しのけて進むのがこの場での常識的行為である。文明レベル的な意味で。
「はい失礼、よっ……ととっ」
その際、勢い余って、人の輪の最前線の一歩内側まで踏み込んでしまったのはご愛敬だろう。
「ん?」
その俺の身体を、七色の光がすり抜けた。
『オオオオ………!』
一際大きな歓声が上がった。
◇◇◇
「なんだこの光は?」
目の前には、角度80度ほどだろうか、やや傾いた金属製の支柱が立っていた。
その先に視線を向ける。
「ほう」
俺をして感嘆せしめるもの。
支柱の先、高さ2mほどの位置に、巨大な宝玉が固定されていた。
巨大な宝玉は、野外に設置されているにもかかわらず、疵一つ無い美しさである。
それが、七色の光を反射している。七色の光は宝玉を中心にして発生していると思われる虹の円環の光だ。
その虹が、くる、くると回っているのである。
虹の円環は、それが何を意味するのかは判然らないが、当然ただの光のプリズムではなく、魔法によって産み出されたものだろう。
それを発生させているものこそ『アンク・サンブルス』――その虹の円環に触れないギリギリの位置に人は集まり、その美しさを堪能していた。
人の輪を一歩踏み出してしまった俺は、その虹に思いっきり身体が触れてしまったと言うわけだ。
虹に触れたことで身体になにか異常があっても困るので、その場で自分自身の身体をチェックするが、特におかしな点は見つけられない。
「よォ、兄ちゃん! 虹に触っちまってなんともねぇのか!」
観衆の一人が無遠慮に声をかけてくる。
「特になんともないと思われるが……何か問題があるものなのか?」
「がははっ、それがわからねぇから、『アーティファクト』なんじゃねぇか! 兄ちゃんはちと冷静すぎて面白くねぇがなっ」
「……なるほど」
確かにどんな効果があるのかわからないと言われて、むやみに触りたいものではない。
とはいえ、みな経験則として、無害なものであるとわかっているのだろう。
でなければ、こんなに虹の回転範囲ギリギリまで近づいたりはしないはずだ。
そして、たまに虹にうっかり触れてしまった俺のような相手に対し、こうやってからかいの言葉をかけているのだろう。
魔法というものに免疫のない一般観光客であれば、恐れおののく反応を示してもおかしくはない。
俺は改めて『アンク・サンブルス』に目を向ける。
「なるほど、これは見たことがない美しさだ」
「がはははっ、ったりめぇだぜ! 『アンク・サンブルス』は世界一の『アーティファクト』だぜ!」
そんな自慢に満ちた誇らしげな声に、皆納得のうなずきを示している。
――やれやれ、俺はそう言う意味で言ったのではないのだがな。
美しいといったのは、『アンク・サンブルス』の中心たる巨大宝玉。その内部にある源素についてである。
まず巨大である。この身にまとわりついてくる源素は、最大でもピンポン球サイズなのだが、『アンク・サンブルス』内の源素は、その一つ一つが野球の硬球サイズの大きさなのだ。
更にもう一点。これまで見てきたのは白・赤・青・緑・黄の五色だったのだが、この宝玉内には更に紫・黒の二色が存在していた。
合計七色七つの源素が宝玉内で三次元の幾何学模様を刻むように絶えず形を変えているのだ。
セスリナとかいう女の持っていた杖とはランクの違う精密な動きである。欲を言えば、最後の黒源素の動きが他よりワンテンポ遅れているところが画竜点睛を欠いているが、コンピュータでシミュレートしたかのようなその動きは、俺をして唸らせるものだった。
ドンッ
と、宝玉に集中していた所に背後から襲撃を受けた。
なんだ、体当たりか?
「お主……どこをほっつき歩いておったんじゃ」
「……なんだお前か」
「気がつけばお主はおらんし……街では妾の鼻も利かぬし!」
いや、勝手にテンション上げて跳ねていったのはお前の方なんだが。
反論しようと振り向いたところでそれに気付いた。
赤みを帯びた目元。伏せられた耳。ぎゅっと握られた、服の裾。
……やれやれ。
俺は、ポムポムとその頭に手を乗せる。
「悪かった。もう目を離さない」
あやすように優しくその頭を撫でる自分の姿は、全くもって柄じゃないと苦笑せざるをえない。
「……うむ」
迷子の迷子の狐さんは、案外あっけなく見つかったのであった。