Wandering Wonder 04
「ここで、足帳の記入をして頂く決まりとなっております。お手数だと思いますが、ご記入頂いてよろしいでしょうか?」
そこまで話していたところで、行軍が止まり、俺たちを先導していたオルドが、向き直る。
朱雀門の外側で、荷台と人物チェック、そして内側で足帳とやらの記入を行うようだ。
「ん、そんなものがあるのかや?」
「ニアヴ様には失礼かと存じますが、これも街の治安維持の一環でございまして――」
「ああ、よいよい。人の住まう地では人の法に、深山碧谷では濬獣の定めに従う。当然のことじゃ」
鷹揚に筆を取ったニアヴが長く連なった巻物にさらさらと文字を連ねる。
文字か――
「さ、お連れの方も」
同様に筆を渡されるが当然の事ながら俺は文字を書くことができない。
むしろ街に入る大きな目的の一つが、この世界の文字を知ることである。
発声からの言語デコードとは違い、この国のアルファベットの文法・法則性について、サンプリングさえできていないのだ。
「すまない。俺は文字の読み書きができない」
「は……え?」
俺の相手をする青甲冑くんの目にとまどいの色を見える。
まぁ自分より、偉い人間が文字の読み書きができないなんて、思わなかったのだろう。
あの『ニアヴ様』相手に軽口を叩くような人間が、となれば一層のことだ。
もっとも俺はそんな相手の心情変化など気にしないのだが。
「代筆を頼めるだろうか?」
「はッ、もちろんです。日付その他については私どもの方で記入いたしますので、お名前とユーリカ・ソイルへ来られた目的についてのご記入をお願い致します」
「名前はワーズワード」
「ワーズワード……ええと、ご家名はなんと仰るのでしょう」
「家名はない。ただのワーズワードだ」
「は、失礼いたしました」
「目的はそうだな、観光ということにしておいてくれ」
「はあ………」
彼の書く文字を目で追いながら、その場でアルファベットのチェックを行う。
発声6文字の『ワーズワード』が、こちらの言葉では4文字。発声音数よりも文字数が減っており、かついくつかの基本記号の組合せで書かれる文字であるということは、漢字やヒエログリフに近い象形文字系の言語なのであろう。
であれば、大まかな象形(記号)の組合せさえ覚えれば、あとは絵的な組合せから意味の仮定(解読)が可能になるだろう。
文字の修得についてもあまり苦労はしなさそうである。
「以上です。どうぞ無事の滞在を」
「ありがとう」
最後まで慇懃な態度を崩さなかったオルドと別れたところで、シャルがふへぇぇ~と大きな息を吐いた。
「す、すごく緊張しましたぁ~」
「なに、門を抜けてしまえば、もう他に接点はないだろう。ところで――」
「はい?」
「この後のことだ」
俺としては商品、看板による文字学習。家屋造成、人間観察による文明度判定。食品、水道事情による生活レベル判定と、多数の目的がある。
一言で言ってしまえば、この街の全てが大きな知識の泉だ。なるべく時間を無駄にすることなく目的を果たして行きたい。
「あ、それなんですけど、すいませんっ!」
いきなりペコリと頭を下げるシャル。
「私、先に終わらせないといけない仕事がありますので、夕方に宿で合流ということで良いでしょうか……?」
背負った大きな荷袋はその仕事に関係するのだろう。
「よいのではないか? 妾も久しぶりに街に降りてきたのじゃ、まずは『アンク・サンブルス』に行ってみたいと思っておる」
街に入ってから、むしろ俺よりもテンションが高くなっているニアヴが、嬉々と口を開く。
人間であれば気分屋と言うところだろうが、ニアヴに関して言えば、姿の半分は本能のまま生きる畜生そのものなのだから、まさに見た目通りの性格ということで納得できる。
「ああ、問題ない。俺たちのことはついでだと思って、シャルは自分の予定を優先させてくれればいい。確かに初めての街だが、合流場所と時間がわかっていれば、人に聞くなりしてたどり着けるだろう」
「あう、ここまで案内してきて本当にすいません。日が沈む前には終わりますから」
単なる偶然の産物でできた同行者に、ここまで責任を持てるシャル。
愛すべき資質である。
「ああ、わかった」
「それで、宿はですね――」
『ロッシの梢亭』という名と、大体の位置を記憶に刻み、シャルとは一時の別れである。
その際、足税が浮いた分という名目で多少の交遊費を受け取ることになった。さすがにこれは拒否すべき話ではなかったので、ありがたく頂戴することにする。
◇◇◇
時折馬車が駆け抜ける大通り。その両脇には石造りの大店と、その間を埋めるように雑多な露店が軒を連ねる。
とぎれない人並みも相まって、一種のお祭り会場のようでもある。
「はぐれるなよ、ニアヴ」
「こっちの台詞じゃ! おっ、良い匂いがするのう!」
くんくんと鼻を動かし、串を売る露店へと跳ねていくニアヴ。大変にテンションが高い。
そして小さな露店であってもその幟には絵ではなく、文字。
つまり――
「……思いの外、識字率が高いということか」
武器屋に剣、防具屋に盾。商品イメージの具象化というのは、元々文字が読めない人たちに対するものだ。
それがなく、文字で店名を表しているのは、客がその文字を読める、という前提に立っているからだ。
振り返るに、先ほど文字が読み書きできないと言った際の青甲冑くんのとまどいも、それが基本教養として、当然だという認識に基づいてのことだろう。
次に食材である。
「これは何の肉だ?」
「いらっしゃい! ウチはサチアロ専門だよ!」
軒に豚と猪を掛け合わせたような動物の開腹死体が吊されている。
「では、その串をいっぽ――」
「三本!」
「……三本もらおう」
「まいどあり!」
当然のように三本全てを受け取ったニアヴが、そこそこ大きい串だというのにぺろりと平らげていく。
「サチアロは生も良いが、この香ばしい味付けもまた、たまらんのう!」
「油の付いた指を舐めるのはやめなさい」
そっと嗜める俺だが、狐の耳は、次なる獲物の在処を探るためにしか働いていない。
「次は、あの果実酒じゃ!」
さすがの身のこなしで、人群れを超えていくニアヴ。
「ちょっとは落ち着け」
振り返って、手を伸ばそうとしたところで、後ろから勢いに乗ったドンという衝撃を受けた。
そこにはバランスを崩す赤い影――
「わっ、わっ」
「さっと」
こと人を避ける術においては日本人の右に出る者はない。つまり、この世界で俺以上の者は存在しない。流体、とも言うべき絶妙かつ神速の動作で倒れ込んでくる人影から身体を反らす。
赤い人物の、俺の肩を掴んで体勢を立て直そうとしていたその手が空を切り、結果、
「ちょ、うきゃああ!」
その勢いを殺せず、どんがらがっしゃーんと派手に転がっていくのであった。
「いたたたぁ~~」
なにやらうめき声が聞こえるが、俺は悪くないので放置。
それよりも俺の目を引いたのは、その身に纏う源素光量である。
推定3,000ミリカンデラ。ここまでに出逢った人々の中では随一の明るさである。
それによく見てみれば、身に纏うのは、赤いローブとなにかの紋章の入ったミニマント。動きやすさ重視ではあるが、まさに日本人の思い浮かべる、一般的な『魔法使い』の姿である。
カラン……
とそこで、俺は足元に転がってきた布にくるまれた棒状のものに気付き、拾い上げた。
杖身は木製で赤い漆塗りがされている、杖頭は精緻に金属加工された銀環が備え付けられており、そこにこぶし大の宝玉がはめ込まれている、それはつまり、
「やはりあるのだな。『魔法使いの杖』というものは」
剣やら革鎧やらを目にして、もうその感覚には慣れたと思っていたのだが、『魔法』関連のアイテムは、それとはまた別腹の感慨を呼び起こすものらしい。
宝玉の中では、大きな4つの赤源素がくるくると回っていた。
それは、宝玉の外にでることなく、球体内部で反射している。
「なるほど、源素はこうやってモノの中に込めることもできるのか」
源素の動きを追うと、それは三角錐の形につながっていることが判然る。三角錐と言えば【フォックスファイア/狐火】の発動図形である。一つ色が違うが、まあ似たようなものなので、炎の杖といった属性なのかもしれない。
だが、これは……
シャルさんの次の出番はWandering Wonder 12までお待ちください。