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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
143/143

Double Dragon 30

「位置的には本部テントの丘の下あたりでございまするか。そこに、このような巨大な保存庫がありまするとは――」


 地下とは思えぬ天井の高さと奥行きに目を奪われたタリオンが呆然とつぶやく。

 そうだな。頑張って作った。

 

「頑張ればできるというものでもございませぬ……なにより、これだけの穴を掘れば大量の土砂が出るはずでございまするが、そのようなものを見た記憶がございませぬ」


 冷静な指摘。さすがタリオン。


「良い着眼点だ。そこに気づくならトイレ設備の時点で気づくべきだな」

「そういやここのトイレ、深っけぇ穴を掘って作ってあるよな。あれも考えりゃ土を掘ってるわけだから、よく考えりゃおかしいか」


 土を掘れば掘った分の土がそのまま地上で山となる。当然の理屈だ。

 もしも、この空間と同等の体積の土山が地上に存在すれば、否が応でも巨大な地下部屋の存在が疑われたであろう。


「その点、俺の穴掘り魔法は優秀だ」


 その名は【アンク・サンブルス・アンリミテッド/孵らぬ卵・限定解除版】。


 流動する源素図形は一度構築すればその場所を動かせないが、新技術『遠隔詠唱リモート・コール』で最初から地中に源素図形を作ってやれば、マイナス効果などあってなきが如し。

 『自壊ディスインテグレーション』の魔法効果は、範囲内の全てを無に帰すため、出来上がるのは完全球形の地下空間である。

 あとは足元をならして、壁と天井を金属生成魔法で補強してやれば、巨大な地下保存庫の大☆完☆成である。野外トレイのボットンタンクも作り方は同様だ。

 

 

「ワーズワードの兄者、気になっておったのじゃが、部屋の奥のアレはなんじゃ」

「祭壇のようなのじゃ。地面に剣が刺さっておるのじゃ」

「あれは――」

「あれこそ、地下保存庫ここの要、【マルセイオズ・リフリジレイション・ブレード/水神冷蔵刃】でち!」

「……」


 チウチウさんにセリフを取られた。

 が、その通り。ただの地下室なら【孵らぬ卵・限定解除版】だけで完成だが、ここは専用の使用目的を持つ『地下保存庫』だ。そこでは適切な温度管理が必要とされる。

 単純に地下というだけでは、熱帯系猫族の身を震わせるだけの冷気を生み出せない。

 ゆえにここでまた別の魔法、いや魔法道具が必要になってくる。


 それが【水神冷蔵刃】だ。


 もう少し説明を追加するならば、【マルセイオズ・フリージング・ソード/水神凍剣】の冷凍効果(弱)を付与した刃物型の魔法道具、ということになる。俺が作った。


 どうせ水晶珠に魔法を付与するのに、なぜわざわざ刃物の柄に? と疑問に思うかもしれない。

 もちろん理由がある。なんでも玉のままで利用すると、どれにどんな魔法が付与されているか見た目で判断できなくなるのだ。


 俺や駄犬だけであれば、珠の中に浮かぶ源素図形を見てその効果を判別できるが、他の者はそうはいかない。

 となれば、魔法道具ごとに何かしら別の形状を与えた方が使用性ユーザビリティが高い。

 古の王国で創られたマジック・アーティファクトが剣や杖、装飾品など様々な形状に加工されているのも似たような理由あってのことだろう。


 でもって、どうせ加工するならそのデザインには凝りたくなる。そっちの方向を極めていけば、何処かの時点でデザイン性が魔法効果を凌駕することもあるだろう。いっそ不要な魔法効果の方を削ぎ落とした結果生まれたのが、『アート・アーティファクト』と呼ばれる美術的価値を持つ遺品なのかもしれない。

 全部想像で適当だが。

 

 【水神冷蔵刃】は片刃の包丁デザインにしてある。全体としては無骨でありながら、よく見ればなめらかな曲線をもった全長一メートルを超える大包丁。さすがにそんなものを扱える料理人はいないので、あくまでデザイン優先なのだが、保存庫の象徴としては満足行く代物だと自負している。

 周辺を永続冷却する効果しか持っていないので武器にはならない包丁型魔法道具。それが専用の台座に刺さっているのだ。

 

「がうう、ここ一番驚いたぜ!」


 両肩をさすりながら、ダスカーが呟く。

 自分たちの足の下にこんな空間があったのだという驚き。そのことを全く知らなかったという困惑。

 皆同様の驚きを見せたあと、その表情は目一杯の喜びに変わった。


「でも! たべもの、まだこんなにいっぱいあったんだ!」

「そうでち。穀物なら黍・小麦・豆。それに香辛料トーガ。赤いトーガはそのままじゃ食べられたものじゃないでちが、煮込み料理に使えば肉の臭みを消すのに役立つでち。毎日収穫する野菜も半分は保存に回して、食糧は減るどころか増えているくらいでち」

「くんくん、爽やかないい匂いがする~。なんの匂いだろ」

「ボクわかるよ、これはロッシの匂い! ホラ、ここの樽にいっぱい詰まってる!」

「その隣の木箱はボボナでございますね。熟れた甘い香りがたまりませぬ」

「塩、砂糖、香辛料。いやはや、儂が戦ったどの戦場でもこれだけの豊富な食材は見たことがないぞい」

「然り。戦場の食といえば固いパン野菜の汁が定番でございまれば」

「上の食糧庫でみた一〇倍、いや一〇〇倍はあんじゃないのか」

「でもお肉は!? 昨日馬車一台分がもってかれちゃってるんだよ!」


 リストが叫ぶ。

 なんでそんなに必死なんだ。


「それも問題ないでち。昨日奪われた肉は一日分でち」

「ハ? あの量の肉が一日分だって!?」

「新鮮な肉を食べられるように追加で買い付けただけだからな」


 より美味しいものを、というただの食へのこだわりである。


「それも含め、地上の食糧庫では次の一日分の食料のみを保管していたということだ。この地下保存庫を敵の目から隠すことが目的であり、兵站に対する攻撃を受けた場合の囮でもある。昨日の襲撃がまさにそれだな。向こうは完璧な奇襲を決めたと思っているかもしれないが、それがすでに手のひらの上だ」

「そういうことでち。昨日やられた分を除いても、ここにはおまえたちが一ヶ月以上食べられる食糧が保管されているんでち」

「すっ……ごーーい!!」


 装備。経験。組織力。どれをとってもアルムトスフィリアが四神殿に勝っているところはない。


 故に『負ける』のではない。


 故に『備える』のだ。


 聖都攻略の開戦は五日前だが、二月前には竜国へ人材支援を要請し、この拠点を決定して事前にシズリナ商会に食糧の大量発注を行った。一月をかけてなにもない丘陵の地下を空洞化して、ひっそりと食糧の運び込みを開始していたのである。

 故に初めて皆がこの地に足踏み入れた時には、すでに食糧の『備え』は完了していたのだ。

 

 つまり、俺が言いたいのは、

 

「つまり――」

「つまり、おっしょーさんはこう言いたいのでち。自分がこれだけお前たちのために頑張ってるのに、なんて不甲斐ない奴らでちと!」

「むむぅ、それを言われると面目次第もないのう。じゃがの、儂らが頑張っておらぬといわれるのは心外じゃ。相手はあの四神殿なのじゃぞ?」


 チウチウさん?

 いや、そうでなく――


「い――」

「言い訳するんじゃないでち! スプーン盗難の話も奇襲での完敗も同じでち。おまえたちが弛んでるから、あんなことになるんでち」

「チウチウさんの言う通りだぜ。双曲刀の爺様よ、俺たちの心のどこかに甘えがあったんじゃねぇか? ワーズワードのアニキがいれば、俺たちがダメでも、どうにかなるってよ」

「悔しいけど、ダスカーの言う通りだよ。ボクたちにはボクたちが戦うって覚悟が足りなかったんだ。ありがとう、ミーネ。その通りだよ!」

「わ――」

「わかればいいんでち。おまえたち若いのは難しいことなんて考えてないで、思いっきり外を走り回って、腹を空かせて帰ってくればいいのでち」

「そうなのじゃ、ご飯があることがわかったのじゃ、よかったのじゃ!」

「ご飯抜きはきついのじゃ。今日ちゃんとご飯がでることがわかっただけでもうれしいのじゃ」

「はい。これほどの安心感はございませぬ」

「な――」

「なにを笑ってるんでち! 毎日食べられるのが当然だとでも思ってるんでちか。これだけ準備するのがどれだけ大変だと思うのでち。おまえたちがなにもしらない裏で、これだけのことをしてもらっていることに、おまえたちは一体何を返せるのでち!」

「その通りだ。俺たちゃ、どうすればいいんだ!」

「そ」

「それは勝つことでち。それなのに、なにをコテンパンにやられてるんでち。おまえたちに足りないのは反省ではないでち。気持ちが足りないんでち。もっとおっしょーさんを見習って、絶対負けない気持ちで頑張るんでち!」


 チウチウさん???


 訂正しようとする俺のセリフを尽く遮り、俺が言いたかったことと正反対のまとめ方をするチウチウさん。

 ではなく、戦の大勢たいせいに影響しない一戦で勝とうが負けようがどうでもいいという話であって。


 俺の視線を受けたチウチウさんがわかっているといわんばかりに鷹揚にうなずく。


「だから、今日は絶対勝つでち。それで全部取り戻せる。でもって、みんなでおいしい晩ごはんを食べるでち! それがおっしょーさんがお前たちにここの存在を知らせてでも言いたかったことでちよ!」

「そうだね。わかったよ、ワーズワードサン、ミーネ!」

「がうう、なんと勇気づけられるお言葉。ワーズワード様、チウチウ殿。このレオニード・ボーレフ感動いたしましたぞ」

「言に理あり。理に力あり。心震わせる言葉はまさに希望そのものでございまする。確かに今は前進のとき。わたくしの足を止める混迷の霧は今晴れましてございまする」

「『千の風聞よりこの目一つ』なのじゃ。狐族にある言葉じゃ」

「そうじゃ、目一つなのじゃ! 口で言われただけでは頑張れぬが、今日の晩ご飯がちゃんとあると自分の目で見たあとなら、いくらでも頑張れるのじゃ!」

「がおおおおお、さすがだぜ、アニキィ――!」


 全者一丸の一致団結。

 勝利に向け、皆の心が一つになる。


 ……それは俺が言いたかったことではないでちよ?


 チウチウさんの方言も伝染ろうというものだ。

 訂正を口にしようと動いた俺をニアヴが横目で制止した。

 

「やめよ。ミーネの言葉で皆の心がまとまったのじゃ、よいであろう」

「……お前は俺の説明不足を怒ってたんじゃないのか」

「ことの本質はお主の心とと皆の心のずれじゃ。たとえ同じ目的地に向かう船に乗っていようと、互いのコエがずれれば方向を失いもする。お主には昨日の襲撃など取るに足らぬ出来事の一つでしかないかもしれぬ。影響はないから気にするなとでも言うつもりだったのじゃろうが、それでは皆の心はまとまらぬ」


 概ねその通りである。

 ……どこまで見透かされているのやら。


 ニアヴに言わせるとそれは悪手であるらしい。今彼らに必要なものは戦略における安心材料ではなく、試合に負けた会場から部員をランニングで帰宅させるような体育会系の叱責だったということか。

 任された仕事はやりきったと言わんばかりの満足顔を引っさげたチウチウさんがちょこちょこと駆け寄ってくる。


「おっしょーさん、こいつらもこれで心を入れ替えたでち。昨日の罰の分もあわせて、今日はあいつらにおいしいものを食べさせてやりたいでち」

「……そうだな。作戦が予定の日数を超えることもなさそうなので、このままだと食糧もあまりそうだ。多少の贅沢は許可しよう」

「ほう」


 ピクリと耳を動かして、ニアヴが食いつく。

 

「ふむ、備蓄状況を見るにトーレン・フォルカが余り気味だな」

「よいのう! トーレン・フォルカの甘い実は良いものじゃ」


 その味を想像してしっぽを喜ばせるニアヴ。

 

「まだ固いかもしれないが栄養価も高く、量を作る料理にも向いている」

「決まりじゃな」

「新しいれぴし!」


 ピンと伸ばされた槍のようなしっぽ。こっちはチウチウさんだ。その目がキラキラと輝く。


かぼちゃトーレン・フォルカは大好物でち!」


 おっと、これは想定にない反応だ。

 チウチウさんの喜びようはニアヴそれ以上だった。



 ◇◇◇



 『アルトハイデルベルヒの王城』・王の私室

 

 衛兵が困惑の視線を室内に注ぐ。

 その視線の先、主不在の部屋の中、長椅子に腰を下ろす男性の姿があった。


 外見は三十代。やや細身で筋肉のついていない柔らく白い肌をしている。

 金髪碧眼。ややくすんだ髪はウェーブがかかって縮れている。人目を引く美男子というわけではない。平凡な外見だ。

 国籍不明。姓名不詳。彼を表す識別名はただ一つ、

 

 『エネミーズ12』リズロット(L.L.)――である。

 

 リズロットの前方の空間にパッと光が煌めく。緑の閃光、そして消失。

 それは【パルミスズ・マインド・ネイ/風神伝声】の発動光だった。

 

「うーん、困りました。アルカンエイクはともかくジャンジャックとも連絡がつかないというのは想定外です」

  

 肩を竦めて、お手上げのポーズ。そしてそのまま長椅子の上にごろんと転がる。

 衛兵の困惑の視線が強まる。それはそうだろう。履き物も脱がず、長椅子の上で横たわる姿は不敬不遜不敵の一言。

 王が直々に招聘した客人であっても、超えてはいけない一線があろう。

 ここが……一般的な国家、常識的な王であれば。

 

 彼の主人たるアルカンエイクという新しい王は、同じく全く新しい価値観も連れてきた。

 一つは跪礼の廃止。不要の一言で古きしきたりは消え去り、廊下で上位者とすれ違っても立礼のみで済まされるようになった。

 一つは才能による登用。人物の登用において身分が求められた時代は終わり、人はその才能のみで評価されるようになった。

 一つは密室の開放。そも政治とは密室で行われ、『宣託会議』はその結果を追認するだけの仕組みであった。だが現在の『宣託会議』はまさに開かれた議会へと変わっている。

 

 アルカンエイクは文明人であるがため非効率な慣習を壊したが、妖精たちの政治に興味を持たなかったが故、壊しすぎなかった。

 その絶妙なバランスを国力に転化できたのはオーギュスト・エイレン・ゼリドの辣腕あってこそだが、法国を四大紗国の中でも頭一つ抜ける地位に持ち上げたものは、間違いなく彼の持ち込んだ異世界の価値観あってこそだろう。

 

 故に衛兵は苦悩する。王の私室は神聖にして侵すべからざる『聖域』であり、聖域を守護する己の職務は誉れであり誇りである。

 しかし、彼の王はそんな『聖域』を一時的な休憩所としてしか見ておらず、彼ら衛兵のことも、聖域守護者ではなく室内に展示された宝物の警備員程度にしか思っていないフシがある。

 王がどう思おうとどのように振る舞おうと、それで彼の誇りが揺らぐことはないが、客人が王と同じ振る舞いをするとなれば、話は別である。

 いかな客人とはいえ、警告すべきであり退室させるべきである。だがそうした場合、最後に叱責を受けるのは自分自身になるだろうという絶対の予感がある。開放されたのは密室だけではなく、自分の私室も同様なのだと。

 王への敬意に従うべきか、王の持ち込んだ新しい価値観に従うべきか。

 

 ……結論は出ないまま、彼はただ困惑(迷惑)の視線をリズロットに送り続けるしかなかった。

 

「ワーズワードは……って、ボク(リゼル)のことですから、どうせ調子に乗ってヤブでもつついているうちに、ヘビを出してしまったのでしょう。その点さすがはボクですが、観察しに行く前になにがあったのかは知っておく必要がありますね。時間もありますし、今のうちに見ておきますか」


 天井を見上げるリズロットがその手に一つの宝玉を掲げる。

 ピンポン玉に似た白く濁る宝玉は、その中央に大きな丸い黒い染みが入っており、宝石としての価値は低そうだ。

 

 ぽたりと赤い雫を垂らす、それは抉りとられたリゼルの瞳だった。

 思い出されるのはパチリと片目を閉じる、リゼルの小悪魔なウインクだ。

 まるでカメラのシャッターを切るかのような、そのウインク――

 

「――『或る少女の一生リバイバル・ハーサイト』」


 それが、魔法効果発動のコマンド・ワードだった。

長らくお待たせしました。更新再開です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新再開ありがとうございます!時々見に来てた甲斐がありました!
[良い点] やったー!!!! 再開だー!! お仕事お疲れ様です! [一言] アンク・サンブルスが穴堀道具にされてて町のヒトが知ったら憤慨されそう さすが合理的なロジカルモンスター
[一言] 生存確認! 長期止まってると何かあったのかと心配します
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