Double Dragon 28
時を少しさかのぼった丘の上。作戦本部テントの中。
二人の訪問者を迎えるワーズワードの姿がそこにあった。
「えっと、あの、はじめまして、ウォ――あー、ウォーレンです」
「どうもはじめまして」
ウォーレン先輩とアスレイ後輩の名刺を交わすような定型の挨拶。
初の顔合わせであるが、互いのことは事前に伝えてあるので二人の間に混乱はない。
逆に混乱しすぎてどうしていいか判然らなくなっているやつらが三人。
「どういうことじゃ、こやつらは四神殿の神官ではないのか」
「神官なら敵なのじゃ。なぜ、敵がここにおるのじゃ」
「そうです、リュース近衛神官、こここ、これは一体どういうことなのです!?」
中でも一番うるさいのは、アスレイが連れてきた緑の帯を巻いた神官だった。
【マルセイオズ・アフォーティック・ゾーン/水神黒水陣】の効果範囲内であればいくら騒いでもらっても大丈夫だとはいえ、やや混乱し過ぎではないだろうか。
男の印象を一言で表現するなら完璧超人だった。
イケメン。背が高い。神官のくせに太ってないどころか鍛えてすらいる。着ている衣服も上質で、四神殿内でも高位の神官であることが判然る。
自らの置かれた状況に混乱しすぎてやや醜態を見せている点を除けば、世の男のあらゆる理想を体現した男だ。
俺のこの気持ちはどこにぶつければいいのだろう。
『ワタシ ワーズワード ウラメシイワ』
『フヒィッッ』
「彼は?」
「風神大神殿長のフレイリン上級神官です。この計画には四神殿内部の協力者も必要ですので、優秀なフレイリンさんにご協力を仰ぐことにしました」
「計画? 協力? 何を言っておられるのだリュース近衛神官ッ!?」
「本人はわかってないようだぞ?」
「私が説明するより直接ワーズワードに合わせた方が手っ取り早いと思いまして。あ、訪問ついでにこちらの拠点に奇襲をかけさせていただきました。間もなく丘の下に火の手が上がるでしょう」
にこやかな表情を崩さないまま、アスレイがさらりという。
お前な、そういうとこだぞ?
「ワーズワードの兄者、大変なのじゃ、急ぎ知らせるのじゃ」
「ここにいる同胞たちは、魔法が使えぬ。神官の攻撃なら、私たちが向かうべきなのじゃ」
「いや、いい。レオニードに任せておけ」
「いいのですか。大きな被害がでますよ?」
「魔法による拠点内潜入と奇襲攻撃という状況は事前に想定している。今更慌てるようならそれは守備部隊の練度不足だ」
仮にどうにもできなかったら、それはその程度しか実力のない自分が悪い。
『任せる』とは、そういうことだ。
なにより俺が出向いたら、せっかくのアスレイの策を潰してしまうことになる。
俺が救援に向かうことはないと判然って言っているのだから、ホント性格の悪い後輩くんである。
おっと、駄犬にも手出し無用をお願いしておかないとだな。
『ステイ』
『よし、今行く。そこを動くンじゃねーぞ』
これでOK。
「それより近衛神官がこんなところに直接来るという危険な橋を渡っているのだ。時間を無駄にすべきではないな」
「そうですね。さて、ウォーレンさんでしたか。あなたはどこまでこの計画を理解できているのですか?」
「えっと、まあ、大体は」
アスレイの笑っているようで笑っていない視線がウォーレンを刺す。なるほど、計画に新しく加わった(加えた)ウォーレンを直接見に来たのか。
アスレイ的には己の命運がかけた大計画であり、このタイミングで出自不明の人間を加えるのは反対なのだろう。
ウォーレンが信用できるかできないか。
いや、信用の問題ではなく、能力の問題かもな。ウォーレンのせいで計画が失敗する可能性があるなら、その前に排除しようと思ったのだろう。そのために、わざわざ危険を押してまで値踏みにきたのだ。
実際、ウォーレン先輩は見た目と喋りがアレなので、その不安は判然らないではない。
「では、その上で今回の私の行動をどう評価します?」
「えっと、『アイドル・アタック』でしょうか」
ウォーレン先輩は一言でアスレイを沈黙させた。
わかったかね、後輩くん。これがウォーレン――ウォルレイン・ストラウフト、百年に一人の天才なのだよ。
こんなお得な拾い物はそうそうない。
「互いが理解できたところで話を進めよう」
「まずは法国の動きだ。法国宰相は四神殿の要請に応え、聖都への派兵を決定した。兵数はおよそ八〇〇〇。出兵は三日後、到着も同日だ。アスレイ」
「……聖庁は大陸各地からの神官招集を承認しました。招集対象は神官と神官兵。本日すぐに動ける者が一〇〇、明日追加で四〇〇。三日後には一〇〇〇名まで増やせるでしょう」
「ウォーレン」
「えっと、各国の動きについてです。法国以外の国は『対ヴァンス三国同盟』の決定に従っています。三国同盟は開戦当初より一貫した不介入を貫いています。四神殿に与するべきという声が大きくなっていますが、盟主の聖国王女・ルアン公爵ルルシス……がこの声を抑えています。あと三日程度であれば、確実に抑えきれると思います。戦況については風神神殿の広報神官とは別に皇国から正確な情報を得ていて、情勢が変わればすぐにこの計画の意図に気づき、次の行動に移るのではないかと。多分ですけど」
そういえばいたな、皇国諜報部。土の中に。
三国同盟――ルルシスの動きについては何も心配していないし、そもそもルルシスに動いてもらうのはこの聖都攻略戦が終わった後なので、今は動かないことが最大の協力である。
アスレイの話では三日後に聖都に追加される人数は一〇〇〇人だという。一〇〇〇かぁ……うーん、困ったな。どうしよう。
俺と同じ懸念を持ったアスレイがそれを口にする。
「ワーズワード。八〇〇〇というのは騎士の数だと思いますが、たったそれだけでいいのですか?」
「騎馬を世話する雑兵と非戦闘員の輜重部隊を含めれば一五〇〇〇人を超えると聞いている。圧倒的な数的有利の勝ち馬に乗ろうと、少数の私兵を従えた地方貴族も追従するらしいので、数的にも質的にも問題ない。それよりお前の方だ。神官をかき集めて、一〇〇〇人って少なすぎないか? もっと頑張れるだろ」
「四神殿とはいえ転移魔法の使い手は貴重なのですよ。それともあなたがお手伝いしてくださいますか?」
「いいぞ。それであれば、あと何人増やせる」
「おや、言ってみるものですね。聖都のために戦いたいという信仰厚い者は少なくありません。二〇〇〇までは増やしてみましょう」
「判然っているとおもうが、重要なのは数そのものではなく――」
「はい」
「ならいい。では転移魔法を付与した魔法道具を一〇〇ほど渡しておく。出どころを問われたら、お前が昔竜からもらった秘蔵のアーティファクトだとでも言っておけ。近衛神官の言葉なら信じるだろ」
「ありがとうございます」
「あのー、法国側は本当に問題ないのですか」
「ワルターか? そこのアスレイよりよほど信用できるぞ。なんたってワルターのバックについているのはここにいる誰よりも名高い法国の宰相様だ」
「えっと、そこなのですが、宰相は内務の官です。宰相とはいえ直接国軍を動かすことはできません。国軍を動かすことができるのは王だけですので、ふくれあがった軍の動きを制御できるのか心配です」
「総大将にはアルカンエイクの代行者を立てる。法国の旧王族アグリアス家の娘だ」
これもまた計画の重要なパーツである。
「その旧王族の姫君、フィリーナ・アルマイト・アグリアス殿下ですが表社会では名を聞かず、どの程度の才を持つ人物かしれません。国民人気は高いですが、もしそれだけの方ですと、えっと、その」
「人気だけの無能である場合、問題だと言いたいのか」
「まあ、その……はい」
「それも含めて大丈夫だと思っている。仮にそのフィナントカ・アルナントカ・ナントカグリアスが無能であれば、法国軍に不要な被害を出すことになるが、それだけだ。計画の成否には影響しない」
「フィリーナ・アルマイト・アグリアス殿下です。わかって言ってますよね?」
「そう言い切る根拠は?」
「そのための『セブン・デイズ・ウォー』だからだ」
アスレイが微笑を浮かべる。実際に浮かべているのか、そのような表情を作っているだけかは不明だ。
かはっ、はっ。
クバーツ・ゲイ・フレイリンは室内の空気がなくなったかのような息苦しさを覚えた。
なんだこれは。俺は何を見せられている。何を聞かされているのだ。
敵将であるワーズワードと近衛神官の密談がまともな内容の訳がない。
なぜ、近衛神官が四神殿の動きを敵に漏らす。
なぜ、敵が法国と周辺国の動向を四神殿に伝える。
八〇〇〇もの騎兵と一〇〇〇以上の神官が敵に加わるというのになぜ笑える。それもそれだけでは足りないと。あまつさえ神官招集に手を貸すだと。なぜそんな話になる!?
なんだこれは。意味がわからない。目的がしれない。全容が掴めない。
何もわからないが何かとてつもない陰謀に巻き込まれたのだということだけはわかる。
言いしれない不安がクバーツを押しつぶした。
風神騎兵の失敗により全てを失った俺に、これ以上何を失えというのだ。
「で、彼だな」
三人の視線がクバーツに集まる。
息が止まる。
ここにおいて、室内の空気は本当になくなってしまったようだった。
「風神大神殿の神官長様ということは、聖庁の意に曲げられた広報を正確な情報に是正していただくとかですか?」
「そんなの要らんだろ」
「はい。それにフレイリンさんは風神騎兵の失敗で信用を失っております。今の彼に人を動かす力はありません」
「あのー、では何のために?」
「力を失ったとはいえ、大神殿神官長の名はまだ利用できます。フレイリン神官長ともう一人、軟禁中の火神大神殿神官長を引き込みます。これで半数」
「ああ、そういう」
「『セブン・デイズ・ウォー』が終わったあとの話か。お前にとってはそっちが主題だというのは判然るが」
「だめでしたでしょうか?」
「今からの仕込みも必要だと思うが、大胆すぎる行動は計画を露見させる恐れもある」
「そのための『アイドル・アタック』でもあります」
「それは認める。無茶をするなという忠告だ」
「私は失敗しませんので」
「うわー、有能を自覚しているやつ、鼻持ちならなーい。失敗しろ。裏切りがバレて袋叩きにされろ」
まるで気心の知れた友人同士の談笑。人当たりのよい糸目が怖い。メガネの裏の見えない瞳が怖い。誰よりも、このワーズワードという男が怖い。
黒髪。黒目。短い耳。このような人間は見たことがない。およそ、この世界の人間とは思われない。
クバーツにあるのは、ただ恐怖だけだった。
「では、脅しをかけるためだけに連れてきたのか」
「脅しなんてとんでもない。説得、いえ、勧誘のためですよ。フレイリン神官長、私はあなたを、向上心を持つ人物だと評価しています。しかし、失敗したあなたの席は今の四神殿にはありません。さて、あなたの向上心はこれで朽ちることを良しとするでしょうか。もしまだ朽ちていないなら――新しい四神殿に賭けてみませんか」
「あ、あたらしい四神殿?」
「そうです。私に協力するなら貴方には新しい未来がある。しかしそのためには、『今』を捨てなければいけません」
「『今』を……。もし、拒むと言えば」
「ことを知った貴方と私たちは、すでに根でつながる一つの運命共同体です」
笑顔を見せるアスレイ。
異世界の修辞法は婉曲だな。一言『イヤなら殺す』の方が早いだろうに。
ぐにゃりとフレイリンの表情が歪む。
「協力する、いや、させていただきたい! 私にできることならばなんでもする! ここでのことは絶対に口外せぬ!」
「それはよかった。大丈夫です、私は失敗しませんので」
「あのー。リュースさんはともかく、計画失敗の可能性はゼロではないと思うのですけど」
「ええ、ワーズワードが失敗する可能性はもちろんあります。そのときはワーズワードを切り捨てて、この話はお終いです。そのときにはアルムトスフィリアも同じく壊滅させます。証拠は一切残しません。結果、計画の成否にかかわらず、私に損はありません」
「そういうとこ! お前、ホントそういうとこだぞ!」
一蓮托生を言った次の言葉がこれなのだから、本当にアスレイ後輩は性格が悪い。
こんなのがトップになれる四神殿という組織の腐りっぷりは、パルメラでも匙を投げるレベルだと断言できる。
そこで外から騒がしい声が聞こえてきた。
「敵襲、敵襲ー! 食糧庫が攻撃されている!」
先程聞いた四神殿からの奇襲の報告か。
人間慣れとは恐ろしいもので、己の憎悪の感情にも慣れてしまう。激しい感情はたった七日すら維持することが難しい。
アイイリス(I.I.)は人気絶頂のトップアイドルを標的にする『アイドル・アタック』を皮切りに、必須の生活基盤を荒らす『アイソバリック・ディフェンス』でヘイト維持を成功させたが、そんな高度な戦術は共通インフラのないこの異世界では適用できない。
アスレイはヘイト維持が弱まっている状況を察知したのだろう。
俺とワルターの目的達成だけならこちらからの一方的な『アイドル・アタック』で十分なのだが、そこにアスレイの目的も乗せるとなるとやや弱い。
そのための奇襲攻撃だ。食糧――兵站を狙った攻撃は特にヘイトを高める効果が高い。
感情は反射する。アスレイは、アルムトスフィリア側の憎悪感情を利用し、結果として四神殿側のヘイト維持をしようというのだ。
……確かに効果的な手段だ。それを俺が指示しなくても自分で判断して行動に移した。こと行動力と決断力においては先輩を上回るのがアスレイだ。有能すぎて素直に褒める気にならない。
「ワーズワード様はいずこか! 作戦本部は無人……くっ、一刻も早くお伝えせねば」
「何を言っておるのじゃ? 我らはここにおるではないか」
「おーい、おーい。兄者、あやつには私の姿が見えておらぬようじゃ。謎なのじゃ」
俺の魔法行使は基本的に無詠唱なので、小ニアヴ兄妹はいま自分たちに認識阻害の魔法がかけられていることを知らない。
このあとすぐに解くから説明しないが。
「もう発見されたのですか。想定より少し早いですね。では、こちらも切り上げましょう」
アスレイの転移魔法でテント内から二人の姿がかき消える。
残ったのは四人、俺と先輩と小ニアヴ兄妹である。ウォーレンはいいとして、キツネっ子はどうするか。
「今の話を理解したか?」
「もちろんじゃ。ワーズワードの兄者は四神殿の中にも友達がおるのじゃな。その友達が友達を紹介しにきたのじゃ」
「戦争はしていても、友達は友達なのじゃ。でも戦争中じゃからこっそり会いに来たのじゃ。心配せずともよい。秘密の友情はちゃんと秘密にするのじゃ」
「……。そのとおりだ やれやれ おまえたちに かくしごとは できないな」
「えぇ……」
なんか大丈夫そうなので余計なことは言わずこのまま行こう。
さて、俺も下の様子を見に行くか。
◇◇◇
平穏に終わると思われた一日は、四神殿の奇襲により崩された。
作戦成功に湧き上がる四神殿と人的被害こそ軽微だが多くの食糧を失ったアルムトスフィリア。
憎しみの連鎖する戦場で、味方の感情さえ戦略の一部に組み込んだ先にある計画とは――
『オラアアアァァ、どこ行きやがったワーズワードッ、ぶッッコローースッッ!!』
丘の上に、聞きようによっては人の声に聞こえなくもない獣の吠え声が響いた。
『セブン・デイズ・ウォー』四日目が暮れゆく。
空には真円を描く二つの月が高く輝いていた。