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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
140/143

Double Dragon 27

 『神官兵』――神官兵とは魔法と武器の両方を使う四神殿の最高戦力の一つである。

 一般に神官兵は己の得意魔法と戦闘術を組み合わせた独自の戦闘スタイルを持っている。

 水神系魔法と武器を組み合わせて擬似的な魔法剣として使用する者もあれば、敵陣に切り込んで火神系魔法をばらまく移動砲台の如き戦闘法の者もいる。

 同じ浮遊魔法【パルミスズ・エアライド/風神天駆】一つとっても、自らを宙に浮かせて飛行攻撃に使うこともできるし、敵を浮かせて体の自由を奪うこともできる。これはもう個性というか特性というか、とにかく千差万別だ。


 ガンド・ベルカン。

 四〇手前。顎の古傷が特徴的な男で、奇襲作戦に参加した神官兵の中でもっとも名の知られる男である。

 神官兵のもう一つの特徴として、彼らの使う魔法は基本的に下級魔法に留まるということがある。戦闘中に上級魔法の長い【プレイル/祈祷】が難しいということもあるが、そもそも上級魔法が使えるのであれば、神殿に残り上級神官(ジグラット)へ進む道もあるし、それでなくとも各国王宮から引く手数多だ。

 その点、ガンドは神官兵の中でも稀有な上級魔法の使い手である上に、その得意魔法が特に高難度と言われる空間転移魔法なのである。

 それだけで小紗国(リント・アルス)であれば、王付きの王宮魔法師になれる能力だ。

 しかし、ガンドは政治よりも戦いを好んだ。特に大きな戦争は彼の望むものである。

 彼の前に城壁は意味をなさず、対軍戦闘においても防備の薄い後方部隊は格好の獲物。敵指揮官はその名を聞いただけで震え上がり、退却を選択した。

 『孤軍』ガンド――それが彼の二つ名である。


 作戦指揮にも長けたガンドはこの奇襲作戦について、一つの戦術を近衛神官(ロストン)に提案した。

 三〇という兵数を二分し、片方を森林内に隠し、もう片方を食糧の強奪と破壊活動の実行部隊にするという策である。

 敵陣内で行動する以上、発見されるのは時間の問題だ。発見された時点で侵入人数を把握されてしまうが、その時、後方から別の援護魔法が飛んできたら敵はどう思うか?

 さらなる新手に警戒して動きは鈍り、侵入者の総数の把握ができず混乱する。その隙に実行部隊は逃げおおすことができるというわけだ。部隊を分ける意味がそこにある。

 年若い近衛神官はこの策を了承し、今、半数が森林に隠れ、食糧庫から火の手があがるのを待っている状況である。

 故に、食糧庫に潜り込んだ数は一五。戦力はダウンするがもとより魔法の使い手が一五だけでも奇襲作戦としては過剰な戦力なのだ。


「む」


 特に妨害や敵に発見される失敗もなく、食糧庫内に転移したガンドは、そこに積まれた食糧に違和感を覚えた。


「麦、チーズ、野菜、それに肉だと? ぐぬぬ、我ら神の徒が食糧難のときに、獣人ぶぜいがこのような贅沢を」

「しかし、馬車の荷台があるのはちょうどよい。『孤軍』殿、この一台に奪い取る食糧を集めましょう。さすればあとはわしの魔法で聖都まで運んでしんぜる」

「おお、良い考えだ。残ったものはわしが火をつけてやるわい」

「待たれよ。どうも妙だ」

「どうされた。一体何が妙だと?」


 十分な広さと高さをもった食糧庫内部。目前には様々な食材が山を作っており、一万食分は余裕であるように思われる。


「……少なすぎる」


 四〇〇〇の兵が一日三食を食たべれば一万二〇〇〇食。二日で二万四〇〇〇食。

 食糧庫内には確かに一万食以上の食材が保管されている。が、二万食には足りないように思われる。

 これでは、二日後には備蓄が尽きてしまう。

 四神殿を相手に魔法封じのアーティファクトまで揃えてきた相手が、このように杜撰な兵站管理を行うだろうか。


「気になる。もう少し調べたほうが良いかもしれぬ」

「何を言われる。ここは敵地ですぞ。いくら我らが個々の戦力で勝っても、数で押されては退路が断たれる恐れがある」

「もちろんそうだ。貴殿らは目的通り、食糧強奪を行っていただければよい。その間俺はもう少し調査を続けさせていただく」

「それならば、よいが」


 同行の神官はやや不満げに答えた。

 食材をひとところに集めるのは肉体労働だ。そういった力仕事は神官兵に任せ、自分は華麗な魔法で下等な獣人どもを吹き飛ばすことを考えていたからだ。

 なにより、土や虫のついた野菜など触りたくもない。

 神官兵は傭われ兵という立ち位置であるが、ガンドほど高名な神官兵ともなれば、ただの神官(グラス)が彼に反論することはできない。

 戦場において『孤軍』の言は絶対だ。

 特にこの奇襲作成においてガンドに命令できるのはリュース近衛神官のみであり、その近衛神官は居残り組である。

 およそ敵地で隠密行動ができると思われない体型の神官は、別の荷台にサチアロの干し肉が積まれているのを見つけ、おほぅという喜びの声とともに駆け寄った。

 再び倉庫内を見渡したガンドが顎の古傷をさすりながら、独りごちた。


「生命線である食糧を分散保管していると考えれば納得できる。だが、この食糧庫と同等の大型建築は確認されていない」


 ならば、更に細かい単位で分散させているのかとも考えられるが、塩や小麦粉などは屋根のない場所で保管できるものではない。そんなことをして雨でも降ればすぐに駄目になってしまう。

 ガンドが備蓄量の大小に固執する理由は至極明確で、もしここにあるものが全てでない場合、この食糧庫を破壊しても、それにより与えられるダメージも小さくなってしまうからだ。

 ここまで潜り込んで、一日二日分程度の損害で満足するガンドではなかった。

 倉庫内に視線を巡らせるガンドの目がキラリと光る違和感を見つけた。


「なんだ、あの金属の取手は」


 木造の倉庫に不釣り合いな金属の取手。しかもそれは地面から生えている。


「地下室……?」


 ガンドがそれを確かめるべく歩みを進めたそのとき、


 グゥゥゥゥーー


 食糧庫奥から、カエルを踏み潰したような鳴き声が聞こえてきた。

 いや、違う、これは腹の音か。


「誰だッ!」


 鋭く叫ぶ。食糧庫内が無人であることは転移前にガンド自身の魔法で確認済みだった。だというのに、もう発見されたことが信じられない。恐るべき察知能力である。

 敵もなかなかやる。が、ここで敵に接近を悟らせるなど、所詮寄せ集めか。

 ガンドは敵を能力を称賛すると同時に詰めの甘さを指摘した。


「ばっか……やろォ――ッ!」


 若い男の声。続けて、複数の黒い影が飛び出してきた。

 獣人特有の俊敏な突撃。これが完全な奇襲であったなら、初手で大きな被害を出して戦線が崩壊しただろう。

 しかし、敵の詰めの甘さにより、数秒であるが迎撃の態勢を整える時間ができた。


 ヒュン――


 ガンドの得物が大きく輪を描いた。

 ガンドの得物は炎国(オム・カラカス)の名匠デュマが鍛えた現代の名槍である。

 切れ味鋭く持ち手は軽い。特別な効果こそ持たないが、戦場で自分を裏切ったことはない。

 神官兵の多くは高給取りであり、資金力に物を言わせて古の王国の遺物『マジック・アーティファクトの武具』を買い求める者も多いが、ガンドに言わせればそのような者は二流である。

 マジック・アーティファクトの武具はそれがどのような性能であれ手に入るだけで幸運というもの。それでは手に入れることのできた武具に自分が合わせることになる。

 武具の性能に己を合わせるなど滑稽の極み。そもそもが高級であるマジック・アーティファクトの武具は実戦での使用にためらいが生じることもある。

 借り物の力は生死をわける一線で自分に味方してくれない。

 故に鍛えるべきは己自身。鍛えた己自身と魔法を自由に組み合わせてこそ、神官兵は最強だというのがガンドの持論である。

 ガンドの目が、すばやく左右に動く。


「敵数一二! 数が互角であれば、我らに負けはない。作戦に変更なし、落ち着いて対応せよ」


 ガンドの指示は的確だった。

 弾かれたように神官兵が神官を守る位置に動く。神官は後方に逃れながら【プレイル/祈祷】を開始する。

 それは迎撃と拠点破壊、そして離脱のための【祈祷】である。

 これであれば、心配はなかろう。

 そのとき、白い閃光がガンドに襲いかかった。地を這う低い突進からの突き刺さるような鋭い足撃。

 それを槍の腹で受け止める。

 槍を砕くような強烈な衝撃があった。力を込めて押し返す前に、白い影は蹴りの反動で距離をとる。

 ガンドはその一撃だけで相手の力量を認めた。


「……強いな。若いが名のある闘士であろう」

「アナタも強いね。この部隊の指揮官かな。アナタを自由にさせるのは危険みたい。ボクが抑えさせてもらうよ」

「面白い。しばらく魔法なしで遊んでやろう」

「それはどうも――ッ、やァ!」

「はッ!」


 再びの激突。

 少なすぎる備蓄量と先程見つけた地下室への扉を思わせる金属の把手。ガンドの頭によぎった様々な疑念はそこで消し飛んだ。



 ◇◇◇



「ちっ、一番うまそうなやつを取られしまった」

大将(マータ)が最初に飛び出したのに、足が遅いんじゃねっスか?」

「俺が遅いんじゃねぇ、姫さんが早すぎんだよ」


 ダスカーも鍛えているが、こと足技や速力においてはリストの方が上回っている。


「俺たちの相手はあっちだ。いいな、一撃ぶちかましてやれ!」

「「おおおッ!!」」


 はらぺこ団の鬨の声、神官の【祈祷】の声。この騒ぎはすでに外を巡回する守備兵に伝わっているだろう。


「兵を集めてから一気に突入する。叔父上の指揮ならそうするはずだ」


 狼族の男が走りながら、状況を報告する。


「確認しやした。手前に神官兵五、その後ろに神官九。一人離れていた神官兵は姫様と交戦中でやす」

「でもって、俺たちゃあ、姫さんを除いて十一か。神官兵の相手は俺がやる。てめぇらは俺の開けた穴を抜けて、神官の【祈祷】を潰せ」

「了解でさ」


 態勢を整え終わった神官兵が槍を構える。


「よく見れば武器も持たぬ無手の突撃か。下等な獣らしい無謀さよ。魔法不要で突き殺してやるわ」


 完全武装の神官兵。その手には短槍。

 短槍といっても己の身長を超える二メートル近い長さを持つ。

 一般に密集隊形の重装兵や馬を駆る騎士は四メートルを超える長槍を扱い、己の足をつかう兵は短槍を扱うものだ。

 個人戦闘力の高い神官兵は集団戦闘を行わない者が多く、自然、武装としては短槍がメインとなる。

 たった五人とはいえ、狭い場所で穂先を合わせれば、それは立派な槍衾だ。

 その死地にダスカーは眼光鋭く踏み込んだ。


「さすが少数で乗り込んできただけある、いい動きだ。だがよ――ッ」


 恐れることなく踏み込んだダスカーの手が突き出された一本の槍の槍頭近くの柄を掴んだ。

 掴んだ右腕の上腕二頭筋がみしりと膨らむ。


「――るおおォォォッ!」

「うおォ!?」


 そしてあろう事か、そのまま片手で槍ごと神官兵を持ち上げて左へと薙ぎ払った。

息の合った連携が仇となり、残り四人の神官兵が巻き込まれる。五人は勢いのまま内壁に激突し、重なるように倒れ込んだ。おそるべき豪腕である。


「フゥー……フゥー……」

「うひょー! さすが大将っス! 一生ついていくっス!」

「バカ野郎。言ってる暇があったら、とっとと後ろの神官を潰しにいけ」

「はいッス!」


 まさに一閃。

 神官兵に魔法を使う暇を与えぬ速攻が功を奏したといえよう。


「こうなれば手を選んでおられぬ。――燃えろ(コール)【カグナズ・ファイア/火神火球】」


 神官が火神系魔法の最下級【火神火球】の魔法を【詠唱】する。

 最下級故に【祈祷】は短く、それでいてサッカーボール大の火球は十分な破壊力を持っている。

 積まれた小麦袋の山が激しく燃え上がった。


「うおおお、俺たちの食い物が!」

「あいつを止めろ! 全部燃やされちまう!」


 忘れてはいけないがここは食糧庫内部である。敵を倒すことも大事だが、食糧を守ることも重要である。

 魔法を避けながら近づくはらぺこ団だが、それもまた別の魔法に阻まれる。


「こりゃあまずい。時間を自由にさせすぎやした」

「奇襲に失敗したッスから」

「誰だよ、腹を鳴らしたのは」

「知るか。大将が腹に力を入れろとか言ったせいだろ」

「ふっざけんな、俺のせいにしてんじゃねぇよ!」


 魔法を警戒しつつ、神官の次の動きを探る。距離さえ詰められれば魔法を阻害することができる。

 しかし、突入部隊の神官はさすがに戦闘慣れしていた。

 一人が【祈祷】を行う間、もう一人がいつでも次の魔法を【詠唱】できる状態を維持して、敵の接近を阻む。そして、【祈祷】完了のタイミングでもう一人が魔法を発動し、次の【祈祷】に続ける。

 一度このローテーションが決まれば、切れ目ない連続魔法を受けることになり、無手のはらぺこ団がこれを崩すことは難しい。


「大将さん、例の魔法無効化の魔法道具はもってないんですかい」

「【マルセイオズ・シール・マーブルズ/水神封魔玉】か? ありゃあ、四神殿に対する俺たち最大の武器だぜ。数だって限りがある。いくら俺が部隊長でも、自分用にゃ持たせてもらってねぇよ」

「おっしゃる通りで」


 同時、逆サイドで悲鳴があがった。


「く、ああッ」

「本当に強いな。……一分以上、俺の前に立っている相手を見るのは久しぶりだ」

「ハァハァ……失敗したなあ。これってちょっとまずいかも」


 全身を血に濡らしたリストが肩で息をする。

 一つ一つの傷口は大きなものではない。紙一重で躱しきれなかった刺突の裂傷だ。

 豹王家秘伝の格闘術は足技に特化している。速度で翻弄し、強烈な足撃を与える。

 近距離の一対一なら、たとえ神官相手でも引けは取らない。その自信がリストにはあった。

 だが、そんな自信を打ち砕く、ガンドの技の冴え。

 ガンドはリストの速度に完全に見切り、槍の穂先はリストの速度を越えた。

 その上、ガンドは宣言通り一つの魔法も使用していない。これが彼の全力ではないということだ。

 残念ながら今のリストでは歯が立たない。それほどまでの圧倒的な力の差があった。

 『孤軍』ガンド。その実力は本物である。


「――我が身を運べ(コール)【パルミスズ・エアセイル/風神天翔】。さあて、食糧満載の荷台はわしが先に運んで置きましょうぞ」

「『孤軍』殿、脱出の準備ができましたぞ」

「残りの食糧を焼き払います」

「わかった。では、こちらもトドメだ」

「ああ、姫様がヤベぇっス!」

「馬車のやつにも逃げられちまう!」

「つってもこっちも変わらずヤベぇままだ!」


 四神殿の奇襲攻撃を(ただの偶然で)いち早く察知したはらぺこ団だったが、初手のつまずきと想定外の強敵の存在によって逆に窮地に追い込まれた。

 と、そこで食糧庫の大きな扉が押し開かれた。


「『まじっく・ばりあー』! 総員突撃ーー!!」

「「きたああああ!!」」


 はらぺこ団が叫ぶ。魔法さえ封じてしまえば、神官は無効化できたも同然だ。あとは神官兵だが、守備部隊がきた以上人数差で負けることはない。

 一転攻勢のときだった。

 外から突入してきた守備兵と同調するように、はらぺこ団が飛び出す。


「おっと、危ない。間に合いました。――沈め(コール)【マルセイオズ・ディープシー・トライデント/水神深海鉾】」


 その出鼻をくじく魔法詠唱があった。

 魔法を封じる【水神封魔玉】の効果範囲外からの詠唱だ。

 飛び出した足が不可視の鉾により地面に縫い留められた。

 足だけではない。腕も肩も、全身を突き刺す魔法の鉾。

 それは深い海底の水圧を再現した重圧魔法だった。


「がおお、バカな! なんだこの魔法は!?」


 突入の守備兵も同じく、全身に超重圧をうけ、地面に縫い留められた。

 食糧庫の屋根にも同じ重圧がかかっているらしく、ミシミシと不吉な音を立てる。

 同じ場所にいながら、魔法の重圧をうけない神官たちが声を上げる。


「これは水神系の最難度魔法!」

「おお、ではこれは――ッ」


 続けて、爆音とともに食糧庫の外壁に大きな穴が空いた。

 外に待機していた残りの神官たちが火神系魔法の破壊を撒き散らしながら突入してくる。

 そこに追加で二人の神官が転移魔法で現れた。

 神官たちが歓声を上げる。


「リュース近衛神官! それにフレイリン神官長!」

「ここまでのようですね。では被害を出す前に引き上げましょう」

「……不幸だ。不幸だ。不幸だ」

「フレイリンさん」

「はひぃ!」


 心ここにあらずといった様子で何事かをつぶやいていたクバーツが弾かれたように声を上げる。

 風神大神殿の神官長だけあり、クバーツの転移魔法であれば、奇襲部隊の全員を聖都に送り届けることができるだろう。

 食材を積んだ荷台はすでにない。【水神封魔玉】は、魔法発動を抑止する魔法道具であり【水神封魔玉】の発動より先に唱え終わっていた魔法を打ち消すことはできないため、皆に先んじて発動された転移魔法は無効化されていないのだ。

 超重圧に潰され、文字通り手も足も出ないダスカーたちの前で次々に神官が消えてゆく。


「待ち……なさい!」

「待てよ……ッ」


 そんな中、二人の獣人が立ち上がった。

 リストとダスカーだ。

 殿(しんがり)を務めていたガンドが、ゆっくりと振り返る。


「ほう、この状況で立ち上がるか」

「がおお、やられっぱなしで……帰せるかよッ」

「せめて一撃!」

「この劣勢でなお立ち向かう意気や良し。よかろう、くるがいい」

「おおおッ」


 ガンドに向かい、ダスカーが突進する。

 しかし、その動きにいつものキレがない。あたりまえだ。ダスカーの全身には彼の体重を五倍する重圧がかかっている。立ち上がることも難しい状況の中、ダスカーは進んでいるのだ。


「遅い。なんだ、その動きは」


 無造作に突き出されたガンドの槍が、ダスカーの腹に突き刺さる。


「カハッ」

「大将――ッッ!」

「ただの自殺志願だったな」

「それは、どうかなァ!」


 ダスカーの手が槍を掴む。

 本来であれば、ガンドの槍はダスカーを貫いた後、すぐに手元に引き戻されていたはずである。

 しかし、ダスカーは腹の筋力で穂先を挟み込みこんだ。己の身体を使って、ガンドの槍を封じたのである。

 ダスカーにかかる超重圧がそのまま槍にのしかかり、押すことも引くこともできなくなる。

 これはさすがのガンドも想定外であった。


「なに」

「イィィヤァァッッッ!!」


 ダスカーを越えて飛び込んでくるリスト。

 鍛え上げられた強靭な脚力だけが可能とする跳躍だ。

 固定された槍を捨てる判断が遅れたガンドの胸板に、リストの強烈な一撃が叩き込まれた。

 革鎧の防御を抜けて肉体を破壊する豹王族秘伝の『震刀脚』だ。

 血を吐きながら、ガンドが吹き飛ぶ。


「やった! やっと一撃入れてやったよ!」

「ざまあみろってんだ」

「ありがとダスカー、お腹大丈夫?」

「がおお、この程度で死にゃあしねえよ。ッつ、たァいっても、アニキの治癒魔法を信じてなきゃ、こんな無謀な手はとれねぇけどな」

「グッ、血、血だと、この俺が」


 己の血を見たガンドの表情がすっと消えた。

 表情なき表情で再び槍を構える。


「……ダスカー動ける?」

「ちぃっと無理だな」

「そっか」


 後ずさるリストだが、後ろには傷を負って動けないダスカーがいる。

 これ以上下がるわけにはいかない。決死の覚悟を決めるリスト。


「ガンドさん、ここは退きます」

「……」

「退きなさい」


 重ねて発せられた近衛神官の言葉で、ガンドはやっと槍を下ろした。


「我が名はガンド・ベルカン。覚えておけ。次の戦場までその命、預けておくぞ」


 そういい残し、ガンドと残りの者の姿が消えた。

 魔法の圧力が消える。と同じく抑えられていた炎も激しく燃えあがる。

 うおおお、無事かああ、という怒号はレオニードのものだろうか。

 食糧庫は炎に包まれつつある。


「ボーレフが来てくれたみたい。助かったぁ。けど――」

「ああ、やられた。完敗だ。……ちっくしょおおおおおおッ!!」


 結果だけを見れば一方的な蹂躙。そう、四神殿を敵に回すとはこういうことだ。これまでがうまく行き過ぎて、魔法の恐ろしさを皆忘れていたのだ。

 内部に残った者の救出が丁度おわったところで、天井が崩れ始めた。

 アスレイの奇襲作戦は完全に成功し、この日アルムトスフィリアは最重要拠点である食糧庫を内部の食糧もろともに失ったのである。

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