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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.2 古街探訪
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Wandering Wonder 03

 門のすぐ傍だったこともある。

 騒ぎを聞きつけた衛士たちが何事かと、駆けつけてきた。


 衛士の数は、10人。徴税を行っている人数はそのままであるから、詰め所から出て来たのであろう。

「一体何の騒ぎだ」


 隊長らしき男が落ち着いた声で問いかける。


 衛士たちが身につけた揃いの青い甲冑と、その手に携えた長槍は、一同を威圧するに十分であり、ざわめきが納まると同時に、皆の目が俺たち三人、とりわけ目立っているニアヴへと向けられることになった。


「プイッ」


 俺をブッ飛ばしたことで一応の満足を得たらしいニアヴは、既に先ほどの気流を操る魔法を解いている。そして、衛士たちの相手をするつもりまではないらしい。


「あうあう」


 そうなると、次に皆の目はシャルへと向かうわけだが、彼女にこういった荒事の経験はないのであろう。

 完全に衛士の迫力に飲まれ、声を発することもできなくなっている。


 となれば次に皆の目は、もう一人の同行者に注がれ――


「やれやれ」


 その役目が回ってくるのも、当然であろう。


 生まれたての仔馬のような体勢で転がっていた俺は、曲がってはいけない向きに曲がっていた首を元の位置に戻しつつ、


「ああ、すまない。もう嵐は去ったから、大丈夫だ」


 その隊長らしき人物に対応した。


 まさかここで、そんな軽口がでてくるとは思っていなかったのであろう、ぽかんとした表情を見せる衛士隊長。


「おい、お前ふざけ――」

「あっはっはっはッ」


 衛士の一人が、踏み出そうとするのを手を振って抑え、その隊長は笑って応えて見せた。


「それであるなら問題はない。だが、これも我らの務めなのでな。騒ぎの原因を聞かせてもらえるだろうか。なに、時間はとらせない」


 公務をないがしろにするわけでもなく、人当たりも良い。話のわかる人物のようだ。


「私はルーケイオン群兜マータのオルドという」


 加えてその身に纏う源素光量はおおよそ2200ミリカンデラ、一般人のそれより数倍明るいことを考えれば、実力ありきでの地位なのだろう。


 2.2カンデラでもよいのだが、ここまで新たに視認できた人々84名の源素数はこのオルドなる人物を除いては、みな1カンデラ以下の光量であるため、ミリの単位を導入せざるをえないという結論を得ていた。


 それが魔法なるものに縁のない一般レベルであると考えた方がよいだろう。


 今後街に入り、大勢の人を見ることになっても、眩しさで俺の目がくらむいうことはなさそうだ。その点はまずは安心である。

 しかし、そうすると――イレギュラーである俺の特殊性は差し置いても、30,000ミリカンデラ相当のニアヴ、5,000ミリカンデラ相当の光量を放つシャルは、ともに一般レベルの眩しさを超えていることになる。


 ニアヴはともかく、シャルは――


 いや、いいか。今その疑問はさしおこう。


 群兜というのもさきほどシャルから聞いて、翻訳デコードを保留していた単語の一つだ。語感的に領主や支配者への認識置換を行う予定だったが、もっと軽い意味、リーダーや隊長といった意味で良いのかもしれない。ルーケイオンというのは、まぁこの青い甲冑で統一された守備隊の名称だろう。


 先ほどの軽口は冗談にしても、この場での最高権限を持つと思われるオルドからどの程度の恩恵を引き出すべきか、そのための交渉案について、瞬時の検討を行う。


 よし、これで行こう。


 最も効果が高いと思われる状況を創り出すために、俺はまるで何気ないふうに、自己紹介を開始した。


「紹介させてもらおう、俺はワーズワード。連れの二人は、シャル・ロー・フェルニとニアヴという」


 何気なく出した『ニアヴ』の名に、小さなざわめきが起こった。


「……三人連れというわけだな」

「そうなるな」


 冷静を装うオルドの反応だが、俺にはその感情が手に取るように判然る。

 その視線は見ようとせずとも、どうしても『ニアヴ』に向かざるをえない。


 相手の目を見て喋れ、とはよく聞かれる言葉だが、それは相手に対する礼儀としての作法ではない、自分の言葉によって引き出された相手の反応を確認するためのもの。

 人の咄嗟の感情は脳に直結した目にこそ浮かび上がり、それは隠しがたいものだからだ。

 もっとも、こちらの人間はその耳が感情に反応するのだから、目を見る以上にその反応はわかりやすい。


「では、続いて状況の説明を行おう」


 すでに俺の言葉は、半分も聞いていないだろう。

 ニアヴが自己申告の通り、あの林一帯を治める濬獣ルーヴァとかいう地位を持つ狐なのであれば、もっとも近くに境界を接するユーリカ・ソイルの守備隊長が、その存在を知らぬわけがない。

 だが、ニアヴ自身が街に下りるのは久しぶりだと言った通り、街の人間が、ニアヴの姿形まで知っているとは考えにくい。

 俺の言葉の真偽を確認するまえに、まずそこにいるニアヴ自身から目が離せなくのは道理である。


「……後ろが気になるようだが?」


 それは誘導の言葉である。


「あ、ああ、すまない。……確認までに問うのだが、ニアヴ殿というのは、その……」


 直に聞いて良いものか、その迷いが透けて見える。

 想定通りの反応で大変わかりやすい。


「もちろん――ニアヴ治林を治める濬獣本人だ」


 それは、この場にいる全ての者に聞かせるがための宣言。


「ほ、本当に!?」


 皆の目が、ニアヴへと集まる。

 聡い狐のことだ、俺の意図に気付いているのだろうが、この状況でかつ全て事実なのだから、ここでは俺の言葉を肯定するしかない。


「……その男の言うとおりじゃ」


 不機嫌そうに、ニアヴが呟く。


『おおおおおお』


 確信を得たどよめきが、その輪を広げる。

 列を成す人々、オルドに従う全ての守備兵、その全ての目が、興味と驚愕に見開かれる。


 だが、それこそが、俺の準備した舞台。その瞬間を逃さず、俺は場の支配へと乗り出す。



「静まれ――ッ」



 何者でもない俺が、ニアヴの名を負うことで、この場で最上段に位置する。


「深き森が人の地でないように、ここでは濬獣ルーヴァと言えども、ただの訪問者である。いたずらに騒ぎ立てることは『ニアヴ様』のご不興を買う行為であると知れ」


 ニアヴの名の担い手としての振る舞い。


 オルドを始めたとした、ルーケイオン一同が、その存在に恐れ入ったかのように膝をついて、頭を垂れる。


「はっ、考え至らず申し訳ございません! 」


「……オルド隊長、どうか頭をあげてほしい。それもまた『ニアヴ様』の望むところではないと、わかってくれるかな?」


 上位に立った上で、同じ位置に下りていく。


「ははッ!」


 上の者が下りてくるならば、自分は更に下りなければならないという、被支配者思考が彼らを縛る。

 封建思考とは、全くもってコントロールしやすいものである。

 そら、全員アホの子状態だった中世で、あれだけ封建国家が流行ったというのもうなずける話だ。


「さて、そういうわけで、街に入りたいのだが、やはり『ニアヴ様』でも足税というのは必要なのかな?」

「いえっ、濬獣様にそのような!」

「それは助かる」


 ……自分でこの空気を作っておいてなんだが、本当に偉かったんだな、あの褒めて褒めて狐は。

 そして、これもまた狙い通り。なし崩し的に俺の足税も免除である。

 もちろんダメだと言われれば、それはその時。うまく行けばラッキー程度の、トライアンドエラーの手法だ。


「ですが、ニアヴ様自らユーリカ・ソイルへ出向かれた理由について、お聞かせください。ルアン公への面会のご用でしたら、私からご案内させて頂きます」


 新しい名前が出たな。そのルアン公というのが、街の支配者か。


「その時がくれば、声をかけさせて頂こう。だが今はまだその時ではない。……お忍びってやつだな」

「はっ、 失礼致しました!」


 俺の軽口にも、恐縮したとばかりの言葉が返ってくる。


 狐の名前は、予想以上に効果があるな。

 これはまだまだ利用でき……おっと。


 それはそれとして狐のジト目が俺の背中に突き刺さる。

 俺は背中の気配には敏感なのだ。


「さて、これ以上騒ぎが大きくなる前に通してもらってよいだろうか」

「もちろんです。さあこちらへ」


 要人警護の如く、ニアヴと俺を囲むオルドとルーケイオンたち。

 大きく手を振り、シャルを呼び寄せる。


「おーい、タダで良いそうだ。シャルも足税浮いたな」

「あわわわわわ!」


 なんてことを大声でっ、と言わんばかりにダッシュで駆け寄ってくるシャル。


「い、いいんでしょうか……」


 自分たちを取り囲む青甲冑が歓迎を示しているとわかっていても、やはり気後れがあるらしい。


「向こうが不要だと言ったんだ。遠慮してどうする」

「お主……よくもまあ次から次へと」


 呆れたようにニアヴが言う。


「嘘はついていないぞ」

「あれだけ大見得を切っておいて、お忍びもなかろう!」

「そこに気付くとは、さすがニアヴ様」

「どういう意味で言っておるのじゃ!」


 キッと牙を剥くニアヴを軽く宥めながら、俺はこの世界で初めての人の住む街へと足を踏み入れた。



 ◇◇◇



 そこには、石造りを基調とした、そして俺の感覚では産業革命以前の時代を感じさせる街並みが広がっていた。

 門を通ってすぐの場所は、倉庫街であるらしい。街の中心に向かって伸びているのであろう大通りの脇には巨大な鉄扉をつけただけの建物が並んでいる。

 来るまでに見た広大な農地で収穫された農作物が保存されているのであろう。倉庫の数だけで流通規模を計ることはできないが、大まかに見積もれば、ここは1万人程度が生活する、中小規模の街なのであろう。


「中小って……ユーリカ・ソイルは『ラ・ウルターヴ』では二番目の大きい街で、大都会ですよぅ」


 俺の感想を聞いたシャルが、嗜めるように呟く。


「そういえば、国の名前を聞くのは初めてだったな。『北の聖国ラ・ウルターヴ』というのか」


 まるでどこぞの『日出づる国』のような大層な国名である。


「『ラ・ウルターヴ』の名前まで知らないなんて……ワーズワードさんは物知りなのに、一般的なことは知らないんですねぇ」


 当たり前だわ。


「……そういうことだ。どんどん教えてくれると助かる」

「はいっ」


 元気な返事が返ってきた。


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