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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
132/143

Double Dragon 19

 アルムトスフィリア『本部テント』前。


 食事の時間にも関わらず、そこには六人の人間が集まっていた。

 苛立ちを隠そうともせず、ニアヴが声を上げる。


「遅い! あやつ、何をしておるのじゃ、なぜ戻って来ぬ!」


 それは苛立ちと心配が綯い交ぜになった怒鳴り声だった。


「ほっときゃいいだろ。テメーの油断で罠に嵌ったってンなら、テメーの自己責任だっての」


 そんなニアヴとは対象的にパレイドパグはまるで他人事のように言う。


「お主は心配ではないのかや。無事であるならば、もう戻っても良い時間じゃ。であるのに、まだ戻ってきておらぬ。妾の【スワロー・サイン/飛燕伝令】も【パルミスズ・マインドフォン/風神伝声珠】も通じぬ。なにかあったとしか思えぬ」

「わかってねェのはオメーの方だ。あいつがそう簡単にやられるタマかよ」

「私もパレイドパグにさんせーいっ。ワーズワードはとっても素敵な英雄で化物よ。彼をどうにかできるのは彼と同じ英雄か化物だけ。その『可能性』を持つ人間がそうそういるとは思えないわ」

「見てるだけのお人形は黙ってろ。でなけりゃとっとと死ね、クソガキ」

「パレイドパグってば、お口わるーい。でも残念、私は視聴者参加型なの。面白ければ首を突っ込むし、手も出すわ」

「主ら……ッ」


 苛立ちの原因はワーズワードが戻って来ないことだけではない。

 パレイドパグとリズロット。ワーズワードと同じ異世界ちきゅうからの転移者たち。

 シャルを誘拐した張本人が我が物顔で居座っているのも気に食わないし、それを受け入れているように見えるパレイドパグも気に食わない。

 

「駄犬娘ッ、お主が積み重ねた奮励はこの日のためのものではなかったのかや!」

「……こいつはそう・・じゃねーよ。味方じゃねェが敵でもねェ。気に入らねーなら、オメーが自分で叩き出しゃいいだろ」


 ニアヴの言葉にプイと顔を背けるパレイドパグ。

 周囲の皆は、そんな二人に意見できるはずもなく、困惑するばかりだ。

 同じく、ワーズワードの帰還を待つスローリ・エンテがニアヴに向かい深々と頭を下げた。

 

「ニアヴ様、申し訳ありませぬ。これは軍を任された儂の力不足じゃて」

「顔をあげよ。お主のせいではない。魔法を使う神官が相手であれば、それはワーズワードと妾の責じゃ。事実、同じ場所にいながら妾もなにもできなんだ」


 近衛神官筆頭、オーム・ザラ。

 『双曲刀』の牙を砕き、濬獣ルーヴァの魔法すら弾いてみせた白い竜巻。結局ニアヴはそれを攻略することができなかった。

 オームの不気味な声が脳裏に蘇り、不快感が増幅する。

 ニアヴがオームを撃退したのではない。オーム・ザラが自ら引いたのだ。

 彼はフェルナの活躍と謎の人物の加勢により戦況が傾いた中央戦場の立て直しを優先したのである。

 事実、丘を下った白い竜巻はそこでも猛威を振るい、神官兵が戦場に到着するまでの時間、たった一人でリストの左翼、タリオンの右翼を押さえ込んでみせた。

 ワーズワードの策では、【ラクーンロア/狸爆音珠】で風神騎兵を壊滅させたあとには、六足馬と戦車の半数は戦利品として略奪できる想定だったのだが、結局手に入れることができたのは御者くんが連れ帰った一頭だけである。

 それだけでも十分旨味のある戦果ではあるが、オームがいなければもっと大きな戦果が得られていたわけなので、ややもったいないという感想だろうか。


「オーム・ザラ。あの者は危険じゃ」


 一度に一〇人、二〇人の相手をすることはニアヴにも可能である。だが、五〇〇人、六〇〇人となれば話は別だ。負けぬまでも全員を押さえ込むことなどできはしない。一対多に特化したレニであっても、遮るもののない平原ではその半数がやっとであろう。

 すなわち、濬獣にもなしえぬことを近衛神官筆頭はやってのけたのだ。

 それは永い年月を生きるニアヴをして、初めて知る脅威であり初めて覚えた危機感であった。

 源素の見えるワーズワードを含む転移者たちはもとより規格外と考えられたが、人族の神官が濬獣を超えるなどあってはならないことだった。

 もしそんなことがあれば、ことはこの戦場だけに収まらない。不可侵の約定はあれど、根本的には人族と濬獣は、その力の関係において濬獣の方が大きく上回っているからこそ濬獣自治区を維持できているのだ。

 その力の均衡が崩れる――あるいは古来変わらぬ強大な力を持つ濬獣と、弱く短命であるが世代を重ねて進歩する人族の、今ここが交点(インターセクションなのであろうか。

 深刻な表情のニアヴを見つめる四つの瞳があった。

 ウカ・ナスサリアとシズナ・ナスサリア、クダンの隠れ里からやってきた双子の兄妹である。

 二人がお互いの目を見合わせて頷きあった。

 

「ニアヴ様、心配は要らぬのじゃ。次にあれが現れたときには、我らにまかせてほしいのじゃ」

「兄者の言うとおりなのじゃ。私たちなら、あれの相手ができるのじゃ」

「なんじゃと?」


 思ってもみない双子の言葉に、ニアヴは思わず目をぱちぱちと瞬かせた。

 兄のウカがトトンと踵を鳴らす。

 

「ニアヴ様はクダンの里の誇りじゃ。ニアヴ様に危機があれば、我らは一丸となりお助けすべく、村を上げて狐族の力を練り上げてきたのじゃ」


 妹のシズナが背中合わせになってカカンと顔を上げる。


「我らは最も濃い血を受け継ぐ一族、ナスサリアじゃ。ニアヴ様がおったころにはなかった魔法の奥義が我らにはあるのじゃ。兄者と私二人の技なら、必ずあれに通用するのじゃ!」


 古い活劇の一シーンのように、大きく見得を切る兄妹。

 他の獣人たちが見れば失笑を漏らすかもしれない時代錯誤な意思表明だ。だがニアヴは、オーム・ザラに感じた脅威と同じだけの大きさの希望を感じた。

 人は進歩する――そう、獣人もまた人なのだ。

 人族だけでなく、獣人もまた昔のままではない。

 そしてここは、新しい時代を自らの手で切り開こうという者たちの最前線ではないか。

 

「そうか……思い出したのじゃ。ナスサリア――イナ・ナスサリアは妾の親友じゃった」


 ウカとシズナがぶんぶんと尻尾を振った。


「ばばさまのばばさまなのじゃ」

「ばばさまのばばさまもニアヴ様のこと、大親友じゃといつも誇らしげに語っておったのじゃ」

「なんだ、ニアヴがばばあという話か」


 テントの入り口を潜ると、そこではニアヴが罵られていた。外見はともかく年齢的に本当のことなので擁護できない。


「ルーキー!」

「おお、ワーズワード殿、ご無事じゃったか」

「あら、お帰りなさい。遅かったわね」

「もっと早く戻ることもできたんだが、少し盛り上がってな。全員揃っているということは、こっちも無事だったようでなによりだ」

「こいつらは負けて戻ってきたって感じだったけどな。てーか、てめェ、神官の策にまんまと引っかかったそうじゃねーか。脇が甘すぎんじゃねーの」

「だって、魔法のアーティファクトを使ってきたんだぞ? そんなの卑怯じゃないか」

「なにが『だって』だよ。まあ、アタシはテメェの心配なんてひとっ欠片もしてなかったけどな。キャハハハハッ」

「あー。うん……そうだな。その精神攻撃はやめろというに」

「ふふ、おつかれー。その様子だと今日戦場で何があったか知らないみたいね。あなたのアルマのフェルナ・フェルニくんが大活躍だったのよ」

「ほう。そこんとこ詳しく」


 情報に貴賎なし。たとえその情報源がリゼルであっても、無視スルーすることはできない。

 と、思ったがその前に――

 

「腹が減った。先に飯だ。続きはその後にしよう。大体お前らはなんでこの時間にこんなところに集まってるんだ。食事時間のルールはお前ら指揮官待遇者にも遵守してもらいたいのだが」


 ただでさえルールにルーズなジュージンズである。上がこれでは示しがつかないではないか。

 エテ公が大きな手で顔を覆い、安堵と苦笑の入り混じった声を上げた。


「ひっひ。嬢ちゃんが正解じゃったのう。ワーズワード殿の身を案じるなど、いらぬ気苦労であったというわけじゃ」

「結構危なかったんだけどな。紙一重でなんとかなった。しかし、心配はもっともだ。もちろんここは戦場なわけなので、俺が死ぬこともあるだろう。しかし、そのときにはそこの駄犬が作戦を引き継いでくれるので大丈夫だ」

「継がねーよ」

「そっちの心配ではないのじゃがのう。いやはや、これが我らが英雄殿であられるのじゃな」


 再び笑うエテ公。英雄? 誰のことを言っているのかはしらないが、まあ楽しそうで何よりだ。

 

「で、そっちはなんの話題で盛り上がってたんだ、ニアヴ」

「…………」


 無事戻ってきたというのに、ニアヴは俺に背中を向け、振り向きもしないままだった。


「「ぴー!」」


 と、ウカとシズナが悲鳴を上げて、テントの隅に縮こまった。

 よく見ると狐のしっぽがギンッと持ち上がっている。毛の一本一本が針金のように逆立っていた。


 あ。


 ぐるりと振り返るニアヴ。その尖った瞳から読み取れる心情はただ一言、怒気である。


「だ、れ、が、ばばあじゃああああッッッ!!」


 ――走れ【サラマンド・ランナー/火鯢疾走】。そのような詠唱コールが聞こえた。

 

 ちょ。

 

 ランク四・『大危険アラーム・オレンジ』。

 

 危険を感じて、反射的に魔法妨害マジック・ジャミングを発動する。

 源素図形を崩してしまえば魔法効果は継続しない。が、それが発動と同時に効果を発する魔法であった場合、時既に遅し、である。


 バシン!

 

 ニアヴが、固く尖ったしっぽを床に叩きつけた。

 床がぶみょんとたゆんだ。テント内とはいえ、地面はそんなに柔らかくない。あり得ない現象だ。

 衝撃が地中を伝う。そして、俺の立つ地面がゴッと盛り上がった。

 

「ごふっ」


 死角からの攻撃というよりは立って依る地面そのものを攻撃手段にされれば、回避するのは困難だ。

 バランスを崩して、ひっくり返る俺。

 当然受け身など取れないので、後頭部と肩と背中と腰を強打する。

 

「……何をする。痛いではないか」


 絶叫はなんとかこらえる。いい大人が痛みに泣き叫ぶというのはさすがにかっこ悪い。

 はやく、【ドッグドック/犬医】を。いや、あんな面倒な図形構築は痛くて待てない。まずは簡単な【ジマズ・メディカル・リーフ/地神薬葉】で痛みだけでも。

 と、ニアヴが服の裾をごそごそと探る。

 そして、一つのガラス玉を取り出した。

 

「……『まじっく・ばりあー』」

 

 パキン。俺の【地神薬葉】が打ち消された。

 

「お前」

「美しい妾をばばあ呼ばわりするなど、万死に値する悪行じゃ。その死にかけたダンゴムシの格好でしばらく反省するがよい」

「馬鹿にするな。ダンゴムシは踏まれてすぐには死なない強い外殻をもっているし、いざと言う時は非常食にもなる益虫なんだぞ」

「それはすまなんだ。煮ても焼いても喰えぬお主とは天地じゃな。『まじっく・ばりあー』」

「くっ、治療の妨害をやめろというに」


 あくまで邪魔するつもりか。

 となれば別の手、BPMの方法論の一つ、受動型認識系を活用して痛みを快楽に認識置換するという方法もあるのだが、人間手を出してはいけない世界もある。

 自重はしないが自制は大事。絶対遵守の『ヒトトシテ条例』は、他の誰でもない俺が俺自身に科す金科玉条だ。

 視界の隅に震える小ニアヴ兄妹が映る。そもそも、ばばあとか最初に言い出したのはあいつらだろう。なんで俺だけがお仕置きされねばならんのだ。

 

「ぴー! ニアヴ様がこわいのじゃ」

「あ、兄者はこわがりなのじゃ、情けないのじゃ」

「妹者も声が震えて、しっぽもしゅんとしておるではないか。同じなのじゃ」

「してないのじゃ」

「してるのじゃ」

「してないのじゃ」

「してるのじゃ」


 ……なんというか、こいつらはなんでここにいるのだろう。未だ役に立っているところを見たことがないんだが。

 竜国ガーディアからの応援ということで特に疑問に思っていなかったが、一体誰がこいつらを寄越したんだ。


「あはははっ!」

「バーカ」

 

 でもって、爆笑のリゼルと呆れ顔の駄犬。

 同じ『ベータ・ネット』出身の親しい仲間が目の前で性悪狐にいたぶられているというのに、助けようともしないとは、とことん見下げたヤツらである。

 

「なか……ま……?」

「心底理解不能だという顔をするんじゃない。お前のそのわざとらしさが鼻につくんだ」

「いやん! ワーズワードってば、こんなにきゃわゆい乙女相手にひどいっ☆」

「だから、それ」

「……まァ、なんにせよ、ご無事で良かったわい」


 俺たちのくだらないやり取りを終わらせるべく、エテ公がまとめに入った。

 どっちかというと戻ってきてから無事じゃなくなったわけなのだが。

 そのときテントの外から騒がしい声と足音が聞こえてきた。

 

「おおーい、アニキは戻ってるか! 下ですげーヤツ捕まえたぜぇぇぇ!」

「ちょっとダスカー、捕まえたのボクなんだから、手柄横取りしないでよっ」

「みんな、まってぇぇ」

「あのー、こういうのは、ちょっと困る立場でしてー」

「ご飯泥棒は黙るでち!」

「はぁ、すみません。皆さんのお食事が美味しそうだったものでつい」

「ちちう。それは仕方ない話でち。おっしょーさんのれぴしは完璧でちから」

「大変申し訳ございません。我々の本部テントにもうすぐ着きますので」


 ん、リストたちだけかと思ったら、チウチウさんも混じってるな。

 セスリナもこっちにくるのは珍しい。それに聞かない男の声?

 一体何なんだ。

 

 喧騒が近づき、バサリとテントの入り口が大きく開かれた。

 ダスカーを先頭に、リストとセスリナ。タリオンに担がれたフードの男。チウチウさんが反対の肩に掴まっている。

 

「なッ、こいつはッ!?」


 それを見たパレイドパグが瞬時に戦闘態勢を取った。

 俺もまた、腰の痛みを忘れて立ち上がる。まさか――

 

「てめェら、全員そこから動くんじゃねェ! 一歩でも動いたら、全員まとめてブッ殺す!!」

「ふぇ?」


 突然の駄犬の怒号。わけの判然らない事態に、皆がピタリと動きを止める。

 

「はあああ――!!」


 駄犬の周囲に渦巻く源素。感情の爆発が源素の乱流現象を引き起こす。

 が、今回はそれだけではなかった。

 

 【フォックスファイア/狐火】。【バニシングバード・エア/溌空鳳】。【マルセイオズ・フロスト・ボウ/水神霜弓】。【カグナズ・ヒートレイ/火神熱視線】。【マルセイオズ・フローズン・アックス/水神氷斧】。【ジマズ・グロウ・シード/地神萌芽】。【ラクーンバースト/狸爆破】。

 

 渦巻く源素の中に秩序を持って接続された様々な源素図形が含まれていた。

 源素図形に統一感がない。初級魔法もあれば、濬獣ルーヴァの魔法もあり、戦闘用ではない魔法も含まれている。形も悪ければ、大きさも様々だが、これだけの源素図形を一瞬で構築することは俺にも難しい。

 いつの間に、こんな源素操作技術を身に着けていたんだ。

 激しい感情を燃やす駄犬の瞳はタリオンに向けられている。

 

「ち、ちぅ」


 それが自分に向けられたものと勘違いしたチウチウさんが、蒼白になって怯えた声を出した。

 いや、違う。駄犬が見ているものは――


「テメェが――テメェがそう・・なのかッッ」


 パレイドパグが吠える。

 全てを感情に乗せた、それはまさしく反射的な行動だったのだろう。

 駆け込んできた全員を巻き込む形で全ての魔法を発動させた。

 そのとき、フードの男が顔を上げた。そこにキラリと丸い光の反射。あれは、メガネか?


「えっと、なんのことかわかりませんが、それはちょっと危ないので、相殺しますねー」

 

 男が両の手をパチンと叩き合わせ――そして、丘の上から作戦本部テントが吹き飛んだ。



 ◇◇◇



 『聖都・シジマ』聖庁内。


「おのれ、おのれ、おのれ、うおのれェェ!」


 荒れ狂うカイエン・ニールギールが腕をふって、机の上に並べられた料理の数々を薙ぎ払った。

 料理ごと食器が床に叩きつけられ、柔らかい銀食器はへしゃげ、高価なグラスが無残に砕ける。

 一家四人が一月食べられるだけの金額が、ゴミと化した瞬間であった。

 

「やめんか、カイエン。今日の結果は貴様の慢心と受け止めい」

「イニュー! 貴様こそ、正体も知れぬ何者かに敗北したというではないか」

「今日は初めから様子見が目的よ。賊どもの手の内を一つ暴けたのだ。問題はない。それに――次に現れたときがあやつの最後よ」

「ぶぶふふふ。だとしても、近衛神官ともあろう者が魔法で遅れをとるなど惨め」

「……オーム。今日は貴様の気まぐれに付き合ってやったのだ。感謝こそあれ、そのような言いようはなかろう」


 険悪なムードを醸す三人の前に、四人目の近衛神官が姿を現した。


「いやー。皆さん今日は本当に大変でしたね」

「アスレイ!」

「貴様ァ、末席の分際で何を遅れておるかァ!」

「すみません。もっと早く戻る予定だったのですが、少し盛り上がりまして」

「ワーズワードを封魔の牢獄に捕らえる貴様の策。うまく行ったのであろうな」

「ええ、はじめは。ですが、逃げられてしまいました」

「ほう。オームと我らまで動かした策を失敗したというのか。であれば、その責、貴様が負うのであろうな」

「おう、そうじゃ、そうじゃ! 貴様が全ての責を負えィ! ウィヒヒ!」


 そういうイニューとカイエンにも笑顔を崩さず応えるアスレイ。


「まあそう、責めないでください。ワーズワードには逃げられましたが、向こうの戦力はおおよそ掴めました。今回の責任を取って、失われた風神騎兵に代わる戦力は私が補充しましょう。まずは、大陸中に散らばる四神殿の神官たち。これを聖都に集めます」

「ほう」

「次に法国ヴァンスを動かします。騎士を五〇〇〇も揃えれば、数の劣勢も覆るでしょう」

「むう、確かにそうではあるが」

「フレヴァンス殿がいわれた通り、我々の慢心が今日の敗戦を生んだのです。彼らは侮ることのできない相手です。それを認め、採れる手の全てを採ることが必要ということです」

「……ふん、貴様がそう動くのであればよかろう。しかし、貴様は法王アルカンエイクを動かせるというのか。あれもまた化け物ぞ」

「法王を動かす必要はありません。宰相を動かせば事足りる話です」

「おおッ、オーギュスト・エイレン・ゼリドか。そうよのォ、あやつであれば聖庁の威光に逆らうまい」

「ですが、ことは急を要します。このままでは聖都は明後日まで持ちません。――『勅』が必要です」

「勅だとォ!」

 

 『勅』――それは四神殿総斎主が下す至上命令書を指す言葉である。

 勅があれば、聖庁を動かすことができる。それすなわち、四神殿の全てを動かすことができるということだ。

 それだけに勅は簡単に得られるものではなく、近衛神官の――それも筆頭オーム・ザラを通さず四神殿総斎主に直接持ってゆくことを許されていない。

 

「……」

「……」


 にこやかなアスレイと頬まで肉に埋もれ表情の読めないオーム・ザラの視線が交差する。

 一瞬と呼ぶにはやや長い沈黙の後、オーム・ザラの頬肉が震えた。

 

「ぶぶふふふ。良かろう。聖下ウラヌスには我が図ってやろう。貴様はすぐに動く準備をせい」

「はい。ありがとうございます、筆頭殿」


 窓の外に大小二つの月が輝く。

 両陣営ともに危うい火種を抱えたままの夜が来る。


 『セブン・デイズ・ウォー』三日目。

 

 激しく熱い一日がやっと終わろうとしていた。


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