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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
130/143

Double Dragon 17

 白々とした渦巻く、それは竜巻だった。

 竜巻は見た目以上に禍々しく、これに巻き込まれればただではすまない。


「うにゃあああ」

「兄者、手を伸ばすのじゃ!」


 間一髪のタイミングで伸ばされたシズナの手をウカが掴む。小柄な兄妹であるが、二人分の体重が合わされば、そう簡単には飛ばされない。


「儂を忘れてもらっては困るぞい、ウッキャァァ!」


 咆哮とともにスローリの持つ一対の曲刀が頭上でチンとかち合わされた。

 もともと強靭な筋力を持つ狒族の中でも、スローリ・エンテは二つ名を持つ一流の剣士である。ぼこりと膨らんだ上腕二頭筋は椰子の実のように丸く太く、そこから繰り出される曲刀の一撃は並の相手であれば一刀のもとに切り伏せ、二刀目を必要としない。

 空中に留まる竜巻に狙いをつけ、ぐっと腰を落とし大地を蹴るスローリ。歳を感じさせない弾丸のような射出だ。狒族は脚力を生む大腿四頭筋も腕同様に太い。跳躍と同時に左右の腕が勢い良く開かれた。長い腕だ。それが最大に伸び切った所から、今度は大胸筋と僧帽筋を爆発させて一気に曲刀を引き戻す。開く力の反動を閉じる力に上乗せし、曲刀が交差する一点に全身の筋力全てを重ね合わせる――これが全身鎧すら切り裂く『双曲刀のスローリ』必殺の猿牙咬合撃である。


 ガギイイイイイイイン!!

 

 硬質な破壊音とともに双曲刀が砕け散った。

 技の破壊力に武器の方が持たなかったのだ。これで砕けぬ竜巻には全身鎧を超える硬度があるということか。

 

「くっ……これは魔法なのか、そうではないのか。わからぬ、此奴は一体なんなのじゃ!!?」

 

 ニアヴの獣の虹彩が睨みつける先に、白い竜巻が浮かぶ。

 さすがのニアヴも驚きを隠せない。数多くの戦闘経験があるニアヴであるが、このような奇妙なもの・・はこれまで見たことがなかった。

 

「申し訳ありませぬ、ニアヴ様。儂の牙が砕けてしもうたわい」

「ニアヴさまっ」

「大ニアヴさま!」


 ニアヴの周りに皆が集まってくる。


「ぶぶぶぶふふふふふふ……」


 近衛神官ロストンオーム・ザラの不気味な声が丘の上にこだました。



 ◇◇◇



 一方――


「風神・卷躊寧パルミスの従神『宜湶シエン』『于楽クーラ』は共に片羽のツグミの姿を持ち、常に二柱一体で行動するといいます。雌雄の神は永遠の愛を司り、四神殿式の群誓式アリスではシエン・クーラの加護を与えます」

「パルミスは旅の安全を司る神だったか。結婚式アリスもまた新しい旅の始まりということだな。で、その鳥をイメージしたマジック・アーティファクトの魔法効果が――」


 きゅうと線が引かれたような細目。にこやかな表情。トゲのない、いっそ友好的とも思える口調で男が答える。


「銘は『シエン・クーラの真白の掛け尾羽根』。二者同時の空間転移を可能とします。東方『アリアンテ古宮』に棲むガーディアン恵賜けいしの至宝です。大変に美しいアーティファクトで、お見せできないのが残念です」

「いいんだぞ、見せてくれても」

「はい、考えておきます」


 うむ、一考の価値もないという答えだな。


 周囲を石の壁に囲まれた薄暗い室内。アスレイが発動した『シエン・クーラの真白の掛け尾羽根』とやらが俺と彼をこの場所へ転移させたのだ。

 部屋の広さは一〇畳ほど、場所をとる家具と謎の木箱で床面積が埋められているため、存外狭く感じる。

 部屋の中央には唯一片付いた楕円の机があり、その周りにいくつかの木製の椅子が転がっている。壁に備え付けの棚の中にはティーセットらしきものが見え、荷物の多い雑多な感じが飲食店の奥にある倉庫兼休憩室、あるいは学校の理科準備室を彷彿させた。

 そんな室内の机を挟んだ向こう側にアスレイが佇んでいる。


 室内は静寂で扉は一方向、アスレイ後方の壁にのみあり、窓はない。

 声の響き方からして石壁の向こう側には黒い土が詰まっているのだと思われる。となれば、ここは聖都の地下空間に作られた部屋といったところか。

 なんとか扉を蹴破って部屋から出られても、飛び出た先は四神殿の本拠地だ。

 そもそも、扉を蹴破れるのかどうかという問題があるわけだが。


 黄源素×一――

 赤源素×三――

 

 発動、【フォックスファイア/狐火】。よし、出ない。

 それはそうだ。俺の能力を知った上でこの場所を選択したのだ。事前に『魔法解除マジック・キャンセル』対策を講じてきたアスレイがその先で手抜かるわけもない。魔法対策は必然だ。

 目に見える範囲にはそれらしき源素図形が浮かんでいないので、室内のどこかに魔法封じの効果を持つ、何かしらのアーティファクトが設置してあるのだろう。

 魔法に関して、およそこの世界の人間に遅れをとるとは思っていなかった俺である。まさかこんな若造に先手を取られるとは。

 

「私はそこまで若くはないですよ。これでも今年二五になります。近衛神官としては確かに若輩ですがあなたよりは上でしょう、ワーズワード」

「……であれば、間違いはない。俺の方がギリ上だ」

「嘘でしょ? その顔はどう見ても二〇前後――」

「おっと、顔のことで俺を貶めるのはそこまでだ」

「若く見えるというのは褒め言葉だと思うのですが」

「見解の相違だな」


 でなければ、民族性の違いだ。

 アスレイが笑う。――笑っているように見える表情を作る。

 

「そんなに警戒しないでください。ここは私だけの秘密の部屋、招いたのはあなたが初めてです。お茶くらいはお出ししますよ。其は源なり。泉と湧きて我が身に流れん。神水シャルルリリエ・ラニ・アニ。――満たせコール【マルセイオズ・ウォーター/水神湧水】」

 

 何もない空中にプクリと気泡が膨らむような変化が生じ、それがそのまま水の塊となってぶよぶよと流動した。無重力空間に漂う水滴のように無限に形を変えながら、ゆっくりポットの中に流れ込んでゆく。

 水を生み出す魔法【水神湧水】。それも三音韻の【インスタント・コール/瞬時詠唱】だ。つまり、この室内で俺は魔法が使えず、アスレイには使えるということだ。

 加えて――


 おいおい、それはさすがにあからさますぎる威嚇じゃないか。

 あまりやりすぎると、お前の方が追い詰められているように見られるぞ。

 相手を警戒しているのは一体どちらなんだろう、とな。


 ポットに茶葉を注ぐアスレイの手がピタリと止まる。

 

「さすがですね、ワーズワード。己の状況を理解してなお、その態度を崩さない」


 その態度とはどの態度のことだ。俺は常にこんなもんだが。

 それにお前の器用さにはちょっと感心しているんだぞ。四神殿の使う魔法はおよそ大雑把なもので細かい制御に向かないというのに、お前の【水神湧水】はちょうどポット一杯分の水量だけを生み出して見せた。


「これでも水神神殿出身の身ですので。……あと、状況を理解したからと言って、会話の努力を全放棄するのはやめていただけますか? それをされると、私が独り言を呟いているだけに見えてしまいます」

「わがままなヤツだな。二人しかいない場所でお前には俺の心の声が聞こえているのだから、口を動かす分非効率だろ」


 この室内で俺は魔法を封じられているだけではない。脳内の思考も盗聴されている。

 手足を縛る枷もなければ、行動を制限する鉄柵も存在しないが、ここは俺にとっての完全な牢獄なのだ。

 こいつァ、困った事態だゼェ、ヤッホイ。

 

「それにしては余裕がありますね。あなたのそれは本当に余裕なのかただの虚勢なのか、心の声を聞いてもなお判断できません。もしかして、まだ私の知らない奥の手を隠し持っているのですか?」


 〇、〇、五〇――


「答えてもいいが、無意味ではないか」

「どういうことです?」

「奥の手があると言いつつ、ないかもしれない。ないと言いつつ、あるかもしれない。俺がどちらを答えようと、お前は結局どちらとも判断できない」

「それはありません。心の反応は反射的なもの。いくら真実を覆い隠そうとしても、問いを聞いた瞬間、心の中には真実が浮かび上がります。心の中で無意味な数を数えて思考をごまかそうとしているようですが、そんなものでごまかせるものではありません」

「なら試してみるといい。もう一度、質問してみろ」

「いいでしょう。ワーズワード、あなたはこの状況を打開できる奥の手を隠し持っている」


 〇、〇、一〇〇――


「オクノテ、アルナイヨ。さーて、どっちだ?」

「……。わかりません」

「そういうことだ」

「信じられません。自分の心を完全に閉ざせると? あなた、本当に人間ですか」

「思考制御はアバター操作の基本だ。この程度できないなら、俺は二三番の識別名コードネームを謹んで返上するぞ」

「二三番? それは一体――」


 ポットから湯気が上がり始めた。

 さすがアスレイの秘密の部屋だけあって、ポットを沸かすのはコンロの火ではない。そういう魔法が付与されたアーティファクト家電である。一般には一切流通していないが、やはりそういうのはあるんだな。


「……お茶が湧きました。蜜樹と砂糖。どちらが?」

「どちらもなしで」


 何事もなかったかのように茶を入れ始めるアスレイ。

 まあなんだ。俺のような人間もいるという、これも一つの経験だ。勉強になったな、アスレイ後輩。

 アスレイが苦笑を漏らす。

 

「ワーズワード。やはり、あなたは並の人間ではない。最大の警戒をもってこれ以上ない策を準備し、それを成功させたというのに、まるで私のほうがあなたの策に嵌ってしまった気分です」

「の割には手ぬるい気もするが。俺を殺したいなら室内に兵を配して、転移の瞬間槍で串刺しにすればよかった。対策の暇を与えず、物理の一撃を加えられていたなら、俺は今頃ちゃんと死んでたと思うぞ」

「それが目的であれば、筆頭殿がいれば事足ります。こうまでして、この部屋にあなたを招いた理由は、私があなたと語りたかったからです」

「語りたいねぇ。お前は四神殿トップの近衛神官で、俺は四神殿に宣戦布告をして今日の戦争状態を作り上げだ張本人だ。立場としては不倶戴天の敵同士。辺境の奇祭で一回言葉をかわしたことがあるだけの間柄で何を語ることがあるんだ」

「たとえば、そう……この戦争の目的とかですかね」


 〇、〇、二〇〇――


「アルムトスフィリアの目的は、全獣人の人権保護だが」

「はい。ですが、それはあなたの目的ではない。獣人保護の題目の裏に隠された、真の目的がある」

「ソウダヨ、ソウジャナイヨ。さーて、どっちだ?」

「これは質問ではありません、断定です。あなたがどちらを答えても、事実は左右されません」

「ほう、そう言い切る根拠があるなら聞かせてもらおうか。……確かにいい茶葉だ。さすがは大陸中から美食の集まる聖都だな」

「風神大神殿通りにいい店があるのです。もしもあなた方が城外戦に勝利し、都市内に攻め込まれれば、この茶葉を売る店もなくなってしまうかもしれません。ですが、私の想像ではそうはならない」

「四神殿の勝利を信じるのは近衛神官なら当然だろう。想像通り行くかまでは断言できないと思うが」

「まさにそこです。あなたの――ワーズワードの目的は聖都の破壊にない」


 楕円のテーブルを挟んだ差し向かい、表面上は穏やかながら、アスレイの細い目が俺の心を見透かそうと鋭さを増す。

 なるほど、そういう話をしたいということか。しかしだな――

 

 〇、〇、四〇〇――

 

「聖都の破壊はしたと思うが。あの綺麗な白い塔を大砲で叩き折ってやったことを忘れたのか。ほんの数日前の話だぞ」

「覚えているからこそです。なぜ、それ以降も続けないのですか。塔はあと三本ありますよ」


 〇、〇、四五〇――お。


「まあ、そうだな」

「それに今日の戦場もそうです。爆音による六足馬の無力化策は見事でしたが、なぜそんな遠回りをする必要があるのですか。『世界魚の塔』を破壊してみせたあの恐るべき大砲を並べるだけでよかったのではないですか。それだけで、風神騎兵は一兵たりとも生き残ることなく全滅していた。射程距離・威力・運用性。あれがこれまでの戦場には存在しなかった、恐るべき先進性をもった兵器だったということは、既に掴んでおります」


 〇、〇、四二五。


「この世界の神官は軍事も語れるんだな。素晴らしい着眼点だ。それはうちのケモノ連中に欲しかったところなんだがな。あいつらは、そういうところにはあまり知恵が回らないのだ。アルムトスフィリアは良くも悪くも個人能力でもっている集団なので仕方ないが、組織的な分析能力や多角的な視点では、やはりお前たちのほうが上だな」

「ちなみに、分析結果を聖庁に報告した火神大神殿の神官長は即時の停戦を主張し、今も聖庁内でお休み頂いております。あの大砲の前では、風神騎兵や神官兵の陸戦戦力が一切役に立たないという事実が表に出れば、皆の戦意に関わりますから」

「神官長様も大変だな」

「そう考えれば、獣人の兵士が持つアーティファクトもそうでしょう。神官の魔法を封じるとなればそれは【マルセイオズ・シール・シールド/水神封魔盾】か【カグナズ・ハロー/火神光輝】……なぜ、守りの魔法効果を選択したのです。真に攻撃の意志があるならば、守りではなく攻撃の魔法を付与すればいい。数だけはいるのです。全員が大規模破壊魔法を操る軍隊であったなら、この戦争は三日も続いていない、ともすれば開戦初日に勝敗は決していた」


 五、〇、四二五。

 五、一〇、四二五。

 

「おや、数え方が変わりましたね。もしかしてそれは、思考をごまかすだけではない、なにか意味のある数字なのですか」


 話の途中ではあるが、俺が心の中で数えていた数字の変化に気づいたアスレイがそう問いかけてきた。


「意味? まあ、なくはないな。続けよう。お前は、俺が強力な兵器を持ち、聖都を上回る兵士数を揃えていながら、まるで本気で攻撃していないように見えると言うのだな。そうであれば、別の目的があるはずだと」

「はい」

「非常に鋭い意見だ。俺ですらそこに気づくのに四日かかったのだ。三日目で気づいたのなら、お前は昔の俺よりずっと優秀だと言えるかもしれん」

 

 もしくは俺のやり方は所詮模倣であって、本家アイイリスに全然及んでいないという話か。

 

「模倣? 『あいいりす』?」

「おっと、先に進む前に、まずはこの盗聴魔法を解いておこうか。さすがに邪魔だ」

「……本気でそれができると?」

「アスレイ。お前は俺に現状を打破する奥の手があるのかと問うたな。今度は真実と答えよう。奥の手などなかった。だが今手に入れた」

「今? そんな馬鹿な話が――」


 あるんだな。これが。

 発動、【火神光輝】。

 

 反魔法アンチ・マジック――この世界には幾種類かの反魔法が存在している。

 【水神封魔盾】――これは【アンク・サンブルス・アンリミテッド/孵らぬ卵・限定解除版】の『反魔法』と同じく魔法の詠唱を抑止する魔法だ。源素図形は構築できるが、発動ができないというやつだ。

 【火神光輝】――これは詠唱自体を防げない代わりに、発動後の魔法効果を打ち消すことができる。


 相手が魔法を唱える前であれば【水神封魔盾】が有効であり、それ以降であれば【火神光輝】が有効である。

 今、俺は【水神封魔盾】系の魔法効果範囲に捕らわれている。これを打ち消すには【火神光輝】の反魔法が必要だ。

 しかし、室内で【火神光輝】を使おうと源素図形を構築しても、それは当然発動しない。

 

 これを解除したければ、詠唱抑止の魔法効果範囲外で【火神光輝】を発動させなければならない。


 俺は魔法を使うとき、世界を法線入りの三次元座標空間として認識している。

 まずその辺に漂う源素の座標を視認し、それを図形化させるために源素を移動させる方向と移動量(=ベクトル)を演算し、ベクトルに従い移動(出力)させる。


 視認、演算、出力。


 これが源素操作の基本の手順だが、この手順において源素図形を作り出す位置は――出力座標は――視認範囲内にある必要はない。

 一度視界内に法線を引いてしまえば、目に見えない地面の中でも、壁の向こう側でも、遠い空の上でも同じ一座標単位の目盛りを伸ばしてゆけばいいだけなのだから。


 五、一〇、四二五――すなわち、(5,10,425)。


 俺は前方の壁の奥、四メートル二五センチメートルの座標位置に、【火神光輝】の源素図形を構築。地面の中で魔法を発動させたのだ。


 これが『魔法妨害マジック・ジャミング』、『魔法奪取マジック・ハック』、『魔法解除』に続く第四の源素操作技法、『遠隔詠唱リモート・コール』だ。

 

 遠隔詠唱の利点として、目の前で魔法を唱えていないように見せられるということがある。

 もっといえば、互い源素が見える同士の対転移者戦では不意打ち的に使えるものだ。と思ってたら、パルメラ治丘では発動後の魔法を簡単に打ち消されてしまったわけだが。


 そういうわけで、これは思考をごまかすための無意味な数字ではなく、詠唱が抑止される効果範囲を調べていたのだ。

 結果としては室内のある一点を中心におよそ半径一〇メートルほどの空間がその効果範囲だった。であれば、それより外側から【火神光輝】を発動すれば、たとえアーティファクトの持つ魔法効果であっても解除できる。……はずである。


 攻撃系の魔法でもないので、室内に目に見える変化はない。しかし、【火神光輝】は成功したはずなのでちゃんと封印状態が解除されているか確認してみよう。先ほど発動しなかった【狐火】の源素図形は未だ接続を保ったままで俺の目の前に浮遊している。

 

 発動、【狐火】。


 ゴッ――

 

 魔法発動の念と同時に、黄金の炎が燃え上がり……そして消失した。

 

「なッ」


 ガタンッ!


 椅子から飛び上がり、距離を取るアスレイ。

 笑顔に固定されていた表情に初めて変化が現れた。

 リゼルには効果が薄かったが、アスレイはさすがに驚いてくれたようだ。


「ふむ。瞬間的には詠唱封印と思考盗聴が解除されたが、すぐに効果が戻ったな。ではこれではどうだろう。【火神光輝】、でもって魔法効果解除中に【水神封魔盾】。これで順番的には【水神封魔盾】の魔法効果が先に発動するはずだが」


 もう一度【狐火】っと。

 

 黄金の炎が再び発生し、今度は消えることなく燃え続けた。


「今度は大丈夫のようだな。やはり組み合わせと順序が大事なんだな。そら、いろんな種類の反魔法が必要とされるはずだ」

「なにをされたかもわからないまま、『靜爛裳漉マルセイオの霊柩』が破られるとは」

「なんか強そうな名前のアーティファクトだな。さて、これで俺を封じる鎖はなくなったわけだが、どうする。今からこの場で大魔法合戦でも始めるか?」

「……いえ。降参です。絶対の対策を講じたというのに、こうも簡単に破られたのです。私では到底太刀打ちできません」

「随分と諦めがいいな。実力差を素直に受け入れるのは褒められるべき資質だが、受け入れてなお足掻いてみせるのが若者らしさだと思うぞ」

「私はあなたよりギリ下なだけなのですよ? もう少し大人として扱ってほしいものです」

「そうか。そうであれば――」


 俺はゆっくりとアスレイに腕を伸ばす。


 ――そして、再びの着席を促した。

 

「……どういうことです」

「俺もお前と語りたくなったということだ。水神祭で見たときはもう少し四神殿の腐敗思想に浸かった人物かと思ったのだが、こうして見たところ、どうもそれだけではないようだ。たとえば、ここはお前だけの秘密の部屋なのだと言ったな。招かれたのは俺が初めてだとも。とすれば、ここはお前が四神殿にも秘密にしている部屋なのではないかと思ったわけだ」

「……」

「語ってみろ、アスレイ。これももしかしたらだが――俺とお前の目的は、あるいは同じものかもしれないぞ?」


 今度こそ、アスレイの瞳が大きく開かれた。



 ◇◇◇



 アルムトスフィリア、防衛拠点。

 

 一時的に築かれた拠点だといっても四〇〇〇を超える集団が生活する以上、そこには行動のルールと秩序が求められる。

 拠点警備だけでなく、起床の時間、野菜の収穫に炊事清掃、各隊の状態を報告する伝達のルールも必要だ。

 中でも獣人たちを困惑させたのが沐浴のルールである。

 防衛拠点の中心となっている丘を聖都と反対側に下った先の雑木林。その中にワーズワード命名『しゃわーつりー』があった。

 

「がおお、ちくしょう! 神官兵のヤツら、あそこで突っ込んでくるなんて反則だってんだ」

「荒れておりますね、金獅子殿」

「よう、タリオン。お前の隊も戻ってきたのか」

「はい。こちらも援軍の神官兵相手に前進こそできませんでしたが、なんとか兵を失うことなく」


 しなやかに引き締まったダスカー、惚れ惚れするほどの厚い胸板を持つタリオン。全裸の二人が『しゃわーつりー』の下で挨拶を交わした。

 『しゃわーつりー』の天辺には馬車に積んでいる【ホット・ウォーターフォウル・バレル/沸鵜樽】同様の魔法道具が備え付けられており、コマンド・ワードを唱えることでいつでも温かいお湯のシャワーを浴びることができる。

 生み出された湯は枝と葉を伝い、『しゃわーつりー』の下に雨のように降ってくるため、二〇人程度であれば同時にシャワーを浴びることができるのだ。

 毎日のシャワーの習慣のない獣人たちはなぜこんなことがルール化されているのか全く意味がわからなかったが、やってみるとこれが案外良いもので、奴隷として働かされていた者でなくとも、いつもの不潔な生活よりここの拠点ぐらしの方がずっと質が高いと思う者すら出てきている。

 『しゃわーつりー』の側には『どらいやーつりー』も作られている。それが男女別であることも獣人たちには驚きであった。彼らは通常川で水浴びをするが、川に男女別の仕切りなど存在しない。


「フェルナのあんな背中を見せられたあとで、俺たちは揃いも揃ってなさけねェ」

「ワーズワード様と御者様の生み出した戦略もまた見事なものでした。獣人族の一人として、嬉しくもあり、恥ずかしいことでもあります」

「明日こそは絶対成果をだしてやるぜ」

「はい、わたくしも同じ気持ちでございます」


 決意を新たにする二人。


「そういや、双曲刀の爺様はどうした。俺たちと同じく、近衛神官の奇襲を受けたって話だったが」

「わたくしも詳しくは。ニアヴ様を本部テントの前でお見かけしましたので、無事ではありましょう」

「そうか、なら詳しい話は飯のあとの軍議で聞けばいい。昼間のフード野郎のこともある。その後すぐに消えちまったが、あれはアニキじゃなかった」

「謎の人物でございますね。味方であればよいのですが」

「そりゃ、味方だろ。俺たちを助けてくれたんだぜ」


 その点、ダスカーに迷いはない。あいつはきっと良いやつだ。


「そうでございますね」

「おうよ」


 シャワーが終われば、次は食事だ。一日の内でもっと楽しみな時間である。

 沐浴を終えた二人が身体を振るい、水分を飛ばす。

 

 ペチチチチン。

 

「……」

「ふう、毎日の沐浴とはこんなによいものなのですね。この戦いが終わっても習慣になってしまいそうです」

「……ああ、そうだな。がおお、チクショウ、馬族のヤローと一緒に沐浴なんてするもんじゃねェ!!」


 気持ちよさそうなタリオンを横目に見ながら、ダスカーが負け獅子の咆哮を上げた。

みんなが思っていたことを直球で代弁してくれるアスレイさんありがたし回。

ダスカーさんパートは真面目パートの反動的な。


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