Wandering Wonder 02
「『源素』?」
「いつまでも『光の粒』ではわかりにくいからな。魔法と呼ばれる現象の『源』となる『素粒子』、故に『源素』と名付けた」
「その源素とやらが、お主以外の誰にも見えず、世に満ちておるというのか……」
俺の源素理論に対し、完全には納得していないニアヴが、青い空を仰ぎ見る。
「更にいえば、人にまとわりついている源素濃度は、個人差が大きいようだな。前の歩いている商人風の男には、殆どまとわりついていない」
「それはそうであろう。源素うんぬんの話は横に置くとしても、魔法を使える才とは、生まれついてのものじゃろう」
「才というよりも、単なる性質だと言える。源素を身に集める性質だ。魔法の素たる『源素』は大気中に遍く存在している。才というほど本人性能に関わらないのではないだろうか。源素を操る技術さえ身につければ、例え生まれ持って源素を集める性質が弱くとも、それら源素を利用して魔法を行使することは可能だろう」
「………魔法は誰でも使えるということかや?」
「結論すればそうなる」
「お主に会ってから、妾の常識が野兎の如く逃げて行くわ……」
「言いぐさだな。あの場で全ての常識を捨て去ったのは、俺の方が先なのだが」
全くもってお互い様である。
「ワーズワードさん、もう見えてきますよ!」
と、そこまで会話に入っていなかったシャルが前方を指さし、歓声を上げる。
「ああ、俺も見ていた。すごいものだ」
源素についての考察も深めたいところだが、まずは目前に迫った『それ』に、俺の興味は移らざるを得ない。
「はい、これが朱雀門ですっ」
まるで我が事のように胸を張るシャルの姿に、俺は思わず苦笑を漏らす。
とはいえ、そう、確かにすごいのだ。
朱雀門――それは実際の所、門ではなかった。幅が20mほどあり馬車数台が余裕ですれ違えるだけの大道、その両端に立つ円形の尖塔がそれである。中に人が入れる構造であるらしく、物見の窓がいくつか開いており、中に衛士らしき人影も見える。
二柱の朱雀門、陽を受けて赤光を反射する赤い塔と黒光を反射する黒い塔。仮に右を赤塔、左を黒塔と呼ぼうか。
見上げる高さは30mほど、10階建てマンションが丁度それくらいだ。
高層マンション群は見慣れている俺だが、他に同等の高さの建造物がない中に孤立する朱雀門は、実際以上の高さに感じる。
そして、高さの話をさておいても美しい塔なのである。どちらの塔も、鏡面と言っても差し支えないほどに空や雲を反射している。それも金属光沢を持つ反射光だ。壁面には見事な彫刻が施されており、その繊細さもまた見事の一言に尽きた。
塔の左右には街を囲む石造りの街壁が並ぶが、こちらの高さは3メートルほど、頑張れば乗り越えられなくもない高さであることを考えれば、外敵を防ぐ役割はあまりなさそうである。せいぜい野生の獣の侵入を防止できるくらいだろうか。
ちなみに、朱雀門で徴税を待つ行列は歩行組と馬車組とに別れており、歩行組には二名、馬車組には四名体制で対応しているようだ。
俺たち三人は当然歩行組に並んでいる。馬車組を見るに、先ほど聞いた六足馬とやらは居ないようである。ちょっと見てみたかったのだが、居ないものは仕方ない。
歩行組はそれなりの列を成しており、俺たちの番が回ってくるにはもうしばらくかかりそうだ。
「遙か昔に滅び、今やその名も残されておらぬ『古の王国』が建てたものらしいのう」
「ユーリカ・ソイルの街の名前はその頃からのものらしいですけど」
「じゃが、朱雀門という呼び名は新しいものじゃがな。今より更に昔には『宝石の塔』と呼ばれておったはずじゃ。各地に残る『潜密鍵』の中でも、特に有名であることには違いないがの」
「『潜密鍵』?」
「えっとですね、すごい昔に作られたもので、何の目的で作られたのか、どうやって作られたのか、今では何も判然らないもののことを『潜密鍵』って言うんです。他にも有名なものはいくつかあって、いろんな街の『潜密鍵』を見て回るのは、旅人の楽しみの一つでもあるんですよ」
弾けるような笑顔で、私もそれが楽しみなんです、と付け加える。
ちなみに『潜密鍵』は、言葉の意味を直接変換した結果の単語である。
前後の文脈から、よりわかりやすいよう『アーティファクト』として、脳内辞書に変換登録しておくことにする。
「この朱雀門も元々どういう目的で建てられたものなのか、全くわからないそうですし。ぴかぴか光ってる材質が、金属なのか石なのか、それすらもっていう話です」
「なるほどな」
それはそれとして。
「建立目的は判然らないが、とりあえず材質でいうと、赤塔の方は、おそらくチタノヘマタイトで作られているな」
とりあえず、全く判然らないわけではない。
「……んんん?」
「ちたのへまたいと?」
頭に大きな疑問符を浮かべるシャル。
「ああ、あの赤色の金属光沢は二酸化チタンを含む赤鉄鉱『チタノヘマタイト』の特徴だな。空の雲を映すほどの鏡面反射から類推すれば、希少鉱物である二酸化チタンの含有量は相当なもので、宝石の塔と呼ばれていたのも納得の話だ。黒塔の方も、含有量は同じくらいだな。ただ主の素材が黒鉄鉱だと思われるので、その主成分は『チタノマグネタイト』だと思われる」
「にさんかちたん。ちたのまぐねたいと」
疑問符をつけることすら放棄したシャルが、いくつかの単語をただ音のみを拾って復唱する。
「ただのメッキ加工であるなら、長い時間の間にはげているだろうから、そうするとやはり材質全てが、単一鉱物でできているのだろうな。なかなかに珍しいものだ」
「待て待て待て!」
「……なんだ」
なぜか慌てた様子でぐいぐいと迫ってくるニアヴを、軽く押しのける。
「アーティファクトじゃぞ!? その材質をなぜ語れる!」
そうは言われても、所詮はヘマタイトである。
『ヘマタイトネックレス』といえば、ネット販売の招福グッズでは定番なので、見た目で大体わかるだけなのだが、さすがにそこまで説明するのは面倒である。
「たまたま知っていただけだ。単なる雑学だと思ってくれ」
「ざ、ざ、雑学……」
口をパクパクさせるニアヴ。
「私にはよくわかりませんでしたが、ワーズワードさんは物知りなんですね」
「まあ、これくらいならな」
素直な賞賛はありがたく受け取っておく。
「そういう話では、ありえんのじゃーー!!」
その声に何事かと振り返る歩行組の人々だったが、直後、面倒な関わり合いは避ける方向に思考が向いたらしく、特にそれ以上の反応はない。
俺も、キンと響く耳を押さえつつ、
「じゃあ、今のなし。俺は何も知らない」
とその場を納めることにした。
面倒なやりとりは避けるに限る。
「はあああああ??」
「さて、そろそろ俺たちの番も近づいてきたな。そういえば、その足税を払えない人間はどうすればいいんだ? 金銭の類は一切もってないんだが」
「あ、それでしたら私が」
「ま、待て待て、待たんか!」
「……まだなにかあるのか」
「当然であろ、なしってなんじゃ!」
「ないものはない。知らないものは知らない」
「通るか、そんな話!」
「そうそう、その門を通る話なんだが、さすがに金に関してまで世話になるわけにはいかない」
「そうですか?」
その驚いた表情から、シャルは当然のように、自分が足税を出すことを考えていたらしい。善良な子である。
「えっと、それでしたら税符を受けることになると思います」
「税符?」
「税金の滞納書と言ったほうがいいでしょうか。当然税符分の金額を支払うことで償還できますが、そのお金のない人は、特定の労働で代償することもできるんです」
「なるほど」
「100ジット分の労働となると、結構きついと思いますが……」
「問題ない。なんとかなるだろう」
ならなければ、その時はその時だ。
未来とは常に不定である。過去から現在までの継続があれば、未来はある程度の予測ができる。だが、過去と切り離されてここに存在する俺には、その予測がたてられない。であるならば俺の未来は完全なるプラスマイナスゼロの状態。
未来について、希望や楽観のプラス思考を持つ理由、不安や恐怖のマイナス思考を持つ理由のどちらもなかった。
「わかりました……がんばってくださいね」
シャルが俺を見つめ、激励をかけてくる。その瞳に多少含まれる尊敬の気配は、おそらく無償の好意を甘受しない俺の在り方に対するものだろう。
もっとも俺の判断は、日本古来のことわざに曰く『親しき仲にも金銭トラブルあり』という格言に従ったものであり、高潔な精神に基づくものではない。
その点について多少の誤解があるかもしれないが、シャルの認識はシャルだけのものである。俺がそこに訂正を与える必要はない。
漂う源素に乱れが生じた。
それを気配ではなく、目視でいち早く知る。
「無視――」
苛立ちを含んだその声の源から強い風が吹き付けてきた。
気流の発生源は黄源素x1、白源素x7……ニアヴを中心に二つの円が、それぞれ逆方向に回転している。
「するでないわッッ!」
ひょいとサイドステップでその場を飛び退くと同時に、
バチンッ
と不可視の衝撃がその場を襲った。
「きゃあっ」
と、悲鳴を上げたのはシャルだけではない。
同様の悲鳴を上げた周りの数人が、ズザザッと一気に距離を取る。
ニアヴと俺を円の中心に残し、列が崩れた。
「いきなりだな」
激しい気流は、回転する源素が産み出しているのだが、それを見ることのできない者から見れば、ニアヴ自身が爆風を発しているように見えることだろう。
「……妾もお主に着いて行くと決めた身じゃ。今後のために、一つ教えておいてやろう」
その中心で、ニアヴが不敵に微笑む。
「妾は――ッ」
カッと見開かれた獣の虹彩が、並々ならぬ怒気を孕む。
それと同時に、これまで外に向け流れていた気流が、内側へとその向きを変えた。
「意外に――ッ」
バッと天空に向け掲げられた掌に、激しい気流が渦を巻く。
その様子から圧縮された空気の塊を創り出しているのだと分析する。それを任意の場所で解放すれば――なるほど、先ほどの不可視の衝撃波が生まれるわけだ。
その大きさ的に、先ほどのように、小手先の動作で躱す事は不可能だと判断する。
大いなる不安を孕んだ衆人環視の中、怒りに染まった狐の化生は、大きくその手を振りかぶり――
「気が短いのじゃーーー!!」
そう、大声でのたまわったのであった。
バチンッッ!!
俺及び、俺の後方に退避していた哀れな商人風の男は、決して自身の身体能力だけでは実現の叶わない空中飛行を体験し――それは時間にして数秒、だがその意外性のなさを実感するだけの時間は十分にあり――その後、重力に引きずられるだけの不自由な落下を味わうことになった。